世界的人気「Lo-Fi Beatsチャンネル」、日本で始動したその意義

新型コロナウイルス感染症拡大による、音楽カルチャーの変化

COVID-19(新型コロナウイルス)の感染拡大によって、世界中で日常がガラッと変わってしまった2020年。多くの人が外出制限の日々を過ごすようになり、生活様式の変化を余儀なくされた。満員電車に揺られて通勤や通学をするかわりに、自宅で過ごす人が増えた。リモートでのビデオ会議や打ち合わせも当たり前になった。オフィスではなく在宅で仕事をするようになった会社員、休校になった期間に自宅で学習をすすめる学生も増えた。

そのことで、音楽カルチャーにはどんな変化が起こっているのか。

すでに多く報じられているとおり、大きな打撃を受け、致命的な危機に立たされているのがライブエンターテイメント業界だ。ライブやコンサートの延期や中止はすでに数か月におよび、閉店を発表したベニューも少なくない。ライブの有料配信企画が活発に行われるようになったものの、長期間にわたってライブエンターテイメント業界全体が苦境に立たされることは確実で、そこで培われてきた音楽文化をどう支えていくかは大きな課題だ。

ただ、この記事では、音楽カルチャーの変化のもうひとつの側面についてスポットをあてたい。

需要が高まる「作業用BGM」。レーベルが集合して立ち上げた新コンテンツ

自宅で過ごす人が増えたことで、今、「Lo-Fi Beats」や「チルアウトミュージック」と呼ばれるジャンルへの注目が高まっている。仕事や勉強に集中するときに流しておく「作業用BGM」、会話や思考の邪魔にならないようなサウンドへのニーズが大きくなっているのである。

フェスやライブなどのいわば「ハレ」の音楽カルチャーが危機に瀕する一方で、アンビエントや環境音楽など過度な主張なく日常生活に溶け込む「ケ」の音楽カルチャーの存在意義が見直されている、とも言える。

そんな中で紹介したいのが、ソニー・ミュージックレーベルズが3月24日にスタートさせたLo-Fi Beatsチャンネル「Tokyo LosT Tracks -サクラチル-」(以下、サクラチル)だ。

「サクラチル」は、オリジナルアニメーションと共にチルアウトミュージックを24時間365日世界に配信するプラットフォーム。楽曲制作にはインターネットレーベル「Maltine Records」や音楽レーベル「術ノ穴」を運営する「ササクレクト」などが参画し、EVISBEATSやmaeshima soshi、kensuke ushioなどがトラックを手掛けている。

これらの楽曲はSpotifyやApple Musicなど各種ストリーミングサービスでプレイリストとして提供。

「Tokyo LosT Tracks -サクラチル-」(Apple Musicはこちら

一方、YouTubeチャンネルではオリジナルのループアニメーションと共に24時間365日エンドレスで楽曲を流し続けるライブストリーミング配信を行っている。

Lo-Fi Beatsの世界的な流行。その背景にある「アニメ」と「Nujabes」

では、この「サクラチル」が標榜する「Lo-Fi Beats」とは何か。

「Lo-Fi Beats」というムーブメントがインターネットから勃興し、注目を集めるようになったのは、ここ3~4年のことだ。「Lo-Fi Hip Hop」というジャンル名でも知られるこのジャンルは、ゆったりとしたテンポで少しよれたビート、メロウで落ち着いた、センチメンタルなトーンの曲調を特徴とする音楽性を持つ。また、映像やジャケットのアートワークにはアニメーションの絵柄が用いられることが多い。

こうした「Lo-Fi Hip Hop」のスタイルを確立するきっかけにもなった代表的なチャンネルがChilledCowだ。フランス・パリ郊外に拠点を置いて運営され、YouTubeチャンネルに559万人以上(2020年6月時点)の登録者数を持つ人気チャンネルである。

2017年1月、このChilledCowがスタジオジブリの代表的なアニメ映画『耳をすませば』のワンシーンのループを用いてビートを延々と流す「lofi hip hop radio – beats to relax/study to」というライブストリーミング配信を開始。これが世界中で人気となり、多くのリスナーを獲得するきかっけとなった。

この『耳をすませば』の主人公・月島雫がヘッドホンをしながら机に向かって勉強しているシーンは「Lo-Fi Hip Hop」のイメージを確立するキービジュアルとなった。(ただし、その後アニメーションの無断使用が問題となり、現在はオリジナルのアニメーションが用いられている)。

Chillhop Musicも代表的なチャンネル / レーベルだ。278万人以上(2020年6月時点)の登録者数を持ち、「Chillhop Radio - jazzy & lofi hip hop beats」と題したライブストリーミング配信を行っている。こちらは映画『おおかみこどもの雨と雪』のアニメーションループを無断使用していたが、現在ではアライグマをモチーフにしたオリジナルのアニメーションループがフィーチャーされている。

こういった動きに関しては、自身もチルアウトやダウンテンポの音楽を制作するDIYアーティストであるbeipanaがまとめた「Lo-fi Hip Hop(ローファイ・ヒップホップ)はどうやって拡大したか」という記事に詳しい。

そして、この「Lo-Fi Beats」や「Lo-Fi Hip Hop」のルーツとして大きな存在なのが、Nujabesの存在だ。

Nujabesは1974年東京生まれ、2010年2月に36歳で不慮の事故により急逝したアーティスト。1999年にはレーベル「Hydeout Productions」を立ち上げ、リリースを重ねる中でアンダーグラウンドなヒップホップシーンを足場に着実に支持を広げていく。いつしか彼の音楽性は「ジャジーヒップホップ」というジャンル名で呼ばれることとなり、深夜アニメ『サムライチャンプルー』への楽曲提供と、それがアメリカや世界各国のアニメ専門チャンネルで放映されたことにより、彼の名は海外にもじわじわと伝わっていった。

Nujabesは、2018年のSpotify「海外で最も再生された国内アーティスト」ランキングの3位に入っている

「サクラチル」のプロジェクトを企画したソニー・ミュージックレーベルズの担当者は、Nujabesの存在について「Lo-Fiのルーツたる存在だと思います。今なお古くなく、彼の音楽を楽しむファンが世界中にいることは素晴らしく思っています」と語る。

つまり、「サクラチル」には、ここ数年、海外のインディペンデントなアーティストが発信しインターネットユーザーを中心に「作業用BGM」として広まっていったLo-Fi Hip Hopのカルチャーを、いわば「本家」である日本のメジャーレーベルが商業的なプラットフォームとして発信するという意味合いも感じる。前述の担当者は国内のビートメーカーにとっての発表の場として機能することも意図にあったという。

「日本のアニメ・音楽がルーツたるジャンルを国内から発信することに意味があると思っております。さらに国内のビートメイカーは地位が低いアーティストが非常に多く、Lo-Fiという音楽の性質上、自分一人で作り上げても発表する場がない。こういった場があるのであれば『自分も参加したい』と思ってもらえるのではないかと思います。さらに言えば、閉鎖的な情勢の中、チャットルームが活性化して音楽を通して会話が生まれ、そこに一瞬の安心感や明るい希望が生まれると嬉しいです」

「文明崩壊後の世界」。物語の設定は未来を予見しているかのよう

そして、とても興味深いのが「サクラチル」の世界設定だ。ライブストリーミング配信やプレイリストの冒頭には、こんな説明文がある。

「こうして人類は地球を離れ、新たなる大地へと旅立ったのでした。私を置いて。」
And so, human has left earth to seek for a new world, leaving me behind.

映像には、机に向かって、一人作業をすすめる少女。具体的になにかの物語設定が用意されているわけではない。しかし、そこに暗示されているのは「ポストアポカリプス」的な光景だ。

「ポストアポカリプス」とは「黙示録後」という意味で、日本では「終末もの」とも言われるSF作品のサブジャンルのひとつ。大規模な災害や戦争によって人類の文明が崩壊した世界を舞台に描かれる物語のことを指す。小説や映画など様々な作品があるが、たとえば有名なのはスタジオジブリ作品の『風の谷のナウシカ』だろう。汚染された大地に巨大な菌類の森「腐海」が広がり、衰退した人類が菌類の放出する「瘴気」におびえて暮らす社会を舞台にした物語だ。

そういうところから深読みしていくと、「サクラチル」の「チル」にも「Chill」と「散る」というダブルミーニングを見出すこともできる。

つまり「サクラチル」とは、「文明崩壊後の世界に一人取り残され机に向かう少女」をキービジュアルに、Lo-Fi Beatsやチルアウトミュージックをエンドレスの「作業用BGM」として提供するプラットフォームというわけだ。

そして、おそらく企画時にはまったく意図していなかっただろうけれど、新型コロナウイルス感染拡大下の世界の状況と、いろんな意味でシンクロしてしまった意味性がそこに感じ取れる。そうやっていろいろと考えていくと、ちょっとゾクっとする瞬間がある。

EVISBEATS“City of light”のカバージャケット。イラストはAO FUJIMORI(Mili)
DJ Mitsu the Beats“halo”のカバージャケット。イラストはモトクロス斎藤
kensuke ushio“parkside in bloom”のカバージャケット。イラストはmame
karanohi“Quviokal”のカバージャケット。イラストはゆの
KAERU“Nami Sato”のカバージャケット。イラストはふせでぃ
リリース情報
「Tokyo LosT Tracks -サクラチル-」

ソニー・ミュージックレーベルズが手掛けるアニメーション・楽曲を軸とするLo-Fi Beatsチャンネル。「チルアウト」の空気を共有する動画・世界観と共に心地の良い音楽を24時間365日配信する。YouTube、Spotifyなどのプラットフォームで公開。



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