予測不能な「ヒット」という現象
ヒットとは何か。
その問いに答えを出すのは難しい。これまで、沢山の成功者が「ヒットの秘訣」を語ってきた。多くの評論家が「売れた理由」を説明してきた。
しかし、それは原理的に全て後付けの説明にならざるを得ない。同じ条件を用意したからと言って、それがもう一度起こるとは限らない。スモールワールド理論(6人程の人間を仲介すれば世界中の誰にでも辿り着くという仮説)を提唱したネットワーク科学の第一人者、ダンカン・ワッツは、著書『偶然の科学』(早川書房)でそう説いている。ヒットとは、本質的に得体のしれない現象だ。人気がどのように生まれ、流行がどのように大きくなっていくのかはカオス的で予測不能だ。
音楽ヒットの参照軸・オリコンチャートの改革
しかし「今ヒットしているのは何か」という問いには、ポップミュージックの分野には明確な参照軸がある。いつの時代もヒットチャートが「ヒットを可視化する」役割を担ってきた。そしてヒットチャート自体も、時代にあわせ、音楽の聴かれ方の変化にあわせ、様々に刷新が続けられてきた。
先日、オリコンは、「CD」「デジタルダウンロード」に加えて「ストリーミング」のデータも集計し、合算した「オリコン週間合算ランキング」を開始することを発表した。「週間ストリーミングランキング」とあわせて12月19日に公開がスタートする。
ストリーミングの集計対象となるサービスは、Apple Music、AWA、KKBOX、LINE MUSIC、レコチョク。有料会員によるストリーム数を集計し、「換算売上ポイント」としてランキング化される。
特典商法やデジタル配信の普及。チャートはすでに機能不全を起こしていた
ただ、ひょっとしたらこの決定に「遅すぎる」と感じた人もいるかもしれない。
すでにオリコンのCDランキングは「ヒットを可視化する」という意味では数年前から機能不全を起こしていた。2010年代以降、特典を目当てに一人が複数枚のシングルCDを購入することが当たり前になった。一方で配信のみのリリースも増えた。「CDがたくさん売れること」と「曲が流行っていること」が必ずしもイコールではなくなった。
2016年11月に上梓した拙著『ヒットの崩壊』のインタビューに応え、オリコン編集主幹・垂石克哉氏はこう語っている。
「たしかに今は、ランキング上位になっている曲でも、それをみんなが知っているかというと、そうとは言えない時代になりつつある。ヒット曲が生まれづらくなっている。そこはうちの業界に対する使命、ユーザーに対する使命を考えた上でも、クリアしていかなきゃならない課題だとは思っています」
対応自体は遅くなったかもしれないが、ヒットチャートとしての信頼性を取り戻すことは、以前から誰より当事者であるオリコン自身が「クリアすべき課題」として認識していた。それが今回の施策の背景にあるのだろう。
柴那典 『ヒットの崩壊』表紙(Amazonで見る)
気になるのは、集計対象に世界最大のサービスであるSpotifyが入っていないことだ。
あくまで推測だが、これはおそらくランキングの設計において「有料会員によるストリーム数」にこだわったことが理由なのではないだろうか。Spotifyはフリーミアムモデル(基本的なサービスは無料で提供し、さらに高品質、高機能なサービスには課金するビジネスモデル)であるがゆえに、有料会員のみの再生回数を売上に換算してポイント化することは難しい。同じ理由でAmazonプライム会員の会員特典として提供されるAmazon Prime Musicも集計対象外となっているのではないかと思われる。
「流行」を可視化するビルボードチャートと、「売上」を可視化するオリコンチャート
ここ数年、新たな音楽チャートとしてビルボード・ジャパンが提供する「Billboard Japan Hot 100」が注目を集めるようになってきている。こちらはCD、ダウンロード、ストリーミングに加えてラジオでのオンエア回数やYouTubeの再生回数、Twitterにおけるアーティスト名と楽曲名のツイート数を集計して独自の指標で合算する複合型チャートだ。
同じ複合型チャートでも、オリコンとビルボードのヒットチャートの設計思想は異なっている。ラジオやTwitterなども集計対象とし、流行を可視化するため音楽との「接触」も重視する「Billboard Japan Hot 100」に対して、「オリコン週間合算ランキング」はあくまで「売上ランキング」として設計されている。それぞれの設計思想が異なるため、この先も二つのチャートは共存していくものと思われる。
日本の音楽市場もストリーミングへのシフトがいよいよ本格化。特典商法によるCDチャート操作は無効化していく
では、オリコンの「週間合算ランキング」「週間ストリーミングランキング」のスタートによって、日本の音楽市場はどう変わっていくのか。
一つは、いよいよ日本の音楽市場のストリーミングへのシフトが本格化するだろう、ということだ。
昨年から、DREAMS COME TRUE、宇多田ヒカル、Mr.Childrenなど、大物アーティストのストリーミング配信への楽曲解禁が続いている。また、日本レコード協会が8月27日に公表した「2018年第2四半期(4月~6月)音楽配信売上実績」でも、ストリーミングの売上高は前年比で大きく伸長しダウンロードの売上高を上回っている。
日本のSpotifyチャートトップ50
ストリーミングが本格的に日本でもビジネスとして成立するようになりつつあるのが2018年の趨勢だ。もちろん、CD市場がすぐに無くなるわけではない。しかし、オリコンランキングの変化によりレコード会社の販売戦略として「特典商法によってCDを売り伸ばしランキング上位になるよう操作すること」の意味が無効化していくのは免れないだろう。
ストリーミングの環境においては、ヒットの基準は「売れた枚数」ではなく「聴かれた回数」となる。おそらくヒット曲の生まれ方も変わり、より話題性と直結したものになっていくはずだ。
今秋上陸が噂されるYouTube Musicのインパクト。ストリーミング非参入の人気J-POPアーティストの動向がカギを握る
そして、もう一つ、日本の音楽シーンの先行きを変える可能性があると筆者が考えているのが、この秋に予定されていると報じられる「YouTube Music」の日本でのサービス開始だ。
今年5月にローンチしすでに世界17か国でサービスを開始している「YouTube Music」は、Spotifyの対抗サービスとされる。Spotifyと同じく広告付き無料プランと多機能の有料プランを併せ持ち、YouTubeの無料視聴ユーザーを有料プランに誘導することを狙ったフリーミアムモデルのサービスだ。
そのローンチで何が変わり得るか。
現時点で、日本には、YouTubeにMVを公開しつつ、ストリーミングには音源を解禁していないアーティストが多くいる。その中にはトップクラスの人気を持つアーティストも多く、例を挙げれば、米津玄師、星野源、back number、サザンオールスターズ、WANIMAなどの名前が並ぶ(原稿執筆時点)。
これまでアーティストおよびレーベル側にとっては、YouTubeにアップするMVはあくまでプロモーションのための施策であり、その試聴をCD購入やダウンロード配信に誘導するというロジックが成立していた。しかし「YouTube Music」のローンチ後には、「YouTubeにMVを公開しつつストリーミングに音源を解禁しない」ということは、同じサービスの無料ユーザー向け部分にコンテンツを提供しつつ、有料ユーザーに誘導する部分には提供しないという、商業行為としてはある種矛盾した行動になってしまう。
これらのアーティスト側が、YouTube Musicのサービス開始以降、そして「オリコン週間合算ランキング」のスタート以降、どのような意思決定をするかで、来年以降の日本の音楽市場の姿も変わっていくのではないだろうか。
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