植物や魚、微生物による生態系が、人の手を介さずに維持され、継続するというインスタレーション作品『Sans room(サンルーム)』を展開しているアーティスト、渡辺志桜里。複数の水槽をチューブでつなげ、水によって循環するこの作品は電力によって環境が保たれており、エネルギーが続く限り生態系も維持される。人工物が人の手を離れ、それぞれが野生に戻る姿を擬似的に成立させている。
皇居の近くで生まれ育ち、天皇の存在を身近に感じてきた渡辺は、その構造への思考を作品に落とし込む。また、例えば自然など、人の目に見えない世界への強い関心、そして人間中心主義への疑問——『サンルーム』には、さまざまな背景と文脈が絡みあう。
さらに、このほど渋谷・セルリアンタワーの能楽堂では、渡辺が企画・制作を担当した新作能『射留魔川』が上演された。人間以外の存在の視点を認識するという渡辺のテーマと、神や精霊、石ころも主人公になり得る能の表現が溶け合った。
これまで活動の枠を広げてきた渡辺。どんな思いで『サンルーム』や新作能を制作したのだろう? 道のりをたどり、作家としてのテーマを深掘りする。渡辺のスタジオで行ったインタビューで、じっくりと語ってもらった。
彫刻に取り組み、生まれた疑問。物事の流動性から「完成はどこなのか?」
2015年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業後、17年に同大学大学院を修了した渡辺志桜里。
石彫や木彫に取り組んだ時期もありながら、2019年のデビュー以降は、主に自然の循環への関心をもとに、人の手なしのエコシステム(生態系)を構築する『Sans room(以下サンルーム)』というインスタレーション作品を展開している。
植物、魚、バクテリア、線形動物などを入れた水槽やプランターをホースでつなぎ、自動的に水を循環させることで生態系を展示する『サンルーム』は、「彫刻」が持つアカデミックなイメージから大きく離れた異色の作品だ。
この『サンルーム』を軸としながら、新作能の企画制作や展覧会のキュレーションなどと活動を広げてきた渡辺が、現在のスタイルにたどり着いた道のりを聞いた。
「入学してからしばらくは、完成を目指して木や石を彫り進めるような、オーソドックスな彫刻に取り組んでいた時期もありました。しかし素材が生成されるまでの時間や、完成後の物理的な風化・変質のことを考えると、物事はすべて流動的であるにもかかわらず作品を完成させるとはどういうことなのか、どんどんわからなくなっていったんです。
作品を完成させるという行為は、作品を決められた枠のなかに固定することに近い感覚がある。作品から中心性や主体性を取り除くことのほうが安心するという作家性を自覚してから、大学院ではほかのアーティストに作品をつくってもらったり、キュレーションしたりと実験を重ね、修了年には、人の手なしに循環する『サンルーム』を着想していました」
目に見えないものを強く意識したパンデミック。循環に注目し『サンルーム』誕生
「試行錯誤を経て作品を発表し始めた2019年は、新型コロナウイルスが世界的に流行し、社会全体が、ウイルスという目には見えない存在を強く意識するようになった年でした。
人間が経済のために森林破壊を続けたこととパンデミックは無関係ではないという専門家の指摘もあるなかで、脱人間中心主義や自然の循環への人々の関心も高まっていき、作家としてのテーマと人々の関心が重なったように感じました」
まもなくして彼女は、取り壊し直前の一棟ビルに50人以上のアーティストを集めて、一日限りのアートプログラム『遊園地都市の進化──スクワット作戦会議 in 渋谷』を西田篤史(渋都市株式会社 編集長)と共同で企画。
当時まだコロナが始まったばかりで、アーティスト全員が強い焦りを抱えており、それを爆発させるようにライブやパフォーマンスを行ったのだという。「一日中、絶えず変化しつづける光景にしっくりきたあの経験が、いまのスタイルにつながっている気がする」と渡辺は振り返る。
「フレームやシステムをつくったら、あとはのびのび自由にやってもらう。『遊園地都市の進化』にも、『サンルーム』にも、そういう共通点があるのかもしれません。
同年に発表した最初のサンルームは、実家近くの皇居濠からポリタンクで水を汲み、魚や雑草も採取してつくった小さなエコシステムでした。自然の循環や人間以外の視点について考えるなかで、自身が子どもの頃から最も身近な「自然」として親しんできた皇居が、システムとして完成されていることに気づいた。
サンルームのSansとは、太陽のSunとフランス語で血を意味するsang、そして聖なるSaintの意味を合わせた造語です。電力に依存したこの維持装置は、エネルギーが続く限り環境を保ち続け、2017年から絶えることなく継続されてきました。制作当初は、皇居濠の水や水生物、皇居内周辺の雑草で構成していましたが、現在は雨水、金魚、固定種の野菜に変わり、ホースの円環上に連なり、中心のない運動を展開しています。
当初、皇居で獲った魚のなかには特定外来魚のブルーギルが混ざっていたのですが、のちに外来魚の飼育が法律で禁じられていると知り、人工的に種を存続させている金魚に置き換えたという事情があります。思いがけずドメスティックな種の選択が迫られ、環境保護と国家の関係を体感した出来事でした。
ブルーギルは、1960年にアメリカから現在の上皇陛下に贈られた18匹のうちの15匹が始祖だそうで、その後食用研究のために人の手で養殖されたものの、いまでは厄介な存在として特定外来魚に指定されています。日本のナショナリズムにとっての象徴性を感じました」
皇居と天皇制、そして人間中心主義。「空虚な中心」を考える
皇居の自然や天皇制の構造と出会い直したことをきっかけに、天皇という中心的存在についても考えるようになったという渡辺。フランスの思想家、ロラン・バルトが著書『表象の帝国』(1970年)において、種々雑多な日本文化から見出した「空虚な中心」(※)は、まさにこの皇居を中心とした東京の都市と「日本国」の精神性を指した概念だと話す。
※『表象の帝国』では、西洋世界が「意味の帝国」であるのに対し、日本は「表徴(記号)の帝国」と規定。ヨーロッパの精神世界が記号を意味で満たそうとするのに対し、日本では意味の欠如を伴う、あるいは意味で満たすことを拒否する記号が存在するとして、例えば歌舞伎の女形、天ぷら、パチンコなどについて論じている。
「日本列島には、さまざまな民族が存在してきました。近代以降は明治政府が天皇家を頂点とする大きな家族共同体(イエ)の神話をつくり、「日本人」をはじめとした多民族に天皇へ一体化を企てた背景があります。
戦前は天皇個人を神格化させることで国民国家の形成に成功したと言えるかもしれませんが、終戦後、その神性を否定した『人間宣言』から現在に至るまでは、まさに「空虚な中心的公(おおやけ)」の存在でありつづけるしかありませんでした(※1)。
そもそも自然と関係するシャーマン的な存在である天皇(※2)が、近代化のために神格化されたり、終戦によって人間になったりと、天皇制は神と人間と自然のあいだに潜む問題の象徴のように感じます。この気付きを下敷きに、2022年からは、最古の能の演目『翁』をモチーフに展覧会や現代能の制作に励んできました。
『翁』は人のパースペクティブでは捉えきれない自然に潜むエネルギーのような概念ですが、翁(=男の老人)が面をつけることで「神」が宿り、面を外して再び人間に戻る演目でもあります。そこには、天皇制をはじめとする神・人間・自然の循環関係が浮かび上がります」
※1 『古事記』『日本書記』による日本神話では、初代天皇である神武天皇は、アマテラスをはじめとする天津神(高天原にいる神々、または高天原から天降した神々)の末裔とされる。山や海といった大自然の神々の系譜も取り込んでいる。
※2 人間が世界の中心、あるいは最も重要な存在であると主張する哲学的視点。多くの西洋の宗教や哲学に組み込まれている基本的な信念のこと。
人間以外の存在を認識するというテーマと、能の相性の良さ。新作能を発表
人間以外の視点を人間が認識できるようにするには、どのような表現が適しているか? この課題とずっと向き合ってきた渡辺は、神や精霊、石、バナナといった人間以外の存在が主人公(シテ)になる能の表現に、抜群の相性を感じたという。
『翁』をもとに構想した新作能『射留魔川』は、安田登(能楽師)、加藤眞悟(能楽師)、ドミニク・チェン(情報学研究者)との共作だ。
「『射留魔川』は、『翁』の舞台上で人間が神になることと、天皇の『人間宣言』における神が人間になることの相反で何かできないか、ということを下敷きに新たに書き下ろしたものです。入間川の歴史や伝説を踏まえて題材に選んでくれたのも、物語を組み立ててくれたのも、安田さんでした。
入間の伝説とは、入間の天空に太陽が二つのぼり、辺り一帯の草木と田畑が枯れ果てたが、弓矢の名人が片方の魔ものの太陽を射留めたところ、太陽が白い三本足の大ガラスとなって落ちてきたというもの。一説では、白い三本足の大ガラスは、失われた多様な民族性や自然との関係を再び呼び起こす神話の象徴です。
新作能では、この入間川を舞台に、昭和天皇のほか、それにまつわる亡霊や人ならざるものが登場し、この世のすべてが渾然一体となっていく姿を描きました」
近代以降の状況を踏まえた昭和天皇の亡霊が古文で描かれるという、時空を超えた創作の展開に息を呑む新作能。人間と非人間の境界を揺るがしながら、天皇という一個人の「人間宣言」を、単なる政治的敗北の象徴ではなく、「自然との一体化」という元来天皇が持っていたであろう存在意義へと揺り戻し再解釈することで、 この土地の自然と歴史を再び身体化する試みだという。
そんな渡辺の活動をたどる個展『宿/Syuku』が、東京・銀座の資生堂ギャラリーで開かれた。過去最大規模のサンルームのほか、『射留魔川』の映像インスタレーションと、日本に持ち込まれた特定外来魚・ブルーギルをモチーフにした『堆肥国家』が展示された。新作能の公演は、2025年にも予定されているという。
- 作品情報
-
『射留魔川』
企画:渡辺志桜里
制作:渡辺志桜里、ドミニク・チェン、安田登、加藤眞悟
- プロフィール
-
- 渡辺志桜里 (わたなべ しおり)
-
1984年東京都生まれ。2015年に東京藝術大学美術学部彫刻科を卒業後、17年に同大学大学院を修了。Chim↑Pom・卯城竜太キュレーションによる個展『べべ』(WHITEHOUSE、東京)をはじめ、都内で開催された芸術祭『水の波紋展2021』にも参加。2022年に渡辺志桜里の企画・キュレーション展『とうとうたらりたらりらたらりあがりららりとう』、2024年には東京・銀座の資生堂ギャラリーで、個展『宿/Syuku』を開催した。
- フィードバック 1
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-