メイン画像:『エール』オリジナル・サウンドトラック ビジュアル
間もなく折り返しを迎える連続テレビ小説『エール』(NHK総合)。3月の第3週目の冒頭、第11話で主人公の古山裕一を演じる窪田正孝を見ていて、ふとあるドラマのことが頭に浮かんだ。
『エール』は、昭和の時代を彩った作曲家・古関裕而と、その妻で歌手としても活躍した金子をモデルにした夫婦の物語。主人公の裕一を窪田が、妻の音を二階堂ふみが演じている。2週目までは子役(石田星空・清水香帆)のふたりがそれぞれの幼少期を演じていて、青年となった裕一と音が本格的に登場したのが第3週だ。家業の老舗呉服店を継ぐべく商業高校に通う裕一は、母親に買ってもらった卓上ピアノでの作曲に夢中になるあまり落第して、2度目の4年生を迎えていた。
17歳の裕一を演じる窪田は現在31歳。これがまったくもって違和感がない。顔も体格も大人なのだが、授業中のけだるそうな表情から一転、ハーモニカ倶楽部の活動となるとパッと目が輝くところなんかは、まさに17歳のそれにしか見えないのだ。「若き演技派」などと形容されることの多い彼のことだから、芝居の上手さは言わずもがな、だ。しかし、もともと童顔であるとはいえ、この10代特有の「青さ」はなかなか出せるものではない。
『エール』メイキングショット(公式Twitterより)
窪田正孝のルーツ。19歳で主演した『ケータイ捜査官7』とは
話を戻そう。頭に浮かんだドラマとは、2008年に放送された窪田の主演作『ケータイ捜査官7』(テレビ東京系)のことだ。シリーズ監督の三池崇史をはじめ、『平成ガメラ』3部作(1995~1999年)、『デスノート』シリーズ(2006年)の金子修介、これに加えてアニメ界からは、『ポケモン』シリーズ(1997年~・テレビ東京)の総監督である湯山邦彦、『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』(1995年)の押井守ら錚々たる実力派監督が顔を揃えた隠れた名作。ネットワーク犯罪を捜査する組織アンダーアンカーのエージェントと携帯電話から変形する小型ロボット「フォンブレイバー」の活躍を描く、(一応)子ども向けの特撮作品ではあるものの、シリアスなものからコメディー、人情もの、ホラーまでバラエティーに富んだエピソードが並び、制作発表時の「子どもに媚びることなく、『テレ東をなめるな』の気持ちで自分たちも楽しんで作っていきたい」との三池監督の決意表明よろしく、大人も子どもも楽しめるエンターテイメントとして今なおファンが多い。人間とAIの共存は可能か? という先見性もあって、近年は再評価されている。
『ケータイ捜査官7』Blu-ray BOX公式
そんな『ケータイ捜査官7』で窪田が演じたのは、父の転勤の影響で転校を繰り返したことから友人作りに疲れ果て、人との接触を避けるようになった高校1年生(16歳)の主人公・網島ケイタ。当時、窪田は19歳だったから演じた役とそう年齢は変わらないが、まだ無名であったため認識がなく、本当に15、16歳の俳優だと思っていた。それくらい自然な佇まいで、そこに存在していた。だからこそ、キャッチフレーズにもなっている「明日未来」という、もうすぐやって来るであろう近未来のSF世界に引き込んでくれたのだ。
1年間という長い撮影期間、名匠、名優とともに駆け抜けた『ケータイ捜査官7』が窪田の血肉となった
自然であるとともにリアルでもあった。「どっちでもいい、どーでもいい、何でもいい」が口癖のケイタのヘタレぶりも、いかにも現代っ子な感じも当時から抜群の芝居で見せていたことを思い出す。同時に『エール』の裕一にも通じるところだが、ヘタレでもとにかく優しいケイタの人間性も端々で表現されていた。
『エール』の第3週では「怒り」や「勝つ」という思いから曲を作るのではなく「優しさ」から作るということに裕一は気づく。少年時代にいじめられていた際、嫌がりはしても相手を恨まなかった裕一の「優しさ」を買っていた幼なじみの史郎(大津尋葵)から「怒っとか負けねえとか君には似合わねえ」音楽は「その人の個性が出るものだろ」と嗜められたからだ。『ケータイ捜査官7』でのケイタもまた、ネット上に渦巻く「悪意」に対して持ち前の「優しさ」やエージェントの仲間たち、そしてバディであるフォンブレイバーのセブンと築いてきた「絆」を武器に立ち向かっていく。
ある日突然、見習いエージェントとなった少年とセブンの交流を中心に進む物語は、1年間にわたり描かれた。デビュー2年目ながら長丁場を座長として務め上げた自信と、三池ら日本を代表する監督との格闘、津田寛治、渡辺いっけい、益岡徹、勝野洋らベテラン俳優との芝居……。画面からも伝わってきたが、ケイタとともに窪田もまた大きく成長を遂げた。2020年1月に発売された『ケータイ捜査官7 Blu-ray BOX』発売に収録された特典映像「三池崇史×窪田正孝 10年の刻を超えて」では「役者ってめっちゃおもしろいかも、って思えたのが『ケータイ(捜査官7)』にもらった一番の財産」「1週間撮影して、1週間で準備してセリフを全部覚えてというサイクルを1年間やっていくなかで強くなってったものは確実にあって。得た経験をどうやったら映像に残せるんだろう? そんなことをずっと考えていて」と、窪田は語っている。
また今年の取材では「経験を重ねたなかで身についたテクニックは限られた時間での撮影のためには必要なことですが、僕にとっては役者としての理想の形ではありません。『ケータイ』のころの純粋な感覚が一番の理想」(2020年3月4日・Movie Walker)と振り返っているが、彼にとって『ケータイ捜査官7』がいかに重要な作品だったかがうかがえる。
『ケータイ』のころの純粋な感覚——そう考えると、『エール』において10代の「青さ」が自然と醸し出されていたことにも納得する。『エール』第11話には、こんなシーンもあった。父・三郎(唐沢寿明)に「音楽家になりてえのか?」「家を継ぐことを考えたことはねえのか?」と問われると顔をこわばらせ、うろたえ、部屋中を右往左往する。少年時代は吃音があったことから気が弱く、勉強も運動もからっきし。担任の藤堂先生(森山直太朗)に褒められた音楽だけが唯一の心の拠り所だった裕一の揺れる心情が手に取るように伝わってきた。やがて、気弱だった息子の決心を目の当たりにして理解を示す父……。進路に悩む17歳のころ親と対立した若き日の自分の姿が甦った人も多いのではないだろうか。
2020年、映画『初恋』で、三池崇史監督と2度目のタッグを組んだ。真摯に演技に向かう姿勢への信頼も厚い
内向的な裕一を表現するにあたり、普段より芝居の手数が多いようにも見受けられたが、それも『THE LAST COP / ラストコップ』(2015年・日本テレビ)の共演で勝手知ったる唐沢とがっぷり四つに組んだシーンだったからかも知れない。『エール』の公式サイトで「窪田くんが主演だから出演のオファーを受けたんですよ。才能ある彼を応援したいですからね」とエールを送った唐沢も、ここでの芝居はさぞうれしかったはずだ(そういえば、唐沢も特撮出身の俳優である)。
うれしかったといえば、三池監督もきっと同じ気持ちだろう。『ケータイ捜査官7』の終了以来10年ぶりに窪田とタッグを組み、『第72回カンヌ国際映画祭』のほか30以上もの映画祭で観客を熱狂させた映画『初恋』(2020年)。公開から遡ること5年前、『しゃべくり007』(日本テレビ)に出演して「転機となった作品は?」と聞かれた窪田は迷うことなく『ケータイ捜査官7』を挙げ、撮影当時、三池監督から言われた「10年後に窪田を選んだ理由がわかる」との言葉を胸に今までやってきた。「選んでもらったことが間違ってなかったと証明したい。そういう気持ちにさせてくれる」と感謝を述べたが、それからしばらく経って10年前の三池のエールに見事、応えたわけだ。
ともあれ、窪田正孝のルーツとも言える『ケータイ捜査官7』。特撮の本分であるCGは12年前のドラマとは思えないクオリティーだし、人間とAIとの共存というテーマ性もまさに旬! 脚本も演出も実に丁寧だ(押井監督回など中にはブッ飛んだ話もあるものの、それもご愛敬)。顔に似合わず……と言っては失礼だが、例えば第1話で主人公のケイタの初登場から間もなく、見ず知らずの人が落とした小銭を拾ってあげるシーンを挟み込む三池監督の細やかな配慮たるや。こうした何気ないシーンがあるから視聴者は無気力に見えて実は「優しい」少年なんだということがすぐにわかるし、第1話の最後でケイタは「選ばれしヒーロー」ではなく新しい時代の「優しいヒーロー」であることに説得力を持たせるのだ。
……と、いろいろと言いたいことはあるけれど紙数もあるので、このへんで。『ケータイ捜査官7』は先のBlu-ray BOXのほか「バンダイチャンネル」でも配信中。『エール』は6月27日の第13週をもって放送を一時休止すると発表されたが、休止期間中は第1回から再放送することが決まったとのことなので、ステイホームの今、見比べてみるのも一興かも知れない。
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- 連続テレビ小説『エール』
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毎週(月)~(土)放送中
総合:午前8:00~8:15、(再放送)12:45~13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30~7:45、(再放送)11:00~11:15
※土曜は1週間を振り返り
- 『初恋』
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7月8日(水)DVD発売予定
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