韓国ドラマは音楽にも注目。OSTで出会うインディ音楽家7選

『愛の不時着 オリジナル・サウンドトラック』(日本盤)ジャケット

韓国ドラマを彩る重要な構成要素「OST」。音楽市場でも大きな影響力を持つ

ポップカルチャーはジャンルを横断して楽しんでこそ、視点が広がり、知識が深まるという醍醐味があるだろう。現在、日本において韓国カルチャーは過去になかったほど、音楽、映画・ドラマ、文学、ファッション、食までジャンルを跨いで親しまれている。中でも今年の『ユーキャン新語・流行語大賞』でトップテンに選出された『愛の不時着』を筆頭にした韓国ドラマは象徴的だった。そんな韓国ドラマにおいて、ストーリーやキャストに劣らず重要な構成要素となっているのが、韓国では通称「OST」と呼ばれるオフィシャルサウンドトラックだ。

韓国のドラマにおけるOSTの役割は日本のそれとはやや異なる。日本のドラマでは1曲の挿入歌が初回から最終回まで毎回流れることが多いが、韓国の場合は1話放映されるたびに、新たなOST楽曲が発表されることも多く、1つのドラマにつき10曲以上のOSTが制作されることも稀ではない。K-POPアイドルの参加も多く、グループアイドルのメンバーがソロとして実力を発揮できる場にもなっている一方、ドラマ側としては人気アーティストのOST参加が視聴の呼び水になる側面もある。

Netflixオリジナルシリーズ『愛の不時着』独占配信中

OSTは音楽市場における影響力も絶大だ。本稿執筆時までの2020年の47週分の韓国の公式ヒットチャートを振り返ってみると、トップ10にランクインしたOST楽曲は14曲あり、そのうちIUの“Give You My Heart”(『愛の不時着』)、Gahoの“Start”(『梨泰院クラス』)、チョ・ジョンソクの“Aloha”(『賢い医師生活』)、チョン・ミドの“I Kew I Love”(『賢い医師生活』)の4曲が1位を獲得している。また、最近はドラマだけでなくウェブトゥーン(ウェブ上で読める漫画)からも『趣向狙撃の彼女』のOSTが2曲トップ10入りするヒットを記録した。もはやOSTは韓国の音楽シーンで一つのジャンルを形成しているのだ。

『梨泰院クラス』のOST、Gaho“Start“

こうしたOSTの影響力はインディシーンでも例外ではない。インディシーンの規模が小さい韓国では、ドラマOSTへの参加は、インディの枠を超えたブレイクへの足掛かりとしても期待される。例えば人気バンド、Jannabi(ジャンナビ)はデビュー初期の約1年半の間、大ヒットドラマを多数放映しているケーブルテレビ局tvNのドラマ5作でOSTに参加しており、それがブレイクのきっかけになった。OSTはまさにドラマを通して、リスナーに幅広いジャンルのアーティストと接続する機会を作っているのだ。

ここでは人気ドラマのOSTに参加した韓国のインディアーティストに注目し、Jannabi、OOHYO、10cm、SWJA(ソヌジョンア)、O3ohn、Cheeze、LEENALCHIといったベテランから注目の若手まで7組を紹介する。日本で幅広い韓国カルチャーが親しまれているいまこそ、本記事も新たなミュージシャンとの出会いのきっかけになれば幸いだ。

Jannabi:『ロマンスは別冊付録』OSTに参加。「グループ・サウンズ」を掲げるロックバンド

先述の通りデビュー初期から多数のOSTをこなしてきたJannabiだが、中でも近年最も印象的だったのはNetflixで配信中の『ロマンスは別冊付録』だ。第1話で、離婚して就職活動に苦労するヒロインのカン・ダニ(イ・ナヨン)が、思い出の詰まった家で過去を回想するシーン。そこで彼女の背中を優しく押すように再生された“Take My Hand”はバンドの魅力をうまく体現していた(Jannabiは路上ライブを行なうバンドとしてドラマにカメオ出演もしている)。

Jannabiによる『ロマンスは別冊付録』のOST曲“Take My Hand”。『ロマンスは別冊付録』はイ・ナヨン、イ・ジョンソクが共演したラブコメディー

4人組ロックバンド、Jannabiは、昨年のシングル“for lovers who hesitate”がチャート1位を獲得するなど、現在韓国で最も人気のあるロックバンドだ。自らのことを「グループ・サウンズ・ジャンナビ」と呼ぶ彼らは、1970~80年代の韓国のフォークや歌謡、Simon & Garfunkel、The Beatlesなどに強く影響を受けたレトロな音楽性を特徴としている。だが、コンサートなどで見られる彼らのファン層は圧倒的に10代20代の若者たちが多い。その理由はボーカルのジョンフンの歌声と歌詞にこそあるだろう。青春時代の痛みや孤独感を時に文学的な表現も混ぜて綴った言葉は、急速に過ぎて行く時代に取り残されそうな人たちにも優しく寄り添うのだ。

韓国のチャート1位を記録した“for lovers who hesitate”MV

Jannabiの最新アルバム『LEGEND』を聴く(Apple Musicはこちら

OOHYO:『賢い医師生活』や『秘密の森』など。K-POPアイドルのメンバーもラブコール送る注目のSSW

繊細で優しいOOHYO(ウヒョ)の歌声もまた、ドラマを超えて日々の生活で勇敢に生き抜く人々をそっと後押しする。彼女が歌う“While living life”は、1990年代~2000年代前半のヒット曲のリメイクをコンセプトにした『賢い医師生活』のOSTの中でも異色だった。<生きていれば / いつか晴れる日が来るだろう>と歌うこの曲は民主化運動時に学生たちによって広まったりと、様々な意味を持って韓国で歌い継がれてきたフォークソングなのだ。そんな事実まで知って見ると、ドラマの第11話でこの曲が流れるシーンはより心震わされるだろう。

OOHYOが歌う“While living life”。『賢い医師生活』は医大の同期である5人の男女を軸にしたヒューマンドラマ。日本では今夏からNetflixで配信中

2014年にEP『Girl Sense』でデビュー、これまでに2枚のアルバムを発表しているシンガーソングライターのOOHYOは、貴重な公演時にはチケットが即完し、BTSやf(x)といったK-POPグループのメンバーたちからもラブコールを受けている。温かみのあるローファイ気味なシンセサウンドと優しいメロディに乗せた歌は、孤独、不安や恐れ、懐かしさ、日々忘れてしまいがちな些細な愛など、どんなテーマであっても聴き手を包み込んでくれるだろう。代表曲の一つ“Dandelion”ではBelle and Sebastianのメンバーがレコーディングに参加している。

OOHYO“Dandelion”

10月にリリースされた新作EP『silence』を聴く(Apple Musicはこちら

10cm:『愛の不時着』や『トッケビ』『スタートアップ』など話題作のOSTに多数参加

『愛の不時着』の劇中でこの個性的でセクシーな歌声を耳にして惚れた人は少なくないだろう。10cm(シプセンチ)は現在放送中の『スタートアップ: 夢の扉』まで10年のキャリアで9作のドラマのOSTをこなしており、中でも記録的な高視聴率を打ち出した『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』の“My Eyes”、昨年のヒット作『ホテルデルーナ~月明かりの恋人~』の“Lean On Me”はチャートでも7位、13位とヒットを記録するなど、もはや韓国ドラマに欠かせない歌声と言っても過言でない。

『愛の不時着』のOST曲、10cm“But it's Destiny”

『トッケビ~君がくれた愛しい日々~』のOST曲“My Eyes”

10cmは2010年に2人組フォークデュオとしてデビューしたが、2017年からはボーカル・ギターのクォン・ジョンヨルよるソロプロジェクトとして活動中。フォークロックから、洗練されたギターポップに音楽性の重きを移しながらも、若い女性たちを中心に圧倒的な人気を維持し、コンサートでは1万人の観客を集めるほどだ。浮かれる春の恋人たちに「別れちまえ!」と捻くれる代表曲“What The Spring??”をはじめ、赤裸々で生々しい歌詞も魅力の一つになっている。

10cm“What The Spring??”を聴く(Apple Musicはこちら

SWJA:『秘密の森2』『ザ・キング』などで強い存在感。BTSカバーも話題に

最近では『ザ・キング: 永遠の君主』や『秘密の森』シーズン2のOSTを担当したシンガーソングライター、SWJA(ソヌジョンア)は「ポップミュージシャンになりたい」という自身の言葉通り、全方位で才能を示している。ジャズやR&Bを基盤にしながらも、ロック、ヒップホップ、エレクトロなど多様なジャンルの要素を果敢に取り入れたサウンドはまさにジャンルの境界のない「ポップ」音楽そのものだ。キャリア初期に2NE1をはじめとするYGエンターテインメントのアーティストの楽曲を作曲していた経験も生かし、洗練された音作りにも長けている。

『秘密の森』シーズン2のOST“Crisis”。『秘密の森』はチョ・スンウ、ぺ・ドゥナが共演した犯罪スリラー。Netflixで配信されている

さらに、ジャズボーカリストだったバックグラウンドを持つ彼女はハスキーな声やシャウト、時にラップや会話調のパートまで幅広いスタイルを巧みに使い分ける卓越した歌唱力も魅力。先日、韓国KBSの音楽番組『不朽の名曲2~伝説を歌う』でBTSの“Fake Love”をリメイクした際もインターネット上で大きな話題になった。豊かな音楽性に歌唱力、自己プロデュース力まで兼ね備えた、多くの若手ミュージシャンのロールモデル的存在だ。

SWJA(ソヌジョンア)“CLASSIC”。2019年のEP『Stunning』に収録

11月に『不朽の名曲2~伝説を歌う』で披露したBTS“Fake Love”のカバーは注目を呼んだ

O3ohn:Hyukohらと同じ事務所に所属。『ミスター・サンシャイン』など彩るベットルームポップ

O3ohn(オジョン)は日本でも人気の高いHyukohや、Car, the Garden(彼もさまざまなドラマのOSTに参加している)らを擁する事務所「DooRooDooRoo Artist Company」に所属するシンガーソングライターだ。これまでEPを4枚発表、デビューからまだ約4年だが、『恋愛ワードを入力してください~Search WWW~』『ミスター・サンシャイン』といったドラマのOSTも既に3度務めている。

『ミスター・サンシャイン』のOST曲“Shine Your Star”は、ヒップホップアーティストZicoとのコラボ曲。『ミスター・サンシャイン』はイ・ビョンホン、キム・テリ主演の大作ドラマ

彼がインディシーンからもドラマOST界からも支持を得ている理由は、ギターを軸にしたミニマルな音作り、淡いボーカル、ドリーミーな音響から来る、「気持ちいい」と思わずにいられない楽曲にあるだろう。ベットルームポップ的なシンプルな作りの曲が多いが、フランク・オーシャンやベニー・シングスも愛聴していたという彼らしく、R&B、フォークなど多様なジャンルを風通し良く取り入れたことも楽曲の魅力に繋がっている。近作ではバンド、Parasolのchiyoonhaeをベース、元「チャン・ギハと顔たち」のジョン・イルジュンをドラムに迎えたり、またプロデューサーのJOONIEとのデュオ、pigfrogとしても活動している。そんな交友関係も辿っていくと、韓国インディの楽しみはより広がっていくはずだ。

O3ohn“untitled01”MV

O3ohnの最新シングル“Clouds”を聴く(Apple Musicはこちら

Cheeze:『サイコだけど大丈夫』OSTに参加。1990年代ガールズグループ風プロジェクトにも注目

『サイコだけど大丈夫』『スタートアップ: 夢の扉』『ボーイフレンド』などのOSTに参加したCheeze(チーズ)は10cmやSWJAと同じレーベル「Magic Strawberry Sound」に所属。もともとは、後にペク・イェリン(韓国の人気女性ソロ歌手。過去にはJYPエンターテインメントに所属)の作品を共作することとなるプロデューサー、Cloudを中心とした4人組バンドだったが、2017年頃からボーカル、ダルチョンのソロプロジェクトとなった。だが共作するミュージシャンが変わっても、Cheezeというアーティストの核は変わりない。それは聴き手を癒すダルチョンの優しく透明感ある歌声であり、その声を生かす柔らかく軽快なポップサウンドだ。

『サイコだけど大丈夫』のOST曲“Little by little”。キム・スヒョンとソ・イェジの共演による『サイコだけど大丈夫』は日本のNetflixでも1位を記録

いつだって良いメロディを届けようとしてきた彼女の歌は、気分の良い休日にも、一人家で憂鬱な日にもマッチする。過去には大橋トリオの“Be There”のカバーや、自身のシングル“Love You”の日本語バージョンを発表したこともある。また、ステラ・チャン、Lovey、パク・ムンチという女性アーティストたちと共に結成した1990年代ガールグループ風プロジェクト「CSVC(チスビチ)」は、現在も続く韓国のレトロブームのインディからの代表チームと言える。

Cheeze“Today's Mood”MV

CSVC“Summer Love”MV

LEENALCHI:『保健教師アン・ウニョン』の音楽にメンバーが参加。伝統音楽パンソリを取り入れる

ドラマ『保健教師アン・ウニョン』は、Netflixオリジナル作品ということもあってか一風変わったOSTも印象的だった。ドラマの奇妙な世界観にマッチしたユニークな音楽を作曲したミュージシャンのうち2人は、韓国で今年一番ブレイクしたバンドと言ってもいいLEENALCHI(イナルチ)のメンバーだ。中でもチャン・ヨンギュは『新感染 ファイナル・エクスプレス』『哭声/コクソン』などの映画の音楽監督を務め、その他にもUhuhboo Project、Ssing Ssingといったバンドで活動してきた20年を超えるキャリアの持ち主。そんな彼を中心としたプロジェクトがこの7人組バンド、LEENALCHIだ。

『保健教師アン・ウニョン』予告編にもLEENALCHIのメンバーが参加した音楽が使われている。『保健教師アン・ウニョン』はチョン・セランによる同名小説のドラマ版

ドラムとダブルベースだけのミニマムなグルーヴの上で、時にラップのように捲したてるその歌は朝鮮の伝統芸能パンソリの歌い手たちによるもの。アルバム『水宮歌( SUGUNGGA)』には強烈な中毒性、そして気付けば一緒に踊ったり、歌ってみたりしたくなる不思議な感覚がある。LEENALCHIの楽曲が使われた韓国観光公社の動画は7月の公開以来、3000万回を超える再生回数を記録。海外でも注目を浴びているバンドだ。

LEENALCHI“Crying Softshell Turtle”MV

LEENALCHIの楽曲が使われた韓国観光公社の動画「五感で感じる韓国のリズム: ソウル」



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