<今から一本だけ補助線を引いて / いままで見えなかった風景 / 聞こえなかった声達を / 迎えに行こう / その瞬間 / 世界が変わる>。THE NOVEMBERSは『At The Beginning』収録の“消失点”でこのように歌う。ソングライターである小林祐介が「補助線」という言葉に託したものは何だろうか? 優れた芸術文化によって、人々はその感性を、その価値観を、その眼と耳を通じて触れる世界を、いつだって、何度だって、自分自身の手でアップデートすることができるーーこの曲で歌われるのは、そんなことなのではないかと私は考えている。
『At The Beginning』は、THE NOVEMBERSにとって野心作、もしくは異色の変化作と位置付けることができる。本作に見られる、現実離れした異様なほど幻想的なサウンドスケープで、あるいは世界との摩擦によって生まれた聴き手の価値観をギシギシと軋ませるようなエネルギーで、彼らは何を描き出そうとしているのか。本企画では、その「音」に着目してライターの金子厚武と渡辺裕也に筆を執ってもらった。
「はじまり」を高らかに掲げる本作は、新型コロナウイルスによって予期せぬ分岐点を突きつけられた2020年代が、一体どこからはじまり、これからどんなところに向かうことができるのかということを指し示す羅針盤のような作品だと私は思っている。それは「現在進行形の宿題」「賞味期限切れのファンタジー」といった詩のかけらを引用するまでもなく。<どんな時も君の味方でいるよ / 何があろうと君の味方でいるよ いつも>とTHE NOVEMBERSは歌っている。彼らはいつもやさしい。<君はいつも / いまがはじまり>――こんな言葉をくれる人に出会えたことは、あなたにとってどれだけ幸福なことだろうか。必要なものはすべて音楽のなかに息づいている。それをどう受け取るか? 次はあなたの番だ。
「THE NOVEMBERSとL'Arc~en~Cielを結びつけるものーーyukihiroという音楽家の視点と感性」テキスト:渡辺裕也
ここ半年間で私が最も聴き込んでいる音楽は、たぶんL'Arc~en~Cielだ。きっかけはもちろん、昨年末に彼らの全作品が各ストリーミングサービスで配信されたこと。それを機に、私は期せずしてL'Arc~en~Cielの膨大なディスコグラフィーと改めて向き合うことになった。そんな最中に届いたのが、THE NOVEMBERSの新作にyukihiroが参加している、というニュースだった。
L'Arc~en~Cielを聴く(Apple Musicはこちら)
L'Arc~en~Cielはメンバー全員が突出したプレイヤーであり、同時にそれぞれが異なるセンスを携えたソングライター集団でもある。このバンドの芳醇な音楽性はそうした組織形態から育まれたものであり、彼らの作品に長く触れてきた方なら、クレジットを確認せずとも「たぶんこれはhydeが指揮した曲じゃないかな」「この曲はkenっぽい」みたいな推測もある程度はできるのではないかと思う。
では、L'Arc~en~Cielの4人はそれぞれ具体的にどんなバックグラウンドを持つ作家たちなのか。そこで参考になるのが、現在Spotifyで公開されている各メンバー選曲のプレイリストだ。
「hyde's selection -ARENA TOUR MMXX OPENING BGM- 2020.3.05 TOKYO」を聴く(Spotifyを開く)「tetsuya's selection -ARENA TOUR MMXX OPENING BGM- 2020.3.04 TOKYO」を聴くを聴く(Spotifyを開く)
「ken's selection -ARENA TOUR MMXX OPENING BGM- 2020.2.29 YOKOHAMA」を聴く(Spotifyを開く)
もともとこれらのプレイリストはツアー開演前のBGMとして用意されていたもので、とりわけ私の興味を引いたのがyukihiro選曲のプレイリストだった。
「yukihiro's selection -ARENA TOUR MMXX OPENING BGM- 2020.1.18 AICHI」を聴く(Spotifyを開く)
Nine Inch NailsやDepeche Modeといった名前が、グライムスやヴィンス・ステイプルズ、あるいは「Dirty Hit」の所属アーティストらと共存したyukihiroのセレクトを確認していくと、彼がロック / ポップミュージックを縦断的に捉えていることがよくわかる。
それは主に英国産のポストパンク / ニューウェイブやインダストリアルあたりを起点に、1990年代のブリストルサウンドやオルタナティブロックなどを経由し、その系譜を引き継ぐものとして2010年代以降のジャンル折衷的なポップスに触れている、といった視点だ。
ACID ANDROID『GARDEN (2018MIX)』を聴く(Apple Musicはこちら)
こうしたyukihiroのロック / ポップ史観は、間違いなくL'Arc~en~CielやACID ANDROIDの作品に息づいている。そして、恐らくこの視点こそが彼とTHE NOVEMBERSを結びつけたのではないかと、私は考えている。
ポストパンク / ニューウェイブや、その後のオルタナティブロックとシューゲイズ、そしてJ-POP――これらの音楽をTHE NOVEMBERSはただ愛でるのではなく、現代的な要素を加え、そのアクチュアリティーを今という時代に取り戻していったバンドだ。THE NOVEMBERSは、1980~90年代に生まれたロックの再解釈と再構築を2010年代に体現してきたのである。
つまり、彼らとyukihiroが追求してきたサウンドデザインには、もともと重なる部分があったのではないか。THE NOVEMBERS、ひいては小林祐介(Vo,Gt)と高松浩史(Ba)がL'Arc~en~Cielの熱狂的なファンであるのはもちろん前提として、現在の両者には音楽的に共鳴しあえる要素がかなり多いように感じるのだ。
今にしてみれば、この両者の共演には伏線もあった。2017年、THE NOVEMBERSはEP『TODAY』にyukihiroが作曲したL'Arc~en~Ciel“Cradle”のカバーを収録。さらに辿ると、2016年にはTHE NOVEMBERSの自主企画にACID ANDROIDが出演し、THE NOVEMBERSは“Cradle”のカバーをそこでも披露している。こうした交流によってお互いの音楽に対する理解が深まり、それが今回の共演に繋がったのは間違いないだろう。
THE NOVEMBERS“Cradle”を聴く(Apple Musicはこちら)L'Arc~en~Ciel“Cradle”を聴く(Apple Musicはこちら)
セルフプロデュース力に優れたTHE NOVEMBERSが、yukihiroという音楽家を招き入れた本当の意義
THE NOVEMBERSの最新作『At The Beginning』を特徴づけている、シンセサイザーのシークエンス、プログラミングによるマッシブなビートプロダクションの大部分を手がけているのがyukihiroだ。
THE NOVEMBERS“Dead Heaven”を聴く(Apple Musicはこちら)THE NOVEMBERS“New York”を聴く(Apple Musicはこちら)
一方でTHE NOVEMBERSがエレクトロニックサウンドを大々的に導入したのは何も唐突な話ではなく、遡れば『zeitgeist』(2013年)の時点で彼らはエレクトロニクスとシンクロナイズしたバンドサウンドを実践していたし、前作『ANGELS』にも『At The Beginning』の萌芽はたしかに見られる。
THE NOVEMBERS『zeitgeist』を聴く(Apple Musicはこちら)
こうした段階を踏まえて、より跳躍力のあるインダストリアルサウンドを目指した彼らが協力を求めたのが、他ならぬyukihiroだった。つまり、今回のタッグにはyukihiroというアーティストへの憧れだけでなく、バンドが次のステップに進むための冷静な判断が見て取れるのだ。
yukihiroがエレクトロニクスの「奏者」として今作に参加している、というのも今作のポイントかもしれない。つまり、このアルバムの制作に入る時点でTHE NOVEMBERSにはすでに明確な青写真があり、その解像度を上げるために招聘したのがyukihiroだったのではないかと。
THE NOVEMBERS“Hamletmachine”を聴く(Apple Musicはこちら)
それを物語っているのが、アルバムのオープニングを飾る“Rainbow”のグリッチが効いたドラムンベースで、どうやらこのビートはyukihiroではなく、小林が打ち込んでいるようだ。yukihiroというプレイヤーに触発されたことによって、小林自身のプログラミングスキルもさらに高まり、同時にその優れたセルフプロデュース能力でバンドをネクストフェーズに押し上げた一枚。そして、間違いなく2020年屈指のマスターピース。それが『At The Beginning』だ。
「理想的到達点と言える前作から、更なるアップデートが。次なる次元へと踏み入れる、新たな傑作誕生の背景」テキスト:金子厚武
「1980年には未来があり、ギターサウンドは過去のものと思われていた。(中略)レコーディングやシミュレーション、サウンド操作のためのマシーンは急速に進化し、ポップミュージックとは『常に進歩し続け、アイデアを変化させるがゆえに、美しく風変わりで動揺させるもの』だと考えるリスナーやフリークにおあつらえ向きのものとなっていた」
これはDepeche Modeが2006年に『The Best of Depeche Mode Volume 1』をリリースした際、ジャーナリストで、「ZTT Records」の共同創設者でもあるポール・モーリーが寄せた文章の冒頭を抜粋したもので、1980年はDepeche Modeが結成された年である。それから40年が経ち、今年彼らはロックの殿堂入りを果たしたわけだが、2020年の音楽シーンを見渡してみると、やはり「歴史は繰り返す」という感慨を抱かずにはいられない。そして、そんな文脈において、1980年代のイギリスの音楽から多大な影響を受けてスタートしたTHE NOVEMBERSは、現在際立った存在感を放っている。
2019年の国内のリリースを振り返ると、THE NOVEMBERS『ANGELS』、ROTH BART BARON『けものたちの名前』、KIRINJI『cherish』が他を引き離しつつも、最後に小袋成彬『Piercing』が瞬発力で一歩抜け出し、そのままゴールテープを切った印象なのだが、とにかく『ANGELS』は素晴らしかった。端的に言えば、プログラミングの割合を増やし、サウンドデザインとリズムパターンをアップデートしつつ、決して難解になることはなく、むしろポップミュージックとしての強度を増すという、非常に理想的な仕上がりであった。
THE NOVEMBERS『ANGELS』を聴く(Apple Musicはこちら)
新作『At The Beginning』は、そのアップデートをさらに先へと押し進めた作品であり、そのキーパーソンとなったのが、9曲中7曲に「Sequence Sound Design & Programming」でクレジットされているyukihiroの存在。THE NOVEMBERSのメンバーがかねてよりファンを公言する、言わずと知れたL'Arc~en~Cielのドラマーであり、ソロプロジェクト・ACID ANDROIDに小林祐介が参加するなど、以前から交流はあったわけだが、満を持して作品への参加を依頼したのは、『ANGELS』での手応えがあったからこそだろう。
yukihiroとTHE NOVEMBERSの共通言語となっているのが、まさにDepeche Modeをはじめとしたニューウェイブ、ポストパンク、インダストリアル、エレクトロポップなどである。歴代の名盤でも使用されているアナログシンセ、TR-808 / TR-909といったドラムマシンの実機など、yukihiroの所有するビンテージ機材を使い、お馴染みの岩田純也の録音とミックス、中村宗一郎のマスタリングで磨き上げられた新世界。それが『At The Beginning』という作品なのだ。
THE NOVEMBERS『At The Beginning』こそは、混沌極まる新たな時代の、新たなサウンドトラックである
1曲目の“Rainbow”は、Tangerine DreamからSystem 7へと至るアンビエント / ニューエイジなシーケンスによるイントロにまず耳を奪われる。タイトルは、System 7結成のきっかけとなったスティーヴ・ヒレッジのソロ作にして、アンビエントテクノの名盤『Rainbow Dome Musick』(1979年)に由来しているのかもしれない。そして、何より<そうさ君はいつもここが はじまりさ>というストレートなラインが印象的で、『At The Beginning』というタイトルに呼応すると同時に、新たな価値観が明確に必要となった2020年のテーマ曲のようにも聴こえる。間違いなく、今作のベストトラックのひとつ。
一方、“理解者”ではヘビーな分厚いギターが鳴らされ、インダストリアルの色合いが強く、後半でトランシーなテクノへと展開するパートからは「デジロック」という言葉も思い浮かぶ(ちなみに、小林は現在BOOM BOOM SATELLITESの中野雅之と曲作りを行っているという)。
これまで1980年代ポップを受け継ぎつつ、2010年代の終わりにMarilyn Mansonばりのインダストリアルなサウンドで<Wake Up!>と歌ったThe 1975の“People”は、“理解者”とも直接的なリンクが感じられ、「新たな時代がはじまっている」というテーマ性においても、両者の見ている方向は近いはずだ。
中盤の“消失点”や“楽園”ではエキゾチックなモチーフが顔を出し、これは『ANGELS』に収録されていた“TOKYO”に引き続き、『AKIRA』にインスパイアを受けたものだと考えられる。
THE NOVEMBERS“消失点”を聴く(Apple Musicはこちら)THE NOVEMBERS“楽園”を聴く(Apple Musicはこちら)
昨年の11月11日にずばり『NEO TOKYO』と題して開催されたライブでは、“TOKYO”と『AKIRA』のテーマ曲である芸能山城組の“KANEDA”のカバーを繋げていたが、ガムランなどをフィーチャーして、近未来を表現した『AKIRA』の手法は今作にも引き継がれている。
THE NOVEMBERS“TOKYO”を聴く(Apple Musicはこちら)
ラストを飾る“開け放たれた窓”は、前作収録の“Everything”にも通じるエレガントなエレポップで、小林がフェイバリットに挙げているCHAGE & ASKAを連想する部分も。サウンドは革新的でありながら、ポップスとしての側面を維持しているということ。その姿はL'Arc~en~Cielの歩みとも確実にオーバーラップするもので、本作のサウンドのスケール感を考えても、この先にさらなる大きなステージが待っていることを期待したい。
THE NOVEMBERS“開け放たれた窓”を聴く(Apple Musicはこちら)
2020年には混沌があり、ギターサウンドは過去のものと思われていた。レコーディングやシミュレーション、サウンド操作のためのソフトウェアは急速に進化し、ポップミュージックとは「常に進歩し続け、アイデアを変化させるがゆえに、美しく風変わりで動揺させるもの」だと考えるリスナーやフリークにおあつらえ向きのものとなっていた。そんな時代にTHE NOVEMBERSは、はじまりと終わりを、破壊と再生を、『At The Beginning』という作品に閉じ込めることによって、厳しくも希望のある未来を映し出してみせた。
- リリース情報
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- THE NOVEMBERS
『At The Beginning』(CD) -
2020年5月27日(水)発売
価格:3,080円(税込)
MERZ-02091. Rainbow
2. 薔薇と子供
3. 理解者
4. Dead Heaven
5. 消失点
6. 楽園
7. New York
8. Hamletmachine
9. 開け放たれた窓
- THE NOVEMBERS
- プロフィール
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- THE NOVEMBERS (ざ のーべんばーず)
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2005年結成のオルタナティブロックバンド。2007年に「UK PROJECT」より1st EP『THE NOVEMBERS』でデビュー。様々な国内フェスティバルに出演。2013年10月からは自主レーベル「MERZ」を立ち上げ、2014年には『FUJI ROCK FESTIVAL』のRED MARQUEEに出演。海外ミュージシャン来日公演の出演も多く、TELEVISION、NO AGE、Mystery Jets、Wild Nothing、Thee Oh Sees、Dot Hacker、ASTROBRIGHT、YUCK等とも共演。小林祐介(Vo,Gt)はソロプロジェクト「Pale im Pelz」や、CHARA、yukihiro(L'Arc~en~Ciel)、Die(DIR EN GREY)のサポート、浅井健一と有松益男(Back Drop Bomb)とのROMEO`s bloodでも活動。ケンゴマツモト(Gt)は、園子温のポエトリーリーディングセッションや映画『ラブ&ピース』にも出演。高松浩史(Ba)はLillies and Remainsのサポート、吉木諒祐(Dr)はYEN TOWN BANDやトクマルシューゴ率いるGellersのサポートなども行う。2015年10月にはBlankey Jet CityやGLAYなどのプロデュースを手掛けた土屋昌巳を迎え、5th EP『Elegance』をリリース。2016年は結成11周年ということで精力的な活動を行い、Boris、Klan Aileen、MONO、ROTH BART BARON、ART-SCHOOL、polly、Burgh、acid android、石野卓球、The Birthday等錚々たるアーティストを次々に自主企画『首』に迎える。2016年9月に6枚目のアルバム『Hallelujah』を「MAGNIPH/HOSTESS」からの日本人第一弾作品としてリリース。11周年の11月11日新木場STUDIO COSTワンマン公演を実施し過去最高の動員を記録。2017年、『FUJI ROCK FESTIVAL』WHITE STAGE出演。2018年2月には、イギリスの伝説的シューゲイザー・バンドRIDEの日本ツアーのサポート・アクトを務める。同年5月、新作EP『TODAY』をリリース。2019年3月にデビュー11周年、通算7作目となる『ANGELS』をリリース。陰影を湛えた美しいメロディ、強靭でしなやか、そして破壊力を増したサウンドスケープで、バンドの存在を唯一無二かつ孤高の存在へ推し進めた。2020年5月ニューアルバム『At The Beginning』をリリースした。
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