「癒し」も「共感」もない。強烈な歌詞から始まるデビュー曲
<私以上の女等、此の世に存在しない>――音源を再生すれば、そんな過剰なまでにエゴイスティックな言葉と歌声が聴こえてくる。それも、そんな言葉と歌声に拮抗するほどのエゴを持ったホーンを含むバンドサウンドと共に。一聴してわかる。この音楽に「癒し」や「共感」など求めてはいけない。この音楽は、聴き手にもエゴイスティックであることを求めてくる。エゴとエゴがぶつかり合う、血の滲むコミュニケーションを求めてくる。
さらに驚くべきことに、この猛々しい演奏の正体はJABBERLOOPだという。JABBERLOOPといえば、ジャズを基調としながらもハウスやテクノに近い空間的なサウンドを産み出すことに長けたクラブジャズ系のインストバンドであり、「エゴ」という言葉は似合わない。そのJABBERLOOPが、旋律という名の血管を剥き出しに、強烈な歌謡性を持った演奏を聴かせる、この“当流女”という曲、一体何? そして、この「踊らせないJABBERLOOP」を引き出した歌声の主、一体何者?
そんな、耳から脳味噌に直接「?」と「!」を叩きつけられる、ポップスとの出会い方としては最も幸福な体験をさせてくれたのが、「出雲咲乃」。この歌声の正体だった。
中学をぎりぎり卒業後、ギターを手にして自室のドアを破った
去年、芸能事務所・スターダストが実施しているSDRオーディションによって発掘された北九州出身のシンガーソングライター、出雲咲乃。前述した“当流女”は、ヴィレッジヴァンガード下北沢店限定でリリースされた彼女の1stシングル『当流女』のタイトルトラックであり、BS朝日で放送中のドラマ『女優堕ち』の主題歌にもなっている1曲だ(ちなみに、「おまけ」扱いの4曲目“三津子の女優革命”は、ドラマの台詞も挿入されたミュージカルポップになっている)。
つまり挨拶代わりの一発というわけだが、ただ「新人シンガーのドラマタイアップ付きデビュー作」と軽く紹介してしまうのは、少しはばかられる。その理由は、彼女の経歴だ。
中学は出席日数ぎりぎりでなんとか卒業、高校には進学せず、16歳の頃にギターを手にしてからは「何かを創りたい」という衝動に突き動かされながら、半年間、家に籠り楽曲制作に没頭。その結果生まれた曲を携えてSDRオーディションに応募し、同オーディションの最初の合格者となった。
つまり本作は、世界と折り合いが合わず、義務教育にすら喧嘩を売った10代の引き籠り少女が、それでも自室のドアを蹴破って世界に飛び出した最初の一歩であり、そのドキュメントなのだ。
世界を面白くできるのは、自分自身しかいないと気づいた出雲咲乃の笑い声
出雲が学校に通わなかった理由は「面白いことがなかったから」だという。明快で正直な理由だが、この正直さは、きっと彼女自身の「生き辛さ」にも直結している。「お前ら皆つまんねぇんだ!」と世界を睨む少女の禍々しく鋭い眼差しの裏には、その眼差しの鋭さゆえに見えてしまった世界(と自分自身)の薄汚さに戸惑い、怯え、結果として目を背けた少女の弱さがある。そして本作の素晴らしさは、出雲が自らの弱さも隠さずに曝け出しているところだ。
たとえば、2曲目“キャット・ストリート”では、少女らしい繊細さのあるメロディーに乗せて、<都会の人は皆洒落ている 羨む事ばかりしてしまう ヘッドホンから聴こえる 歌は背伸びした私を表す>と歌う。ここから浮かび上がるのは“当流女”でのエゴイスティックな姿からは想像もつかない、他人を気にし、ヘッドホンで外界を遮断した、か弱い少女の姿だ。
一度、世界を放り出した少女にとって、音楽はどんな存在だったのだろう? なぜ彼女は「創造」への欲求に駆られギターを手にし、再び世界に現れたのだろう? “当流女”には、こんなラインがある。<立ち上がる事が出来る 混り気ない鮮明な空><変わりいく事が出来る あの空の如く>……一度は世界から目を背けた少女が、部屋の窓から見上げた「空」。その広大さは、きっと彼女に恐怖以上に、変わることへの勇気と自由を与えたに違いない。
出雲咲乃はわかっていたのだ。世界が退屈なのは、自分が退屈だからだと。そして、自分が生きる世界を面白くできるのは、自分自身しかいないのだと。だから少女はギターを手にし、歌を紡いだ。<私以上の女等、此の世に存在しない>――冒頭で引用したこの歌詞は、本音でも嘘でもない。出雲咲乃が世界に向けて放つ、最初の「笑い声」なのだ。
「病み」を鮮やかな音楽に変えていく、稀有な感性の持ち主
3曲目の“少女の如く、女の如く。”は名曲だ。ここには、出雲が「少女」としての弱さと「女」として強さ、その両方を受け入れた変化の瞬間が刻まれている。
始まりは常に嘘に溢れている
さよならはいつだって真実を語る
どちらも汚れてみえたのは、何故。
帰らない今日にさよなら
癒えぬ病に恋をした儘「はじめまして。」
光や理想だけでなく、闇や「病み」も鮮やかな色彩としてモノクロームの世界に塗り付けることができる稀有な才能。
出雲咲乃さん、こちらこそ「はじめまして」。この世界で大いに歌ってください。あなたが歌い、心を笑わせている限り、あなた以上の女など、この世に存在しない。
- リリース情報
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- 出雲咲乃
『当流女』(CD) -
2016年4月6日(水)からヴィレッジヴァンガード下北沢店限定発売
価格:1,296円(税込)
ZXRC-10691. 当流女
2. キャット・ストリート
3. 少女の如く、女の如く。
4. 三津子の女優革命
- 出雲咲乃
- プロフィール
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- 出雲咲乃 (いずも さきの)
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言葉が響く 新世代シンガーソングライター「出雲咲乃」。漫画家になるか、ミュージシャンになるか迷ったが、ミュージシャンの方が手っとり早そうなので、16歳の時にギターを購入し制作活動を開始。半年ほどで納得いく曲が20曲出来たので、オーディションに応募を開始したところスターダストが実施しているSDRオーディションの第1回の合格者となる。作り始めて半年とは思えないアレンジもすべて本人が手がけ、独特の妄想世界を繰り広げる。BS朝日のスペシャルドラマ『女優墜ち』の主題歌に大抜擢されている。4月6日に、デビューシングル『当流女』がヴィレッジヴァンガード下北沢店限定で発売。
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