10月4日に公開され、週末動員ランキングで初登場1位となるなど反響を呼んでいるA24の最新作『シビル・ウォー アメリカ最後の日』。分断が深まり、国を二分する内戦が起きたアメリカを描いたディストピア・アクション映画だ。
CINRAが配信するPodcast番組『聞くCINRA』では、ライターのISOさん、映画や音楽に関するMC・ライターとして活動する奥浜レイラさんと、本作について語り合うエピソードを配信。番組の一部を抜粋して紹介する。
※記事では、物語後半の内容に触れています。あらかじめご了承ください。
新たな視点を描き、「自分ごと」として迫ってくる映画
『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、連邦政府から19もの州が離脱したアメリカが舞台。共和党支持者が多いテキサスと、民主党支持者が多いカリフォルニアが同盟を組み、「西部勢力」として政府軍と対立。激しい内戦に突入していた。
物語の中心人物は、崩壊間際に迫ったアメリカの姿を取材するジャーナリストたちだ。キルスティン・ダンスト演じるベテランの戦場カメラマン、リー・スミスは、ジャーナリスト仲間であるジョエル(ヴァグネル・モウラ)、サミー(スティーヴン・ヘンダーソン)とともに新米カメラマンのジェシー(ケイリー・スピーニー)を引き連れ、大統領を取材すべくワシントンD.C.を目指す。
国中が戦地と化し、誰が「敵」か「味方」なのかもわからなくなった恐怖を描いた作品だ。
映画のなかで起きていたことではありますが、見終わったあと、あたかも誰かが四方八方から自分を狙っているんじゃないかと思うぐらいのリアリティがありました。
「この光景を見たことある」という実感よりも、「なんかこれ感じたことあるな」という、心に実感が湧くような映画だと思います。自分が生きている社会や世界と地続きのような気がする。それこそ世界中で戦争が起きていて、分断はアメリカだけではなくいろいろなところで起きていますよね。
少し話が違うかもしれないけれども、日本の社会でも「あなたはどっち派なんですか」と問われるような、パッと目に見えるわけではない分断を感じる瞬間もあるので、あんなに壮大な物語に見える作品が「自分ごと」として迫ってくるような感覚がありました。
世界中で政治的な分極が起きていて、「分断」と言えば「保守とリベラル」の分断というイメージがあると思いますが、この作品では「保守とリベラルが手を組んでファシズムと戦う」という新たな視点が取り入れられていますよね。
僕らがいまある分断に目を向けているあいだに新たなヤバいものが育っているぞ、と警鐘を鳴らすような側面もあると思います。
De La SoulやSuicide、作品を彩る優れた選曲
ポリティカルな要素が注目される一方で、娯楽作品としても成立しているのが、この作品の魅力の一つとISOさんと奥浜さんは強調する。本作は戦争映画でもあるが、アメリカののどかな田舎風景が広がるロードムービーでもある。
緊迫感のあるシーンに軽妙な楽曲が流れるなど、音楽の演出も印象的だ。イギリスのバンド・Portisheadのジェフ・バーロウと、ビヨンセの楽曲なども手がける作曲家のベン・ソールズベリーが音楽を手がけていて、劇中音楽にはDe La SoulやSuicideなどの楽曲が採用されている。
De La Soulの“Say No Go“が銃撃シーンで採用されている。
音響がすごくて、本当に戦場に放り込まれてるような没入感がありますよね。音楽にもこだわりがある映画なので、そこに注目してみるのもまた面白いと思います。
ホラーとは違う、味わったことない怖さがあって。戦場ではこんなに鈍い音がするんだとか、どこから銃で狙われているかわからない恐怖感とか、そんな場所に放り込まれたことがないはずなのに、実感として知っているような怖さがありました。音楽もよかったですね……。
元VOGUEモデルの戦場カメラマンが名前の由来に。作品に垣間見えるシスターフッド
主人公のリー・スミスは、数々の戦場を潜り抜けてきたベテランの戦場カメラマンだ。物語では、国の悲惨な状況を前にしたリーが心を乱していく姿や、彼女に憧れる新人カメラマンのジェシーがリーの意志を継いでいくような場面が描かれる。
アレックス・ガーランド監督の作品を観て毎回思うんですが、ジェンダーに関する意識がちょっと違うなと思います。アメリカのみならず、世界でいま戦争映画を撮るとなったとき、女性を主人公にする男性監督がどれだけいるだろうと。
『エクス・マキナ』(※編集部注:2017年に公開されたガーランド監督によるSFスリラー映画)からそれを感じていて、今回は主人公の名前がリー・スミスですが、その名前はリー・ミラーという実際の写真家が由来になっています。
もともと『VOGUE』のモデルで、写真家として第一次世界大戦中に報道写真を撮影していたんですが、女性の戦場カメラマンとしては第一人者的な人です。
「女性戦場カメラマンは男性社会と爆撃地帯という2つの戦線で戦わないといけない」という言葉を残している人で。そこで戦ってきた人の名前が元となった主人公が、若い女性カメラマンを育てていく……という構図が、すごくシスターフッド的でもあります。この作品の主題ではないものの、そういった描きかたもアレックス・ガーランドっぽくてすごく良いなと思いました。
たしかに、最近は年長者から下の世代に手渡していくような「継承」のストーリーを少しずつ目にする機会が増えてきた気がします。
余談ですけど、『エア・ロック 海底緊急避難所』という映画がちょっと前に公開されていて……。
サメ映画ですか!?
そう、隠れサメ映画で(笑)。飛行機が墜落してしまって、海にどんどん沈没していくなかで、乗り合わせた人たちがどう助け合っていけるかみたいなサバイバルなんですけど……。それも主題ではないものの、女性が下の世代の女性に才能や知恵をどう渡していくか、という一面も入っている作品だったんです。
そうだったんですね!
女性同士がいがみ合うような話ってもう描かれ尽くして、「もういいよ」という感じになって、数年前にそういう物語は終わりを迎えたと思うんですけど、そこから新たな女性同士の関係が描かれていますよね。淡いシスターフッドみたいなものを当たり前に描いていくことが増えてきたような気がします。
ジェシー・プレモンス演じる謎の兵士のシーン 「自分もやってしまっていないか? という怖さがある」
本作で観た人の心を激しく揺さぶるシーンが、ジェシー・プレモンス演じる謎の兵士が登場する場面だろう。プレモンス自身の発案により採用されたという真っ赤なサングラスをかけ、得体の知れない異様な雰囲気を醸し出す兵士は、リーら主人公一行を絶望に陥れる。
一行は、戦闘服を着た兵士2人が大勢の遺体を土に埋めているところに遭遇する。兵士は銃を構えたまま、リーたちに「どういう種類のアメリカ人だ? 中米か? 南米か?」と問いかける。そして、「コロラド」と答えたリーに「そうとも。それが米国人だ」と返すと、リーらの旧知の仲であるアジア人ジャーナリストに同じ質問をしたあと、間髪入れずに彼を撃ち殺す。
【10.4公開】『シビル・ウォー アメリカ最後の日』「どういう米国人だ?」戦慄の本編映像 - YouTube
増長していくヘイト、銃社会の果てを描いたような衝撃的な場面だが、ISOさんと奥浜さんは、日本で暮らす私たちにとっても「他人事」ではないシーンだと分析した。
銃社会だからこそ起きることとも思いますが、その一方で、たとえばいまだにそれがあったことを認めない人がいることも含めて、関東大震災のときに起きた朝鮮人虐殺とか、現代だと在日クルド人に向けられるヘイトの問題とか、日本でも緊急事態になったらこういうことが起こりかねないというリアリティをすごく感じました。
何者かもどういう目的かもわからないけど、ただただ憎しみを持っているという人がたくさん出てくるんだろうなということは怖く感じますよね。
アレックス・ガーランド監督にインタビューした際に、観客の多くが彼が人種差別主義者だと気づかなかったと言っていたんですね。たしかに、自分が属していないとか、関わることのない属性に対する差別にどれだけ無自覚かということは、人種だけじゃなくてもある話だと思いました。僕も出生やセクシュアリティ、ジェンダーに関することで、気づかぬうちに差別に対して無自覚なところがあるかもしれない。差別に気づいていないことは自分にもあるのかなと……。
そうですよね。彼は、見た目だけで最初から銃殺するという意思があるんでしょうけど、「どの種類のアメリカ人なんだ?」という質問にあえて答えさせたうえで撃つんですよね。1つずつジャッジを明確にしていくという行為をみたとき、もちろん銃を持っているわけではないにしろ、分断が起きがちなさまざまなイシューのなかで、1つずつジャッジしていくことって、じつは「あれ、これやっていないか? 自分もやってしまっていないか?」という怖さもあると思いました。
自分がアメリカに行ったとき、特に南西部でみんなが銃を当たり前に持っているんだなと思いながら過ごしているとあの怖さはより身につまされるんですが、そういう遠い世界で起きていることというのもありつつ、自分の普段いる場所に持ち帰ったとき、このジャッジはしがちかもしれないということがゾクっとしたところでした。
なんかやっぱり、自分が思っていることが正義だっていう意識がどこかに自分にもあって……。
ある。すごくある。本当にそうですね……。
自分と違う考えを持っている人と喋って落としどころを見つけていくという行動を取る前に、「この人は私と違う考えかただ」ってどこかでレッテルを貼る行為を私もしていないだろうかって……。
対話がされず、「どの種類のアメリカ人なんだ?」という台詞だけで決めてしまう。人種もそうですけど、イデオロギーとか、それだけで決めてしまうという対話のされなさって、日本だけではなくてアメリカでも起きていて、多分世界中で起きていると思います。だからこの作品がこれほどヒットしているんだなと思います。
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