金原ひとみ×ゆっきゅん対談。新しい出会いを受け入れていくこと「中年になると、だんだん自分の世界が定まってくる」

没頭するような趣味や特技はなく、親しい間柄の友人はおらず、夜は毎日、動画配信サービスを見ながら肉と野菜を炒めたものとパックご飯を食べている。10年間、そんな波風のたたない生活を送り続ける45歳の女性を主人公にした作家・金原ひとみさんの小説『ナチュラルボーンチキン』が10月に刊行された。

「仕事、動画、ご飯」という徹底したルーティンを繰り返す主人公の浜野文乃(はまの あやの)。彼女の日常は、同じ出版社に勤める破天荒な20代の同僚・平木直理(ひらき なおり)と出会うことで突然変わっていく。ホストクラブに通い、スケボーで通勤し、刈り上げのヘアスタイル―。真逆の人生を送る平木との出会いをとおして、浜野は「封印」していた過去の自分、本当の自分と出会い直し、向き合っていく。

人と人がつながりあい、変化していく姿を鮮やかに描いた本作の発売にあわせて、金原ひとみさんと、以前から交流があったというDIVAのゆっきゅんさんの対談が実現。大人の友情、恋愛、お互いの性格や生きかたについて、たっぷり語り合ってもらった。

「中年になると、だんだん自分の世界が定まってくる」40代女性を描くこと

『ナチュラルボーンチキン』は、45歳になり、「中年」に差しかかった女性の生々しい感情が描かれている。20歳でデビューしてから20年が経ち、自らも40代になった金原さん。「この物語は、中年版『君たちはどう生きるか』です」と表現する。

ゆっきゅん

『ナチュラルボーンチキン』、すごく面白かったです。衝撃的な出会いの話ですよね。金原さんの作品は、正反対の人や話が合うわけではない人同士が出会って、なぜか一緒にいたり仲良くなったりする関係がいつも鮮やかに描かれていて、この話もそうだなと思っていました。

浜野文乃と平木直理の関係は、友達……? 友達になるのかな。同僚というわけでもないですよね。

金原

たまに一緒にご飯を食べてお酒を飲む人、みたいな。

ゆっきゅん

そうですよね。友情にせよ恋愛にせよ、人と人が出会うことでいままで自分が勝手に築いてきたものとか、自分が決めていたルールが気持ちよく壊されるような、そういう弾ける瞬間が描かれていると思いました。

金原

ありがとうございます。毎日同じメニューのご飯を食べるという、すごくガチガチのルーティン生活を送っていたのに、平木と出会ってからコンビニに行ってカルパス買っちゃって、びっくりするんですよね。すっごく容易いんですけど(笑)。

やっぱり中年になると、だんだん自分の世界って定まってきて。「こういう場所に行くと嫌なことがあるから行かない」とか、自分はこういうのが苦手だから、心地いいからという二択をなんとなくし続けることで、ずっと同じことしかやらなくなってしまう。浜野はそういう人物なんですけれど、私も歳をとるにつれて、ちょっとそういうところがあって。

だから、そこから引っ張ってくれる人、自分の領域にいきなりズカズカ入ってくる人って爽快だなと思っています。たぶん、そういう人を私は求めていて、自分では全然気づいていないけれど、彼女もそういう人をどこかで求めていたんじゃないかなと思っています。

趣味もなければ特技もなく、仕事への矜持もなく、パートナーや友達、仲のいい家族や親戚もペットもなく、四十五にして見事に何もない。
- 『ナチュラルボーンチキン』より
誰にも話していないし、誰に話すつもりもないし、そもそも話す相手もいないのだけれど、私は時々不安の発作のようなものに襲われる。(中略)恐らくそこには、私のこの「何もなさ」も関係しているのではないかとも思う。私は自分の何もなさに、震えているのかもしれない。
-

世界がひらけるときや、感動的な出来事には抗えない

ゆっきゅん

私もそう思います。自覚が全然なくても、平木に出会ったとき、最初からどこか面白がる目線や観察するような視点が浜野にはありましたよね。

あと、世界がひらけるときとか、感動的な出来事には抗えないんですよね。ライブに行ったときのシーンを見てそう思いました。何も起こらないように、無感動でいることを保つために、あえていろんなことを遠ざけて自分の世界をつくっている。ライブに行っても何も感じない人だったわけじゃなくて、ただそういう場所に行かないようにしていただけなんだと思いました。

金原

行ったら行ったで、めっちゃ心が動き出してしまう。

ゆっきゅん

そう。平木に誘われて、ライブに初めて行ったときのシーンにめっちゃ感動しました。

もう何が起きたかわからなかったみたいな、ライブハウスに行ったときの感覚が描かれていて、あれは絶対に音楽が好きな人しか書けないと思います。爆音のど真ん中、渦中にいた経験がないと書けない。

金原

嬉しい。ゆっきゅんは、平木側の人間ですよね。

ゆっきゅん

いや、でもテラスで裸にはならない(笑)。あとスケボーもやらない(笑)。でも、柚木(麻子)さんにスケボーやろうよって言われたら行くなぁ。

金原

この人とだったら乗り越えられるシチュエーションってありますよね。

一体何が起こったのだろう。私は自分が何に巻き込まれたのか、いや、自分が何に飛び込んだのかよく分からないまま、コインロッカーの中からバッグを取り出していた。目が大きく見開いたまま閉じられない。
-
私は民で、息の根を止められた。そう思った。ボーカルは最初から最後までほらこいよとイキリ狂ったジャンキーのような煽りと歌唱とモッシュの指導しかせず、一言も普通の言葉は吐かなかった。
-

ゆっきゅん

すごく嬉しかったのが、いまだから出会えた、みたいなことがこの物語に描かれていたことで。ここ1年間くらい、私もすごくそう思っていたんです。

結局人と人が出会うときって……。変な人とかヤバい人、自分に衝撃を与えるような人は、ずっといて、出会おうと思えば出会えるんだけど、「出会える自分」になっていないと出会えないと思うんです。

金原

そうですよね。その機会を延ばしてきたというか。熟して、熟し続けてきて、ようやくいま出会えた、みたいな瞬間って、きっとあると思います。

私も、いま自分のまわりには「5年前だったら仲良くなっていなかったかも」みたいな人が結構たくさんいて。それこそ、柚木(麻子)さんとかね(笑)。柚木さんとゆっきゅんさんと一緒に行った、ある授賞式が、本当にすごく楽しかった。本当によかった。パーティーを楽しめる人間になれた。

ゆっきゅん

私はずっと柚木さんから聞いていたんですよ。「同世代の小説家は誰もパーティーが好きじゃない」って。

金原

「誰もパーティーが好きじゃない」って、いいね。

ゆっきゅん

いいですよね。私、スマホにメモしてあります(笑)。

金原さんとゆっきゅんにとって、お互いはどんな存在?

雑誌『anan』の連載企画での対談をきっかけに、初めて出会ったという金原さんとゆっきゅんさん。フィールドの違う場所で活躍し、年代も離れている二人は、お互いのことをどう感じているのだろう。

金原

ゆっきゅんは、会ってから、ずっと頭のなかのどこかにいる存在です。後押ししてくれているというか、「オッケーオッケー」って言われてる感じがして。それがすごくありがたくて、存在自体が支えになっていると感じます。歌詞もタイトルもすごく好きで、言葉の当てはめかたとか伝えかたが、Xの投稿一つとってもすごい。

ゆっきゅん

嬉しい。恥ずかしくなってきた(笑)。金原さんからいただいたコメントをすごく覚えています。「どんな時も一緒に生きてくれる」って書いてくださって。

ゆっきゅんの音楽は、落下する私たちを包み込むクッションに、私たちの泣き声の華麗なカモフラージュに、歓喜に飛び跳ねる私たちより華やかな虹になって、どんな時も一緒に生きてくれる。
- ゆっきゅんさんが9月にリリースしたセカンドフルアルバム『生まれ変わらないあなたを』に寄せられた金原ひとみさんのコメントより(https://uma-tao.jp/)

金原

私、人の作品を人に勧めるとき、ものすごい推せるっていう自信があるんです。なにかに触れたときに自分が実感したことを言葉にすることが好きだし、それを伝えるという行為自体がとても好きなんです。だから書評の仕事とかも、私は向いているなって思う。

ゆっきゅん

宣伝になるとどうしても「盛り」が入ってくるじゃないですか。でも金原さんの文章は全然「盛り」が入っていなくて、本当に思っていることを言っていますよね。

きっと金原さんは本当のことしか言わない人生を歩んできたから、それができるんですよ。だから、金原さんの作品も文章も全部読みたいって思うんだと思います。

金原

絶対に嘘はつきたくないんですよね。本心だけでゴリゴリに推してやる、という感じです。

ゆっきゅん

ありがとうございます、そういうふうに生きてくださって。

金原

あははは(笑)。

ゆっきゅん

本当にいつも思います。金原さんの文章を読むと「よし」と思うというか、自分も本当のことだけでどこまでいけるだろうって思っています。

自分のなかに生まれてくる感情や意見って、整理されていなかったり乱立したりしていることがあるじゃないですか。表現するときは捨象したくないんですけど、あらゆる感情のなかから一つだけを選んで言うと、嘘になってくるというか。選んだ感情は、たしかに自分のなかにあるものなのに。

でも、金原さんはそれを全部書いてくれている人だと思っていて。それは自然なことで、それこそ「オッケー」って言ってくれてるような感じがするんですよね。

金原

矛盾と混沌のなかで……。

ゆっきゅん

そうそう。そのなかにいますよね。それが本当だよね、ということを伝えてくれる感じがします。

恋愛も描かれた『ナチュラルボーンチキン』。「少しずつ受け入れられる関係を書いた」

『ナチュラルボーンチキン』では、平木との出会いで人生が「ひらけた」浜野が、破天荒なライブパフォーマンスをするバンドマン、かさましまさかとの恋愛関係を築き上げていく様子も描かれる。人生に変化が訪れる恋愛関係に踏み出すことを、浜野はためらいながらも、やがて受け入れていく。

浜野とまさかの恋愛の話から、対談は金原さんとゆっきゅんさんの「人との付き合いかた」に広がっていった。

ゆっきゅん

浜野は、そういった混沌や矛盾から離れるように自分の感情を決めていたんだと思います。この物語は、そこから混沌や矛盾に飛び込んでみる話だと思いました。

そのなかでも、恋愛はまさしく混沌だと思うんですけど……。 以前、金原さんが落合陽一さんと対談している動画を見て、面白かったんですけど、恋愛について描くことが変わってきたと話されていて。

今回、恋愛も描くにあたって、何かいままでとは変わったことはありましたか?

金原

これまでは急いでハッキリさせたい、みたいな感じだったんですよね。付き合うにしてもセックスするにしても、すぐに追求を終わらせる、みたいな。私も恋愛自体がわりとそういうタイプで、 そういうものを書いてきたんですけど、今回は「どうする?」「こうしようか、ああしようか」みたいな時間を、グダグダしているというわけではない描きかたで、それがあるからこそ少しずつ受け入れられる関係を書いているなと思います。

でも、自分ではこうじゃないんですよね。

ゆっきゅん

最高ですね(笑)。私は激突する人に憧れます。自分がなかなかのたうち回れなくて、自分の「のたうち回れなさ」みたいなものと、どうにか折り合いをつけて生きているみたいな感じなので。

「のたうち回ることのできる女友達がすごく好きです」

金原

「のたち回れなさ」って言葉、すごくいい。

ゆっきゅん

のたうち回りたいという気持ちはあるんですよね。でも、仕事でもプライベートでも誰かにそういうことをぶつけられないというか、喧嘩したことがないんです。家族とも喧嘩したことがない。だから、のたうち回ることのできる女友達がすっごい好きです。

金原

すごい。それ、若い子は多いのかな。けちょんけちょんになるまで人と喧嘩したことがない、みたいな。

ゆっきゅん

家族も基本的に穏やかだったし、あとは機嫌が悪い人がいたら、別の部屋に行けばいいと思ってましたね。

金原

私は、「のたうち回り系」じゃないですか。

ゆっきゅん

(笑)

金原

子どもたちとご飯に行ったときに、すごく悲しくて泣いてしまったことがあったんですけど。子どもたちからちょっと批判的なことを言われたので、自分の考えを主張したら、「ママって厳しいよね」って言われて。私は「こんなに思っているのになんで伝わらないんだろう」って、ご飯を食べながら泣いてしまって。食べ終わってお店を出たら、子どもたちは「友達に会ってくる」と行ってしまって、家に帰ってこなかったんです。

家に帰った瞬間、狂ったように怒りと悲しみで大絶叫して……そこまでがセットみたいな(笑)。

でも、やっぱりいまの若い子って、人の剥き出しの感情みたいなものを野蛮なコミュニケーションに感じるというか、すごく警戒するんじゃないかなと思って、子どもたちの前では怒ったり泣いたりしないようにすることを心がけています。

ゆっきゅん

なるほどな……。自分が若い子に当てはまるかわからないですし、お子さんとは年がちょっと離れてるんですけど、ためらいがあったり、まず怒りがちょっと少なかったりするのかなと思いました。他人は他人、という前提がありすぎるのかもしれません。自由になんでもできる可能性がある分、人に対してもそう思って、期待しないのかなって。優しさは冷たさと近いなとも思うんです。

自分も話が合わない人と話がしたいという気持ちが希薄になってきていると思います。フリーランスとして働いていると、誰かと会うならすごく会いたい人にしか会いたくないし、でもそうなっていくと怖さもあるんですよね。

金原

すごく完成された世界。

ゆっきゅん

『ナチュラルボーンチキン』も、浜野が平木と出会ったのは会社ですよね。会社って、たまたま出会うとか、そういう場所でもあると思って。それがなくなっていくことがヤバいかもしれないということも感じます。

売れている人で、「あいつはまわりにイエスマンしか置いていない、だから終わってる」みたいに批判されることが思い浮かぶんですけど、でも一方で、それって本当に悪いことなのかなとも思うんですよ。きっと最初はとにかくまわりの人と話が通じなくて、苦労して、やっと自分が出会えたと思った人と仕事をするようになったとしたら、それはそんなに悪いことなのかな、とも思うんです。

金原

たしかに、それは自分が勝ち取ってきたものですよね。

ゆっきゅん

荒野に一人で立たされ続けるよりは……。でも、自分はいずれ、そういう批判をされるんだろうな、みたいなことを勝手に思ったりする。

「新しい世界に出会えそうなとき、その用意ができていないよりは、ひらいているままでいたい」

金原

でも、私もわりと昔から仕事上でバチバチやりとりをしたことはないかもしれない。ついてきてくれる人たちに囲まれてきたのかな。だから、本当にぶつかり合うなんて、恋愛相手か子どもたちぐらいなんです。

ただ、人と話していてちょっと「それどうなの?」と思ったときは、「何か言わないと」みたいな気持ちにはなるんですよね。価値観があんまり合わないような人と付き合ってるときとか。

ゆっきゅん

価値観が合わない人と付き合うって、どういうことなんですか?

金原

私、フランスですごく仲良くなった友達がいて。それが、『少年ジャンプ』しか読まないような人なんですよ。話も合わないし、価値観も全然違うんだけど、お酒とご飯の趣味だけ合うって人がいて。でも、信念とか哲学とか、そういったものを全部抜きにしたら、一緒にいてなんか楽しいんです。

ゆっきゅん

すごい。何の話をするんですか。

金原

牡蠣の早開け競争とかやったりして(笑)。目の前にあることについて話したり、いま自分が置かれている状況とか、物理的なことだけお話していると意外と楽しいんです。

「酒だ酒だ!」ができるのがすごく楽しい。でも、ちょっと真剣な話になったとき、「あれ、やっぱりこいつ絶対許せない。お前らみたいなやつがいるからこの世界はダメなんだ……」みたいな感じになって、すごく熱くなったりとか……。相手の、正義について考えてなさすぎることに傷ついて大泣きして、翌日「やっぱりお前は間違ってるよ」って淡々と語ったりとかしていました。

ゆっきゅん

それでも会い続けるのが面白いですね。

金原

日本に帰国してからはそういうことが少なくなっていますね。

ゆっきゅん

でも、素敵です。

自分が好きな人にしか会わないのって、生きているだけで国とか世界とか、そういうものからはぐれている感じや摩擦がすごいので、わかり合える友達とわかり合わさせてくれ、みたいなことかもしれない。

金原

たしかに。やっぱりそもそもいろんな苦しいことのなかに自分の生活が成り立っているわけだから、友達に何を求めるかと言ったら、共感だったりするんだろうなって思います。

ゆっきゅん

でも、なにか衝撃は受けたいですよね。新しい世界に出会えそうなとき、その用意ができていないよりは、ひらいているままでいたいなって思いました。

作品情報
『ナチュラルボーンチキン』(河出書房新社)
プロフィール
金原ひとみ

1983年東京都生まれ。2004年にデビュー作『蛇にピアス』で芥川賞を受賞。著書に『AMEBIC』『マザーズ』『アンソーシャルディスタンス』『ミーツ・ザ・ワールド』『腹を空かせた勇者ども』等。

ゆっきゅん

1995年、岡山県生まれ。青山学院大学文学研究科比較芸術学専攻修了。サントラ系アヴァンポップユニット「電影と少年CQ」のメンバー。2021年よりセルフプロデュースでのソロ活動「DIVA Project」を本格始動。でんぱ組.incやWEST.への作詞提供、コラム執筆や映画批評、TBS Podcast『Y2K新書』出演など、溢れるJ-POP歌姫愛と自由な審美眼で活躍の幅を広げている。2024年9月には2ndアルバム『生まれ変わらないあなたを』をリリースした。



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