新型コロナウイルスの感染拡大によって各地のライブハウスや劇場が存続の危機に晒され、ほとんどのフェスが中止になった。同じように中止や大幅な規模縮小を余儀なくされているのが、各地の祭りや盆踊りだ。
戦中から戦後にかけて一部の地域で祭りや盆踊りが中断したことはあったものの、全国的に開催が取りやめられるというのは前代未聞。まさに異常事態だ。
公共空間に集まること自体が制限されている現在、祭り・盆踊りを開催するためにはどのような対策が必要なのだろうか。また、祭り・盆踊りを開催する意味とはどこにあるのだろうか。そうした問いを通して、人が集まることが前提となるアートプロジェクトや野外ライブと共通する課題と意義が浮き彫りになってくるはずだ。3人の関係者に話を聞いた。
(メイン画像:『中野駅前大盆踊り大会』2019年 / 撮影・大石慶子)
感染ルートは3つ。直接飛沫を浴びるか、手から入ってくるか、食べ物を介するか
去る2020年7月7日。DOMMUNEで『Talking About With / After CORONA「ライヴエンターテインメントの行方」』と題された番組が配信され、熱のこもったディスカッションが繰り広げられた。中でも特に印象強かったのが第三部、ウイルス研究者とライブハウス関係者が参加したトークセッションだ。
SUPER DOMMUNE 2020/07/07『Talking About With / After CORONA「ライヴエンターテインメントの行方」』(配信動画を見る)
ライブハウスにおける感染症対策について具体的なプランを指し示し、ウィズコロナ時代においても文化芸術施設が営業可能であることを説いていたのが、京都大学大学院工学研究科教授(都市社会工学)の藤井聡だ。
社会政策、危機管理を専門とする藤井は、同じく同番組に出演していた宮沢孝幸(京都大学ウイルス再生医科研究所准教授)と議論を重ね、ウイルス感染のメカニズムをしっかり理解した上で、感染を止めるためにどういう社会政策をすべきか、各メディアを通してパンデミックを防ぐための対策を発信している。
祭り・盆踊りを安全に開催するためには、私たちはいったい何を守るべきなのだろうか。藤井は「一番必要なのは、何をしたらこのウイルスが感染するのか具体的なイメージを持つこと。そのイメージを持ち、対策を講じれば、感染リスクは激減する」という。
藤井:まず最初に申し上げないといけないのが、空気感染の可能性はかなり低いということ。互いの距離が離れていて、十分換気されている場所であれば、空気感染のリスクはほとんどないと考えられているんですよ。
たとえば音楽スタジオの密室空間のなかでバンドの練習をする際、コロナに感染しているボーカルが2時間歌いまくれば空気感染の可能性は幾分かありますよ。でも、そうした極端な状況を避ければ、空気感染をそこまで深刻に心配しなくてもいいんです。
そのうえで藤井は、感染リスクが高いのは「直接飛沫感染」と「接触感染」だと話す。
藤井:「直接飛沫感染」とはどういうことかというと、顔の目の前でくしゃみをされ、唇についた飛沫を舐めてしまうということです。至近距離で会話をしなければ、そういうことは起きないですよね。
なので「直接飛沫感染」を防ぐには、マスクをするか、2メートルの距離を取るか。どちらもしていればより安心ですが、どちらかひとつでも大丈夫です。
藤井:「接触感染」とはモノについた飛沫を指で触り、その指で目、鼻、口を触ることによって感染するケースです。あるいは目の前に食べ物がある状態で会話をし、飛沫のついた料理を食べることで感染する。
つまり、直接飛沫を浴びるか、手から入ってくるか、食べ物を介するか、感染ルートはその3つしかないんです。それを防止するためには「目、鼻、口を触らない」「飛沫のついた食べ物を食べない」「マスクなしで至近距離で会話をしない」、その3つを守ればいい。屋外の祭りであれば、空気感染のリスクは低くなりますしね。
黙るか、マスクをするか
不特定多数がやってくる祭りや盆踊りの場合、ライブハウスや劇場のように来場者数をコントロールすることは難しい。野外開催の場合、来場者全員の検温を実施するのも簡単なことではない。そのリスクについてはどう考えるべきだろうか。
藤井:さっき言ったことを守れば、例えば仮に周囲の人全員がコロナの感染者でも感染リスクはかなり低くなります。だからね、周りに感染者がいるという前提で対策をしたらいいんですよ。
もちろん人が増えれば、そこに含まれる感染者の数も増えますが、山手線だって毎日数万人が乗ってるわけですからね。「マスクをつけて」「喋らない」。それで対応できる。
藤井によると、盆踊りのように踊り手同士で一定の距離を保つことができる場合、感染リスクは決して高くないという。では、神輿のように担ぎ手同士が密着する場合はどうだろう?
藤井:神輿は汗もかきますからね。でも、自分で顔を触らないように気をつければいい。大きな声をあげるのであれば、マスクは必須です。
「黙るか」「マスクをするか」。炎天下で鼻までマスクで覆うとかなり暑いと思うんですが、鼻から感染する可能性はかなり低い。
藤井は決してコロナウイルスの感染リスクを楽観視しているわけではない。「感染のメカニズムを理解し、対策をとればいいんです。感染の原理がわからないから無駄に怖がってしまうんですね」と話すように、コロナウイルスとの共存方法を提案しているのだ。
感染を防止するために守るべき3つのこと
・ 目、鼻、口を触らない
・ 飛沫がついている可能性があるものは食べない
・ マスクなしで至近距離で会話をしない人と密接する環境にいる場合の対応
「黙る」もしくは「マスクをする」監修:京都大学レジリエンス実践ユニット
「一番危ないのは祭りや盆踊りそのものよりも、打ち上げの場」
8月2日、そうした方法論を実践するイべントが開催された。東京、町田のライブハウスThe Play Houseで行われた『SHOW MUST GO ON』。藤井と宮沢孝幸がウイルス学および公衆衛生の学術的視点から監修したこのイべントには、松下マサナオ(Yasei Collective)×ゴセッキー(WUJA BIN BIN、ASA-CHANG&巡礼ほか)、℃フーズ、Break Up Street、新船将徳が出演。藤井と宮沢によるトークも行なわれた。
この日のライブでは、すべてのマイクに飛沫を避けるシールドが付けられ、休憩時間には場内の換気も行われた。冒頭では藤井から来場者に向けて「マスクの着用」「大きな歓声、大声での会話は控えめに」「目鼻口は触らないように」という3点の注意事項が伝えられた。
この日の来場者は約70名。スカスカのフロアに慣れてきた最近の感覚でいえば、それなりに「密」の状態だ。観客とステージの距離は近いが、最前列の客は店側で用意されたフェイスシールドを着用している。
2メートルというソーシャルディスタンスを観客同士でとらなくても、こうした対策をとることでライブハウスでの興行が可能であることを証明したわけだ。藤井たちは今後も同趣旨のイべントを継続していく予定だというが、彼らの実践は祭りや盆踊りにおいても参考にすることができるだろう。
だが、藤井は祭りや盆踊りに潜むひとつの「危険性」を指摘する。
藤井:一番危ないのは祭りや盆踊りそのものよりも、打ち上げの場なんですよ。密閉空間のなか、酔った状態で飛沫を飛ばし合いながら大声で話す。あるいは飛沫のついた料理を食べる。それが一番危ないんです。
祭りにお酒はつきものだと思いますが、終わったあとの宴会をやらなければいいんですね、感染拡大期は。感染がある程度収まっている状況で宴会をやるとするなら、感染対策を十分に行うことが必要ですね。
新宿のホストクラブの感染もクラブ内ではなく、アフターで感染しているケースが多いようです。祭りもアフターの宴会が一番リスキー。そこが一番のポイントですね。
「歌や踊りはあくまでも型であって、一番大事なのは文化や思いが伝わること」
次に話を聞くのは、『中野駅前大盆踊り大会』(東京都中野区)で実行委員長を務める鳳蝶美成だ。この盆踊り大会はBon Joviの“Livin' On A Prayer”で踊る盆踊りとしてSNSで話題を集め、TwitterではBon Joviの公式アカウントがそれに反応したことが各ニュースでも取り上げられるなど、近年大きな盛り上がりを見せている。
メディアではPerfumeやきゃりーぱみゅぱみゅで踊る新感覚の盆踊りとして紹介されることが多いが、軸となるのは中野区民謡連盟の生演奏で踊ることができるスタンダードな盆踊りタイムだ。盆踊りの伝統的な魅力と新たなスタイルの共存をはかる実行委員長の鳳蝶美成は、盆踊り界におけるイノベーターのひとりともいえるだろう。
そんな鳳蝶美成は、新型コロナウイルスの感染拡大以降、オンラインでの盆踊り開催に積極的に取り組んでいる。彼は民踊・盆踊り教室「鳳蝶会」の代表を務め、日本民踊鳳蝶流の家元師範でもあるが、緊急事態宣言が解除されるまでは教室での稽古も中止。
その間ZoomやYouTube Liveを使ったオンライン講座を開催。2020年4月19日に初開催した一般向けのWEB盆踊りは、常時100人以上、延べ900人が参加したという。
鳳蝶:驚いたのは海外の方が見てくれたということですね。お弟子さんのなかには北海道に引っ越してしまい、お稽古に通えなくなってしまった方もいたんですけど、オンラインだとそういう方も参加できる。
盆踊りって限られた地域の限られた時間でしか体験できないものですが、世界どこでも体験できるようになったということは大きいですね。
8月15日、16日には『中野駅前大盆踊り大会』がオンラインで開催。中川翔子、DJ KOO、DJ Celly、中野区民謡連盟が出演したほか、沖縄のエイサーやアイヌ古式舞踊、阿波おどり、河内音頭など、この夏、祭りを開催できなかった各団体の演者が出演した。
また、今回は配信に加えて、人数限定の入場チケットも販売。約300人キャパシティーの会場に約65人の観客が入れられた。当日は検温や手の消毒必須、マスク着用と、コロナ時代の盆踊りのあり方を示すものともなった。
盆踊りの生き残る道を模索してきた鳳蝶美成は、緊急事態宣言下の5月20日、ツイッターでこんなつぶやきを残している。
――その真意を彼はこう説明する。
鳳蝶:たくさんの情報に溢れている今、僕らが継承することができるのは魂の部分。歌や踊りはあくまでも型であって、一番大事なのは文化や思いが伝わることだと思うんですよ。
僕らの盆踊りも形はどんどん変わっていますけど、踊り手のなかには中野という土地を愛する気持ちがあり、盆踊りはその気持ちを表現する場所。その点は変わらないんです。
盆踊りや祭りは、人と地域を結びつける。たとえその土地に生まれ育っていなくても、盆踊りや祭りを通じて愛着を育むことができる。その意味で盆踊りや祭りは、各地域の経済効果だけを目的とするひと夏のイべントではなく、人と暮らしの根幹に関わるものでもあるのだ。
人が集まること自体が制限されるウィズコロナ / アフターコロナの時代、盆踊りはどうなっていくのだろうか。
鳳蝶:踊りをやっていて思うのは、盆踊りも言葉や音を使ったコミュニケーションだということ。それもすごくアナログでシンプルなコミュニケーションだと思うんです。SNSもあるけど、結局は盆踊りのようなシンプルなコミュニケーションに立ち返ると思うんですよ。
コロナ時代の盆踊りのあり方については、いろいろな実験をしていかないと、正解は見えないと思っています。盆踊りのオンライン配信も、薬でいえば治験(治療の臨床試験)のようなものだと思うんですね。
とりあえずやってみて、その反省を次に活かす。先日開催した中野駅前大盆踊り大会も、今までオンライン配信をやってみて考えたことが反映されているんです。いろんなやり方を試してみて、自分たちなりの方法論が見えてくると思うし、その延長上にコロナ時代の盆踊りがあるんじゃないかと思います。
経済効果という一面が失われたとき、問い直される動機「なぜ祭りをやるのか?」
最後に話を聞いたのは、郷土芸能や祭りの保存振興を目的とする団体「全日本郷土芸能協会」の小岩秀太郎だ。彼は東北の地域文化を継承・創造するプロジェクト「縦糸横糸合同会社」や東北の郷土芸能である鹿踊の東京支部でも代表を務めるなど、祭り・郷土芸能の現状を詳しく知る人物。郷土芸能が取り巻く現状について説明する。
小岩:全日本郷土芸能協会では217の郷土芸能団体にアンケートを取りました。回答があった団体のうち実に9割がコロナによって中止や延期、縮小などの影響があるという結果でした。
郷土芸能は多くの団体で高齢者が担い手になっていて、感染した際の重症化のリスクも高いんです。そのこともあって中止せざるをえなかったんですね。
非常事態宣言が解除されて以降、感染者数の少ない地域では少しずつ郷土芸能の練習が再開しているという。だが、郷土芸能の練習場所となる公共施設がいまだ借りることのできない地域もあるほか、そうした施設は騒音対策などからどうしても締め切った密閉空間になってしまうため、感染リスクもないとはいえない。そのため、以前のように練習できないのが現状のようだ。
各メディアで取り上げられているように、祭りを観光産業の中心に置いている地域では、コロナの感染拡大による経済的ダメージも甚大なものだ。だが、祭りは単なる観光コンテンツではない。経済効果という一面が失われたとき、「なぜ祭りをやるのか」という動機そのものが見つめ直されているともいえるだろう。
なぜ私たちには音楽が必要なのか。なぜ私たちには演劇が必要なのか――ライブハウスや劇場が存続の危機に陥ったときに問われたものと同じことが、祭りや盆踊りにおいても問われているのだ。
小岩:観光コンテンツとなる以前、そもそも各地域ではどのように祭りをやってきたのか。そこに立ち返る必要があるでしょうね。たとえば、祭りがあることで精神面でどれほど癒されるか。私たちがこれからの社会で生きていくうえで、精神的な生き方について考えていく必要はあると思います。
たとえば、出羽三山(山形県)の山伏修行は決して地元に大きなお金が落ちているわけではないけれど、修行を通じて何百年も続く人の出入りがあるんですね。そこには半永久的に続く経済活動があって、人の繋がりがある。祭りもそういう繋がりを生み出すことができると思うんです。
地域と祭りの関係性について、小岩は続けて力説する。
小岩:郷土芸能の保存会って戦後、コミュニティがバラバラになってしまったときに、そこで伝えられてきた芸能を守るために作られたものでもあるんですね。それがいつのまにか踊りや歌を保存するためだけの組織になってしまった。
でも、それだけが目的ではなくて、地域の生活をよりよくするためのものでもあると思うんですよ。そういう意識が広まることによって、祭りや芸能を継承していく意味が見えてくるんじゃないか。
郷土芸能や祭りってお金を生み出すこと以前に、次の世代が「やりたい」と思えるものにしないといけないと思うんです。子供や若い世代が「この地域をなんとかしたい」と考えるきっかけのひとつになったらいいし、そういう思いを持つことによって若い世代が「地域に残る」という選択をすることもあると思うんですよ。
コロナウイルスの感染リスクが限りなくゼロに近くなる日はくるのか? はっきりとした答えはいつまでたっても出そうにない。そうだとしたら、なぜ私たちはそれでも集まる必要があるのか。
鳳蝶美成は盆踊りのことを「土地を愛する気持ちを表現する場」であり、「もっともシンプルなコミュニケーションの方法」だと話した。小岩秀太郎は郷土芸能や祭りを「地域の生活をよりよくするためのもの」と明言する。
音楽が演劇、芸術がそうであるように、祭りや盆踊りもまた地域と生活を支える大切なものひとつだ。従来通りのリアルな現場での開催が中断したこの夏だからこそ、祭りや盆踊りの持つそうした力を改めて見つめ直したい。
- プロフィール
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- 藤井聡 (ふじい さとし)
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京都大学大学院工学研究科教授。1968年、奈良県生まれ。京都大学工学部卒、同大学院修了後、同大学助教授、イエテボリ大学心理学科研究員、東京工業大学助教授、教授等を経て、2009年より現職。また2011年より京都大学レジリエンス実践ユニット長、2012年より2018年まで安倍内閣・内閣官房参与(防災減災ニューティール担当)、2018年よりカールスタッド大学教員教授、ならびに『表現者クライテリオン』編集長。
- 鳳蝶美成 (びじょう あげは)
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6歳より民踊舞踊を習う。以後CM、TV出演、振付指導と多方面に活躍。日本各地の民舞・盆踊りも指導する日本民踊『鳳蝶流』を設立。
- 小岩秀太郎 (こいわ しゅうたろう)
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1977年岩手県一関市生まれ。郷土芸能のネットワーク組織(公社)全日本郷土芸能協会に入職。風土や人、暮らしや食が絡み合う郷土芸能の奥深さ、大切さを伝えるための企画・提案や、東日本大震災後は被災芸能情報収集や支援に携わる。また、故郷の出身者とともに「東京鹿踊」を組織し、鹿踊を通じて郷土芸能や風土に触れるレクチャー、体験の場づくり等を行い、郷土芸能の意義・未来・可能性を探るプロジェクトを進めている。
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