かつて弱冠31歳でオリンピック開閉会式の演出を手がけたフィリップ・ドゥクフレ。最新作を引っ提げ来日
あまりにも広く深く浸透していて、影響を受けていることに気付かない。そんな現象がたまにあるけれど、日本の舞台における「フィジカルシアター」が、まさにそういう存在だ。
フィジカルシアターとは、せりふと共にダンス、マイム、曲芸など身体的な要素、また、小道具や美術、映像なども積極的に採り入れて、解釈の間口を広げた舞台のこと。たとえばペットボトルを、(1)登場人物が水を飲むシーンで使い、(2)振って音を出す楽器にし、(3)壁に投影した影で別のイメージを生み出す、といったもの。リアリティーだけを考えれば必要なのは(1)だが、(2)や(3)があると、人物の心象風景が音として聞こえてきたり、シーンとシーンのつなぎ目に意味が出てきたりする。
フィリップ・ドゥクフレ『CONTACT-コンタクト』 ©Laurent Philippe
1970年代にヨーロッパで生まれ、何人かの優れた実践者を通して1990年代に世界中に広がったフィジカルシアターは、日本では、イギリス留学でその洗礼を受けた野田秀樹が普及に大きな役割を果たしたが、ダンスと演劇の接近、映像の機材や舞台美術の進化などもあって、みるみる多くの演出家の心をつかんで今に至る。たとえばストレートプレイにコンテンポラリーダンスの振付家が参加するのも、フィジカルシアターの一要素だと言っていい。
フィリップ・ドゥクフレ『CONTACT-コンタクト』 ©Laurent Philippe
ラッキーなのは、歴史が浅い分、世界中にフィジカルシアターの遺伝子を振りまいた張本人たちが現役なこと。その一人が、フランス生まれで何度も来日公演を成功させているフィリップ・ドゥクフレだ。今年55歳のドゥクフレは、若くして得た名声(弱冠31歳で、1995年の『アルベールビルオリンピック』の開閉会式両方の演出を手がけた!)を拡大しながら精力的に創作を続けている。
踊りとはナチュラルハイになる回路。「歌」にも同じ効果がある
そのドゥクフレのカンパニーであるDCAが、猥雑にしてハッピー、緻密にしてダイナミックな最新作『CONTACT-コンタクト』で来日を果たす。前述のようにフィジカルシアターにはさまざまな要素が含まれているが、『CONTACT』はさらに音楽の存在が大きい。演奏はすべてライブで行われ、しかもミュージシャンがパフォーマーと混じって踊り、パフォーマーが劇中で歌う。そう、これは演劇史の中でもほとんど例のない、フィジカルシアターのミュージカルなのだ。もちろんドゥクフレにとっても初めての企画で、挑戦の理由を本人はこう話す。
「まず私にとってダンスはとにかく素晴らしいもので『すべての人間は踊るべき』だと思っています。クラブなどで踊ったことがある人なら理解していただけると思いますが、踊りとはナチュラルハイになる回路で、お金を使わずとも素晴らしい気分になれる。それはわかっていたのですが、私はこの『CONTACT』で、歌が同じ効果をもたらすことを発見したんです。歌うことは身体の中に素晴らしいセンセーションを巻き起こす。ですからこの作品における声は、お話を伝えるツールというより、楽器のように使っています」
とはいえ当然、従来の「俳優が歌い上げる→客席から拍手→拍手が落ち着くのを待って芝居が続く」というやり方ではない。ハイレベルな身体表現を見事にこなすパフォーマーが、遊び心を交えて歌い、コミカルなシーンを台詞で演じる。あくまでも主役は、俳優の身体から繰り出される雄弁な、そして驚異的な動きの数々だ。
また使われる楽曲も、ロック調あり、カントリー調あり、無国籍風ありと、一般的なミュージカルの範囲を軽やかに超えている。でもこれはドゥクフレの経歴を考えれば納得で、音楽は彼の中で常に大きな位置を占めてきた。1987年に彼が振付・監督を担当したNew Orderの“True Faith”のPVは翌年の『ブリットアワード』(毎年イギリスで開催される音楽の式典)でベストミュージックビデオを受賞しているほど。
「今回、舞台上で演奏するミュージシャンはノスフェル(歌手、作曲家。自身が発明した独自の言語で歌唱する)とピエール・ル・ブルジョワ(作曲家。様々な楽器を自在に操る)の二人ですが、どちらも幅広い才能の持ち主で、もし彼らに『あなたたちがやっている音楽のジャンルは?』と訊いても、ひとつのジャンルを答えるのは無理でしょう。ピエールはチェロの専門家で、チェロは本来クラシックの楽器ですが、彼はサンプリングが出来るペダルを使って、ライブで音を何層にも重ね、全く新しい使い方をしています。それと今回、僕からお願いしたのは、5拍子と7拍子の曲を書いてほしいということでした。なぜならこの作品の音楽はダンスのためにあるから。おそらくいつも彼らが作っている音楽とは違ったものになっています」
フィリップ・ドゥクフレ『CONTACT-コンタクト』 ©Laurent Philippe
フィリップ・ドゥクフレ『CONTACT-コンタクト』 ©Laurent Philippe
「さまざまなイメージを自由に感じ取って」。映画や音楽を大胆に採り入れた新作から感じるフィジカルシアターの底力
既存のものを新しい形で提示するのは、ドゥクフレの十八番。この舞台には、子供の頃から大好きだったというさまざまなミュージカル映画の名シーン、フランスのキャバレーのショーなどが盛り込まれ、タイトルのもとにもなったピナ・バウシュ(ドイツのコンテンポラリーダンスの振付家)の『コンタクトホーフ』へのオマージュも垣間見られる。そしてゲーテの『ファウスト』も。悪魔メフィストフェレスと契約を結んでさまざまな世界を旅するファウスト博士の物語が、実は今作のベースになっている。
「でも、原作を知らない人も安心してください。むしろ『ファウスト』の物語をこの舞台の中で追おうとしないでほしい。ゲーテの書いた物語は、愛や人間の欲望や狂気といったもののバリエーションを作る、いわばトランポリンとして利用しました。さまざまなイメージを自由に感じ取ってもらえたらうれしいです」
フィジカルシアターを世界に広めた才人の一人が、映画や音楽など他メディアを大胆に採り入れた新作は、今後も更新が続くフィジカルシアターの底力と可能性を、鮮やかに示してくれることだろう。
- イベント情報
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- フィリップ・ドゥクフレ カンパニーDCA
『CONTACT-コンタクト』 -
演出・振付:フィリップ・ドゥクフレ
出演:カンパニーDCA愛知公演
『あいちトリエンナーレ2016』
2016年10月15日(土)、10月16日(日)
会場:愛知県 愛知県芸術劇場 大ホール
- フィリップ・ドゥクフレ カンパニーDCA
- プロフィール
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- フィリップ・ドゥクフレ
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振付家・演出家。パリ生まれ。1983年に自身のダンス・カンパニーDCAを設立。1986年の『CODEX』で評価が高まる。1992年、アルベールビル冬季オリンピック開閉会式を31歳の若さで手がけ、サーカスとダンスが交錯する奇想天外な演出で一躍世界に知られる。1994年、『プティット・ピエス・モンテ』で初来日。2003年、日仏中の国際共同製作として『IRIS』を日本初演している。DCAでの活動に加え、ディオールやエール・フランスなどのCMを手がけるほか、サーカス集団シルク・ドゥ・ソレイユや、パリの老舗キャバレー クレイジーホース・パリのショー『DESIRE』を演出・振付する(その様子はフレデリック・ワイズマン監督によりドキュメンタリー映画化された)など、ジャンルを横断して幅広く活躍している。現在ブロードウェイで上演中のシルク・ドゥ・ソレイユの新作『Paramour』も大きな話題を呼んでいる。
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