渋谷ストリームで9月21、22日に開かれた『Shibuya Slow Stream vol.19 躍動体』。「都市型フェス」と銘打ったこのイベントは、音楽ライブに公開座談会、さまざまなワークショップ、ZINEの販売など、多様な催しの集合体だ。
「よい『街』って、なんだろう?」という問いを命題として、定期的に開かれている『Shibuya Slow Stream』。ともすると、ぱっと見はどんな催しで、何を目指しているのか、よくわからない。一体どんなイベントなのだろうか? 2日間の体験をここに記したい。
都会の真ん中のビオトープが育むコミュニティ
2020年から渋谷ストリームで、2か月に1度のペースで開かれてきた『Shibuya Slow Stream(以下、SSS)』。19回目の今回、「躍動体」という言葉が副題として掲げられた。「よい『街』って、なんだろう?」という問いかけを続けるSSS。「躍動体」というテーマは、私たちはこの都市で躍動するように生き生きと暮らせているだろうか? という、問いの再設定でもあった。
私は、これまでの暮らしの大半を四国の地で過ごしてきた。東京という都市で過ごした月日はまだ1年にも満たない。上京したのも仕事が理由で、例えば故郷といった「場所」に対する思い入れは人よりも浅いと感じていて、一方でそれを負い目のように思うこともある。だから、SSSが問う「良い街」「良い都市」に、いっそう引っかかった。ひとつの「催し」が、どうしてその問いを発するのだろう?
9月21日、午前11時。まだ準備が進むせわしない雰囲気のなか、会場では「渋谷っぽくないね」「街の文化祭みたいだね」なんていう会話が飛び交っていた。芝生のような緑色の敷物が広がるスペースにじわじわと人が集まり、座談会が始まった。
本日最初の座談会のテーマは「渋谷川のほとりのコモンとアニミズム」。この「渋谷川のほとりのコモン」とは、渋谷ストリームのすぐそば、遊歩道に整備されたビオトープのことを指す。そのお世話をしているのがオープンコミュニティ「Spiral Club」で、環境問題について話すきっかけをつくる活動をしているという。
座談会ではSpiral Clubの中村萌、立山大貴、そしてSSSディレクターの熊井晃史、Spiral Clubに興味を持ち、飛び入りで参加したというお客さんの4人が語り合った。
話題は、渋谷という都市のど真ん中で、ビオトープを整備する意味や変化についてのこと。中村は、歩道という開かれた場所で作業していると「無視して通りすぎる人もいれば、興味を持って話しかけてくる人もいる」と、ビオトープへの興味を軸に小さな輪ができている、と話す。立山は「『渋谷』という大きなくくりで見てしまうと、そこにあるはずのグラデーションが見えなくなってしまう」と指摘し、中村が言った小さな輪のように、街にさまざまな共同体がある面白さに期待感を示した。
座談会のあとに、そのビオトープを訪れた。鉢や箱が水槽として並び、青々と水草が生い茂っている。よく見ていると、メダカやドジョウが、気持ち良さげに泳ぐさまが目に留まる。
先述の通り、私自身は長い間、豊かな自然に囲まれて生活していた。しかし個人的には自然よりも文化施設が充実した環境を欲していたし、何より虫が苦手で、特に自然が好きという訳でもなかった。それがどうだ。この小さな生命の集う水中世界をじっと見つめていると、どこかほっとするような気持ちになった。
人類の愛をサポートするエナジードリンク、とは?
都会の真ん中のビオトープでたしかに感じた「生命力」。21日2回目の座談会、「いい夢を見るためのSET&SETTINGと想像上の居場所づくり」で語られた内容にもつながるように思えた。
この座談会に登壇したのは、熊井と「YUMEGIWA」の中里龍造。YUMEGIWAとは、インディーズのエナジードリンクを研究開発しているアートコレクティブだ。「インディーズのエナジードリンクの研究開発」とは……? 中里はずばり、「傷ついた野生動物が立ち寄る、オアシスのような場所をつくる、イメージとしてはそんな感じ。いい夢を見るための方法を研究していく、そのひとつがエナジードリンクなんです」。
今回、会場でも販売されていたそのエナジードリンクは、点滴のようなかたちの袋に、血のような真紅の液体が入っているという見た目。口にすると少し酸っぱくて、ほんのりスパイスのような風味を感じた。このエナジードリンクが開発されるまでには、中里が北海道でアイデアを得たり、按田餃子の店主としても知られる料理研究家の按田優子から「そのドリンクは人類の愛をサポートするものにしなさい」というアドバイスを受けたり、台湾で試作と研究を重ねたりという、長い長い物語があったという(※)。
上記は対人間用だが、YUMEGIWAはSSSの一環として「川のためのエナジードリンク」の開発を見据えている。そのエナジードリンクを渋谷川の「ヌシ」に捧げ、川周辺の「ヴァイブスの活性化」を目指すのだという。そのことを念頭に、座談会は渋谷川の歴史や「ヌシ」とは何か? という話題から、YUMEGIWAの活動の掘り下げ、そしてやはり「良い都市とは?」というテーマへ向かっていく。
そのなかで熊井は「いま、例えば仕事やプライベートで渋谷に行く機会があったとして、『やったー! 渋谷に行ける!』って喜ぶ人っているかな? あんまりいないと思うんだよね」。それに対して中里は「生命力があまりないからじゃないかな。(都市を覆う)効率化っていうのはノイズを排除することだから、生命力が削がれていくってことだと思う」と応答。
すると熊井は、近所の八百屋から聞いたという話を例に出す。「でかい大根を抱いて泣いちゃうお客さんがいるんだって。逆に元気がない人ほどしおれた野菜を買っていくって——」。中里はエナジードリンクの目的も、その「生命力を感じる瞬間」のためのものだと語った。
※詳細はこちらの記事「SSS interview 中里龍造 「YUMEGIWA/DAYDREAM FUNCLUB」で読めます。
催しさまざま。参加型の即興人形劇と風景の結晶化、誰かの人生の記録
SSSは今回、渋谷ストリームの4〜6階のスペースで開かれた。4階がワークショップや座談会などの催しものとショップ、5階はテントや畳が設置されたフリースペース、6階がライブ会場。ライブが行なわれているときには、4〜5階にもその音楽が聞こえてくるようになっていた。
4階は、大人たちの会話や子どもたちの歓声、そして音楽が入り混じるにぎやかな雰囲気のなか、さまざまな催しが開かれていた。
例えば、工藤夏海による「まちがい劇場」は、即興で行なわれる人形劇だ。参加者は工藤お手製の人形をひとつ選び、その場で思い付いた物語を工藤とともに編んでいく。大人も子どもも演者として参加し、思ってもみない方向に進む会話劇を楽しんでいた。
会場の一角の床が、時間がたつごとにカラフルな巻物に覆われていった。これはsatokaiによる「メモリーブック商店」が行なった公開集団制作で、数人で持ち寄った素材をもとに、その場でZINEをつくるという取り組みだった。
「メモリーブック商店」では、satokaiのZINEも販売されていた。友人のスケッチブックや、自身の子どものころの写真をまとめたものなどが並ぶ。そのなかから、satokaiがパートナーとともに自炊したレシピを記した『不定期発行の生活実践記録誌 きよかぜ①』を1冊、購入した。今日知り合った人の自炊の記録を持ち帰るなんて、なんだか不思議な気分。
眞弓優子による「MOMENTS MONUMENT〜MY GARDEN YOUR GARDEN〜」は、眞弓が撮影した渋谷の風景写真を切り取り、石に貼り付け、風景を「結晶化」するというワークショップ。完成したその「結晶」は、色彩だったり、切り抜きの癖だったり、製作者によって趣がまったく違っていた。私はなぜか無意識に、青い空の写真ばかりを結晶にしてしまった。
懐かしさを覚える駄菓子屋のような一角は、角田テルノと橋詰大地による 「わなげぼーぼー」。その名の通り輪投げ屋さんで、駄菓子屋のように見えたのは景品を展示しているスペース。埼玉・所沢を本拠地にしている「わなげぼーぼー」は旅芸人のようなスタイルで、津々浦々に巡業しているのだという。
景品は所沢牛をはじめ、国内外の民芸品や時代を感じるおもちゃなど、まさに多種多様。熊井は「数百円払ってやる輪投げの体験は、いったい何との交換なんだ? っていう、資本主義の『等価交換』からはみ出ているところが面白い」と評していた。挑戦してみると、私の数百円はピカソの『海辺を走る二人の女』のポストカードになってかえってきた。
紡がれた縁で実現したNakamuraEmiのライブ
初日の終幕を飾ったのは、シンガーソングライター、NakamuraEmiのライブ。今回のキュレーターのひとりであり、自身もミュージシャンである沖メイがNakamuraの友人で、今回はその縁でライブが実現したのだという。熊井は「ミュージシャンやキュレーターも一人の人間で、その人達が生きてきた連続性の先にあるようなイベントにしていきたい」とも語る。
会場の装飾を見て、その雰囲気に合わせて急遽セットリストをほとんど変えたと話すNakamura。「大事な人ともに、ゆっくり寝そべれるように——」というMCで”白昼夢”から始まり、“ボブ・ディラン”や“究極の休日”“東京タワー”“YAMABIKO”など計10曲を歌い上げた。
鳴り止まないアンコールに応えたNakamuraEmiは、観客からのリクエストの声に応じ、“梅田の夜”を歌った。これまでのゆったりとしたまろやかな雰囲気は一変、観客は肩を組み組み、観客席で歌うNakamuraEmiを取り囲み、会場はダンスフロアと化した。
「言葉にしづらいものを大切にするために、言葉を尽くさないといけない」
2日目の9月22日も、スタートは座談会から。SSSをきっかけのひとつとして「都市はわたしたちのダンスフロア」というZINEプロジェクトを進めている阿久根聡子が今回、エマ・ウォーレンの『Document Your Culture』を翻訳して発行。座談会はそれを記念して、熊井とともにその活動を振り返る内容だ。
「都市はわたしたちのダンスフロア」は、日本のナイトライフカルチャーについてのZINEプロジェクトだ。「そのタイトルがいいよね」という熊井に対して、阿久根は「音楽を演者だけの営みで考えるのではなく、都市全体を表現の舞台だと捉えていて。そのさまを美しいと思っているんです」と答えた。
そのさまを言語化して記録するという行為について、熊井は「言葉にしづらいものを大切にするために、言葉を尽くさないといけないと考えていて。何が好きで、何を大切にしたいのか、声を上げていかなければならない。東京という都市が『諦めの集積地』になっていくのが嫌だから、東京の文化をこれからどう語っていくかがすごく重要だと思っている」と話した。
阿久根は今回翻訳した『Document Your Culture』が「アートや音楽が天から降ってくると思わないで、レスポンスしよう、享受する側も活動していこうと書いているんです」と説明したうえで、「でも『Document Your Culture』に出会うまで、自分がその活動をする意味があるかどうか恐れていた」と語る。それに対して熊井は「個人的な意味を、社会的な意味に橋渡していくことが必要。それを社会的に営んでいきたい。そうして、社会に新たな意味や意義を供給することがどれだけ大切か」と言葉に力を込めた。
言葉や語りの集積によって文化が構築されていく
2日目の22日も6階の会場では、多様なライブが開かれた。なかでも音楽ユニット、テニスコーツのライブで披露された“タマシー”は印象的だった。当時5歳の「びびちゃん」が書いた詩だというこの楽曲は今回、SSSのフライヤーに歌詞が大きく刷られている。
なぜ“タマシー”をフライヤーに掲載したのか熊井に尋ねると、タマシー、つまり「魂」は、「良い都市とは何か?」という問いにもつながっている、と話した。「骨を埋めるといった表現があるけど、つまるところ、良い都市、街、場所って、そういった感覚になるかどうかだと感じていて。骨も埋めてもいい、魂を預けてもいい、そういう気持ちになれる場所がどれくらいあるんだろうかって。都市がそういう場所になっても良いじゃないですか」「そのうえで、歌詞にあるように、魂が、『すてきなおとなになれるよ』って言ってくれたら最高ですよね」。
2日間にわたって展開された催しは、SSSという枠のなかでもそれぞれ独立しているようだった。まったく異なっているようで、しかし共通項も感じる。言葉に表しづらい活動もあった。というより、言葉にできないような、したくないような本意を感じた。プロデューサーの熊井が繰り返したのは、「言葉にしづらいものを大切にするために、言葉を尽くさないといけない」ということだった。
SSSという催しが問いかけを続けるのは、私たちが生活をするこの場所が「良い街」であり、「良い都市」であってほしい、という願いだったのだと私は考えている。それぞれの理想像は違えど、しかしだからこそ、個々が小さな声を上げ、言葉を尽くす。そして、その言葉や語りの集積によって文化が構築されていく。
冒頭で、私自身は「場所」に対する思い入れが浅い、と書いた。しかし一方で、SSSで購入したZINEに、鰹の塩たたきをたっぷりのにんにくスライスとともに食べるという高知県流のレシピが載っていたとき、高知で長く暮らしていた私はなんだかうれしい気持ちになった。私たちが生きてきた場所、街、そして都市はつながっている。SSSが続ける問いかけを、ともに考えていきたい。
なお、ここでは紹介しきれなかったミュージシャンやアーティスト、出店者、そしてキュレーションや音響、装飾を担った方々がオフィシャルサイトでクレジットされている。
- イベント情報
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『Shibuya Slow Stream vol.20 こんぽんてき』
渋谷川のほとりで、ゆっくり遊べるように。ゆったりくつろげるように。そして、喜びあえる時間が流れるように。SSSは、そんな願いを持ち寄って、みんなでつくる催しもの。
日時:2024年11月16日(土)12:00-21:00、17日(日)12:00-21:00
会場:渋谷ストリーム前 稲荷橋広場
entrance free
LiveパフォーマンスやDJ、ワークショップやポップアップショップが渋谷駅直結の広場に集まる。池間由布子、CHIYORI × YAMAAN、韓国ソウルからHWI、Mount XLRらが出演。渋谷川沿いで育まれているビオトープの観察会やバイオアーティスト大山龍によるワークショップも。
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