中毒者続出。クレイジーな不条理パフォーマンス、待望の日本公演
もしあなたがデヴィッド・リンチが好きなら、リンチの作品を観てたびたび笑ってしまうユーモアの持ち主なら、このダンスカンパニーも好きになるに違いない。その名はピーピング・トム。つまり「のぞき屋トム」と名乗る彼らは、2000年にベルギーで設立されて以来、その名の不道徳さに恥じることのないダークなパフォーマンス作品を発表し、瞬く間に中毒者を増やしてしまった。いまや世界各地の劇場やフェスティバルが順番待ちのリストに名を連ねている状態だという。
ピーピング・トム『ファーザー』公演風景 ©Oleg Degtiarov
幸運なことに、日本ではこれまで3作品が世田谷パブリックシアターで上演されてきた。『Le Sous Sol / 土の下』(2009年)、『ヴァンデンブランデン通り32番地』(2010年)、『A Louer / フォー・レント』(2014年)のいずれも好評を博した。
ピーピング・トム『Le Sous Sol / 土の下』(2009年) ©Maarten Vanden Abeele
ピーピング・トム『ヴァンデンブランデン通り32番地』(2010年) ©Herman Sorgeloos
ピーピング・トム『A Louer / フォー・レント』(2014年) ©Herman Sorgeloos
だが、何しろ冒頭にリンチの名前を挙げたことからもわかるように内容は悪夢的で、エロティックかつユーモラスな要素も多い。最終的には不条理であり、その上、フィジカル的には高度を超えて相当にクレイジー。観た者同士ならお互いの目の奥に大興奮を認めて「……すごかったですよね、今の」と無言で語り合えるものの、健康的な声と言葉で「◯◯が素晴らしかった!」とは言いづらい。そんなことから、知る人ぞ知るカンパニーでもあった。
これは一体何なのか? 好奇心の先には、現実と妄想が混線した美しさが立ち現れる。
チラシやプレスリリースには「ダンスカンパニー」とあるから便宜上そう書いているが、彼らの作品をダンスにカテゴライズしていいのか悩む。ピーピング・トムのステージには、優雅で華麗な動きや、詩的なインスピレーションをもたらしたり、哲学的な概念に近付こうとする形はない。
そこにあるのは、断片的なせりふ、断続的な歌や演奏、プロではない出演者たちの、のそのそした動作。そしてプロフェッショナルのダンサーたちによる、関節や痛覚をどこかに置いてきたのではないかと疑うほど人間離れした動きだ。
ピーピング・トム『ファーザー』公演風景 ©Herman Sorgeloos
それでも嫌悪感といったものはなく、これは一体なんなのか、次はどんなことが観られるのか、という好奇心が次第に強まる。切れ切れな物語のかけらは、星空を見上げた人が脳内で星座を結ぶように、少しずつストーリーのようなものを描いていく。
するとなぜか、目の前の混沌がやがて美しく見えてくるのだ。作っているのは二人の振付家兼演出家、フランス出身のフランク・シャルティエとアルゼンチン出身のガブリエラ・カリーソだが、二人の頭の中には、杓子定規の定義から大きく離れたダンスの定義と、観客の想像力への厚い信頼が横たわっているに違いない。
ピーピング・トム『ファーザー』公演風景 ©Herman Sorgeloos
国籍豊かなプロのダンスメンバーと一般人が入り混じった美しき悪夢のハーモニー。
間もなく日本初上演される『ファーザー』は、ピーピング・トム作品の中では比較的、「ストーリーのようなもの」が見つけやすい作品だ。老人ホームに暮らす老人たちと、その世話をする職員たち、親をホームに預ける子供それぞれの現実と妄想が混線してはいるが、全体に脱力系のユーモアが漂い、トーンも明るい。
『ファーザー』の物語の中心にいるのは、毎週末をその施設で過ごす父親と、彼を預ける息子だ。息子と言っても、とうに中年の域に達し、彼自身も生活に疲れており、その疲労と苛立ちを父親にぶつけているようにも見える。車椅子の父親は、かろうじて生きているといった様子で、はっきりした言葉で話すことも自力で着替えることもままならない。
ピーピング・トム『ファーザー』公演風景 ©Herman Sorgeloos
ところが、施設のドアを閉めて息子が出ていった途端、まったく別の時間が始まる。難なくピアノを弾きこなし、ムードたっぷりにラブバラード“愛のフィーリング”を歌い上げ、彼が動くと女性入居者たちの熱い視線も動くという真逆の時間が始まるのだ。若い職員たちも揃って「別の顔」を持っている。
一瞬の妄想なのか、誰かの夢か、それともここが「もうひとつの時間」が許された世界なのか、彼女たちは本職のシンガーさながらに歌ったり、妖艶に同僚と絡んだりと、かなり自由な姿を見せる。その自由さは自分の身体についても同様で、まるで紙でも丸めてもてあそぶように次々と非常識な体勢を繰り出し、関節や重力や可動領域からの解放を示してくれる。
ピーピング・トム『ファーザー』公演風景 ©Herman Sorgeloos
集団の中の誰かが「別の時間」を生きていたら、それは狂気や痴呆と受け取られるが、ピーピング・トムの作品ではそこにいる誰もが「別の時間」を持っており、それらは絶妙にぶつかり合わず、共存して成立している。いわば悪夢のハーモニーだが、その均衡が彼らを美しいと感じる秘密かもしれない。
絶妙なハーモニーと言えば、この作品に限らずさまざまな国のダンサーが集まっているのもピーピング・トムの特徴で『ファーザー』では中国人と韓国人のダンサーが重要な役どころで母国語を話す。そしてもうひとつ忘れてはいけないのが、多くの作品で一般の人を出演させ、しかもその人たちを上演先の場所で募集している点だ。
ピーピング・トム『ファーザー』公演風景 ©Herman Sorgeloos
もちろん日本公演も例外ではなく、一般から公募して出演者を決めるという。リンチ的な世界と決定的に違うのは、どこか知らない町の不思議な情景ではなく、観客の日常と地続きの悪夢がそこにあるということだ。どちらがより不気味で、よりおかしいかと言えば、ピーピング・トムということになるだろう。
- イベント情報
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- 日本・ベルギー友好150周年関連事業
ピーピング・トム
『ファーザー』 -
東京公演
2017年2月27日(月)~3月1日(水)全3公演
会場:東京都 三軒茶屋 世田谷パブリックシアター
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長野公演
2017年3月5日(日)全1公演
会場:長野県 まつもと市民芸術館 実験劇場
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愛知公演
2017年3月12日(日)全1公演
会場:愛知県 穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
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兵庫公演
2017年3月15日(水)全1公演
会場:兵庫県 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール
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滋賀公演
2017年3月18日(土)全1公演
会場:滋賀県 滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール
- 日本・ベルギー友好150周年関連事業
- プロフィール
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- ピーピング・トム
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ベルギーを代表するダンスカンパニーLes Ballets C. de la B. の中心メンバーとして活躍してきたガブリエラ・カリーソと、フランク・シャルティエによって2000年に結成される。未知なるダンスの創造を目指してカンパニーを「ピーピング・トム=覗き屋」と命名。代表作に、トリロジー【『Le Jardin/ガーデン』(2001年)、『Le Salon/サロン』(2004年)、『Le Sous Sol/土の下』(2007年)、『ヴァンデンブランデン通り32番地』(2009年)がある。ダンサー、俳優、オペラ歌手ら、異なる背景を持ったアーティストが生みだす、強烈な個性を放つ驚異のパフォーマンスは、カルト的な人気さえ呼ぶ伝説の舞台としてダンス史にその名を刻むとともに、現代のピナ・バウシュと称される程。あまりの人気ぶりに、いま最もブッキングが難しいカンパニーとして、世界の劇場がウェイティングリストに名を連ねている。
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