CINRA.NET編集部が毎月1組だけ選出する、「今月の顔」。ジャンルや知名度を問わず、まさに今、読者のみなさんに注目していただきたいアーティストや作家を取り上げます。
今月は、5月8日に傑作アルバム『STORY』をリリースし、29日に全国ホールツアー『HALL TOUR 2019 “STORY”』の最終公演を東京・NHKホールにて迎えた、never young beachをピックアップ。CINRA.NETではインディーズ時代から彼らのことを取材してきましたが、今こそ、彼らの深みに心を委ねてみてほしいという想いを込めて。
バンド初期からあった、細野晴臣の「ある感じ」
「いきなり昔話かよ」と思われたら恐縮だけど、これから書くnever young beach(以下、ネバヤン)の話と関わり深いことなのでお許しを。ネバヤンのライブを初めて観たのは超満員にフロアが埋まった渋谷TSUTAYA O-nest。まだ1stアルバム『YASHINOKI HOUSE』(2015年5月リリース)が出たばかりの彼らは、本当に持ち曲が少なかった。リリースパーティーを銘打って行われたその夜のライブ(2015年7月20日)だったけど、1時間も演奏しなかった記憶がある。当然ながら、まだその時点では“明るい未来”も“お別れの歌”も“Pink Jungle House”も“SURELY”もなかった。
そのライブで、ダブルアンコールに応えて出てきたはいいものの本当にやる曲がない状態で、彼らはカバーを1曲演奏した。それが細野晴臣“恋は桃色”。たしか、本秀康が主宰する雷音レコードからリリースされた7インチシングル『あまり行かない喫茶店で』についての取材をしたときに、ボーカルの安部勇磨は「細野さんが大好きです」と語ってくれていた。だからこそのカバーでその言葉を裏付けしたわけだけど、あのときのあの演奏には単なる憧れだけじゃなくもっと本質的なところでの敬愛、いや、同期を感じた。1973年、25歳の細野が『HOSONO HOUSE』で発していた「ある感じ」が、2015年を当時の細野とほぼ同年齢(当時24歳)の安部からも出ていたように思えたのだ。
「細野さんやはっぴいえんどが好きです」と語るバンドやシンガーソングライターは世代にかかわらずいろいろ見聞きしてきたけど、その「ある感じ」を帯びたミュージシャンを見ることは案外稀だ。やるせなさや自嘲の念を持ちながらも前向きにこの先の表現に進もうとしてる人。努力や真面目さを巧まざるユーモアに置き換えて表現できる人。<やめるさ、つかれたよ>と言いながらも列車は進むと『HOSONO HOUSE』で細野は歌っていた(“Choo-Chooガタゴト”)。
創作の「めんどくさいこと」への興味の強さ
初期のネバヤンのサウンドは、たとえばマック・デマルコあたりにも通じる海外発信の現代的なレイドバック / サイケデリアとも同調する部分が大きかったし、“どうでもいいけど”や“ちょっと待ってよ”といった代表曲に宿る享楽性が人気を担っていた部分は少なくなかった。「めんどくさいこともあるけど楽しくやろう」的なメッセージ性は、ライブという熱狂の場でさらに増幅されてバンドもファンも盛り上げていた。その熱狂には力と未来があったし、その頃、シンガーソングライターの王舟と話していて、彼が「ネバヤンにはOasisに通じる部分がある」と言ったことも鮮明に覚えている。
だけど、あの夜の“恋は桃色”の演奏や、実際に取材してみた安部自身の言葉や気持ちから僕が感じていたのは、この若者たちが(当時のネバヤンに少なからずあったイメージの)その場限りの楽しさや親しみやすさを優先して「楽しくやろう」な人というよりは、その前段にある創作にまつわるチャレンジや試行錯誤という「めんどくさいこと」への興味が強い人なんじゃないか、という思いだった。そして、その思いはアルバムを重ねるごとに確信っぽいものに変わっていった。
そしてつまり、ネバヤンにとって4作目にして、音楽面での大きな転機となるだろう新作『STORY』は、安部勇磨が、そして彼らがバンドとして信じた「めんどくさい」があるからこそ、変化することをおそれずにやり抜けたアルバムになった。
never young beachは「変わったけど変わってない」
『STORY』を聴いた人のレビューや知人の言葉が、いろいろと僕にも届く。そのほとんどは「ネバヤンが変わった」という驚きとともに。「サウンドの質感がVulfpeckみたいでかっこいいすね」とか「細野さんや坂本慎太郎さんの影響が濃いですね」という意見もあった。「変わった」という意見は当たっているんだろうし、これまで以上にいろんな影響が見て取れることも間違ってはいないだろう。
思い返せば、去年アナログと配信のみでリリースした新作『うつらない/歩いてみたら』がプロローグだった。キーボード、女性コーラスを加え、アナログ機材を使用したレコーディングだけでなく、70代半ばを超えてなお今も屈指のアナログカッティング / マスタリングエンジニアとして多忙を極める小鐵徹の起用など最後の最後までこだわった音作りを行なった。イケイケでラウドなスタイルからいったん距離を置き、ある種ミニマルなサウンドや、新しく変わるスピードを急ぎすぎて逆にくたびれた景色にしか見えない都市に生きる思いを託した歌詞やメロディは、まさしく東京都心を離れて狭山の一軒家でレコーディングされた細野晴臣の『HOSONO HOUSE』を思い起こさせるようなものだった。
その2曲の制作過程で徹底された、これまでのセオリーにとらわれず、音数を控え、音圧も抑え、極力シンプルなグルーヴ作りは、そのままアルバムにも持ち込まれた。リズム隊の鈴木健人(Dr)、巽啓伍(Ba)にも最初は戸惑いはあったものの安部の意図を理解し、音楽はまた前に進み出す。現代的な音響も意識した音作りの面ではギタリスト阿南智史(Gt)の選ぶトーンも重要な役割を果たした。
ヴィンテージ機材にこだわり、エフェクトではなく楽器そのものの音への信頼を託したレコーディングは、単に過去への回帰ではない。リバーブやエフェクトにともすれば埋もれそうになっていた彼らの生身を、くっきりと浮かび上がらせるために必要なものだった。結果として『STORY』はこれまで以上に人間的な作品になったとも思う。
結成メンバーだった松島皓の脱退や、サウンド面でのマンネリ指摘や試行錯誤など、ネバヤンにとってしばらく苦しかった時期があったことはメンバーも否定しないだろう。だが、自分たちの力で求めるサウンドを手繰り寄せることで再び自信を手にしたからこそ、タイトル曲“STORY”や“春を待って”で描かれた希望がこれまでに増してぐっとくる。“いつも雨”や“魂のむかうさき”でも、いくらでもドラマチックにできるだろう名曲に対しても、淡々と余韻を扱う術を彼らが身につけたことがわかる。
そして、あらためて僕が言いたいのは、ネバヤンは「変わったけど変わってない。もし変わったと思えるんだとしたら、むしろネバヤンらしさを貫いた結果としてそう感じられた」ということだ。「誰にも似ていないものが作りたい」と人が思うとき、それは結局「自分自身にいちばん近いものを作る」ということと背中合わせでしかないし、むしろそれは「自分を形作っている影響に対して率直に向かい合う」ということだ。だからこそネバヤンは『STORY』で「誰かみたいになってしまった」のではなく、彼らそのものの成長としての作品を提示できた。
2019年、never young beachが細野晴臣に影響を与えている
それにしても、『STORY』にまつわるいろんな努力に対し、偶然が作用した最大のマジックのひとつは、細野晴臣がネバヤンに先駆けて新作『HOCHONO HOUSE』を発表したことじゃないのかな。しかも『HOSONO HOUSE』を全曲自身でセルフカバーした内容にも驚きを禁じ得ないだけでなく、アルバムについてのインタビューで細野の口から小山田圭吾とともに安部からの影響があったと言及がなされていた。まるで時空が逆転したタイムパラドックス。あの2015年の夏の夜にタイムスリップして、“恋は桃色”を演奏していた彼らに「4年後にこんなことがありますよ」と教えてやりたいくらいだ。きっと彼らは「まさか~!」と笑うだろうけど。
時はいろんなものをひっくり返す。それこそ『HOSONO HOUSE』だって、1973年の発売当時、いったいどれほどの人が「これが21世紀に決定的な影響を与える作品になる」と予言できただろうか。そういう思いを込めて、安部勇磨と個人的に話したときに「新作の音作りに驚くファンも多いだろうけど、きっと数年後には、ネバヤンはまず『STORY』から聴くべき、っていうことになってるよ」と僕は言った。「ほら、聴いてすぐわかる音楽より3日経ってわかってくる音楽のほうが長く付き合えるって言うじゃん」とも付け加えて。
そしたらその数日後、メンバー全員を相手にしたインタビューで、彼が3人に「松永さんがさ、このアルバムは3日したらよくわかるってさ」と言い出した。メンバーがそれを褒め言葉に思えず「どういうこと?」な顔になったときは焦ったけどね。でも、そんな笑える場面も含めて、彼らの本質は変わってない。そして、そこが変わってないから、どうにでも変われる。細野晴臣の50年の音楽人生がそうだったように、ネバヤンは自分たちのSTORYの「つづく」を手に入れた。
きっと“どうでもいいけど”だって、これからはもっと新しい意味で聴こえるだろう。
- リリース情報
-
- never young beach
『STORY』初回限定盤A(CD+Blu-ray) -
2019年5月8日(水)発売
価格:4,860円(税込)
VIZL-1581[CD]
1. Let's do fun
2. STORY
3. 春を待って
4. うつらない
5. 春らんまん
6. いつも雨
7. 歩いてみたら
8. 思うまま
9. 魂のむかうさき
10. Opening[Blu-ray]
・『Documentary of“STORY”』
・『10inch Vinyl <うつらない/歩いてみたら>Release TOUR-NAGOYA- 2018.12.1』
1. うつらない
2. なんかさ
3. どうでもいいけど
4. あまり行かない喫茶店で
5. CITY LIGHTS
6. 夢で逢えたら
7. SURELY
8. お別れの歌
9. Pink Jungle House
10. いつも雨
- never young beach
『STORY』初回限定盤B(CD+DVD) -
2019年5月8日(水)発売
価格:4,320円(税込)
VIZL-1582[CD]
1. Let's do fun
2. STORY
3. 春を待って
4. うつらない
5. 春らんまん
6. いつも雨
7. 歩いてみたら
8. 思うまま
9. 魂のむかうさき
10. Opening[DVD]
・『Documentary of“STORY”』
・『10inch Vinyl <うつらない/歩いてみたら>Release TOUR-NAGOYA- 2018.12.1』
1. うつらない
2. なんかさ
3. どうでもいいけど
4. あまり行かない喫茶店で
5. CITY LIGHTS
6. 夢で逢えたら
7. SURELY
8. お別れの歌
9. Pink Jungle House
10. いつも雨
- never young beach
『STORY』通常盤(CD) -
価格:3,024円(税込)
VICL-651841. Let's do fun
2. STORY
3. 春を待って
4. うつらない
5. 春らんまん
6. いつも雨
7. 歩いてみたら
8. 思うまま
9. 魂のむかうさき
10. Opening
- never young beach
『STORY』アナログ盤 -
2019年5月8日(水)発売
価格:3,780円(税込)
VIJL-602031. Let's do fun
2. STORY
3. 春を待って
4. うつらない
5. 春らんまん
6. いつも雨
7. 歩いてみたら
8. 思うまま
9. 魂のむかうさき
10. Opening
- never young beach
- プロフィール
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- never young beach (ねばー やんぐ びーち)
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安部勇磨(Vo,Gt)、阿南智史(Gt)、巽啓伍(Ba)、鈴木健人(Dr)によるロックバンド。2014年春に宅録ユニットとして活動開始。2014年8月に阿南、巽、鈴木が加入、2018年に当時のメンバーが脱退し、現在の編成に。5月8日に4thアルバム『STORY』をリリースした。
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