大都市だった江戸の町は、意外にもおしゃれな女たちで華やいでいたのかもしれない
どの時代においても、女性はファッションに敏感なもの。目まぐるしく変化する流行を知る術は、今や雑誌、Web、SNSなど多様だが、時を遡ること江戸時代ーー当時、女性の間ではどんな着こなしや髪型、メイクが流行っていたのだろう。もし、ファッション誌の草分けがこの時代にあるとしたら……? 人口100万人の大都市だった江戸の町は、意外にもおしゃれな女たちで華やいでいたのかもしれない。
その一端を覗くことができるのが、すみだ北斎美術館で開催されている『Hokusai Beauty~華やぐ江戸の女たち~』展だ。江戸時代後期に人気を博した絵師、葛飾北斎(1760-1849年)が描いた美人画と、江戸の女性風俗を伝えるポーラ文化研究所所蔵の資料など、合わせて130点ほどが並ぶ。
北斎と言えば、富士山のある風景を描いた『冨嶽三十六景』シリーズが有名なのは言わずもがなのことだが、女性(それも美人!)を多く描いたことは案外知られていないのではないだろうか。本展では、北斎の70年に及ぶキャリアの中で描き続けた美人画をはじめ、結髪雛型や装身具、化粧道具などが併せて展示され、江戸の華やかな女性のファッションにも焦点を当てている。
喜多川歌麿(1753-1806年)や歌川広重(1797-1858年)など、ほぼ同時期に活躍した絵師も多いが、ズバリ、北斎の描く美人画の魅力とは? 本展を企画したすみだ北斎美術館主任学芸員の奥田敦子さんはこう話す。
奥田:初期の北斎は、美人画の第一人者、鳥居清長(1752-1815年)から大きな影響を受けるのですが、その後は独自のスタイルを確立していきます。その特徴は、北斎が寛政年間(1789-1801年)に名乗った雅号「宗理」に基づく「宗理美人」と呼ばれる絵に顕著に見ることができるでしょう。絵の中の女性は非常に楚々として、おしとやか。「触れなば落ちん」といった儚さを漂わせながらも、どこか芯の通った品の良さが魅力です。
確かに絵を眺めれば、うりざね顔の上品な顔立ちに、美しい富士額、生え際には髪の毛の一本一本が丁寧に描き込まれ、凛とした女の意志さえ漂うようだ。北斎が生涯追究し続けた理想の美人像の1つが、この時代の作品から垣間見ることができるだろう。
ファッションリーダーとしての花魁
それにしても、SNSも雑誌もない江戸時代において、女性のファッション(流行)はどのように人々へ広まっていたのか? そう、その大きな役割を果たしたのが浮世絵なのだ。そもそも「浮世」とは、江戸時代において「現代風」という意味をもつ言葉。そこで、同時代の庶民の暮らしなどを描いた風俗画が「浮世絵」と呼ばれるようになったのだとか。
製本された『女重宝記』はまさにファッション誌のよう。当時の貴重な版本は一部だけでも必見である。
重要なポイントは、17世紀半ば頃、木版技術が発達して絵が複製できるようになったこと。今でいう出版社が誕生し、メディアが生まれ、流通が可能になったのだ。要するに、浮世絵は「江戸版ファッション誌」の役割もはたしていたのだろう。今で言う『VOGUE』や『ELLE』みたいなものなのだったのかも。さらに、これらの「雑誌」に描かれた女性の多くが遊女であったことにも注目したい。
奥田:現在のようにアイドルなんていない時代ですから、男性も女性も憧れるのは、だいたいが遊郭で名を馳せる遊女でした。なかでも上位にあった花魁はファッションリーダー的な存在。
花魁など高位の遊女ともなると新年に新しい衣装を着るのが通例だったようで、その姿を『雛形若菜初模様』というシリーズで、磯田湖龍齋(1735-1790年?)や鳥居清長らの浮世絵師たちが描いたという記録も残っています。浮世絵を媒介として、花魁の衣装を見た女性たちの間で、着物の文様が素敵ね、と噂され流行していくということは大いに考えられますね。
奥田:北斎の作画は大胆な構図と発想が特徴ですが、その一方で、非常に細かな描写も特筆すべき点です。この繊細で緻密な表現は、美人画において特に発揮されており、例えばこの『花魁と禿』の花魁や禿の髪の毛の生え際や髪飾、着物一枚一枚の柄なども、とても丁寧でリアルな感覚を大切に描いています。
またこのように立派な簪をいくつも挿している点から、遊女の中でも位の高い花魁であることもわかります。これ以外にも、北斎の描いた様々な作品を通して、当時の流行の最先端なども知ることができますよ。
お化粧にしても当時は紅・白・黒の3色が基本色。例えば『枕草子を読む娘』では、上唇と下唇が違う色で塗られています。紅を重ね塗りして異なる発色を楽しんでいるんですね。ちなみに紅は値千金と言われるほど高価だったので、重ね塗り=ゴージャスということ。現在のブランド化粧品を使う感覚と似ているでしょう。顔を見ればお金をかけたメイクを施しているということが一目瞭然でもあるんですね。
葛飾北斎『枕草子を読む娘』(前期展示)すみだ北斎美術館蔵 ※3月11日までの展示、現在は展示終了
庶民とは一つ塀を隔てた存在の遊女たちが、豪華な着物でトレンドを生んでいたというから面白い。しかしそれも、遊女たちの美しさをいち早く読み取り、細部まで表現した北斎の画力があったからこそである。スマートフォンで撮った写真を簡単に加工し、自分を盛る=美しく見せることができる現代のように、自分を盛ってくれる北斎に描かれたいと思っていた遊女も多く存在していたのかもしれない。
北斎の画力で、美人画の変遷が眺められる本展。あなたも江戸の町娘になったつもりで、当時の流行に思いをはせてみてはいかがだろうか。
- イベント情報
-
- 『Hokusai Beauty~華やぐ江戸の女たち~』
-
前期:2018年2月14日(水)~3月11日(日)
後期:2018年3月13日(火)~4月8日(日)
会場:東京都 両国 すみだ北斎美術館
時間:9:30~17:30(入館は閉館の30分前まで)
休館日:月曜
料金:一般1,000円 高校生・大学生700円 65歳以上700円 中学生300円 障がい者300円
※小学生以下無料
※着物での来館者は割引
- フィードバック 6
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-