アメリカの大学構内で多発するレイプ事件についてのドキュメンタリー『ハンティング・グラウンド』(2015)は、女子大生の16%以上が在学中に性的暴行を受け、被害に遭った女性の88%が報告を上げられない実態を取り上げていた。2019年9月に配信された、全8話からなるNetflixのリミテッドシリーズ『アンビリーバブル たった1つの真実』は、2008年にワシントン州リンウッドのアパートで覆面をした侵入者からのレイプ被害を訴えた十代の女性が、警察からその真偽を疑われた挙句に、供述を撤回させられ、虚偽の報告をしたとして逆に起訴された実話を描き、被害者が沈黙を強いられる社会のメカニズムとトラウマの余波を考察する。
1度の性的暴行事件で「2度」犠牲になった18歳のマリー
第1話で、18歳のマリー(ケイトリン・デヴァー)は、2度にわたって犠牲になる。
レイプ被害に遭った直後、彼女が異なる警察の担当者によって何度も繰り返し暴行の様子を説明することを余儀なくされる過程が丹念に描写されるのだ。次第に、高圧的な男性刑事は彼女の話の中に小さな矛盾を見つけ、また元養母からの誤解した情報提供──肉親から虐待を受け、児童養護施設で過ごしてきた出自を持つマリーは、注目を集めるために嘘をついたのかもしれない──を受け、すべてマリーの作り話なのではないかと疑惑の目を向ける。被害者として適切な手続きを取ったにも関わらず、むしろ警察の誤った尋問によって、マリーはセカンドレイプを受け、失態の犠牲になってしまうのである。被害者から虚偽報告の容疑者へと立場が移った彼女は周囲から軽蔑され、友人も仕事も失ってしまう。
女性刑事が見せた配慮に根ざしたアプローチ。被害者の扱われ方の違いが浮き彫りに
一方、第2話では、2011年、コロラド州ゴールデンで起きた別のレイプ被害者アンバー(『パティ・ケイク$』(2017)、『ダンプリン』(2018)のダニエル・マクドナルド)の事例に移行する。そこでカレン・デュバル刑事(メリット・ウェヴァー)は、被害者の調子や外傷を確認した後、自分の車の中──人目のつかないプライベートスペース──へと隔離し、真摯に聞き取りを行っていく。彼女は、被害者が不快ではないかどうかを逐一確認し、これから何をするかを丁寧に説明する。マリーを詰問した冷淡で無頓着な男性刑事とは対照的に、すべての段階において、彼女の被害者へのアプローチは思いやりと配慮に根ざしているのである。
このように『アンビリーバブル』では、第1話と第2話を対置させることで、レイプ被害者の扱われ方の違いを浮き彫りにしている。
被害者の記憶やトラウマ、信頼性――想起される米カバノー最高裁判事の性的暴行疑惑
ここで提起される問題は、2018年、ドナルド・トランプ米大統領から連邦最高裁判所の判事に指名されたブレット・カバノーが性的暴行を告発された事件を想い起こさせる。昨年9月27日、大学で心理学を教えるクリスティーン・ブレイジー・フォード教授は、80年代、彼女が15歳の頃に当時17歳だったカバノーから強姦されそうになったことを上院司法委員会の公聴会で証言した(その頃、本作『アンビリーバブル』はポストプロダクション中だったという)。この際、被害者の記憶やトラウマ、信頼性に関する議論が巻き起こったのである。
しばしば極限状態からの生還者は、証言の首尾一貫性が要求され、その正当性を疑問視される。心的外傷を受けた語り手は、客観的な事実を証言できるはずがない、関心を集めたいに過ぎないと虚偽のレッテルを貼られてしまうのだ。前述の『ハンティング・グラウンド』では、被害者が服装や飲酒を理由に大学から責め立てられる事実を訴えていた。こういった意見は、日本でもジャーナリストの伊藤詩織が当時TBS政治部記者だった山口敬之からの性的暴行を告発したときに見られたものだ。
この点について、ドイツのジャーナリストであるカロリン・エムケは、「語りの混乱は、例外的状況への反応というよりは、むしろまだ破壊されていない人間の表出だと言える。この破壊された世界で自身の身に起きたことをいまだに理解できず、描写できない人間は、まだ人間として破壊されてはいない。こういった時期にある被害者を単純に病んでいると決めつけるのは、あまりに拙速だ。また、被害者の周囲の状況ではなく、被害者自身に問題があると決めつけるのは、あまりに軽率だ」(みすず書房刊『なぜならそれは言葉にできるから 証言することと正義について』より)と喝破している。
このようなジェンダーに基づくパワーバランスの不均衡の問題は、まさに国際的に時宜を得た題材ではある。しかしそれは現在だけでなく、これまでもずっと続いてきた問題なのだ。
女性刑事コンビのクライムミステリーとしての側面。女性の連帯やメンターシップを称える
しかし、もし『アンビリーバブル』が、被害者の苦難を描いただけのものであれば、視聴を続けるのが耐え難いものになっていたかもしれない。このドラマは、デュバルが同じく刑事である夫に強姦事件のことを話したとき、彼からコロラド州の別の地域で似た事件を扱っている刑事がいることを知らされることで新たな様相を帯びていく。彼女が憧れだった刑事グレース・ラスムッセン(トニ・コレット)と交わったことで、物語に女性刑事コンビが協力し、粘り強く犯人捜査を進めていくクライムミステリーの要素が追加されるのだ。
思慮深いデュバルとハードボイルドで毅然としたラスムッセンではアプローチが少し異なるために当初は対立もあるものの、彼女たちは家父長制的な風潮が根強い警察の中で、ダイナミックな関係を築いていく。事件に動揺したり、困難に直面しながらも職務を遂行していく彼女たちの姿が、物語を駆動させていくのである。本作は、このようにふたつの物語を並行して描くことで、被害者への共感を見失わないまま、フェミニストの連帯やメンターシップを称えることに成功している。
総じてキャスティングとそのパフォーマンスは素晴らしく、ケイトリン・デヴァー、メリット・ウェヴァー、トニ・コレットの3人が見せる静かだが力強い演技が、この物語を支えている。特に、肉親から虐待を受けた子どもたちをケアする短期保護施設を舞台にした『ショート・ターム』(2013)で注目されたデヴァーは、微細なニュアンスを表現した本作と、対照的にオープンリーゲイの高校生役を快活に演じた青春映画『Booksmart(原題)』によって、2019年を代表する若手女優と言えるだろう。
強姦犯の心情や動機には一切の関心を寄せず、生還者や刑事の正義の追求にだけ焦点を当てる
本作は、2015年──「#MeToo」や「Time’s Up」がムーブメントになる2年前──に発表され、翌年に『ピュリツァー賞』を受賞した記事「An Unbelievable Story of Rape」に基づいているが、もともとそれ自体が、ジャーナリストのケン・アームストロングとT・クリスチャン・ミラーが別個に調査していた事件が、実は同一の事件であったと判明したことから成り立っている。『エリン・ブロコビッチ』(2000)や『アニタ 世紀のセクハラ事件』(2016)の脚本で知られる製作総責任者スザンナ・グラントをはじめとした製作陣は、ドラマ化するにあたって、描写を誇張せずに当事者の経験に忠実な物語を語ると同時に、名前を変えるなど彼女たちへの配慮にも注意を払って作りあげた(本作には実際のマリー本人も製作総指揮として関わっているが、彼女は自身のミドルネームである「マリー」とだけクレジットされている)。
また、特徴的なのは、本作では性的暴行の場面が、被害者の主観的な視点からでしか提示されないことだ。視聴者は、深刻なトラウマを負ったマリーが証言する間に見る断片的なフラッシュバックを通して、彼女の視点──時にカメラは、無理やり目隠しをされたマリーの視野を再現する──から暴行を目撃する。
本作において、グラントは、性的暴行をのぞき見趣味的に描く「レイプポルノ」には絶対に陥らないよう留意したことを明かしている。そして、生還者や刑事の正義の追求にだけ焦点を当てることで、強姦犯の心情や動機には一切の関心を寄せず、彼から声を剥奪することを試みている(実際、犯人には台詞もほぼ用意されていないし、本作にある唯一の裸体は彼の身体である)。あるいは体型から年齢まで様々な層の生還者の存在を映し出していることも価値があるだろう。これらは、ポップカルチャーにおけるセクシャリティののぞき見的な見方やレイプ神話へのアンチテーゼであり、それは一貫して『アンビリーバブル』のステートメントとなっているのだ。
被害者の声に真摯に耳を傾ける人が、世界の何処かにいるという希望
本作の終盤には世界への信頼を打ち砕かれたマリーに対して、カウンセラーが、自己開示を強いるのではなく、彼女が最近気に入った映画『ゾンビランド』(2009)の話をさせることで、彼女の心境を寓意的に語らせる印象的な場面がある。そこで私たちは、彼女がこの世界をまるでゾンビ黙示録のように感じていることを認識する。
ゾンビが蔓延する世界では、完全に安全だと言える者など誰もいない。だからこそ、デュバルやラスムッセンは、被害者の語る話が首尾一貫してるかどうかあら探ししたり、批判したりせずにオープンに耳を傾ける──それこそが、被害者の声を握り潰すパターナリズムへの対抗手段となりうるかのように。彼女たちのように諦めずに他者のために献身を尽くす人がどこかにいるということを『アンビリーバブル』は確かに示している。
なお、性暴力被害の救援団体に関してはNHKハートネットにまとめられている。
- 作品情報
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- 『アンビリーバブル たった1つの真実』
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2019年9月13日(金)からNetflixで配信
出演:
トニ・コレット
メリット・ウェヴァー
ケイトリン・デヴァー
デイル・ディッキー
スコット・ローレンス
ダニエル・マクドナルド
オースティン・エベール
エリック・ランジュ
エリザベス・マーヴェル
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