6月から日本公開された『はちどり』や、10月に日本で公開予定の『82年生まれ、キム・ジヨン』など、韓国では女性に焦点を当てた良作が多く作られるようになってきている。その多くは、女性が生きる中で出会う困難、性差別や性被害、家父長制による抑圧、家庭内暴力などを隠さずに映し出し、そんな中での、ささやかでも温かい出会いや友情、連帯を丁寧に描いている。過去の韓国を振り返りながら、自分たちはどんな風に手触りを感じながら生きていくべきかを少女の目線から描いた『はちどり』が公開された今、こうした韓国の女性映画が、どんなメッセージを持っていたのかについて、あらためて振り返ってみたい。
(メイン画像:『はちどり』 ©2018 EPIPHANY FILMS. All Rights Reserved.)
輝きに満ちていたあの頃の仲良しグループが、25年後に再集結。『サニー 永遠の仲間たち』
まず女性を描いた韓国映画で思い浮かぶのが、2011年の『サニー 永遠の仲間たち』である。日本では舞台と時代設定を変えてリメイクされたことでも知られることとなった。
韓国版の舞台は1980年代。ちょうど映画『1987、ある闘いの真実』などとも重なる民主化運動の時代に希望に満ちていた女の子たちの姿と、彼女たちが25年後、40代になり、どう生きているのかが対照的に描かれていた。
大人になった主人公のナミは傍から見れば何不自由ない暮らしをしているように見えて、家庭内がまったく円満とも言い難い。高校時代、彼女の仲良し7人組グループ「サニー」のリーダー的存在だったチュナは事業を成功させるも病に倒れ、余命いくばくもない状態で入院していた。その病院に母親が入院していたナミは、偶然再会したチュナに頼まれ、サニーのメンバーたちを探し始める。
他のサニーのメンバーたちもまた、それぞれが少女時代には夢を抱いていたものの、描いていた将来を実現させたとは言えない。しかも、彼女たちの世代は、どんな夫と出会うかで運命が決まってしまったり、また経済的な問題で、人生のチャンスを失ってしまったりすることもある。
チュナは、そんな理由で自立できない女性たちに、自分が得た富を譲ることで、再びあの頃の夢と輝きを取り戻してほしいと願っている。女性たちを取り囲む環境は苦しい。でも、前向きに生きることを忘れないでと言っているように思えた。
2人の女性刑事の痛快バディムービー『ガール・コップス』。実際の性犯罪事件を彷彿
『サニー』と同じく、エンターテイメント作品で、2020年3月に日本でソフト化されたばかりの『ガール・コップス』は、痛快でコミカルなバディものだ。今までは男性の相棒同士でしか見られなかった刑事ものの物語が、やっと女性で実現したのだと思えた。もちろん、バディ同士の熱い友情を見せることにも成功している。
また、犯人を追ううちに、市中で素手と素手での格闘シーンが始まるのも、リュ・スンワン監督の『ベテラン』などを彷彿させるものがあり、その死闘を繰り広げるのが女性刑事と男性の悪者であることにも興奮した。多くの場合こういうシーンは男対男であるからだ。
この映画でバディを組むのは、かつては女性機動隊の出身で表彰もされたが、子育てとの両立が難しく、現在は警察署の嘆願室で働いているミヨンと、彼女の夫の妹であるジヘだ。ジヘもまた刑事として活躍していたが、捜査の失敗により、小姑のミヨンと同じ嘆願室に異動してくる。
このミヨンとジヘのデコボココンビが喧嘩しながらも、非公開での捜査を通じて次第に心を通わせていく……のだが、そのきっかけとなる事件は、若い女性がクラブで声をかけられ、そのときに撮った動画をアダルトサイトに拡散させると脅迫される、というもの。この設定が、今年、韓国で明るみになったサイバー性犯罪事件「n番部屋事件」を彷彿とさせる。
もう刑事として捜査をする部署にいるわけではないミヨンがこの事件を追うのには、強い理由がある。ミヨンがジヘに「なんでここまですると思う? 被害者が気の毒で? 同じ女として悔しいから?」と問いかけたあとに、「女たちが『自分の過ちだ』『自業自得だ』と自分を責めるしかない状況に腹が立つからよ。紛れもない被害者なのに……」と語るシーンを観て、胸が熱くなった。
女性警官と孤独な少女が心を通わせる『私の少女』
シリアスな人間ドラマで思い出されるのはペ・ドゥナとキム・セロンが共演した『私の少女』だ。
『シークレット・サンシャイン』『バーニング』などの監督作で知られるイ・チャンドンがプロデューサーを務めたこの映画は2014年に本国で公開されたもので、筆者も当時来日したチョン・ジュリ監督にインタビューをした。今になって見返すと、閉塞感のある家父長制的な社会に生きる女性の姿を描いたフェミニズム映画でもあるが、公開当時はまだそのようなテーマが伝わりきっていなかったのではないかと思われた。
ペ・ドゥナ演じる警察官のヨンナムが、ソウルから、ある港町の派出所の所長として赴任してくる。そこで、母親に捨てられ、義理の父と祖母から暴力を受けている少女ドヒと知り合い、父親の暴力から救うためにドヒの面倒を見ているうちに、父親に訴えられ窮地に陥ってしまう。
ドヒの父親が酒を飲んでドヒに日常的に暴力をふるっているということは港町の人間も知ってはいるのに、彼が高齢化している田舎町の数少ない若い働き手であり、町のためになっているという理由から責められないという構図は、韓国だけでなく、日本でも存在していそうなリアリティがあった。おまけに、この父親は不法滞在者の外国人を違法と知りながら労働力として使っている。こういうことは、韓国でも問題化しているのだと気づくことができた。
ドヒは結局、自分にとって苦しいやり方でもって、父親を罪に問うために行動するのだが、少女にそこまでさせてしまうほど追い詰める父親と社会を想うと胸が痛くなる。そして、そこにヨンナムの差し伸べる手があることが希望となっている作品であった。
14歳の少女が見つめる世界。人は大きなうねりの中に身を置いている。『はちどり』
現在公開中の『はちどり』は、これまで紹介した3作品のように、女性の目線から描かれるという意味では共通しているが、劇的なストーリー展開で見せるというよりは、少女の心象風景を追う中で、見ているひとりひとりが、多様な感じ方ができる、新しい手触りの作品だ。
物語の舞台は1994年のソウル。商店を営む父と母、兄、姉と共に集合住宅で暮らす14歳の少女・ウニが主人公だ。本作はウニの周囲の人との関わりから、様々なものを感じ取らせる物語である。その人々はときにウニを傷つけもするが、ウニを憎んでいるということでもない。
例えば、ウニが付き合っている恋人は若さゆえに気持ちが揺らいだりもするし、彼の母親の反対に抵抗する術もなかったりはするが、悪人というわけでもない。ウニの友人も、あるときに彼女を裏切るような行動をすることもあるが、のちにそれは、そのとき咄嗟に感じた恐怖からくるものであったとわかる。またウニの父親も、兄も、母も姉も、決してウニにとって完璧な家族というわけではないが、だからと言って断罪できるほどの悪人というわけでもない。
なぜそのような人物造形が矛盾なく描き出せているかというと、誰もがそんな風に何かの抑圧や影響を受けていて、知らず知らずのうちに、自分のふるまいがその力によって決定づけられているだけであって、それはつまり、人はいつもどうにもならない大きなうねりの中に身を置いているようなものなのだという視線があるからではないだろうか。
では、どうにもならないうねりとは何なのか。それはクライマックスのソンス大橋の崩落が物語っている。映画に描かれているわけではないが、この翌年の1995年に、韓国では三豊百貨店というデパートの崩落事故も起こっている。韓国でこの二つの出来事は、ひたすら経済成長を煽るような社会の在り方に疑問を持つきっかけになっているのではないか。
そして昨今は、経済至上主義的に生きることに抵抗する空気も表れつつある。例えば、2018年に出版され韓国で25万部を突破し、日本でも翻訳されたハ・ワンのエッセイ『あやうく一生懸命生きるところだった』も、成長のために躍起になったとして、得られたものは何だったのかと疑問を投げかけ、過剰な競争のための頑張りを諦めることを肯定するような内容であった。
もちろん、『はちどり』にも希望はある。ウニにとっては、彼女が慕う漢文塾の女性の教師・ヨンジ先生の存在だ。ヨンジ先生は「ウニ。辛い時は指を見て。そして指を1本1本動かすの。すると神秘を感じる」「何も出来ないようでも、指は動かせる」と語りかける。それは、ささやかなものでも感触を手で感じながら生きようと励ましているようだ。
本作の女性キャラクターはウニにしても、ウニの友人や姉にしても、そしてヨンジ先生にしても、どこか世の中の真ん中からはみ出しているような人ばかりであった(ウニの母親は世代的にも立場的にもはみ出せないのだが、それはときどき彼女の所在が空白になっているような様子を見て、どこか無理しているのだということがわかった)。
ここで「はみ出す」とは、経済的な成長のために頑張ることや、ウニの父親や兄や恋人のように、家族とか男女はこうであれという規範に従順に生きることをしなくてもいいということだ。本作では男性たちが規範からはみ出せないことが、自分にも他人にも抑圧を増幅させているのだとも感じられる。しかし『はちどり』の女性たちを見ていると、映画を見ている私たちにも、はみ出さないように努力するよりも大切なことがあるのだと思えた。それがこの映画に優しさを感じる所以なのかもしれない。
- 作品情報
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- 『はちどり』
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2020年6月20日(土)からユーロスペースほか全国順次公開中
監督・脚本:キム・ボラ
出演:
パク・ジフ
キム・セビョク
イ・スンヨン
チョン・インギ
上映時間:138分
配給:アニモプロデュース
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