音楽家たちも放っておけないほど稀有な存在、ACOの魅力を紐解く

ACOのニューアルバム『Valentine』が素晴らしい。

ACOの名前を聞いて、ディーヴァ系に括られることもあったデビュー当時(1995年)や、砂原良徳をプロデューサーに迎えた『absolute ego』(1999年)の頃の作風をイメージする人には、特に聴いてほしいアルバムだ。そう、彼女はあの頃とは明らかに違うステージにいる。作品を追うごとに着実に進化しているのだ。

本作を支える屋台骨となっているのが、バンドメンバーである中尾憲太郎、岩谷啓士郎、柏倉隆史、塚本亮の四人。そこにさらなる彩りを加えるごとく、くるり・岸田繁、Nabowa・山本啓、Fla$hBackS・JJJがゲストミュージシャンとして参加している。この作品に込められている鮮やかさと、ACOの稀有な魅力を、ACOとメンバーたちへのメールインタビューから紐解いていきたい。

ACOはアーティストとして「ノーマークゾーン」を撃ち抜いた

結論から言ってしまうと、『Valentine』には、実際に彼女が愛聴しているというAdeleやエイミー・ワインハウス、LANA DEL REYといった、かげりを帯びた歌ものの系譜と共振するようなサウンドが息づいている。それも、彼女が以前カバーしていたMassive AttackやPortisheadといったトリップホップ勢からの影響を滲ませつつ、だ。日本でこのラインに位置している人というのは案外少なく、ACOは無意識にせよ、ノーマークのゾーンを真正面から撃ち抜いたと言える。グランジやオルタナの果実をしゃぶりつくした『LUCK』(2012年)も傑作だったが、また違う路線で勝負してきたことに、まずは拍手を送りたいと思う。決して同じことを繰り返さず、常に果敢に新しいことに挑戦してきた彼女のスタンスが、本作でも顕現化している。

ACO『Valentine』ジャケット
ACO『Valentine』ジャケット

「最初のデモを聴いた瞬間、『ああ、これ今までで最高傑作になる』と思った」(塚本)

前々作の『LUCK』以降、彼女のレコーディングやライブに参加しているバンドメンバーは、中尾憲太郎(Ba)、岩谷啓士郎(Gt)、柏倉隆史(Dr)、塚本亮(Pf,Key)の四人。この鉄壁の布陣による重厚で骨太なバンドサウンドが、本作に深みと奥行きをもたらしているのは疑いようのないところ。今作においてもこのメンバーを起用することに関しては、何の迷いもなかったそう。

ACO:この四人とも長い付き合いになってきて、一番スキンシップがとりやすい時期なので逃してはなるまいと、『LUCK』『TRAD』と同じメンバーで録りました。倦怠期が来たら一回別れると思います……というのは冗談ですけど(笑)、とにかくメンバー全員の理解力があってのアルバム制作だと思っています。自分はスケッチを描いただけです。曲が溜まるまでにとても時間がかかりますが、その間もメールでデモを送って「この曲どう?」とか意見を聞いていました。いい曲にはレスポンスがとても早いので分かりやすいんです。デモはある程度まで自分で作りますけど、あくまでもラフなもので、それぞれに想像を膨らませて演奏してもらってます。彼らとやっていて困ることはあまりないので、とにかく相性がいいんだと思います。

『LUCK』『TRAD』のレコーディングや、ライブにおいて、この四人で積み重ねてきたアンサンブルが、磨き上げられ、精度を高め、本作においていよいよ極点に達した。四人の阿吽の呼吸が本作の骨格となっている。そう言えるのではないか。それを裏付けるのが、バンドメンバーの塚本亮のこんな回答だ。

塚本:今回のアルバムで、一番最初に上がってきたデモが“鳥になった男”なんですけど、それを聴いた瞬間、直感的に「ああ、これ今までで最高傑作になる」って思ったんですね。今のバンドメンバーになってからアルバム2枚を経て、少しずつ種をまいてきたことが一斉に花開く瞬間を見たような気がして、これから出てくる曲もまず間違いなくいいだろうなと思ったんです。そこから先はまさに豊穣の季節という感じで、メンバーの演奏もあいまって、できた作品はやっぱり最高傑作になっちゃいましたね。

ベースとドラムの響きに焦点を当てた『LUCK』、過去曲のセルフカバーを含む『TRAD』で築き上げたバンドメンバーとの信頼関係については、中尾憲太郎も、「今のメンバーとなってから試行錯誤しつつも、みんながベストを尽くしてきたものが、ここですさまじいまとまりになったと感じます。結果的に今回のアルバムは、『LUCK』『TRAD』と合わせて三部作のようになりました」と回答している。岩谷が本作の音楽性について「シンプルで力強い」と答えている通り、音数は少なく隙間も多いのだが、一つひとつの音にそこで鳴るべき必然性が強くあり、無駄な音や余計な装飾は皆無に等しい。だから、全体の印象がとてつもなく濃密なのだ。これについては、塚本がこんな回答を書いてくれている。

塚本:今回の個人的なテーマは「なんとなく弾いちゃってる箇所を一切なくす」ということでした。すごく前向きな意味で、無駄な音は一切弾かない。その代わり、弾くところは全部意味があるように、自分なりにストイックにやったつもりです。それが「色気」につながっていると思います。

ミュージシャンを愛し、ミュージシャンから愛されるACO

サウンドメイキングがシンプルでありながら、単調なアルバムになっていないのは、三人のゲストミュージシャンの力によるところも大きい。“未成年”はくるりの岸田繁とACOのデュエットで、“Mary Jane”ではラッパー / トラックメイカーであるFla$hBackSのJJJがボイスを提供している。Nabowaの山本啓は4曲でバイオリンを弾いており、いずれも楽曲に深い陰影をもたらしている。『LUCK』以降のACOは、身近にいて信頼できるミュージシャンと一緒に作品を作ることに前向きになっているのではないだろうか。

ACO:そうですね。ミュージシャン同士の繋がりはみなさんが思っているよりも濃いのだと思います。今回は、ジャンルは違えど何か同じ匂いがする方々に参加してもらえたので、制作も楽でした。たとえるなら、同じ商店街にいるという感じでしょうか? まだまだ出会っていない素敵なミュージシャンの方はたくさんいると思います。出会いは大切ですね。

<未成年とはとても微妙でぐらついた言葉>という歌詞で始まる、岸田とのコラボ曲

くるりの岸田繁とのデュエット“未成年”は、乾いた叙情が滲むスローなバラードで、二人が交互にボーカルを取る。切ないメロディーに乗って歌われる、未成年のリスナーに呼びかけるような歌詞が印象的だ。

ACO:岸田くんはSPACE SHOWER TVで音楽番組の司会をしていたときに、くるりがゲストで来たことがきっかけで知り合いました。以前、私のアルバムでギターを弾いてもらっているので、共演は今回が初めてではないですが、歌を歌ってもらうのは初めてです。曲ができたときに、是非彼にお願いしたいと思いました。彼の作る曲が好きだし、声も大好きなので、私の作った曲で歌ってもらえて感激しています。

岸田繁
岸田繁

「アクセント」以上の役割を担う、山本啓とJJJ

山本啓のバイオリンは浮遊感溢れるサウンドでアルバムにサイケデリックな響きをもたらしている。弦楽器が加わることでシンプルながら厚みのある音像が現出している印象だ。そして、JJJは意外にもラップらしいラップをせず、ボイスのみで参加。だが、これが“Mary Jane”のダークで重々しいサウンドに絶妙なアクセントを加えている。

ACO:(山本)啓くんとはNabowaにゲストとして呼ばれたことがきっかけで知り合いました。彼の弦は立ち位置として非常に必要でした。ライブでも一緒に演奏させていただいたことが何度もありますが、とても相性がいいのでやりやすいです。JJJくんとの出会いは、彼の作品(2014年発表の楽曲“wakamatsu”)のコーラスに誘っていただいたことがきっかけです。彼の表現力はアルバムの雰囲気にスパイスを加えてくれると思い頼みました。彼自身とても素敵な青年で、作品のできあがりにもとても満足しています。とてもクールな曲に仕上がったと思います。若いパワーを分けていただきました。

JJJ
JJJ

また、山本啓は今回自分がバイオリン奏者として果たした役割について、こんな風にコメントしてくれている。

山本啓
山本啓

山本:いつも僕が誰かにゲストで呼んでいただく多くの場合、お好み焼きで言うところの「鰹節」的なところを担当することが多いんですが、今回はもっと土台となるようところを担当させてもらえた気がします。というか、今回の音源は、全員が小麦粉であり、キャベツであり、鰹節であるような、不思議な構成で、それぞれが瞬間瞬間で違った役割を果たして溶け合っているようなイメージです。仕上がった音源を聴いて、いつもとちょっと違った役割をさせていただいていたんだなと思い、すごく嬉しかったです。

まるで「贈り物」のよう。ACOが綴る歌詞の奥深さ

そして、もうひとつ注目したいのがACOの書く歌詞の奥深さ。「今回、どの曲にも主人公が必要だった」とACOが答えている通り、10曲すべてが1本の映画を見ているように、個性的な主人公の感情の機微がビビッドに伝わってくる。決して多くを事細かに語るタイプの歌詞ではなく、むしろ言葉数は少ないが、行間から恋愛に溺れる悦びや自分の幼さに悩む彼ら / 彼女らの心の揺れが滲み出ているのだ。特に、“Teenage Blues”や“未成年”において、若い女性の心境を綴ったであろう歌詞が耳を惹く。こうした歌詞やタイトルが生まれてきたのはなぜだろう?

ACO:昔の自分を投影している部分もあります。私にとっては1990年代が青春時代まっただ中だったので、少し退廃的な部分が思考にあったのかもしれません。とてつもなく簡単に現金な少女時代を送っていたような気がします。今回は、自分の心境ではなく、物語として歌詞を書いてみたいと思いました。すべての曲に主人公がいるのですが、女性だけではなく、「男性の心境はこんな感じかな?」と考えながら作った曲もあります。例えば“鳥になった男”という曲は、今まで自分の身近に存在した男の人たちが持っていた寂しさと勇敢さを歌ったものです。「男という生き物はなかなか奥が深くて味がある」ということを表現したいと思いました。女には理解できない部分が多くあるので、私の個人的な主観になってしまいますけどね。私の父親は、もう亡くなっていますが、自由人で、なんというか、母親がいなかったら成り立たない愛くるしさがありました。

「優しさとまじめな純粋さは、歳を取るとともに増します」(ACO)

どんなアーティストであっても、生活環境や年齢は少なからず作品の内容に関係してくると思うが、ACO自身は、女性として年齢を重ねることによる作品の変化を自覚しているのだろうか?

ACO:そうですね。優しさとまじめな純粋さは、歳を取るとともに増すと思います。歳を取るごとに中身は輝いていくと信じたいですね。女性はしなやかに強く歳を重ねることができるので、若い女の子には自信を持ってほしいです。

ACOというミュージシャンが稀有なのは、常に新作が最高傑作である、というところだと思う。アルバム毎に音楽性を変化させながら、常にリスナーが「今回のACOは新しい」と思える音楽を提供してきた。いや、自分自身が新鮮だと思える状況に身を置いていたら、自然とそうなったのかもしれない。

R&B、ソウル、トリップップ、オルタナ / グランジと、ジャンルを横断しながら、自らを更新し、進化し続けるACO。デビューから20年の間、そうやって自らを磨き上げてきたからか、彼女には「成熟」という言葉がどうもしっくりこない。毎回、蝶が脱皮して羽ばたいていくように、しなやかに、したたかに生まれ変わっているのだ。だから、本作もまた、ひとつの通過点にすぎないのだろう。次はどんなメンバーとどんな音楽性を見せてくれるのか、常に目が離せない存在である。

リリース情報
ACO
『Valentine』(CD)

2015年12月16日(水)発売
価格:2,700円(税込)
AWDR/LR26

1. Sweet Honey
2. Mary Jane
3. Teenage Blues
4. Take Me Home
5. Valentine
6. Say Goodbye
7. 鳥になった男
8. Diamond
9. Save My Life
10. 未成年

イベント情報
『Valentine』at billboard LIVE tokyo

2016年1月11日(月・祝)
会場:東京都 六本木 Billboard Live Tokyo
[1]OPEN 15:30 / START 16:30
[2]OPEN 18:30 / START 19:30
出演:ACO
料金:サービスエリア6,900円 カジュアルエリア4,900円

『歌とギター』

2015年1月16日(土)OPEN 18:30 / START 19:00
会場:京都府 SOLE CAFE
出演:
ACO
岩谷啓士郎(サポート)
料金:前売3,500円 当日4,000円(共にドリンク別)

プロフィール
ACO
ACO (あこ)

1995年、シングル『不安なの』でデビュー。1996年、ファーストアルバム『Kittenish Love』を発表。1999年に発表した“悦びに咲く花”がヒット。現在までに9枚のフルアルバムを発表。



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