8月に結成4周年を迎えた欅坂46にとって初の東京ドーム公演(以下、ドーム公演)が、9月18日と19日の2日間にわたって開催された。8月16日のゼビオアリーナ仙台公演に始まり、9月6日の福岡国際センター公演で地方公演としては一旦幕を閉じた『欅坂46 夏の全国アリーナツアー2019』(以下、アリーナツアー)の追加公演となるドーム公演は、単に「追加公演」という以上に、物語的にアリーナツアーと連続性を持つものであった。だからまずはアリーナツアーについて語られなければならない。
(メイン画像:撮影 上山陽介)
「逆再生するあべこべな世界」を舞台に、日本武道館公演のセットリストを遡ったアリーナツアー
右肘の負傷によりセンターの平手友梨奈が不在であったため、その代理を鈴本美愉、小池美波、小林由依、菅井友香、守屋茜、土生瑞穂、上村莉菜が務めたアリーナツアーは、「逆再生するあべこべな世界」を舞台に、5月に行なわれた『欅坂46 3rd YEAR ANNIVERSARY LIVE 日本武道館公演』(以下、武道館公演)のセットリストを遡るというものであった。
武道館公演のステージには100万個のBB弾を使用したという砂時計が設置され、4月に大阪のフェスティバルホールで行なわれた『欅坂46 3rd YEAR ANNIVERSARY LIVE』のアンコール曲“危なっかしい計画”(ダブルアンコールは“W-KEYAKIZAKAの詩”)からパフォーマンスがスタートしたように、欅坂46では公演Aとそれに続く公演Bの間に連続性を感じさせるセットリストがしばしば組まれることから、この時点でアリーナツアーが予告されていたのかもしれない。
「意味の過剰さ」をライブ演出に持ち込む。なぜ過去を逆再生し、その世界からの脱出に失敗しなければならかったのか?
あべこべな世界の雰囲気は、映像・音声の逆再生や、武道館公演でのダンストラックを逆再生する振付、デジタル時計の逆進、欅坂46の過去を想起させる写真のゆがみ、音声のひずみ、歌詞テロップの反転、合わせ鏡、ステージを映しているはずのスクリーンと実際のステージで起こっていることが異なるという昨年の『欅共和国2018』でも用いられた映像トリック、最後にひとりステージに取り残されるメンバー(冒頭では手鏡を持っている)が公演ごとに変わる演出など、一度見ただけでは理解が困難な様々な仕掛けによって醸成されており、欅坂46のメンバーはそうした世界からの脱出を試みるも毎回失敗に終わるという「ループもの」としてアリーナツアーは構成されていた。
欅坂46のPVの特徴のひとつとして、直近では8thシングルのタイトル曲“黒い羊”のPVがそうであったように、完全には回収されない、それゆえ深読みを誘う「意味の過剰さ」があり、PVが公開されるたびに解読がなされてきたが、何度も繰り返し見ることのできるPVでの「意味の過剰さ」を、一度しか見ることのできない、しかも毎回差分が生じるライブに持ち込んだ今回のアリーナツアーはマルチエンディングな舞台作品のようでもあり、SNSを中心に説得力のある解釈の数々が披露されていることが示すように、およそ4か月の間に初武道館公演と初ドーム公演をなしとげた欅坂46の拡散力を前提とした公演であったようにも思える。
だが、アリーナツアーがあべこべな世界をモチーフとしたものであったとして、ではなぜ欅坂46のメンバーは逆再生する世界に閉じ込められ、そこからの脱出に失敗し続けなければならなかったのか、と考えるといくぶんネガティブな想念が頭をかすめる。既に頼もしくある2期生と共に坂道を登りゆく欅坂46が武道館公演のセットリストを遡るということは、過去への憧憬とも映るし、そうした世界からの脱出が毎回失敗に終わるということは、現在の否定とも映るからである。
選抜制の導入を発表。「忘れかけてた気持ち」を取り戻す試みとしてのアリーナツアー
ドーム公演を目前に控えた9月7日には、昨年の夏に行なわれた『坂道合同オーディション』の合格者のうち配属が決まらなかった15人からなる「坂道研修生」のプロフィールが公開され、翌9月8日放送の『欅って、書けない?』では、これまで「卒業メンバーを含む1期生21人全員」が選抜されるという「全員選抜制」でシングルをリリースしてきた欅坂46に、今冬リリースの9thシングルから選抜制が導入されることが発表されるなど、アリーナツアーがもはや遠い昔であるかのように思わせる出来事が立て続けに起きた。
欅坂46運営委員会委員長などを務める今野義雄によると「これからの欅坂46にとっては必要なステップ」として、アリーナツアー前の7月某日に行なわれた選抜発表では、1期生17人から10人、これまで卒業メンバーのポジションを担当してきたが自分のポジションが与えられるのは初となる2期生9人から7人の計17人が選抜され、センターには引き続き平手友梨奈が立つ。
選抜制についてキャプテンの菅井友香は番組内で「欅坂46が変わるためにはこれしかないのかなって思いました」「グループとして停滞しているのはずっと感じてたので」と語り、渡邉理佐は「忘れかけてた気持ち」と言葉を漏らした。
選抜制を採用したことの意味は未来に委ねるほかないが、選ばれる者と選ばれない者を明確に区別してしまう選抜制は、メンバーが代わる代わるセンターになる2017年の楽曲“東京タワーはどこから見える?”の<残酷なくらいありのままの現実を見せようか?>という歌詞をより真実味を帯びたものとして響かせる。だが、選抜制に伴うネガティブさを感じさせないアリーナツアーでのパフォーマンスを経て、メンバーそれぞれが様々な感情を抱きながらも前に進もうという決意を綴ったブログを読むと、アリーナツアーで描かれたループは「忘れかけてた気持ち」を取り戻そうとする試みの繰り返しであったように思えてくる。アリーナツアーは、主人公が様々な試練を乗り越えながら成長していくビルドゥングスロマンであり、その続きとしてドーム公演がある。
初の東京ドーム公演のテーマは「破壊と再生」。かつて誰も聴いたことのない<僕は嫌だ>が響いた
「スクラップ工場」をイメージしたという舞台には蔦が絡み合ったジェットコースターや自動車、工場のパイプ、道路標識が置かれ、そこにひとり現れた平手友梨奈がグランドピアノの「ラ」の音を打鍵したことを合図に幕を開けたドーム公演には、アリーナツアーのようにスクリーンに表示されたカタカナの文字列が(欅坂46のメンバーがあべこべな世界にいることを)示したような明確なストーリーはなかったが、1曲目に<閉じ込められた 見えない檻から抜け出せよ>と歌う6thシングルのタイトル曲“ガラスを割れ!”が、平手のセンターとしては彼女がステージから落下した昨年のアリーナツアー以来、約1年ぶりに披露されたことが、欅坂46のメンバーがあべこべな世界から既に脱出していることを物語っているようであった。
菅井友香によるとドーム公演のテーマは「破壊と再生」であり、そこから「停滞」した状態を打開して新たに生まれ変わろうとすることがイメージされるが、ドーム公演のテーマは突き詰めると、アンコールで、平手が参加したものとしては2017年の『NHK紅白歌合戦』ぶりに披露された4thシングルのタイトル曲“不協和音”に集約される。
激しいダンスと共に<既成概念を壊せ>と歌い、2回目の<僕は嫌だ>を卒業した長濱ねるに代わって2期生の田村保乃が担当するなど新たな表情も加わった“不協和音”で平手が会場に放った3回目の<僕は嫌だ>は、かつて誰も聴いたことのない<僕は嫌だ>だったからである。
ライブ初披露された平手のソロ曲“角を曲がる”。<らしさって何?>を自分に問う
センターステージに平手友梨奈がひとり姿を見せたドーム公演千秋楽のダブルアンコールでは、昨年に公開された平手の初出演・初主演映画『響 -HIBIKI-』の主題歌“角を曲がる”がライブ初披露され、翌日9月20日には『響 -HIBIKI-』のメガホンをとった月川翔を監督に、2017年放送の『FNS歌謡祭 第1夜』で平手が平井堅の“ノンフィクション”とコラボした際に振付を手掛けたCRE8BOYをコレオグラファーに迎えた“角を曲がる”のPVが公開された。
ドーム公演のTシャツには「Be yourself.」つまり「自分らしくあれ」と書かれている。「自分らしくあれ」とは、「自分らしくあれない」人に向けて欅坂46がデビュー曲“サイレントマジョリティー”から届けてきたメッセージのひとつだが、対して“角を曲がる”の主人公である「私」は、<らしさって一体何?>と問い、<周りの人間に決めつけられた思い通りのイメージになりたくない>と反発し、<みんなが期待するような人に絶対になれなくてごめんなさい>と罪の意識さえ持つ。
肥大化した「平手友梨奈像」と、ステージを舞う「私」があたかも渾然一体となり、5万人の視線を一身に受け止めながら<らしさって一体何?>と問いかけるとき、その姿は残酷で、美しい。“角を曲がる”でドーム公演の幕を閉じたのは、「曲がり角」つまり転換期にある欅坂46が変わるために<らしさって一体何?>と一旦立ち止まる必要があったからなのかもしれない。
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