次の時代のパルコ像を示すような、重要な一歩となるシーズン広告が登場。テーマは「ヒーロー」
パルコが毎年発表している、年間のシーズン広告。すでにお披露目されていた春夏(SS)編につづく秋冬(AW)編のビジュアルが公開され、2020年のピースが出揃った。
パルコのシーズン広告といえば、2014年から昨年まで、ビョークやカニエ・ウェスト、ヨウジヤマモトなどとの仕事でも知られるパリのデザインユニット「M/M(Paris)」が担当してきた。彼らは、まさにある時代のパルコの「顔」を作った存在だ。
ところが今年、パルコはそんな彼らに代わる新しいクリエイティブディレクターに、英『Dazed & Confused』誌のアートディレクター、ジェイミー・リードを起用。つまり、今回のシーズン広告は、パルコにとって次の時代の自画像を示すような、重要な一歩となるものなのだ。
今回のクリエイティブディレクターの交代について、M/M(Paris)時代からシーズン広告を担当するプロモーション部の藤井浩人は、次のように語る。
2014年からM/M(Paris)と一緒に広告制作を続けてきましたが、彼らが作った2019年の新生渋谷PARCOオープン広告は、実際の渋谷PARCOのコンセプトやイメージ、目指すべきものを表現できていた。それを目の当たりにした時、M/M(Paris)とのコラボレ―ションを「やり切った」と感じました。
パルコは昨年でちょうど50周年を迎えた。節目ということもあり、新ディレクターを探し始めたが、「M/M(Paris)の次は相当ハードルが高い」と感じていたという。そんなとき藤井の目に留まったのが、ジェイミーの手がける英『Dazed & Confused』誌だった。
同誌をあらためて見て感じたのは、パルコとの「近さ」でした。つまり、ジェンダーレスでユースな感覚、カウンター精神、若い才能の積極的な発掘など、そこにはパルコと共通するものがあった。また、パリのM/M(Paris)の明確なアヴァンギャルド性に対し、ジェイミーが打ち出すロンドンのストリート感は、渋谷の街とも通じるものがある。ジェイミーならば、M/M(Paris)とは違うクリエイションを期待することができると考えました。
藤井のこの判断が正しかったことは、完成したビジュアルを見れば納得できるのではないか。「PARCO HEROES」を謳い、「ヒーロー」をテーマにした今回のシーズン広告。このたび発表された秋冬編では、それぞれ秋と冬に対応したGreen FoxとThawという2人のヒーローが描かれている。
たとえば秋では、空を飛ぶGreen Foxの姿を中心に、周辺にそれを見上げる人々や、路地で悪党を懲らしめるGreen Foxの物語が配置される。現実とは完全に一線を引いた、シュールな夢のようなM/M(Paris)の世界に比べると、ジェイミーのそれは空想的ではあるものの現実と地続きで、どこかドキュメンタリー風である。
また、さまざまにコラージュされたスナップからは、ヒーローのプライベートな一面など、M/M(Paris)とは異なる物語性が見えてくる。これに関しては、「ジェイミーが現在、雑誌を主な活動の場としている点も大きい」と藤井は言う。「1枚のビジュアルでも、まるで誌面を作るように作る。そのエディトリアルな感性はジェイミーの特徴ですね」。
生々しい質感を持った写真はカメラマンのフランク・ルボンが、コミカルで日本文化への目配せも感じられる遊び心のある衣装はスタイリストのイブラヒム・カマラが手がけた。2人とも今回のシーズン広告のためにジェイミーが声をかけたクリエイターで、3人での協働は今回が初めてだという。フランク・ルボンはフィルムで撮影を行うことにこだわりを持ち、写真のほかに35ミリの映像も回した。出来上がったポスターや映像には、撮影現場で遊びで撮ったようなカットも多数入っている。デジタル全盛の時代にあえてフィルムを選択する表現者は日本でも近年多いが、そうした新しい感性がこの広告にも今日性を与えている。
奇しくも、コロナ禍において新しい意味を帯びるものになったパルコからのメッセージ。「変化を恐れず、新しい文化を受け入れ未来に進む」
制作に先立ち、ジェイミーは昨年11月に来日。オープン直前の渋谷PARCOを見学した。「視覚的な言語とかテクニックの話を伝えるのではなく、体験的にパルコのビジョンを掴んでほしかったんです」と藤井。そのうえで、依頼としてジェイミーに伝えたのは、「パルコの51年目の方向性を表現してほしい」というシンプルで、かつ挑発的な内容だった。
ジェイミー自身、もちろん、広告表現におけるパルコと様々なクリエイターの長い協働の歴史は知っていた。とりわけ、1980年代の伝説的なビジュアルを手がけたアートディレクターの井上嗣也には、表現者として多くのインスピレーションを受けてきたそうで、それゆえ、今回の依頼については「一層特別なものに感じた」とインタビューに答えている。制作にあたっては、パルコの培ってきたビジュアルの歴史への理解を深め、そこに渋谷PARCOでの体験も加え、アイデアを固めた。
こうしてジェイミーが打ち出したのが、「PARCO HEROES」というコンセプトだ。「なぜ、ヒーローなどという古典的なモチーフを?」と思うかもしれない。実際、現代においてヒーローという存在には、諸刃の剣のような側面がある。あからさまな勧善懲悪の物語は、現在では複雑性に欠けるものとして批判の対象になり得るし、1人の英雄とその他の庶民を分ける思考も共感を呼ばないだろう。だが、ヒーローというものがまとってきた、そうしたステレオタイプの存在こそ、ジェイミーがこのモチーフを選んだ動機だったのだろう。
従来より「スーパーヒーロー」の概念に関心を持ち、今回の制作にあたって古今東西の英雄譚をリサーチしたというジェイミーは、ヒーローのことを冷静にも「ある種の記号表現」と形容している。つまり、人々が固定的なイメージを抱きがちな存在こそ、その既成概念を壊したときに得られるインパクトも大きいということ。2020年の広告表現であえてヒーローという古典的なモチーフを選んだジェイミーの判断に、いま、まさに過去のステレオタイプの乗り越えと向き合っているパルコへのメッセージがあることは明らかだ。
モザイク状に散りばめられた断片的なスナップが見せる横顔は、その英雄としての記号を解体し、ヒーローたちを私たちのすぐ「隣」にいる人物と感じさせてくれる。スマホを片手に笑顔で車を持ち上げるThawは、ヒーローとしての公的な仕事より個人的な物語を楽しんでいるようだ。そして、すべてのヒーローが女性であること。リードはそのような選択をした理由について、従来のヒーローには圧倒的に女性が少なかった点を指摘している。
今回のシーズン広告の撮影は、今年1月に行われた。その後、藤井たちはジェイミーたちの作り上げた世界から受け取ったものを、以下のように言語化して、パルコから社会に対するメッセージとして発表した。
Don't be afraid to change. Walk towards the future with a new culture.
変化を恐れず、新しい文化を受け入れ未来に進むこと。この言葉は、奇しくもその後に本格化したコロナ禍において、新しい意味を帯びるものになった。
コロナ禍に、企業が広告で何かを表現することは必要だと思います。ただ、広告が具体的にこの状況下で何かを変えることができるかと言えば、なかなか難しい。むしろ僕たちにとって重要なのは、コロナ以前、さらにはパルコの長い歴史を見たうえでジェイミーが与えてくれたこのメッセージのように「新しい文化を作る、自分たちも変わり続ける」というパルコが大事にしてきた姿勢を、これからも体現していくことだと思います。
ジェイミーの作り出したビジュアルは、つねに変化を大切にしてきたパルコに、あらためてその姿勢の再確認を迫るものになった。等身大の現状をただ肯定するような、安易な共感に支えられた広告表現に落ち着くことなく、見る者を一瞬戸惑わせる「疑問符」としての広告を投げかけ、そして実際に多くのカルチャーを作ってきたパルコ。その価値創造の伝統をパルコが今後も継承していけるのかは、やや大袈裟に言っていいのならば、1企業の未来以上の意味を持っている。51年目の一歩は、その先にどんな風景を拓くのか。
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- 『PARCO HEROES』
- プロフィール
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- ジェイミー・リード
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イギリス・ロンドンを拠点に活動するアートディレクター・グラフィックデザイナー。ファッション雑誌『Arena Homme +』、『POP』のデザインディレクター・アートディレクターを務めた後、2015年より雑誌『Dazed & Confused』のアートディレクターとして活躍。2012年にデザインスタジオを設立し、エディトリアルやブックデザイン、広告、ブランディングなど、多岐にわたってアートディレクションやグラフィックデザインを手がける。写真家のHarley Weir やDavid Sims、Collier Schorr、NYのインディペンデントブックストアDashwood Books、ファッションブランドGrace Wales Bonner、Saint Laurent、Kiko Kostadinov、Hillier Bartleyなどとプロジェクトを行う。
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