1館から全国上映へ。『侍タイムスリッパー』監督とキャストが語る、高みを目指した撮影現場

8月に池袋シネマ・ロサで封切られ、口コミで人気が広がり全国上映にまで拡大した自主映画、『侍タイムスリッパー』。幕末の侍が現代の時代劇撮影所にタイムスリップし、「斬られ役」として名を馳せていく物語を描いた痛快なチャンバラ活劇だ。

たった1館の上映から全国に広がっていく様子は『カメラを止めるな!』の再来ともいわれるが、製作陣はどう受け止めているのだろう。

監督・脚本・撮影・編集などを務めた安田淳一、物語のキーパーソンである風見恭一郎役の冨家ノリマサ、ヒロイン・山本優子役の沙倉ゆうの、愛嬌のある役柄・錦京太郎を演じた田村ツトムが集結。和気あいあいとしながらも、脚本の力を信じ、皆が高みを目指したという撮影現場について、たっぷり語ってもらった。

幕末からタイムスリップした侍が「斬られ役」に。ノスタルジックな描写も多い『侍タイムスリッパー』

「侍タイムスリッパー」予告編 / 時代は幕末、主人公の会津藩士・高坂新左衛門は「長州藩士を討て」との家老じきじきの密命を受けていた。両者が刃を交えた瞬間、落雷が轟き、新左衛門が眼を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所。新左衛門は行く先々で騒ぎを起こしながら、守ろうとした江戸幕府がとうの昔に滅んだと知り愕然となる。一度は死を覚悟したものの心優しい人々に助けられ、少しずつ元気を取り戻していく――。

—1館のみの上映だったのが、いまでは全国251館以上での上映にまで拡大中と勢いは止まることを知りません。この快挙は映画製作に携わる人々に大きな夢を与えたと思いますが、皆さんはどのように受け止めていますか?

安田淳一監督(以下、安田):まだ実感がないですね。毎日いろんな業務に追われ続けているということもあり。

沙倉ゆうの(以下、沙倉):私もあんまり実感はないんですけど、テレビで取り上げられたときにまわりの人から見たよって言われると広がってるんだなと感じます。

田村ツトム(以下、田村):SNSでも皆さん感想をすごくたくさんあげてくれてますもんね。

冨家ノリマサ(以下、冨家):本当に嬉しいですよね。撮影中は上映されるかさえ決まっていなかったので、(主演の山口)馬木也と「これってどこで上映されるのかな」と話していたくらいなので。でもつくりながら「絶対面白い作品ができる」っていう手応えはあった。それがこれだけ広がるなんて、夢を見てるみたい。なるべくこの夢を長いこと見ていたいです。

安田:僕も「明日起きたら夢やったんちゃうかな」って思うときありますもん(笑)。

—監督は劇場でお見送りもされていますが、そのときのお客さんの反応はいかがですか?

安田:皆さんすごく満足そうな顔で劇場を出られるので、「喜んでもらっているんだな」とそこで感じますね。リピーターのお客さんも結構いますし、以前1人で来られた方が親や家族を連れて来てくれるというのも多いですよ。

—劇場が爆笑に包まれたり、自然と拍手が起きたりと、この映画はどこか懐かしい劇場体験を味わわせてくれます。親世代を連れて一緒に観たいという気持ちはわかりますね。

安田:客席丸ごとタイムスリップしている感じがありますよね。実際ノスタルジックな描写も多いですし。たとえば、剣心会を受けたときに「すべった」「落ちた」と言ったらいけないというくだりは昔のテレビで100回くらい見たことがありますが、それをこの後に及んでやってみたことが、いまのお客さんにとっては逆に新鮮に感じたのかもしれません。

—この映画の広がりを見ると口コミのパワーをあらためて感じますよね。完全に観客を味方につけた作品かと思いますが、これほど観た人に愛される理由は何だと思いますか?

沙倉:キャラクターがそれぞれ可愛らしくて、愛着が持てるところが大きいと思いますね。だからみんな安心して感情を委ねられるし、応援できるのかなと。

安田:その最たるキャラクターが心配無用ノ介(錦京太郎)やね。それほど登場時間が長くないのに、ファンアートをつくってもらったりとすっかり愛されてる。それで演じる本人も調子に乗ってるけど(笑)。

田村:そんな目で見てたんですか!? いいでしょ調子に乗っても!

一堂:(笑)

冨家:監督がどの役にも愛を持ってカメラを向けていたから、それがお客さんにも伝わっているんだと思います。主役だろうが脇役だろうが画面に映る人にはちゃんと光を当てられているということを、僕も撮影中に感じていたので。そういう監督の愛情やこだわりが画面を通じて出ているんだなと。

同じ方向を見ていたからこその衝突もあった。キャスティングと撮影現場について

—本作で驚いたのがみなさんの演技の巧さでした。キャスティングはどのように決めたのですか?

安田:毎回一緒にやってるゆうのちゃんは最初の段階から決まっていて。そして以前ご一緒してお芝居を知っている、紅壱子さん、福田善晴さん、井上肇さんも当て書きに近いかたちで脚本を書いていきました。

あとはオーディションをして、存在感があってお芝居ができる方にお願いしていきました。ただお願いした直後にコロナ禍で2年凍結してしまい……。2年経ってみんな出てくれるかなと連絡したら「待ってました!」と言ってくれて、嬉しかったですね。

沙倉:2年前にお願いしていた全員が出てくださったんですよ。

安田:台詞の多い役を演じる人に関しては、テレビやネットで探しました。馬木也さんと冨家さんは、BSの時代劇に出演されているのを見て良いなと思いオファーしたんです。そのときはまさかここまで素晴らしい俳優さんだと思いませんでしたが。

—一緒にお仕事をして、はじめてそのすごさに気付いたと。

安田:2人とも本当に暑苦しくてね(笑)。「ここはサッと撮りましょうや」って言っているのになかなか納得してくれなかったり、2人とも僕とは違うこだわりがあるんですよね。でもその違いが正解でした。それぞれのこだわりが合わさってより良いものができたと思います。

—冨家さんとは撮影中にいろいろディスカッションをされたとか。

安田:もちろんどちらも大人の態度でしたけど、ニュアンス的には喧嘩に近い(笑)。でもそれは作品を良くしようという俳優さんの気持ちがあるからですよね。インディーズ映画だからと軽く見ないで、物語や人物をどれだけ深められるかを真剣に考えてくれて。同じ方向を見ていたからこその衝突だったので、ボロクソに言ってたことも笑い話になっているし、いまでは人間としても大好きです。

冨家:脚本があまりに面白かったから、なんとかその良さを最大限引き出したいと燃えていたんです。脚本という二次元のものを、三次元にしていくイメージもそれぞれズレがありますから、そこでいろいろ議論させてもらいました。

安田:ありがたいことに脚本が面白いと言ってもらえて。映像化にあたり、間違っても脚本以下の作品にしてはいけないということは皆の共通認識としてありました。

演出家としては撮影中に止めてもらっても良いんですが、この映画は僕が出資者でもあるわけで。だから「ここの借り賃なんぼやと思ってんねん」とか考えながら「お願いやから早くしてっ!」って(笑)。でも楽しかったですわ。

田村:監督のこう撮りたいという気持ちと、役者のこう演じたいという気持ちがそれぞれあって、毎回衝突してたんですよね。でも毎日、監督がその日撮影したものを粗編集したVTRを役者陣に送ってくれるんです。それを見ると確かにこれはバトルした甲斐があるなと。戦ってれば戦っているほど良い絵になっていて。

—撮影当日に粗編集をつくって送るんですか……!?

安田:お芝居している方からしたら、インディーズ監督がどんな画を撮るのか不安じゃないですか。ましてや僕は監督だけじゃなくカメラマンもやっていますし。僕はその不安を払拭したいから、毎晩「こんな映像になってるから安心してください」ということを伝えるためにも粗編集を送っていました。すべてのシーンというわけではないですが。

役づくりはどのように行なったのか。現代の時代劇スター、錦京太郎

—俳優のみなさんは演じるキャラクターをどのように追求されたんですか?

田村:錦京太郎を演じるうえで監督には「二枚目の大御所俳優の空気を出してくれ」と言われたんですが、いままでそんな役をしたことがなかったので、大御所の所作をいろいろ研究していきました。

たとえば刀を付き人に渡すときに人の顔を見なかったり、顔の前に手を構えたらタバコが出てきたり。それを東映の俳優部の方々に細かく教えていただいたのはいまでも忘れないですね。

安田:心配無用ノ介は撮ってて面白かったですね。自分で言い回しや決め動作を考案してノリノリでやってくれてたから、みんなで「田村さん、活き活きしてんな」って笑ってました(笑)。

じつは田村さんはどの役をやってもらうか最初決まってなくて、クランクインしてだいぶ経ってから「田村さんなら正統派の2枚目もいけるな」と思って心配無用ノ介を託したんです。見事にハマったので、田村さんに任せてよかったです。

冨家:めちゃくちゃ印象に残るキャラクターですもんね。

沙倉:そういえば田村さんだけ台本持っていなかったですよね。途中参加やから(笑)。

田村:そう、僕だけ台本もらってない。行ったらもらえるもんかと思ったら誰もくれへんし。最初はスマホでデータを見ながらやってたんですけど、何日かしてから監督に「いつになったら台本くれるんですか」って聞いたんです。そしたらもう在庫がないって言われて……。

安田:あはは、僕そんなことやってました? でもたしか途中で誰かが使い終わったやつをあげたような……。

田村:もらってませんよ!毎回僕だけデータをプリントアウトしてやってましたから!

一堂:(笑)

物語のキーパーソンとなる風見恭一郎。「記憶をかき集めてつくりあげた」

—冨家さんはどのように役づくりをされたんでしょう?

冨家:時代劇の大スターとして画面に出てきたときに見劣りしたらアウトだなと思ったので、本番前にはいつも身体のなかを空気でパンパンに膨らませてから演じていましたね。京都東映でいろんな時代劇に出させていただいていたときに、松方弘樹さんや北大路欣也さん、里見浩太朗さんなど大物先輩方のオーラを見ていたので、その記憶をかき集めて風見という人物をつくりあげていきました。

安田:キャスティングにすごく悩んだ役だったので、初日に冨家さんを撮ったときに「大スターに見える。冨家さんで間違いなかった」と安心したのを覚えています。でも表現するのが難しかったと思いますよ。大スターという設定だけでなく、佇まいからそう見せる必要があったので。

冨家:そこが一番怖いところでしたね。雰囲気に関してはお芝居で誤魔化せませんから。

—風貌が完全に大スターでしたよ! 大御所なのに謙虚なところが風格もあって。

安田:冨家さんは江戸時代の元武士である大スターという佇まいになっているんです。一方で錦京太郎(心配無用ノ介)は現代人だからお調子者感が最後まで抜けきらない(笑)。その違いがきちんと生まれていてうまくいったなと思いました。

物語のなかでも撮影現場でも助監督を担う

—助監督を演じた沙倉さんは、実際に現場の助監督もやられていたんですよね。

沙倉:そうなんです。でも普段はこじんまりとしか撮影してないから、本当の助監督がどんな仕事をするかわからなくて。監督に「助監督ってなにするんですか?」って聞いても、「監督を助けんねん」って言うだけで参考にならへんし(笑)。

安田:「監督を助ける」と書いて助監督やから(笑)。俺もやったことないけど。

沙倉:だからとりあえず言われた仕事を一生懸命頑張るのと、潤滑油として現場の雰囲気づくりは意識してやってました。

—刀の整備もしていたという噂を聞いたんですが。

安田:立ち回りの撮影が終わったら、お母さんと2人で一時間くらいかけて整備してくれてたよね。

—お母さんと!?

沙倉:そうです。立ち回りのシーンが多かったので100本くらい刀を借りていたんですけど、そんな数の整備を1人でできないから母に手伝ってもらって。刀の紐を結ぶとか一切したことないのに。

安田:お母さん手先がすごい器用やから、今後絶対使わないであろう技術をどんどん身につけてて(笑)。

冨家:たしかにゆうのちゃんは気がつくと何かしらの仕事をしていました。僕と馬木也はゆうのちゃんをエンジェルと呼んでいて、本当に癒しでしたね。僕と監督が喧々囂々とやっていると、ゆうのちゃんが収めてくれたり。

—最重要ポジションじゃないですか。

安田:思えば結構失礼なことも言うてましたもんね。どちらの衣装を着るか揉めたときに、冨家さんがスタッフに「こっちの衣装の方がいいよね?」って聞いたんです。それに対して「冨家さんの立場でそんなん聞いたらスタッフも『はい』としか答えられへんから!」とか言うたり(笑)。

冨家:もらった役に愛情があるから、自分のなかで「風見はこうだ」とつくり込んじゃっているんですよ。一方で監督のなかにも風見のイメージがあるから、それを要求してくるんだけど「いや、風見は俺だから!」って(笑)。そこはもうお互いに譲らないんですよ。

安田:現場でも「安田くんは絶対に譲らないよな!」って憤慨してましたね。でもこんなことを言いつつ、冨家さんはすごく大人な対応をしてくれてました。普通の人やったら怒って帰ってますもん。一回冨家さんの目の前で「やりにくいなぁ!」って心の声が漏れたことがあったり。さすがにそのあとすぐ「……すいませんでした!!」って冷静になりましたけど(笑)。

冨家:普通そんな現場だと殺伐としていくんですけど、今回はまったくそうならなかったんです。それは「絶対良いものができる」とみんな確信があったから。同じ方向を見ていたからいろいろ言葉をぶつけあっても殺伐としないし、チームワークがとにかく良かったんです。学校のクラブ活動みたいで。

田村:まさに! 目標に向かってみんなが突き進んでいる感覚でしたよね。

冨家:「こうしねぇと勝てねぇだろうが」「いやこうした方が勝てる」みたいな感じで(笑)。

—顧問(監督)と部長(冨家さん)が毎日言い争ってるような?

沙倉:そんな感じです(笑)。

—山口馬木也さんはそういう衝突をどういう風に見ていたんですか?

安田:むしろ、一番撮影を止めてたのは馬木也さんです。

冨家:馬木也は顧問にバントをお願いされても「俺はそんなことしない!」というタイプ。彼も相当入れ込んでましたから。

安田:衣装部の方から「山口さん、ちょっと入れ込みすぎやね」って言われるくらい(笑)。でも嬉しいですよね。馬木也さんはメソッドをきっちりとしている方なので、本当に江戸時代からきた人の気持ちになってお芝居をされていました。風貌や話し方も江戸時代の人のそれだから、馬木也さんと仕事しているというより高坂新左衛門と仕事をしているようで。ドキュメンタリーのような感覚すら覚えていました。

—山口さんの演技は本当に素晴らしかったです。笑えるけど、演技自体はコミカルすぎない絶妙なバランスで。

安田:じつは初日にもっとコミカルにやってほしいとお願いしたこともあって。でもやっぱり違うなと思って馬木也さんに任せて、僕はカメラマンに専念したんです。それをプレビューで見たら、可笑しいのに自然できめ細やかな演技をしてくれていて……本当に絶妙ですごかったです。俳優陣はみんな素晴らしかったです。

時代劇の本場、東映京都での撮影は「緊張感があった」

—今回、時代劇の本場である東映京都撮影所(京都市)が撮影に全面協力しています。東映京都での撮影はいかがでしたか?

冨家:緊張感がありましたね。

安田:東映から参加してくれたのが、照明さんとメイクさんと衣装さん。そして撮影は僕ら10名でやったんですが、そのなかでもスキルがあるのが僕と音声さんだけなんです。あとはアルバイトとか俳優さんがやってくれたりとかで、少数精鋭でもない。そんな集団がプロ中のプロと仕事をするわけですから。

僕は飲まれたらアカンという気持ちでやってましたが。でも初日の炎天下の中で立ち回りを繰り返しお願いをしていたら、ヘトヘトの剣心会の人たちに「立ち回りは2回まででお願いします」って言われて、すんませんってなったり(笑)。そうやって少しずつ勉強していきました。

—東映の人たちも作品を良くしたいという気持ちが強くて、日々怒号が飛んでいたとか……。

安田:現場ではクライアントの人まで映画を手伝ってくれたんですけど、その人が裸足で廊下から道場に入ろうとしたときに「コラーーー!!!」ってめっちゃ怒られて僕と謝りにいったり、ゆうのちゃんのお母さんが撮影中に照明との間に入っちゃって「入ったあかんやろがぁ!!」って怒られたり……。

沙倉:撮影中は監督がいろいろ指示を出すんですけど、スタッフは手が空いてる人が全然いないからうちの母が飛んでくるんですよ。そのときも髪直しに来てくれたのに怒られてて……(笑)。

安田:東映ではこの時間帯の食事はつなぎ、この時間帯の食事は夜食って明確に決まっているんです。でも外部の人は知らないから「夜食買ってきます!」とかいったら「この時間はつなぎや!」とか怒られたり。さすがにそれは知らんと思いつつ(笑)。そういう怒号は飛び交っていましたけど、こいつらの撮りたいものをちゃんと撮らせてあげようという愛情はつねに感じていました。

ラストの見どころ、真剣での殺陣のシーンはどのように撮影したのか

—本作の最大の見どころはラストの殺陣ですよね。息を呑む名シーンですが、あの部分はどのように作り上げたんでしょうか?

冨家:台本を読んだときに、ここが肝だと思ったんです。最後の殺陣で刀が真剣に見えなかったらこの映画は終わると。だから台本をもらってから撮影に入るまでに、もう一回居合から勉強をやり直しました。

若い頃から若駒(※)や京都で殺陣を学んできましたが、今回あらためて自主練習をして、どうやったら相手と対峙したときその精神性を画で見せられるかを考えて挑みました。でも、あれだけのシーンを撮れたのは馬木也がいたからこそですね。

安田:殺陣師である東映剣会の清家一斗さんと、殺陣師関本役の峰蘭太郎さん協力のもと、「わざとらしいから鍔迫り合い(つばぜりあい)はなし」とか、いろいろ考えながら道場でつくりました。

ただ、現場で実際やってみないとどうなるかわからないと思ってたんです。最初は恐怖を表現するのはどうやろと指示を出したんですけど、みんなに「彼らは並の侍じゃなく達人だから、怖がるのはおかしい」と言われてやめたり……。

気持ちが右往左往しながら、1日目は決定打となる殺陣がなく終わり、その映像を編集しているうちに、長めの「間(ま)」と散発的な切り合いがあれば、真剣で闘っている雰囲気や緊張感が出ると気付いたんです。翌日からは確信を持って間を長めにしたり、刀を合わせるときに力を入れて押し切ろうという冨家さんの迫力のあるお芝居を採用したり。現場でいろんな発見をしながら撮っていきました。

(※)若駒プロ……時代劇や現代劇、CM、映画、バラエティ番組など幅広く活躍する日本の演劇・殺陣プロダクション

高みを目指した撮影現場。「終わったら預金残高は6,250円しかなかった」

—俳優さんによるアドリブもいくつかあったという噂ですが、具体的に教えてもらえますか?

安田:アドリブは馬木也さんが多かったですね。自分が会津出身やったらこう表現するだろうと「磐梯山の雪のような白さ」と言っておにぎりを食べたり。元は「白いご飯でござるな」ぐらいの台詞だったんですよ。あとは最後の決闘後の天丼で出てくる「今日がその日ではない」という台詞もそう。台本になかったけど、馬木也さんが「思いついたんでやっていいですか?」って。

—今作屈指の名台詞じゃないですか!

安田:あとは、真剣で立ち合うということを決める試写室のシーンで、みんなの芝居を撮ってから最後に冨家さんを撮ったんです。そしたらつーっと涙を流していて…そんなん台本にないから「なんで!?」って(笑)。

じつはあのシーンは、みんなの芝居を通じてもうちょっと状況の説明をしていたんです。でも冨家さんが「ここはお客さんを信頼して委ねよう」と言ってくれて。それでみんなの説明部分を省いて、高坂と風見だけにフォーカスを当ててみたら、深いシーンになったんですよ。ただ、そのおかげでボツカットが大量に生まれて「初めに言うてください」ってなりましたが(笑)。

冨家:そういうディスカッションができる現場で、みんなが高みを目指してつくりあげたからこそ、エネルギーが画面を通じてお客さんに伝わっているんじゃないかなと思います。

安田:僕もこのレベルの俳優さんたちと映画を撮るのは初めてなので、その凄さに驚きましたし、勉強させてもらいました。雰囲気とお芝居だけを見てオファーしたのに、一緒に仕事をしてみたらここまでの情熱を持ってくれて。本当に運が良かった。

—撮影が終わったときに監督の預金残高が7,000円しかなかったというエピソードもすごいですよね。

安田:その話が広まった後に通帳を確認したら7,000円じゃなく、6,250円やったんですわ。知らん間にちょっとええ格好してました(笑)。

—カツカツで撮影していた監督に対し、みなさんはどういう反応だったんですか?

安田:現場ではカツカツ感は出さなかったですよ。お金がないと言えば現場が思いっきりできなくなるんで、ご飯もまあまあ良いものを食べてもらってたし、ホテルもきちっとしたところを用意しました。でもそれを表に出さないからイライラしたんでしょうね。お金がないのにみんな遠慮なく撮影を止めるから(笑)。そのおかげで良いものが撮れましたが。

—でも、いまではウハウハですよね?

安田:ウハウハじゃないですよ! まだ一銭も入ってきてませんし(笑)。

—俳優陣のみなさんは、製作中に印象に残っていることはありますか?

田村:僕が劇中でお借りしてたかつらと衣装は、里見浩太朗さんが実際に使われてたものなんです。総髪のかつらは普通はなかなか合わないんですよ。でも今回は一発目に持ってきてもらったそれがスポってシンデレラフィットして。嬉しかったですよね。絶対傷つけてはいけないので、すごく肩がこりましたが(笑)。

—すごい! かつらと衣装にも注目ですね。

沙倉:俳優ではなく助監督としてのエピソードなんですが……私はホテルの手配も担当していたんです。終盤は滋賀で撮影してたんですけど、馬木也さんは午後入りやから前泊じゃなく当日にくると思ってたんですよ。そしたら撮影前日の夜中に「夜遅くにごめん。滋賀のホテルにいるんだけど、チェックインできなくて……」って電話がかかってきて。

お互いに行き違いがあったみたいで、もうちょっとで主役を野宿させるところでした(笑)。違うホテルを見つけたんですけど、めっちゃ焦りましたね。

—映画のヒロインの仕事とは思えないですね(笑)。冨家さんはいかがですか?

冨家:馬木也とは一緒に現場と宿舎の行き帰りをしていたんですが、その時間がとにかく楽しくて。監督のこともよく話していましたよ。撮り直しになるかどうかを賭けて、帰りに「ほらね」とか言いあったり(笑)。

なんだかんだ僕らは作品も監督も大好きだったんで、文句を垂れながら笑ってました。風見という役も大好きだし、作品に携われるだけでも幸せだったのに、それが公開されてこれだけ話題になって……。こんな現象に立ち会える俳優なんてほんの僅かだと思うんですよ。だから馬木也とも「俺たち、結構幸せ者だよな」とよく言ってます。

『SHOGUN』などの時代劇と『カメラを止めるな!』への思い

—国内では『侍タイムスリッパー』、そして国外では『エミー賞』を席巻した『SHOGUN 将軍』が社会現象になっていて、時代劇の新たな可能性を感じますよね。

安田:そこと比べられるとは恐れ多いです……。ただ、いま時代劇を撮ると西洋風の立ち回りになることが多いんですが、真田広之さんが目指したオーセンティックな描写はこの映画とも共通しているかなと思います。だから真田さんが『侍タイムスリッパー』を観てくれたら喜んでくれるんじゃないかなと。この映画で衣装をやってくれた人が『SHOGUN 将軍』で着付けをやってたりという、ちょっとしたつながりもあるので(笑)。

—まだ海外では映画祭で上映されただけで一般公開はされていないそうですが、この映画も世界中で反響があるのではないでしょうか。

安田:モントリオールで行なわれた『ファンタジア国際映画祭』での反応はエグかったですよ。日本の劇場でもみなさんゲラゲラと笑ってくれてるけど、その5倍くらい大ウケで。

沙倉:コメディ映画ですってあらかじめ言ってたから、みんな真剣なところでも笑ってましたよね。

安田:誰かが何か言うたびに笑うし、拍手も頻繁に起こるし。僕も嬉しかったですけど、横にいた馬木也さんはその笑い声を聞いてずっと泣いてはりました。会場がドカーンって爆笑に包まれるたび、横から「グスッ、グスッ」って音が聞こえてきて(笑)。

—最後に、すでに予想以上の広がりを見せている『侍タイムスリッパー』に今後どのような展開を期待しますか?

安田:この映画をつくったきっかけのひとつが『カメラを止めるな!』の大ヒットに勇気をもらったことだったので、この映画も自主制作で頑張っている皆さんに勇気を与えられるくらい広がってほしいなと。まだまだ現状では『カメラを止めるな!』の再現性があるとは言えないので、そこを目標にみんなで頑張っていきたいと思います。

『侍タイムスリッパー』
絶賛公開中 ©2024 未来映画社 配給:ギャガ 未来映画社
プロフィール
安田淳一

1967年京都生まれ。大学卒業後、様々な仕事を経てビデオ撮影業を始める。幼稚園の発表会からブライダル撮影、企業用ビデオ、イベントの仕事では演出、セットデザイン、マルチカム収録・中継をこなす。業務用ビデオカメラ6台を始め、シネカメラ5台、照明機材、ドリー、クレーン、スイッチャー、インカム他を保有。2023年、父の逝去により実家の米作り農家を継ぐ。多すぎる田んぼ、慣れない稲作に時間を取られ映像制作業もままならず、安すぎる米価に赤字にあえぐひっ迫した状況。「映画がヒットしなければ米作りが続けられない」と涙目で崖っぷちの心境を語る。

冨家ノリマサ

国民的ドラマ「おしん」でデビュー後、テレビ、映画と幅広く活躍。特に時代劇へのゲスト出演が数多く印象に残る。都会的でスマートなビジュアルと、芝居への情熱を併せ持つ本格派俳優。「脚本が面白いんだ」と本作への出演を快諾。物語のキーパーソンとなるキャラクターを熱く演じた。自身の役柄を愛し探求する求道者。現場では作品のクオリティを上げるためのアイデアを意欲的に提案。その結果「キャラクターに想定外の深みが出た」と監督を喜ばせた。

沙倉ゆうの

未来映画社製作『拳銃と目玉焼』では薄幸のヒロイン、『ごはん』では主役を演じる。米作り農家を描いた『ごはん』では2017年の公開まで4年、以降地方のホール等で公開が連続38ヵ月続く間を含め、のべ7年以上も行われた追撮に参加。その間、変わらぬ若さに皆が驚いた。本作では劇中で助監督優子役を演じつつ、実際の撮影でも助監督、制作、小道具などスタッフとしても八面六臂の活躍。現在は東映京都俳優部に所属し、テレビ、映画で目にする機会が増えている。

田村ツトム

関西のテレビ、商業演劇で活躍する実力派。朝ドラも常連の安定感。二枚目三枚目とも達者にこなす高い演技力。劇中で見せるホームランバッターのような豪快な立ち回りも唯一無二の迫力。決めの所作も自ら発案、緩急のある芝居でキャラクターを魅力的に仕上げ、現場を笑わせた。



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