「デビュー作」、その魅力的な言葉に隠された秘密
あらゆるクリエイターに該当することだが、映画監督においても「デビュー作」というのは特別な存在だ。とりわけ、「劇場公開された長編デビュー作」はそのキャリア上、重要な作品として長く記憶に留められる運命にある。
と、ここで、「デビュー作」と「劇場公開された長編デビュー作」って違うものなの? と素朴な疑問が。たとえば2018年、『カメラを止めるな!』で一大旋風を巻き起こした上田慎一郎監督の経歴を見てみると、彼は中学の頃からビデオカメラを回し、友だちと自主映画を撮りはじめ、高校では文化祭で上映会も。不特定多数の観客を前に披露した、という意味ではこれを真の「デビュー作」としてもよいし、のちに本格的に監督を志し短編映画を作っているので、それも無視はできない。
2011年に『お米とおっぱい。』なる初の長編密室コメディーを監督、2015年にはオムニバス映画『4/猫 ねこぶんのよん』に参加して、短編「猫まんま」で商業映画デビューを果たしている。こうした様々な活動の果てに、当初から一般劇場公開を目指した企画、ENBUゼミナール主催のシネマプロジェクトで『カメラを止めるな!』を発表したのだった。つまりここでいいたいことは、考え方によって「デビュー作」はいくつも遡れるが、「劇場公開された長編デビュー作」は1本限り。だから、「初監督作」といえば後者を指すケースが多いのだ。
デビュー作の見本『カメラを止めるな!』は、なぜヒットした?
さて、スッキリしたところで本題に。説明するまでもなく『カメラを止めるな!』とは、ゾンビ映画を撮影中、突如本物のゾンビに襲われたクルーを37分間にも及ぶワンシーンワンカットで収めた前半部と、そのカメラの裏側でなにが起きていたのかを逐一明かしてゆく後半部とで構成された画期的なスタイルの作品であった。上田監督はそもそもゾンビ映画好きで、さらに、映画製作の舞台裏を描いたバックステージ物にも目がなく、2つを絶妙に融合、この「長編劇場デビュー作」の中に自分にしかできないものを詰め込もうとした。37分間の長回しという無謀な試みもそうで、超低予算を逆手に取り、スタッフと無名のキャストたちと一丸となってチャレンジャーならではの初期衝動をスパークさせ、練り上げた脚本を凌駕する圧倒的な熱量を画面に注入、それが大ヒットへと結びついたのだった。
いわば「革新性・創意工夫・挑発性」の3要素が揃った『カメラを止めるな!』は、さながら「デビュー作」の成功例の見本のような映画であり、今後も上田監督の作家的な原点として折々で振り返られ、語られてゆくことだろう。ただし、「デビュー作にはその監督のエッセンスが詰まっている」とよくいわれるのだが、『カメラを止めるな!』の場合、これを決定づけるのは時期尚早かもしれない。なにしろまだ、長編映画に携わる上田監督のプロとしてのキャリアはスタートしたばかりなのだから。しかしこれから新作ごとに参照され、主題や手法の継承、あるいはそこからの変化を言及されるのは間違いない。本文の冒頭に、「重要な作品として長く記憶に留められる運命」と記したのはそういう意味においてだ。
その作風のエッセンスが注入。監督たちのデビュー作を見逃せない理由
ところで「デビュー作にはその監督のエッセンスが詰まっている」説。ではすでに、キャリアを重ねた人ならばどうだろう。思い切って、同じ自主映画が出発点のジョージ・ルーカスを見てみよう。ルーカスの長編劇場デビュー作は1971年公開の『THX-1138』だ。人類がコンピュータに支配されている近未来、25世紀を舞台に、ひとりの男の管理社会へのレジスタンスを描いたハードSFにしてディストピア映画。
基となったのは南カリフォルニア大学の映画芸術学部時代、ルーカスがつくった短編『電子的迷宮/THX 1138 4EB』で、1967年度『全米学生映画祭』「グランプリ」などを受賞、かのフランシス・フォード・コッポラの資金提供によってロバート・デュヴァル主演で長編リメイクが実現したのであった。テーマ的には(当時のカウンターカルチャーの影響もあるが)、父親の強権のもと抑圧され、決められた人生のレールを走ることに抵抗したルーカスのシリアスな境遇がもろに反映されており、『アメリカン・グラフィティ』(1973年)『スター・ウォーズ』(1977年)の主要キャラ、カート・ヘンダーソン、ルーク・スカイウォーカーの原型でもあるだろう。
それでは映画界のレジェンド、大スターからオスカー受賞の名監督になったクリント・イーストウッドはどうか。主演も兼ねた長編劇場デビュー作は1971年公開のサイコスリラー『恐怖のメロディ』。一夜を共にしてしまった女性ファン、やがてストーカーに変貌した彼女にしつこく付き纏われ、常軌を逸した行動を見舞われるラジオ番組の人気ディスクジョッキーを演じており、この被虐的なキャラクター、マゾヒスティックに自身が痛めつけられる展開は、以降のイーストウッド映画にもたびたび認められるもの。「デビュー作にはその監督のエッセンスが詰まっている」説はなるほど、やっぱりあてはまっているわけである。
うれしいことに、今年で16回目を数える『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019』(7月13日から開催)では「トップランナーたちの原点」と銘打って、『THX-1138 ディレクターズカット』『恐怖のメロディ』のほか、スティーヴン・ソダーバーグ監督が『カンヌ国際映画祭』にて史上最年少で「パルム・ドール」を受賞した『セックスと嘘とビデオテープ』(1989年)、それから三池崇史監督の『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(1995年)の4作品が特集上映される。いまとなってはスクリーンで観る機会の限られた、世界的な映画監督4名の「生涯でただ1本の長編劇場デビュー作」。これは彼らの原点を振り返るまたとないチャンスだ。
なお、先ほどタイトルを挙げた上田慎一郎監督の『4/猫 ねこぶんのよん』は若手映像クリエイターを支援してきたSKIPシティの製作であった。ゆかりある当映画祭では今回、『カメラを止めるな!』だけでなく、上田監督も参加した最新作『イソップの思うツボ』のワールドプレミアも行われる(オープニング上映)。その作家性がどのように進化/深化したのか、合わせて注目したい。
- イベント情報
-
- 『SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019』
-
2019年7月13日(土)~7月21日(日)
会場:SKIPシティ 彩の国ビジュアルプラザ 映像ホールほか(埼玉県川口市)上映作品:
『THX-1138 ディレクターズカット』(監督:ジョージ・ルーカス)
『恐怖のメロディ』(監督:クリント・イーストウッド)
『セックスと嘘とビデオテープ』(監督:スティーヴン・ソダーバーグ)
『新宿黒社会 チャイナ・マフィア戦争』(監督:三池崇史)
『イソップの思うツボ』監督・脚本:浅沼直也、上田慎一郎、中泉裕矢
出演:
石川瑠華
井桁弘恵
紅甘
斉藤陽一郎
藤田健彦
髙橋雄祐
桐生コウジ
川瀬陽太
渡辺真起子
佐伯日菜子
上映時間:87分
製作:埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ
制作・企画:デジタルSKIPステーション
- フィードバック 0
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-