新たなイノベーションを進める上で、過去に作られた法律などが壁となって現れた際に使える解決手段として「パブリックアフェアーズ」がある。
企業やNPO、NGOなどの民間団体が政府や世論に対して行う、社会の機運醸成やルール形成のために働きかけをする活動を指す言葉で、ロビイングと混同されることも多いが、初めて名前を聞く人も多いのではないだろうか。
今回は、スタートアップの事業拡大をパブリックアフェアーズで支援するマカイラの社員である横山啓さん、大畑慎治さんにインタビュー。
近年よく街で見かけるようになった、電動キックボードの推進などにも関わったマカイラに、パブリックアフェアーズが持つ可能性やロビイングとの違い、文化芸術分野で応用できることなどについて、マカイラの事業に関する解説とともに伺った。
イノベーションを進めるための「パブリックアフェアーズ」とは?
─マカイラではイノベーションを進めるための支援として「パブリックアフェアーズ」を行っているとのことですが、具体的にはどのようなことをされているのでしょうか?
横山:スタートアップなどの企業が事業を拡大していくなかで何かの規制に引っかかりそうなときに、政治や行政とどのようにやり取りすれば良いか、どう戦略を立てるかなどをコンサルティングしています。
例えば、マカイラが関わった電動キックボード推進のためには法律改正が必要で、どう仲間を作っていくかが非常に大事でした。どこに話をしに行けばいいかという専門性を僕らは持っていて、実際にやりたいことの情報はクライアントの方がたくさん持っているので、橋渡しの役割に近いですね。

横山啓さん
大畑:新しいビジネスで世の中を良くしようとしているときに、実態がないことで法律的にグレーとなってしまって進められないケースがあります。ルールを作らないとビジネスができないという状態になるため、法律の改正などが必要になってくるんです。
普通はビジネスを考えるとき、今の法律、もしくは政府の方針のなかでどんなビジネスができるか考えますよね。その結果、法律上できないと諦めることもありますが、パブリックアフェアーズによって、生活者のより良い未来のためにビジネスを考え、そのために法律を変えるという流れが実現できるようになると考えています。

大畑慎治さん
─マカイラでは「ロビイング」ではなく「パブリックアフェアーズ」と呼んでいますが、どのような違いがあるのでしょうか?
横山:マカイラが行っているパブリックアフェアーズは、いろいろなステークホルダーを巻き込みながら透明性を持ってルールを作る・変えるもので、「ロビイング2.0」と言う人もいます。日本では「ロビイング」というと密室で個別の会社が政治家や省庁に便宜を図るよう交渉するイメージが強いですよね。
大畑:パブリックアフェアーズのなかにもパターンがありますね。AIのように、みんなが勝手に使うと犯罪など、何か悪いことも起こるかもしれないからルール決めるパターンや、社会を良くするために何かやろうと思っているのに、法律で現代社会にそぐわないルールや規制があってできないので、それを変えるパターンなど。
横山:あとは、違法かもしれないものについて合法か違法か明確にする、もしくは、現状違法と分かっているものについて、合法とする方法を探るパターンもあります。
電動キックボードも法改正前は原動機付自転車の枠組みで実証実験をしていましたが、原付ならヘルメットや免許が必要です。電動キックボードは、実証実験を重ねるなかで、新たなカテゴリー・ルールを作るという流れになりました。
電動キックボードはなぜ急速に普及した?パブリックアフェアーズが持つ力
─電動キックボードの急速な普及は、多くの人が驚いたのではないかと思っています。マカイラはどのような役割を果たされたのでしょうか?
横山:電動キックボードのルールが作られるまでには約4年の歳月がかかっています。
マカイラは、ステークホルダーである国土交通省・警察庁・経済産業省などの省庁、国会議員、地方議員などの政治家、地方自治体、鉄道会社、バス会社、デベロッパーなどのインフラ関連企業との対話や連携をサポートしてきました。自民党のMaaS議連内にマイクロモビリティ プロジェクトチームを 作ってもらうよう働きかけ、さまざまなステークホルダーが集って議論する場ができたことが大きな出来事でした。
政府の成長戦略へ位置づけられたりもしつつ、警察などとともに公道での実証実験を進め、集まったデータをもとにさらに有識者との議論が重ねられました。その結果、法改正に繋がったという流れです。
どれだけ透明性を持って進められるかがパブリックアフェーアーズでは重要で、ルールを求める側でも、ルールを作る側でも仲間づくりをしていったということです。
2019年に、電動キックボードの事業者複数者が集まって「マイクロモビリティ推進協議会」という業界団体を立ち上げました。1社の利益ではなく、電動キックボードが世の中に普及すると良いことがあるという業界の声を伝えました。

東京都とマイクロモビリティ推進協議会の連携協定締結式の様子
個社がばらばらで動いているわけではなく、複数の会社「いろんな会社が同じことを思ってますよ」とワンボイスで伝えることが大事です。
大畑:法律はみんなのものなので、1社の意見で法律を変えるわけにいきません。全体がハッピーになるかたちで意思決定をしなければいけないので、公平性や未来性を踏まえて、本当に法律をアップデートしたほうがいいのか考えながら進めています。法律を変えようとするなら、クライアント1社のためというより社会のために動かなければならないので、クライアントからのご相談が公共性・公益性に反すると疑念がある場合はお断りすることもあるくらいです。

『MaaS議員連盟マイクロモビリティPT』にて電動キックボードの公道での実証実験の中間報告と、今後の電動キックボードの適切なルールづくりに向けた要望を発表する様子。
─電動キックボードは社会実装されたあとも賛否両論を生んでいます。海外で禁止になった事例などを見ていると日本でも今後変化があるかもしれませんが、そのような相談にも乗っているのでしょうか?
横山:一般的に、ルールは問題が起きるとどんどん厳しくなる方向に変わっていくので、官民協議会で一緒にガイドライン策定を行ったり、自主基準をつくるなど、法律を上回る安全な運用ができるようにサポートするのも社会実装にむけた重要な取組みです。
大畑:ルールや法律は一度決まったらずっと同じかたちではなく、試行錯誤しながら最善を求め続けていくべきだと思います。パブリックアフェアーズは、時代に合わせたアップデートを続けることを支援しているとイメージしていただけると、理解しやすいかもしれません。
横山:イノベーションは「まずは試してみよう」という姿勢のある国じゃないと生まれづらいと思います。最初から「これは危ないかもしれないから駄目だ」という意見が大半を占めて意思決定してしまうと実装前の段階で潰されてしまいます。
今は高齢者に限らず若い人にも保守的な人は結構いて、「こんな危ないサービスやっていいのか」という声が前面に出てきてしまうと、省庁や政治家も慎重になり、新しい試みが進みづらくなります。その結果、日本が変わらないうちに、気づいたら海外(特に中国など)ではどんどん新しいことをやってたりするわけじゃないですか。
だからこそ、ルールを見直してみようという考え方や議論が大事なんです。ハレーションも起きるかもしれないけれど、そこをちゃんと僕らみたいなプレイヤーが伴走して、いろんな立場の人たちと合意形成しながら、うまく実装まで持っていくルートをつくらなければいけないと思っています。
─日本ではまだパブリックアフェアーズという言葉が一般的ではなく、ロビイングにはネガティブなイメージがあると思います。いまの日本におけるパブリックアフェアーズやロビイングの現状を教えてください。
横山:日本では、ロビイングの制度的なルールがありません。欧米では国によってはロビイストの登録が必要で、登録者でないと省庁や政治家がいる場所に出入りできない場合もあります。日本の場合は、ロビイストという職業があるようでない状況です。

アメリカ合衆国議会議事堂
─そのような状況も、ロビイングに対してネガティブなイメージがつく要因なのでしょうか?
横山:そもそも、ロビイングやパブリックアフェアーズがどんな存在なのかが世の中に認知されてないということがあると思います。世の中の人も、省庁側もお互いにどうコミュニケーションを取ったらいいか分からないのではないでしょうか。学校教育でもロビイストについて教える機会はないですし、「裏で変に暗躍している連中」というようなイメージがあります。でも、民間からのいいアイデアを省庁や政治家に上手く届けられたら、社会がもっと良くなりますよね。そういったポジティブなイメージに変えていかないといけないと感じています。
弊社代表の藤井がマカイラを立ち上げたのは、日本はこれまで大企業や団体のみが社内ロビイストを抱えている反面、スタートアップやNPOなど小さな組織の声をすくいあげる人たちがいないので、それを支援したいという背景がありました。ロビイングの透明化についての議論は今後必要になってくるだろうと思います。
ルールは自分たちで変えられる。文化芸術業界とパブリックアフェアーズ
─文化芸術業界はロビイングがあまり上手ではないと言われています。最近では映画業界などが連帯し、政府とのパイプをつくるムーブメントも起きはじめています。今回のインタビューの内容は、文化芸術業界にも応用できる部分があるのではないかと思いました。
横山:映画業界だと、クリエイターの人にどう価値還元するのかという話を政府でもするようになってきていますよね。
─映画監督の是枝裕和さんは映画館のチケットの一部を徴収し、映画産業のなかで回していくというような、もともと韓国やフランスにある仕組みを日本にもつくろうとしています。クールジャパン系の議論に参加するなど、精力的に活動されているイメージです。
横山:まさにそういうことをやり始めたことで、政府の文書にも課題として取り入れられるようになってきたのだと思います。声をあげなければ、政策を作る側としても課題があるのかないのかよくわからないという実態はあります。
日本人は「ルールはお上が決めるもの」という考えがあると感じていますが、自分たちが関わることの重要性を認識されて、このような活動をされているのだとと思います。これは映画業界に関わらず、みんなそういう意識を持ったほうが良いですよね。

─この記事をきっかけにパブリックアフェアーズに興味を持った人は、どんなことから始めれば良いでしょうか?
横山:まずはネットで調べ、情報を知るだけでも違うのではないでしょうか。ルールは変えようと思えば変えられることをそもそも知らない人が多いと思います。
昨年の衆院選では「103万円の壁」についての話題が盛り上がりましたが、「そこに手をつけてもいいんだ」と初めて気づいた人も多かったと思います。一種のルールメイキングの気づきだったような気がしますよね。
「ルールは人がつくるもの」なので、もっと良いルールにするためのチャレンジはできますよね。ネットでの署名や発信なども一つの方法ですし、色々な戦略を考えてみるといいと思います。
- フィードバック 0
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-