メイン画像:展示風景より、坂本龍一+高谷史郎『LIFE–fluid, invisible, inaudible...』2007
坂本龍一の大型インスタレーション作品を包括的に紹介する企画展『坂本龍一|音を視る 時を聴く』が、東京都現代美術館で開かれている。
多彩な表現活動で時代の先端を切り開いてきた坂本。1990年代からマルチメディアを駆使したライブパフォーマンスを展開し、さらに2000年代以降はさまざまなアーティストとの協働から、音を展示空間に立体的に設置する試みに挑戦した。
本展は、坂本が生前、東京都現代美術館のために遺した展覧会構想を軸としている。タイトル「音を視る 時を聴く」の通り、「音を空間に設置する」という挑戦と、「時間とは何か」という問いを根底に、坂本の音を五感で体験できる構成となっている。
会期は2025年3月30日まで。本展をレポートする。
「立体的に聴かせる」。ダムタイプ高谷史郎とのコラボレーション、新作も
本展はまず、坂本と高谷史郎のコラボレーションによる新作『TIME TIME』(2024年)から始まる。10点あまりのインスタレーション作品で構成される本展は、そのうちの5点が高谷と坂本のコラボレーション作品だ。
高谷史郎は、さまざまなメディアを用いたパフォーマンスやインスタレーション作品の制作に携わるアーティスト。1984年からアーティストグループ「ダムタイプ」の活動に参加している。ダムタイプの2022年のプロジェクトには、坂本が参加していた。
高谷と坂本は、坂本最初のオペラ作品『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』(1999年)にて協働し、以来、数多くの共同制作を手がけてきた。
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坂本龍一+高谷史郎『TIME TIME』2024年
新作『TIME TIME』は、2021年初演の舞台作品『TIME』を基に、本展のために制作された。坂本が長い間意識していた「時間とは何か」という問いを、夢をテーマにした「夢幻能」と呼ばれる能のかたちで表現。時間の概念や存在自体を問い直すような試みだ。
坂本にとって重要な物質としてさまざまなかたちで扱われた「水」が舞台。撮り下ろしの宮田まゆみが笙(※)を奏でる映像、『TIME』の田中泯の映像なども組み合わされている。
※しょう。日本伝統芸能の雅楽で使用される管楽器のひとつ。
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坂本龍一+高谷史郎『async–immersion tokyo』2024年
坂本は、2017年にリリースされたアルバム『async』をきっかけに、同アルバムを「立体的に聴かせる」ことを意図して、高谷史郎らとインスタレーション作品を制作。
『async–immersion tokyo』(2024年)は本展にあわせて制作された。坂本没後にこれまでの「async」シリーズを深化させたかたちで『AMBIENT KYOTO 2023』で発表した作品を、東京都現代美術館の展示空間にあわせて再構成したのだという。
『async』の楽曲が四方から響く空間のなかで展開される高谷による映像は、ニューヨークにあった坂本のピアノや書籍、打楽器、裏庭の植木鉢などを撮影したものをベースに構成されている。大型LEDウォールに映し出される映像は画面の端から徐々に時間差で変化し、やがて一つの風景を紡ぎ出す。そうしてすべてが映し出されるとまた、線状に変化していき、画面は幾重にも重なった横線で覆われる。音と映像の時間軸を強く感じる作品だ。
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坂本龍一 with 高谷史郎『IS YOUR TIME』2017/2023年
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坂本龍一 with 高谷史郎『IS YOUR TIME』2017/2023年
東日本大震災の津波で被災した宮城県農業高等学校のピアノを作品とした『IS YOUR TIME』(2017/2023年)。坂本はこれを「自然によって調律されたピアノ」ととらえたのだという。このピアノは世界各地の地震データによって音を発し、「地球の鳴動を感知する装置」という位置付けに姿を変えた。
『water state 1』(2023年)は、気象衛星の全球画像から会場を含む地域の降水量データを抽出し、一年ごとに凝縮したデータを使って天井の装置から水盤に雨を降らせる。同時に音も変化し、時間によって照明も変化する作品だ。
水や霧は重要な要素。オペラをインスタレーションに落とし込む
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坂本龍一+高谷史郎『LIFE–fluid, invisible, inaudible...』2007年
坂本と高谷のインスタレーションには、水や霧が重要な要素として繰り返し登場する。
『LIFE–fluid, invisible, inaudible...』(2007年)では、坂本のオペラ『LIFE』をベースとするサウンドに包まれた空間のなか、霧が発生する9つの水槽に映像が投影される作品だ。
オペラ『LIFE』は、音楽、音、言葉、映像、パフォーマンスによって、「戦争と革命」「サイエンスとテクノロジー」などのテーマから20世紀を総括し、21世紀に向けたビジョンを示唆する作品だった。そのオペラをインスタレーションに落とし込む際に、「流動するもの、見えないもの、聴こえないもの」というサブタイトルとともに、知覚可能なもの・そうでないものの境界への関心が加わって、最終的に霧を用いた作品になったのだという。
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坂本龍一+高谷史郎『LIFE–fluid, invisible, inaudible...』(2007年)より、水槽を通して床に映し出される映像
映像と音の大半はオペラ『LIFE』で使われたもので、それにインスタレーション用に新たな素材が加えられた。20〜30のグループに分けられ、ハードドライブに保存されている映像と音の断片が、偶然の順番によって再生される。
不規則な映像、光、音の変化につつまれた鑑賞者は、たたずんだり、ゆっくりと歩いたりしながら、独特の時空間の広がりと流れに身を任せることができる。
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坂本龍一+高谷史郎『LIFE–fluid, invisible, inaudible...』2007年
音と音楽と映像の関係性——アピチャッポン・ウィーラセタクン、Zakkubalan、カールステン・ニコライ
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坂本龍一+アピチャッポン・ウィーラセタクン『async–first light』2017年、アピチャッポン・ウィーラセタクン『Durmiente』2021年
アルバム『async』で坂本は、アピチャッポン・ウィーラセタクン、Zakkubalanともコラボレーションしている。
タイの映画監督、アピチャッポン・ウィーラセタクンとの共作『async–first light』(2017年)では、坂本はアルバムから2曲を映像用にアレンジ。小型カメラを親しい人に渡して撮られたという映像には、私的な日常が映し出される。
スペイン語で「眠る人」を意味するタイトルの『Durmiente』(2021年)は、アピチャッポンの映画にちなんだサイレント作品で、『async–first light』とあわせて上映されるように制作された。旅の終わりを表すかのように、次第に眠りに落ちていく様子が描かれる。
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坂本龍一+Zakkubalan『async–volume』2017年
Zakkubalanは、映像制作に軸を置いて活動する空音央とアルバート・トーレンによるアーティスト・ユニット。『async–volume』(2017年)は、坂本が『async』制作時に多くの時間を過ごしたニューヨークのスタジオやリビング、庭などの断片的な映像が、小窓のように配置された24台のiPhoneとiPadに映される。環境音と楽曲をミックスした音が響き、坂本が不在ながらもその存在を感じさせるインスタレーション作品となっている。
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カールステン・ニコライ『PHOSPHENES』『ENDO EXO』2024年
ベルリンを拠点とするアーティスト、カールステン・ニコライは新作の映像作品『PHOSPHENES』『ENDO EXO』(2024年)を展示。
ニコライは、人間の知覚や自然現象の持つ特性やパターンをテーマに、美術や科学など分野を横断する作品を発表している。アルヴァ・ノト名義でミュージシャンとしても活動し、2002年以降、アルバム制作やライブツアーで坂本と協働してきた。
本作では、ジュール・ヴェルヌの空想科学小説『海底二万里』から着想を得た初の長編映画『20000』のためにニコライ脚本全24章のうち『PHOSPHENES』『ENDO EXO』を映像化。坂本の最後のアルバム『12』から“202110310”と“20220207”を使用している。
電磁波の可視化・可聴化。美術館の庭を霧で満たす作品も
本展は室外にも作品が展示されている。
中庭に展示されているのは、真鍋大度とのコラボレーション『センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴 (MOT version)』(2024年)。例えば携帯電話、WiFi、ラジオなどに使われる不可欠なインフラであり、しかし人間が知覚できない「電磁波」について、その流れを一つの生態系として捉えた作品だ。
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坂本龍一+真鍋大度『センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴 (MOT version)』2024年
電磁波のデータがリアルタイムでLEDディスプレイとスピーカーを通して映像と音に変換される。大都市・東京に行き交う見えない電磁波の流れを可視化・可聴化しようという試みだ。
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坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎『LIFE–WELL TOKYO』霧の彫刻 #47662 2024年
スペシャルコラボレーションとして展示されるのは、坂本、高谷、そして中谷芙二子によるコラボレーション作品だ。
「霧のアーティスト」として世界的に知られる中谷芙二子。『LIFE–WELL TOKYO』で中谷は、美術館地下2階のサンクンガーデンを霧で満たす。霧は会場の両脇から吹き出し、風に煽られ、天へ消えていく。そのさまはカメラで捉えられ、坂本による音へと変換されるのだという。天候やイベントで変更になる場合があるが、毎時00分・30分のスタートで各回約10分のペースで催される。
内覧会が行われた12月21日にはこの作品のなかで、田中泯が「場踊り」を披露した。
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田中泯 場踊りat 坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE−WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662 Photo: 平間至
まるで坂本がそこにいるかのように
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坂本龍一×岩井俊雄『Music Plays Images X Images Play Music』1996–1997年/2024年
本展を締めくくるのは『Music Plays Images X Images Play Music』(1996–1997年/2024年)。メディアアーティスト、岩井俊雄とのコラボレーションだ。
この作品は、もともとは1996年に水戸芸術館にて初演された、坂本と岩井による映像と音楽を組み合わせたパフォーマンスだった。本展では、岩井の所蔵する資料から発掘された、1997年の『アルスエレクトロニカ』で坂本が演奏したデータをもとに、まるで坂本がそこにいて演奏しているかのようなインスタレーションに姿を変えた。
さまざまなアーティストとの共同制作から、音を展示するという試みを模索した坂本。本展ではその軌跡を、目で、耳で、肌で、体感することができる。
- イベント情報
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『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』
2024年12月21日(土)~2025年3月30日(日)
会場:東京都現代美術館 企画展示室 1F/B2F ほか
開館時間:10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
- プロフィール
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- 坂本龍一 (さかもと りゅういち)
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1952年、東京都生まれ。1978年『千のナイフ』でソロデビュー。同年「Yellow Magic Orchestra」結成に参加し、1983年の散開後も多方面で活躍。映画『戦場のメリークリスマス』(83年)の音楽では英国アカデミー賞、映画『ラストエンペラー』の音楽ではアカデミーオリジナル音楽作曲賞、グラミー賞、他を受賞。環境や平和問題への取り組みも多く、森林保全団体「more trees」を創設。また「東北ユースオーケストラ」を立ち上げるなど音楽を通じた東北地方太平洋沖地震被災者支援活動も行った。1980年代から2000年代を通じて、多くの展覧会や大型メディア映像イベントに参画、2013年山口情報芸術センター(YCAM)アーティスティックディレクター、2014年札幌国際芸術祭ゲストディレクターを務める。2018年piknic/ソウル、2021年M WOODS/北京、2023年 M WOODS/成都での大規模インスタレーション展示、また没後も最新のMR作品「KAGAMI」がニューヨーク、マンチェスター、ロンドン、他を巡回するなど、アート界への積極的な越境は今も続いている。2023年3月28日、71歳で逝去。
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