女性窃盗集団が『METガラ』に潜入。計画から実行までの全行程を8人で完遂する
「女性版オーシャンズ」「今度の『オーシャンズ』は全員女性」――『オーシャンズ8』が紹介される際よく用いられていた文言である。
スティーヴン・ソダーバーグ監督が手がけ、ジョージ・クルーニーやブラッド・ピット、マット・デイモンらが出演していた『オーシャンズ11』(2001年)のリブート作品として2018年に公開された『オーシャンズ8』は、「女性版オーシャンズ」であることが世の耳目を集めた。
本作公開の前年にあたる2017年から2018年にかけて、ハリウッドでは大物映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインによるセクハラ行為や性的暴行が発覚したことで「#MeToo」「Time's Up」の声が本格化するとともに、『ワンダーウーマン』や『女王陛下のお気に入り』など女性の登場人物を主体的に捉える作品がメジャーシーンに多く生まれた。
そんな渦中に公開された本作は、それまでの『オーシャンズ』で男性たちが担ってきた役割をオール女性キャストでみせたポイントが公開前より期待を高め、全米ボックスオフィスランキングではシリーズ最高のオープニング興業収入を記録。オープニング時、劇場に足を運んだ観客のうち約7割が女性だったという。
女性を中心に多くの観客から支持を集めた『オーシャンズ8』が繰り広げるのは、女性窃盗集団が世界最大級のファッションの祭典『METガラ』に潜入し、カルティエが秘蔵するダイヤのネックレスを狙う犯罪劇。全編を通して見られる、まるでファッション誌の中に入り込んだかのようなゴージャスで美しいシーンの数々は、カジノを舞台に男性たちがクールに盗みを繰り広げる元ネタ『オーシャンズ11』をはじめとするこれまでのシリーズとはハッキリと異なる新鮮な印象を与える。
またハッカー、スリ師、盗品ディーラー、ファッションデザイナー、ジュエリー職人など一流の才能を持つ8人の女性たちが集い、それぞれの手腕を振るう華麗な姿も見逃せないポイントだ。
従来の『オーシャンズ』でもジュリア・ロバーツ演じるテス・オーシャンといった女性キャラクターが登場していたのだが、ジュリア・ロバーツ風の人物としてミッションに参加するテスの立場は、あくまで男性中心で構成される場において「女性が出来ること」をこなすというものであったことを踏まえれば、計画からチーム結成、犯行までの全行程を彼女たちだけで完結させるこの『オーシャンズ8』における女性の描かれ方には、これまでの三部作にはない革新性が表れていると言えるだろう。
サンドラ・ブロックやケイト・ブランシェットからリアーナ、オークワフィナまで。8人の個性と演技のアンサンブル
また主要キャラクターの8人が全て女性で構成されている点は、シリーズに新鮮さをもたらしただけではなく、ベテランから新鋭まで揃うバラエティ豊かなキャスト陣による見事な演技アンサンブルの実現に繋がり、『オーシャンズ8』最大の魅力へと結実している。
オーシャンズの中心人物ダニー・オーシャン(ジョージ・クルーニー)の妹である、本作の主役デビー・オーシャンを演じるのは、サンドラ・ブロック。彼女と共に犯罪ミッションを遂行するクルーにはケイト・ブランシェットやヘレナ・ボナム=カーター、ラブコメからミュージカルまで幅広いジャンルでインパクトを残すアン・ハサウェイとビッグネームが並ぶほか、ドラマ『アメリカン・ホラー・ストーリー』シリーズで知られるサラ・ポールソンという注目度の高い中堅どころに加え、オフ・ブロードウェイでコメディエンヌとしての才を開花させたミンディ・カリング、今では『クレイジー・リッチ!』や『フェアウェル』の好演で知られるラッパーのオークワフィナといった新鋭、そして出演決定のアナウンスから期待の声が上がっていたリアーナの面々が集う。
本作でメガホンをとったゲイリー・ロス監督は「今回のような、色々な個性をもった女優が8人も集まると、その集積はとてもダイナミックなものになります。ですから、キャスティングの段階からバランスを取ることを考えなければなりません。また撮影中は、メンバーの全員が、それぞれの感情をきちんと表現できているかどうか、そのバランスを見ることに気を配りました」とコメントしているが、活躍の場や人種も多様な8人の個性が、ストーリーの進行につれ絶妙に調和していく様は何とも痛快だ。
なかでも必見なのは、ミッション遂行に向けて彼女たちがみせる小気味よい会話劇。1時間51分というタイトな作品尺のなか、彼女たちによって抜群のテンポ感で交わされるやりとりはチームが織りなす一体感に拍車をかけている。
『オーシャンズ8』が体現する、「今度の『オーシャンズ』は全員女性」の意義
女性中心の登場人物で構成された本作への出演について、アン・ハサウェイは「私はとても幸運で、これまでたくさんの素晴らしい女性たちと仕事をすることができた。でもいつもは1人とか2人の女性だった」「この映画の撮影について思い出すのは、安心感があったことと一緒にいることを誇りに思う人たちといるときのような感覚が持てたこと。人生で最高の経験だった」と明かし、またサンドラ・ブロックも「まるで撮影現場がひとつの島のようだった」と語るが、現場で作り出されていた彼女たちの結束はスクリーンにも現れていたように思う。
本稿冒頭では2017年前後から映画の中の女性表現に変化が現れ始めていたことについて触れたが、同時に(主に白人の)男性中心社会である映画の製作現場にも変革をもたらそうとする動きが活発化したのもその頃だ。
『オーシャンズ8 』公開の2018年に行われた『アカデミー賞』の授賞式においては、『スリー・ビルボード』で主演女優賞を獲得したフランシス・マクドーマンドが「よろしければ、女性候補者の皆さん立ち上がってください」「最後にこの言葉を残します。『インクルージョン・ライダー』」とスピーチする一幕もあった。「インクルージョン・ライダー」とは、キャストや製作スタッフの性別・人種構成を多様なものにするために結ばれる映画製作時の契約条項のことだ。
思えばこれまで映画作品の大半は男性が演じる男性キャラクター主導で進行するものばかりであったにも関わらず、多くの観客によって受け入れられてきており、長らく人気を博してきた『オーシャンズ』シリーズも言わばその一つとして挙げられる。しかし、そこには出演者における性別(や人種)の非対称性も確かに存在し続けているのだ。
そういった意味でも「女性版オーシャンズ」「今度の『オーシャンズ』は全員女性」であるこの『オーシャンズ8』は、観客だけでなく出演者にとっても、映画の現場に受け継がれる悪しき潮流を変えうる意義を持つ作品だったのだろう。
「男性版『オーシャンズ』との比較」という評価軸。その構造があらわにするもの
シリーズの持ち味を生かしながら画期的な試みが行われた『オーシャンズ8』だが、公開から2年が経つ現在改めて本作について振り返ると、そこに残されている課題や問いが目につくのも事実である。
まず先に述べていたような『オーシャンズ8』が持つ魅力だが、残念ながら「男性版『オーシャンズ』」との比較ありきで成立するものも多い。男性主導であった『オーシャンズ』の枠組みを前提とした作品であるのだからやむを得ないとも言えるのだが、それでもこれだけの魅力的なキャスト陣が集えば、わざわざ「女性版」という冠付けも必要としない全くのオリジナル作品として更に革新的な試みが生まれていたのではないかという思いは捨てきれない(これは2016年に公開されたリブート版『ゴーストバスターズ』にも指摘できる点だろう)。何より、本作を語る上で男性版『オーシャンズ』との比較が避けられないこの構造そのものが、結果的に女性を「カウンターでしかモノ言えない立場」に置いてしまっているようで惜しいのだ。
元恋人への復讐というサブプロットや、デビーが女性たちに向けて放つ台詞
またストーリーの中にも、気になるポイントがいくつか見受けられる。
例えばサンドラ・ブロック演じるデビー・オーシャンが、ダイヤモンドを盗み出す一大計画を利用し、過去に自分を騙して刑務所入りを免れた元恋人に復讐するサブプロット。『オーシャンズ8 』の持つ抜群のエンターテイメント性に彩りを添えるスパイスとも言えなくはないこの要素だが、見方によっては本筋のノイズともなり得る上、ミッションの率い手である彼女の行動原理に男性への復讐心があるということが「カウンターでしかモノ言えない立場」に置かれてしまっているようにも映る。
最大の引っかかりを覚えたのは、いよいよミッション実行という瀬戸際、デビーがチームメンバーを景気づけるように言う「結果がどうであれ、ひとつ覚えておいて。これは私のためでもあなたたち自身のためでもない。この世界のどこかで犯罪者を夢見る8歳の少女、彼女のためにやろう」といった台詞だ。
これは、ともすればデビーが性別のために不当な扱いを受ける仲間たちに、そしてスクリーンを見つめる女性たちに向けて放つシスターフッド的なメッセージとして、何となくスカッとした響きを与えるものである。しかし既に述べたようにストーリー展開の速さが重要視されている『オーシャンズ8』においては、「彼女たちはなぜ盗みを働くのか?」「彼女たちの復讐は誰に向けられたものなのか?」「彼女たちはお互いに集う理由は?」という彼女たちを盗みに駆り立てるそれぞれの背景があえて省かれており、その点が「そこにお宝があるから」結託しそれぞれの手腕を振るう華麗さへと結び付いている。そんな中で放たれるこの言葉は、やや唐突すぎる動機付けとしてきこえてしまうのである。同時に、そもそもとして8歳の少女が犯罪者を夢見る社会の在り方そのものを見直さなければならないのでは、という思いも生まれてくる。
同じく女性たちの犯罪計画を描いた『ハスラーズ』
『オーシャンズ8』にまつわるいくつかの惜しまれる点を乗り越えている作品として挙げられるのは、本作公開の翌年にアメリカで公開された『ハスラーズ』である。
2014年にニューヨークで摘発された女性ストリッパーたちによる実際の事件の取材記事から着想を得て製作された『ハスラーズ』では、日銭を稼ぎ毎日をどうにかサバイブする女性ストリッパーたちが、世界金融危機の影響により生活が破綻しかけた末、ウォール街のエリート男性たちを相手に詐欺を働く姿が描かれる。
オープニングシーンで流れるジャネット・ジャクソン“Control”の「This is a story about control(これはコントロールについてのストーリー)」という独白が象徴しているように、「コントロール」、つまり支配や主導権を握ることがテーマに据えられているこの『ハスラーズ』では、女性たちを「持たざる者」として搾取する男性主義社会のなかで自らの運命をコントロールする女性たちの姿とともに、女性同士が連帯する中で生まれるコントロールの力に焦点が当てられている辺りが重要性をまとう。
映画の冒頭では駆け出しのストリッパー、デスティニー(コンスタンス・ウー)がトップダンサー、ラモーナ(ジェニファー・ロペス)のパフォーマンスに圧倒され心惹かれていく様子や、ラモーナがディスティニーにポールダンスをレクチャーするシーンが映し出される。
その後、生活の過酷さが増し、ストリップクラブのバックヤードで客から受け取ったチップをオーナーから取り上げられる立場に追いやられた彼女たちは、犯罪を実行すべく結託する。ラモーナのカリスマ性と包容力に導かれていくデスティニーと、そんな彼女に信頼を置くラモーナは、共謀関係の域を越え疑似家族にも似た関係へと発展する。しかし連帯の中で大きくなっていく互いに差し向けられたコントロールの力はさらなる連帯を生みながら、順調に進んでいた計画を破綻させるきっかけに繋がっていくことで、彼女たちの結び付きに複雑性をもたらすのだ。
この「コントロール」というテーマについて、ローリーン・スカファリア監督はこう語っている。
「『コントロール』は作品全体を貫くテーマで、デスティニーもそれを求めています。人生の主導権の問題は、誰もが抱えている悩みだと私は考えています。ラモーナに人生を委ねて一時は安心できても、逆に不安に感じることもある。みんな助手席に座ったり、ハンドルを握ったりを繰り返しながら生きている。今は男も女も性別ごとの役割に縛られています。男性は富と地位と権力で価値を決められるし、女性は美しさや肉体、性的魅力や母性ですよね。そんな価値基準から外れると、落ちこぼれになる。そのシステムのなかで働く人をジャッジすることはできません。問題は、自分の選択なのです」
『ハスラーズ』で描かれる、男性主義社会へ復讐とは別軸で深まっていく女性同士の結び付きと自立への欲求には、男性へのカウンターを帰着点とする相対的なアプローチを乗り越え、他者との繋がりや自分自身の人生を主体的に「コントロール」しようと求める女性像が提示されている。
シリーズ初のオール女性キャストで革新をもたらした『オーシャンズ8』と、そこからさらに一歩踏み込んだ女性表現を描く『ハスラーズ』の間に流れるのはわずか1年。『オーシャンズ8』が7月10日に「金曜ロードSHOW!」で放送されるこの機会により、本作のもたらした画期性とそこに浮かび上がる課題を再発見することで、「いま我々が真に求める作品とはどんなものか」を見つめ直すきっかけとしたい。
- 作品情報
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- 『オーシャンズ8』
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2020年7月10日(金)21:00~22:54に日本テレビ系「金曜ロードSHOW!」で放送
監督・脚本:ゲイリー・ロス
出演:
サンドラ・ブロック
ケイト・ブランシェット
アン・ハサウェイ
ミンディ・カリング
サラ・ポールソン
オークワフィナ
リアーナ
ヘレナ・ボナム・カーター
ジェームズ・コーデン
リチャード・アーミティッジ
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