グレーゾーンや障害者の特性が職場の「宝」になる。伊藤亜紗とWOWOWコミュニケーションズ社員が語る

障害があると診断されていないものの、学校や職場、家庭などで困りごとや不安を抱えやすい「グレーゾーン」と呼ばれる人々がいる。

そこには当事者・家族・社会の間にある見えづらい壁があり、その日常生活や雇用における課題はまだ十分に知られていない。グレーゾーン当事者、あるいは診断を受け障害者手帳を取得した人々の「個性が活きる仕事の場」は、どのようにつくられていくべきなのか。

さまざまな障害の当事者にインタビューを行い、自らの吃音も公表している伊藤亜紗さんと、発達障害の特性を持つ子どもを育て、業務では障害者雇用支援を推進するWOWOWコミュニケーションズ社員のAさん(仮名)が、対話を通して考えていく。

診断されてホッとした。発達障害の子どもと向き合う母の葛藤と気づき

現在、WOWOWコミュニケーションズで障害者雇用支援を積極的に推進している社員のAさん。この取り組みに携わるきっかけは、自身の子どもが発達障害の診断を受けたことにあったという。「この子が社会に出ても、いろんな働き方の選択肢があってほしい」という現在の思いに至るまでに、母と子、学校の間でどのような葛藤や関係性の変化があったのだろうか。伊藤さんが掘り下げていく。

Aさん:息子は未就学児の頃から落ち着きがなかったのですが、小学校に入学してからは授業中に変な音を出してみたり、教室からふらっといなくなってしまったりするほか、気に入らないことがあるとすぐに友達と喧嘩する、注意が逸れて物を壊すなど、本人にとっても学校生活に支障をきたすほどの困りごとが続き、学校側から呼び出されることが多々ありました。学校側からも病院で診断を受けてみることを提案され、そこでADHDと自閉症の特性があることがわかり、発達障害だと診断されたんです。

伊藤:学校としては、授業に集中するために座っていてほしいし、社会の規範を学んでほしい。けれども本人からすると納得がいかず、ずっと縛られていることが苦しくて思わず行動してしまうことがあったのではないかと想像します。息子さん自身はその状況をどのようにとらえていたのでしょうか?

Aさん:授業中の行動に関して息子に聞いてみると、じっと座っていることができないのではなくて、「外でなにか音がした」「窓からなにかが見えた」という出来事をきっかけに、「あれはなんだろう?」と気になって注意が逸れてしまい、興味が強いあまり衝動的に席を立ちたくなるということでした。結果としてそうなってしまうから、そうならないようにするにはどうしたらいいか、いまいちわからないというような感じでした。

伊藤:病院を受診し、発達障害の診断を受けたことで、お母様にはどのような変化がありましたか?

Aさん:息子はルールを守れない困った子なのではなく、そういう特性があるからなんだというふうに見方を変えることができたと思います。診断を受ける前は、トラブルがあるたびに学校や児童館から連絡がきて対応に疲弊していましたし、「全部自分で何とかしなきゃいけない」と、どこか自分を責めるような気持ちがあって。わかったことで肩の荷がおりたというか、親として前向きな気持ちで接することができるようになったと思います。

伊藤:周囲から怒られるいたたまれなさと、自分の子どもを悪者として扱いたくないという気持ちがせめぎ合っていたのですね。その後、息子さんに対する接し方も変わりましたか?

Aさん:そうですね。診断される前は、ルールを守ってほしいという思いから、息子に対して頭ごなしに強い口調で伝えてしまっていたのですが、診断されてからは、彼のなかで理解できていなかったのかなと思えるようになって、息子が理解できるような手順を踏むよう心がけながら、伝えていけるようになりましたね。

伊藤:学校との関係はどのように変化したのでしょうか?

Aさん:これまではどのような動機があって動いているか、先生も気がつかない状況だったので、息子にはこういう特性があるのだと見方を少し変えていただくことができたのかなと思います。1年生の頃に診断を受け、療育手帳は取得できていませんが、4年生のいまは特別支援学級に入っています。発達障害に理解があり、サポートしてくださる先生がいる環境に身を移したことで、本人も「学校に行くことが嫌じゃなくなった」と言うようになりましたね。

伊藤:診断されたことで対応の仕方がわかり、ほっとする側面がある一方で、ラベル付けされることで本人が窮屈に感じてしまうという側面もあるかと思います。診断されたことを息子さん自身はどういうふうに受け止めているのでしょうか。

Aさん:おっしゃる通り、本人はまだ自分の特性を理解しきれていないので、「病気ではないのになぜ? 自分はみんなと一緒なのに」と不公平を感じ、学校との連携のために定期的に通院していることにも疑問を感じているようです。医師という第三者とつながる安心感がある一方で、病院に対するマイナスのイメージがあり、折り合いがついていないというか。そういう本人の気持ちを尊重しながら、「もし今後先生に相談したいと思ったらいつでも言ってね」と伝えるようにしていますね。

特性から面白さを見出し、可能性を増やす

Aさんの息子は、発達障害に加えて軽い吃音の特性も持っているという。同じく吃音がある伊藤さんは、自分や他者の吃音とどのように向き合い、どのような点に注目してきたのか。伊藤さん自身の経験談を踏まえた対話を通して、当事者がいかに特性から可能性を見出していくのかが語られた。

Aさん:息子は自分の吃音について、「僕は話すときに癖があってね、たまに言葉が出てこないときがあるんだよ」と言っていますね。特性上、いっぱいしゃべりたい衝動もあるので、どの言葉が先に出るかを考えてしまい言葉が詰まりがちになるようです。友達から指摘されたときも、「癖なんだよね」と笑って過ごしているようですが、少し気にしているみたいです。

伊藤:私自身、勤めている大学の学生から、個人的に吃音や発達障害に関する相談を受けることが多いのですが、悩みを解決するというよりも、研究者としてそういった特性に向き合うことで見えてくる可能性にフォーカスを当てて対話をするようにしています。

「どうしてそういう仕組みになっているんだろう」と問いを立て、一緒に言葉にしていくと、吃音の人にもいろいろなタイプがあることがわかり、当事者同士でも驚きの声が上がるんですよね。そのように本人たちにとっては当たり前のことから面白さを見出して、可能性を増やしていくことが大切だと思っています。息子さんにはどんな得意があると思いますか?

Aさん:得意なことは、体を動かすことでしょうか。しばらく運動した後は、少し落ち着いて授業に入ることができるようなので、本人にとって安心できることなのかもしれません。

伊藤:考えるよりも行動が先に出てしまうという特性に対して、集中しなければいけない時間があったらその前に体を動かすということも、ひとつの対処方法ですよね。そういう成功体験を増やしていくことが成長につながりそうです。

Aさん:そうですね。対人関係においても、イライラしたときに人やものに当たってしまうことが多かったのですが、最近は学校では教室の隅、自宅ではブランケットの中に入り、自分だけのスペースに身を置いて、冷静になるようにしている光景を見かけます。息子自身も、自分なりの対処方法を考えているのかなと思いますね。

伊藤:吃音の世界でも、みんな誰から教えられたわけでもなく、いろいろな対処法を身につけていきます。たとえば、出てきづらい単語があれば別の単語で言い換えをするといった工夫を身につけて、それがだんだん自分の一部になって思考のプロセスに組み込まれていくんですね。それがどういうものか言語化できるようになるのは大人になってからだと思いますが、当事者と話したときに長年抱えていた孤独を分かち合い、安心感が得られる瞬間も訪れることがあると思います。

隠すのか、主張するのか。グレーゾーンが抱える社会との距離感

障害のある人々は、社会との関わりの中で、どのように位置づけられるのか。「障害を隠すこと」「生きづらさを主張すること」それぞれが抱える課題も浮き彫りになっていく。

Aさん:伊藤さんは、障害を持っていることがわからないように隠すことについて、どう考えていますか?

伊藤:隠せるということは、良くも悪くも健常者のふりができるという選択肢が増える一方で、人と長くつき合うにつれてどんどんギャップが広がっていってしまうという問題も起きやすいと感じています。深くつき合いたい人には早い段階で言うという使い分けをしている人もいますね。

Aさん:私自身も社会生活を行なうなかで「あの人は仕事ができないんだよね」と言われる人たちがいて、そういう人たちのなかにはグレーゾーンであるがゆえに自分の特性を公表できていない人や、自分自身で気づかず悩みを抱えている人もいるのだと思うようになりました。

伊藤:そうなんですよね。ありのままの自分が社会に受け入れられ、評価され、社会が回っていくことが一番いいですが、いきなりその理想に近づくことも難しいもの。だからこそマジョリティ的な振る舞いや喋り方に合わせようとする気持ちが働いてしまう。吃音の当事者と話していると、それはそれで素直な感情だとも思うんですよね。

Aさん:最近は、「生きづらさ」という言葉が広く使われすぎていることにも違和感があって。伊藤さんはどう感じていますか?

伊藤:私もそう思います。「生きづらさ」という言葉は、もともとは1990年代の貧困や自殺など社会問題に対して、連帯のために広く使われるようになった言葉です。

そして「生きづらさ」が受け入れやすい言葉となった結果、みんなが抱えるいろいろな問題が顕在化し「1億総生きづらさ」のようになってしまっているというか。また、マジョリティの立場に立つと攻撃されるので、みんな必死になって自分のポジションを築こうと、自分のマイノリティ性が持つ「生きづらさ」を探してしまい、逆にもっと生きづらさを感じてしまう人もいるんですよね。

Aさん:みんなが「生きづらさ」を主張することによって、他のいろんな生きづらさと同じように見られてしまい、本当に困っている人の苦労が薄まって、光が当たらなくなってしまうこともあるんじゃないかと感じます。

一方で、「生きづらさ」を抱えていると思われている本人、たとえば息子を見ていてもそうなのですが、本人はそれほど「生きづらさ」を自覚しておらず、普通だし楽しく生きていると感じている人もたくさんいると思います。このように光を当てる必要がある人、必要ない人がいることを踏まえたうえで、グレーゾーンの方も含めて障害がある方を理解しようとするマインドセットがあれば、社会のあり方も違ってくるのかもしれないなと思いますね。

特性を活かす働き方とは? 障害者雇用から広がる可能性

障害がある人やグレーゾーンの人が社会に出るとき、障害者雇用は単なる支援にとどまらず、個々の特性を活かした新しい働き方を生み出す可能性がある。特に彼らにとって、自分のペースで働ける環境は重要だ。

企業がこの特性を理解し、適切な業務を提供することで、本人が自信を持ち、成長できる場を作り出すことができる。WOWOWコミュニケーションズで障害者雇用を推進するAさんが目指す、障害がある人の働き方の未来とは。

伊藤:Aさんは家庭では発達障害の息子さんと向き合い、職場では障害者雇用の推進を担当されているそうですね。

Aさん:そうですね。息子との経験を通して、障害のある人、グレーゾーンの人たちが社会に出たとき、いろんな仕事に就けるようにするために自分も何かできないかという考えを持つようになりました。

当社のコールセンター業務のなかには、電話応対の品質を良くしていくために、録音された応対内容を聞き、どうしたらもっとお客様に良いアプローチができるか、満足度を高めていけるかを考える「評価業務」を行う部署があり、私自身もその部署で長年働いてきました。

そこで1年ほど前に障害者雇用を行い、その社員に評価業務に携わってもらったところ、その方の特性と業務内容が非常にマッチしていると感じたんです。そして、このような特性があって困っている人はほかにもいるはずで、この部署であれば、彼らが楽しく働ける環境を作れるのではないかと思ったんです。それからすぐに会社に提案し、障害者雇用の推進が始まりました。

伊藤:思わぬところでの発見からスタートしたのが興味深いです。どのような点がマッチしていると感じたのですか?

Aさん:その社員は精神疾患を持っており、これまでも対人関係でいろいろなストレスを抱えて体調を崩すことがあり、人と関わることが怖かったそうです。一方で音声評価業務は人と関わらず、1人で音声を黙々と聞いて、チェック項目に沿って内容の良し悪しを評価していく仕事なので、安心できる環境で自分のペースで評価をしていける。

本人も「前の職場で障害者手帳を持たずに働いていたときは、仕事の覚えの悪さを周囲に理解してもらえなかったり、責められたりしてすごく困ることがあったけれど、障害者手帳を取ってその枠で働くことができるようになったことで、自分の特性を伝えやすくなったし、理解してもらったうえで働ける。だからいま、この仕事がすごく楽しいんです」と語っていました。

グレーゾーンのまま大きなストレスを感じながら働くよりも、障害者手帳を持ち、会社側も理解しやすい状態に変えていくこともまた重要で、そういうことも皆さんにわかっていただけたらいいなと思います。

伊藤:そうですね。ちなみに他者同士の会話であるにせよ、人間関係があんまり得意ではない方にとって、人の感情に触れることがしんどくないのかなとも思ったのですが、その点はどうですか?

Aさん:現在、障害者雇用枠で採用された4名の社員が、私のチームで働いているのですが、メンバーのなかには「自分が電話を受けている人の気持ちになってしまいストレスに感じる」という人もいますね。

一方で、全く気にならない、むしろ楽しめる、客観的に評価できるという方もいて、それは特性というよりもその人の気持ちの受け取り方だと思います。ただ、彼らに同じペースで同じ理解度で作業を進めてもらうことを求めているわけではなく、ご本人の障害や家庭の事情などを尊重したいと思っているので、期日にも余裕を持ち自分のペースでのびのびと働きながら成長できる環境づくりをしていますね。

伊藤:具体的に、どのような環境づくりをされているのでしょうか。

Aさん:いまは障害者の雇用支援などを行うスタートライン社のサポートを受けていて、その方が持っている特性に合わせて研修の進め方をどうしたらいいか、どのような接し方をしながらチームとして成長させていくかを相談しながら、それぞれに合ったマニュアルで業務をやってもらおうと動いています。4月には、サービスとしてリリース予定です。

伊藤:今後、音声評価の仕事を通してその人が持つ可能性が見えてきたら、それを活かしてステップアップしていくこともあり得るのでしょうか。

Aさん:そうですね。いまはプロジェクトがスタートしたばかりの段階ですが、たとえば業務で集中力があるとわかったら、今後はその集中力が発揮できる業務につなげるなど、社内で連携しながら彼らが働ける場を増やしていくことも考えています。

伊藤:実際にチームを取り仕切るなかで、気づきや変化はありましたか?

Aさん:否定するのではなく、まずは受け入れるという態度が、いい方向へ変化していくために大切だと気づきました。

たとえば、私とスタッフさんが話しているときちょっと小耳に挟んだ他のスタッフが、「それってこの前の話だよね」と割り込んでしまったことがあって。そのスタッフは悪気があったわけではなく、気になったキーワードが耳に入ってきてしまったから言いたくなってしまった。それを良くない行動と指摘するのではなく、まずは「このキーワードが気になったんだよね」と受け入れつつ、「突然遮られて、話始められたら相手はどう感じると思う?」と聞くことで、自分の衝動性に気づくことができます。

この出来事をきっかけに、本人からも「どうすればいいか一緒に考えたい」と言ってきてくれて。受け入れられるとすごく安心するし、仕事をしていくうえでモチベーションも保たれる。だからこそ、関わる人みんながまずは受け入れてほしいなと思っているんですよね。

伊藤:すばらしいことだと思います。本人だけが抱えないことがすごく大事ですよね。今後はチームとしてどう成長をしていこうとしているのですか?

Aさん:チームとしてお互いカバーし合うような関係づくりをサポートしていきたいですね。そのために、うまくやっていけるような対応方法を考えることも大切だと思っています。最初は特性がある人たちが集まったときにうまくいくのかという心配もありましたが、みんな普通にコミュニケーションが取れるんですよね。それぞれいろんなことに気を使って、みんなとうまくやりたいなと思いながら一生懸命頑張っていて、そのなかでうまくいかないこともある。そういう認識を持ったうえで、なにか問題が起きたときも、原因を探ってどうするかを考えられるチームになってきているので、今後はその範囲を広げ、もっと多くの人と一緒にお仕事できたらいいなと思っています。

伊藤:障害者が働きやすい場の可能性を見出して、「これは宝かもしれない」とやってみて、試行錯誤しながらその可能性を広げようとしている。その姿勢がすてきですね。障害者雇用枠で入社された方は、先入観で、この人にはこれができる、これができないと決めつけて配置されがちだけど、一人ひとりと向き合えば意外なところに宝があって、会社のなかに居場所をつくっていくことができる。とても参考になる話でしたし、この取り組みが社会に発信されることが、社会全体にとっての宝にもなりうるのではないでしょうか。

プロフィール
伊藤亜紗 (いとう あさ)

東京科学大学未来社会創成研究院、リベラルアーツ研究教育院教授。MIT客員研究員(2019)。専門は美学、現代アート。さまざまな障害の当事者へのインタビューを通して、その体ならではの感じ方やつきあい方を明らかにしている。



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