「#MeToo」が溢れた2018年の米ドラマ
「アメリカを愛する全ての人に思いを込めて 私たちは屈しない」
(『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』シーズン2、11話より)
2018年、アメリカのドラマは#MeTooまみれとなった。性的暴行やセクシャルハラスメントの問題を扱った作品が多発したのである。
弁護士事務所を舞台にする『The Good Fight/ザ・グット・ファイト』シーズン2では「リアリティショーで出演者たちが同意なき性行為に導かれたか否か」を法的に検証するエピソードを放映。1980年代の女子プロレス団体を描く『GLOW: ゴージャス・レディ・オブ・レスリング』シーズン2は、キャスティングカウチ(いわゆる枕営業)を断った主人公が同性の同僚から責め立てられる物語を提示した。『アンブレイカブル・キミー・シュミット』シーズン4では、悪気なくセクシャルハラスメントをする女性や、#MeToo陰謀論に染まっていく男性がトリッキーに描かれた。
大御所ドラマも負けていない。医療ドラマ『グレイズ・アナトミー 恋の解剖学』はシーズン14にして「偉大な男性医師」が性的暴行の常習犯だと発覚する展開を描き、賛否両論を呼んだ。
『侍女の物語』『ウエストワールド』...「怒れる女性」ムーブメントの到来
#MeToo的な要素を扱ったドラマにおいて、女性たちは怒っていたし、作品自体もその怒りを矮小なものとして扱わなかった。「怒れる女性」ムーブメントの到来とも言える。
筆頭例に挙がるのは『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』だ。シーズン2では、主人公オブフレッドを含め、合法的に強姦される立場にある侍女たちが権力に反抗していく様が描かれる。一方、侍女たちを虐げる権力階級であるセリーナも、複雑なかたちで女性や男性に「怒り」を抱えていく。また、HBOのSF大作『ウエストワールド』シーズン2では、繰り返し性暴力を受けてきた女性アンドロイドのドロレスが反乱のリーダーとなる。
必ずしも「好かれやすい」キャラではない「怒れる女性たち」。より多面的な女性キャラ描写が生み出された
こうした「怒れる女性」表現は、ドラマ界の表現の拡張ともされている。Vanity Fairで語られたように、多くのポップカルチャーが女性の怒りを「ヒステリックで無秩序なもの」のように描いてきた。今はそうした傾向が変わりつつある。しかも「女性の怒り」が軽んじられなくなっただけではない。「怒り」の描写を通して、人気ドラマの女性表現はより複雑でパワーあるものになった。今年の『エミー賞』ノミネート時にコメントを寄せたジェシカ・ビールの言葉を借りれば「大衆が信頼できない多面的なキャラクター」が生み出され続けたのである。
前述した『侍女の物語』のセリーナも『ウエストワールド』のドロレスも、明らかに「好かれやすいキャラ」ではない。前者は「女性差別システムの構築に貢献した女性活動家」、後者は「隣人を犠牲にする過激な革命家」である。どちらも視聴者が共感しにくく、同時に簡単に突き放せないキャラ造形となっている。こうした複雑な女性キャラクターの活躍は、表現の拡張と進歩と言えるだろう。
「怒れる女性」ムーブメントは、2018年の『エミー賞』にも波及した。『侍女の物語』のオブフレッド(エリザベス・モス)とセリーナ(イヴォンヌ・ストラホフスキー)、そして『ウエストワールド』のドロレス(エヴァン・レイチェル・ウッド)を演じた女優たちは皆ノミネートを受けた。InStyleは、これまで「愛情深く仲間を守る女性キャラ」が強かった同賞女優部門において「利己的で残酷で複雑な女性」が認められたと評している 。
#MeToo運動前から女性への抑圧や性的暴行を主題としていた作品も
#MeToo後のドラマ界では、ある共通点も浮かび上がった。『13の理由』『ボージャック・ホースマン』『ジェシカ・ジョーンズ』の新シーズンは、どれも性暴力やハリウッドにおいて女性が受ける被害、つまりは#MeToo的な問題を描いたものだった。明らかにタイムリーだ。しかしながら、この3作のすべてのクリエイターは「#MeToo前から構成を決めていた」と口を揃えたのである。
この共通点から導けるのは、2017年の#MeTooムーブメント以前からアメリカのドラマ界は性暴力問題を積極的に扱っていたということだ。『13の理由』、『ジェシカ・ジョーンズ』、『侍女の物語』そして『ウエストワールド』、これら4作すべてが#MeToo以前に制作された第1シーズンから女性への抑圧や性的暴行を主題にしていた。性的暴行問題は、#MeTooムーブメントで唐突に発生したものではない。現実世界にしても同様である。#MeTooを機に「女性の怒り」が軽視されにくくなり、さらには「怒り」を表明する女性も増えていったのではないか。アメリカのドラマは、そうした社会の変動を映し続けている。
ハリウッド映画への影響は? レイプ表現を問題視する議論も
ハリウッドを中心とした映画界はどうだろう。
「#MeToo Tシャツを着られないことはわかってる。でも私はこのフィーリングを求めてる」
『ヴェノム』の製作現場で監督にこう語ったのは、女優のミシェル・ウィリアムズだ。演じる役の台詞に受動的すぎるものがあると感じた彼女は、地に足のついた女性を演じたい意向を告げたのだという。#MeTooムーブメントの影響を映画作品から探るのは早急な段階だが、AP通信によると、ハリウッドでは多くの脚本に修正が加えられているようだ。
こうした中で注目を集めるのは性的暴行に関する描写だ。
The Playlistの記事「The Long, Problematic History Of Rape Scenes In Film」で呈されたように、被害者をカリカチュアライズするようなアメリカ映画のレイプ表現は長らく問題視されてきた。論争の歴史はアメリカ初の長編映画『國民の創生』まで遡ることができるが、近年では『ドラゴン・タトゥーの女』などの被害者女性の身体を過度に映すカメラワーク、またクエンティン・タランティーノ監督作品に見られるようなシンボリックで扇情的な暴力描写が問題として挙げられやすい。
ただし、賛否の議論は多岐に渡る。例えば、2018年にNew York Times において『アイ, トーニャ』のコミカルな家庭内暴力描写への批判ついて問われたマーゴット・ロビーは「私はタランティーノの大ファンだ」と明言した上で、当該シーンの意図を解説した。同作のプロデューサーと主演を務めた彼女によると、問題にされた演出は、被害を軽んじるものではなく、家庭内暴力における「虐待のサイクル」の強調を志すものだったという。
こうした表現の問題の判断は作品や論者によってわかれるだろう。前述のThe Playlistの記事に寄稿したレナ・ウィルソンは「問題視される表現の根絶」よりも「緻密な女性表現を志すクリエイターによる作品の増加」を願う旨を綴っている。ウィルソンの願いは、#MeTooムーブメントによって一歩前進するかもしれない。
「オスカー男優は英雄、オスカー女優は犠牲者」の統計
そうした映画の歴史に関連するものとして、ある調査が発表された。Tampa Bay Timesの記事「オスカー男優は英雄、オスカー女優は犠牲者」でスティーブ・パーセルは、1929年以降に『アカデミー賞』主演部門を獲得した男優、女優が演じたキャラクターを分類した。まず、以下の3つ。
1. ヒーローまたはアンチヒーロー
(例:『レヴェナント: 蘇えりし者』レオナルド・ディカプリオ、『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』メリル・ストリープ)
2. 悪役
(例:『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』ダニエル・デイ=ルイス、『ミザリー』キャシー・ベイツ)
3. 中毒または障がいを持つ者
(例:『マンチェスター・バイ・ザ・シー』ケイシー・アフレック、『アリスのままで』ジュリアン・ムーア)
男優の場合、90人中80人がこの3タイプに入る。一方で女優は90人中35人。半数以上の女優たちはどのカテゴリに入るのか? パーセルはカテゴリを2つ足した。
4. 娼婦、男性による性暴力の被害者、性的欲望の対象
(例:『ブラック・スワン』ナタリー・ポートマン、『ルーム』ブリー・ラーソン)
5. スウィートハート、男を惹き付ける存在
(例:『恋に落ちたシェイクスピア』グウィネス・パルトロウ、『ラ・ラ・ランド』エマ・ストーン)
女優は4番の該当者が非常に多い。パーセルの計算だと、男優は90人中80人が1~3に当てはまる一方、女優は1~3の総数と4番の該当者が同数の35人。ゆえに「オスカー男優は英雄、オスカー女優は犠牲者」という傾向が浮かび上がる。役柄それぞれに内容や表現は異なるだろうが――前述した性暴力表現にまつわる問題視と併せて考えると――『アカデミー賞』、ひいては米映画界において評価される男性キャラと女性キャラの違いを感じさせる調査ではないだろうか。
2019年の『アカデミー賞』の顔ぶれ予想は? 「家母長制」の共通点も
「女性はしばしば主婦かガールフレンド、または欲望の対象として描かれてきました。我々がこの作品で務めたことは、ほかの人々と同様に女性が複雑で入り組み、素晴らしく、そしていかにおぞましいかを見せることでした」(『女王陛下のお気に入り』監督ヨルゴス・ランティモス)
「犠牲者」だらけとされた『アカデミー賞』の女優部門だが、2019年は少し変わった風が吹くかもしれない。2018年9月、The Guardianは「#MeTooが映画を変えた?」と題する『ヴェネチア国際映画祭』のレポートを発表した。挙げられた作品は、アカデミー賞にも絡んでくると推測される『ROME/ローマ』(アルフォンソ・キュアロン監督、アメリカ・メキシコ製作)、『女王陛下のお気に入り』(ヨルゴス・ランティモス監督、アイルランド、アメリカ、イギリス製作)、『サスペリア』(ルカ・グァダニーノ監督、アメリカ・イタリア製作)。
これらの作品の共通点は「家母長制」だという。例えば『女王陛下のお気に入り』は実在の英国女王と彼女を取り巻く公爵夫人と女官の権力闘争を描いている。引用したランティモス監督の言葉を見れば明白だが、ステレオタイプな女性像の打破を志した映画のようだ。
出演者のニコラス・ホルトやVarietyは、2017年以前に企画されたにも関わらず非常に#MeToo時代的な作品だと評している。女王を演じたオリヴィア・コールマンは、すでに『ヴェネチア国際映画祭』で女優賞を獲得しており、来たる『第91回アカデミー賞』主演女優部門ノミネートの有力候補だ。コールマンを筆頭として、2019年の『アカデミー賞』では、2018年『エミー賞』と同じく「複雑で共感できない女性」像が評価されるかもしれない。そうでなくとも、ステレオタイプではない女性キャラクターが増えていきそうだ。AP通信が示唆したように、近年は『ワンダーウーマン』や『オーシャンズ8』などが商業的成功をおさめているため、女性リード作品自体の増加が見込まれている。
「非ステレオタイプな女性表現」に対する障壁は依然として高い
変化は時間を要する。#MeTooムーブメントから1年経っても、映画とドラマ両方のクリエイターから「非ステレオタイプな女性表現」に対する障壁の高さが報告され続けている。フェミニズムをマーケティングツールとして捉える向きへの批判も多い。ただし、他方で「多様な女性表現」の需要が見込まれることも確かだ。『インターステラー』や『HELIX-黒い遺伝子-』など多くの映画とドラマの製作に関わったリンダ・オブスタは、Vanity Fairにおいて「女性表現の波は簡単に終わらない」とする考えを明かした。
ワインスタイン告発から一年経ったが、2018年秋にはアメリカで学生時代の性的暴行疑惑が浮上したブレット・カバノーの最高裁判事承認問題が大きな話題となった。クリス・クラウスによるフェミニスト小説をドラマ化したAmazonオリジナル作品『アイ・ラブ・ディック』のクリエイターの1人であるジル・ソロウェイがThe Wrapに語ったように、怒りを抱えながらテレビやPCの画面を見る女性たちは未だに多いはずだ。彼女たちの想いや信条、そしてそれに賛同する人々によって、アメリカの映画とドラマは変化を続けていくのではないだろうか。
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