いま、中国の若者の間で伝統文化の要素を取り入れたデザインや商品がブームになっている。「国風ブーム」と呼ばれるこのブームは、数年前からZ世代の若者を中心に起こり、ファッション、時代劇、アニメなど、幅広い分野で流行しているという。
このような動きの背景には、若者の消費行動や価値観、伝統文化に対する意識の変化などさまざまな要素が絡み合っているようだが、このブームの流れで再注目されている文化のひとつに中国の伝統衣装「漢服」がある。
人気アイドルが出演するドラマの衣装にも取り入れられている漢服は時間をかけて草の根的に愛好者を増やし、いまや普段着として着ている若者もいるそうだ。その人気に目をつけた自治体による「漢服で町おこし」も行なわれているという。
漢服を愛好する中国の若者や、漢服ファッションショーの仕掛け人、漢服を広めようと活動するインフルエンサーなど、現地で漢服ブームに携わる人々に、『中国新世代 チャイナ・ニュージェネレーション』(スモール出版)の著者である小山ひとみ氏が、取材を行ない、その流行の実像に迫った。
(メイン画像:写真:黄富貴児)
音楽や服、ゲームにも。中国のカルチャーに巻き起こる「国風」の波
最近、中国の番組を見ていて出演者のアイドルや歌手の衣装にある変化を感じていた。エレクトロニックなサウンドと東洋的なメロディーがミックスされた曲に合わせて、東洋的な要素が入った衣装でステージに立つアーティストが一気に増えたのだ。
アイドルのサバイバルオーディション番組でも「東洋的な衣装」で登場する候補生が今年はさらに増えたように感じる。丈や袖が長い上着、着物の襟のような首元、袴のような服……。その「東洋的な要素」について調べていくと、中国のネットやメディアでよく目にする「国風(グオフォン)」と呼ばれるものだということがわかった。
「国風」とは「中国の伝統文化の要素が入ったもの」。実はいま、中国ではこの「国風」がとんでもないブームになっている。それは服や音楽だけにとどまらず、ゲームなどにも見られるのだが、なかでもファッションの「国風」の流れでよく目にする「漢服(ハンフー)」が、10代、20代の間でブームとなり一大産業になっているのだ。
漢服の研究者、楊娜(ヤン・ナー)によると「漢服」とは「漢民族の伝統的な服飾」を指し、さらには「古代漢服」と「現代漢服」に分けられる。
「古代漢服」は黄帝(紀元前26-7世紀頃、中国を統治した最初の帝とされる)の衣服をもとにつくられ、清の時代以前まで漢民族が着ていた服。「現代漢服」はその古代漢服をベースに伝統文化とモダンが入った服とのこと(今回紹介するのは、後者の「現代漢服」に当たるが、テキストでは「漢服」とする)。
中国・上海で開催された2001年のAPEC首脳会議では、参列した各国のリーダーが開催国の民族衣装を着るという習慣にならい、スタンドカラーにチャイナボタンが付いたジャケットを着用した。この姿がメディアで伝えられると、中国人の間で物議をかもした。「ジャケットは西洋のもの」「中国を代表する民族衣装とは?」「漢民族以外の民族には伝統服があるのに、漢民族は?」と議論が巻き起こったのだ。
その2年後の2003年11月22日、河南省鄭州市在住の男性が、自作の漢服を着て街を歩いたことで話題を呼んだ。彼は「現代になって漢服を着て街に出た人」として初めて報道された人物となり、「漢服ブーム」のきっかけをつくったと言われている。
その後、漢服愛好家たちの間で、11月22日は「漢服を着て街に出ようデー」と呼ばれるようになり、漢服の普及を目的とした記念日とされている。それから現在まで約20年をかけて、漢服は草の根的に広がり、徐々に受け入れられてきた。私も北京の繁華街で漢服を着ている高校生を見かけ、思わず声をかけたこともある。
とは言っても、今のようなブームになったのはここ数年のこと。中国のSNSや動画サービスが普及するにつれ、漢服を着てイベントに参加する様子を発信している若者や、KOL (Key Opinion Leader、拡散力や影響力を持つインフルエンサーのこと)として漢服の良さを発信している人も増えている。
また、中国人YouTuberの中には、英語で漢服を紹介する人もいるし、自分の漢服ブランドを立ち上げてネットショップで販売しているKOLもいて、なんだかとんでもないブームになっている。
漢服に魅せられた24歳の女性が語る
1996年生まれ、四川省成都市在住の24歳の心雨(シンユー)も、漢服の虜になった女性の一人だ。
漢服歴は5年。家族が中国の伝統文化が好きで、彼女自身も子どもの頃から自然と触れるようになった。漢服のことは知っていたが、高校生の時は制服があったし、学業優先だったので漢服を着ようとまでは思わなかった。
「大学に入学してからは在学中の4年間、漢服サークルに入って本格的に漢服を買って着るようになりました」
大学の漢服サークルでは、外部から招いた専門家から漢服の歴史や知識を学ぶだけでなく、漢服の着方やマナーなど幅広く指導を受ける。実は、「漢服サークル」は中国各地の大学では一般的なサークルらしい。シンユーが在籍していた漢服サークルでは、ロシアの大学との国際交流の一環としてロシアに行き、漢服を紹介し、漢服を着てステージに立ったこともある。
大学卒業後、会社員として働いている今はさすがに会社には着て行けないので、週末、友人と出かける時や漢服のイベントがある時に着ている。
「でも、友達の中には、漢服で出勤している人もいますよ」
そういえば、ある漢服の動画に出演していた女性も「私はIT企業に勤めているんですが、自由な環境なので漢服で出勤しています」と言っていた。シンユーのように、週末の外出時や、イベントがある時だけ漢服を着る若者もいれば、漢服を普段着として日常でも当たり前のように着ている若者もいるようだ。
シンユーは現在、10着ほどの漢服を持っている。「全然多くはないんだけど」と控えめに紹介してくれた。ネットショップで買ったものもあれば、成都市内の通称「漢服ストリート」と呼ばれる、漢服を専門に扱うショップが並ぶストリートのショップで買ったこともある。
また中国版Twitter「Weibo」で530万人以上のフォロワーを持つ人気KOL小豆蔻児(シャオドウコウアー)の漢服ブランド「十三余(シーサンユー)」でも購入している。
「彼女がデザインする漢服はとにかく繊細さもあるし可愛さもあるし、他の漢服とはどこか違うんですよね。私が買ったのは300元(約5,000円)で高くないし」
漢服ブランド「十三余」のInstagramより
「十三余」のサイトを見てみると、人気の理由がわかる気がした。まず、20代の小豆蔻児本人がモデルをしているので彼女に憧れる同世代の愛好家が多いのだろう。
また、スカートやパンツと合わせやすいデザインのものもあるので、漢服初心者には入りやすそうだ。価格も100元(約1,600円)台からあり、10代、20代には手が届きやすい。私がもし今10代、20代だったら「買ってみようかな」「着てみてもいいかも」と思うだろう。
そう、私が漢服を調べていく過程で思ったのは、「見ていると着てみたい気持ちにさせられる」ということだ。実際、漢服に魅了された女性の多くが「綺麗」から入る人が多いというメディアの報告もある。
漢服版ヴィクトリアズ・シークレット? 俳優やKOLが参加のイベントも盛ん
多くの若者、特に女性が魅了されている漢服だが、それでもまだ漢服を知らない中国人も多いようで、シンユーが漢服を着て外出すると「何かイベントでもあるの?」「それどこの民族衣装?」などと声をかけられるらしい。時には一緒に写真を撮りたいと言われることもあるそうだ。
「どこの民族衣装? って聞かれた時は、正直『漢民族の服なのに…』とちょっと腹が立ったりもしたんですが、その時は漢服がどういうものか説明しました」
シンユーから話を聞くにつれ、日本で一大ブームを巻き起こしたあるスタイルを思い出した。「ロリータ・ファッション」だ。「コスプレのようにも見えるが定着している」「しっかりとしたコミュニティーがある」という点ではとても似ている気がした。
ただ、大きな違いは、そこに民族というアイデンティティ要素が入っているかということ。今の「漢服ブーム」に対して「国策のひとつなのではないか」と否定的に捉える人もいる。こういった意見に対してシンユーは「私たちが日常的に着ている服と同じ。ただ、プラスで伝統文化的要素が入っているだけ」と話す。
彼女が「ヴィクトリアズ・シークレット(豪華絢爛なランジェリーのショーで知られるアメリカのブランド)の漢服バージョン」と形容した漢服のファッションショーがある。2017年から毎年開催されている『华裳秀典・汉服时尚秀(ホアシャンシュウディエン・ハンフーシーシャンシュウ)』だ。
ショーの動画を見てみると、モデルが漢服を着て登場し、時にはモデル同士の絡みも入っていたり、踊りを舞う場面もあったりと華やかでエンタメ感がある(下着姿ではないけれど)。そういう点で「ヴィクトリアズ・シークレット」という形容はわかるような気がした。
このファッションショーを主催するのは、2014年、杭州市に設立された会社「杭州次元文化創意有限公司」だ。
実は、この会社、アニメや漫画のなど2次元作品にまつわるイベント主催やライセンス取得、コスプレイヤーや俳優の育成とマネージメントなど、2次元コンテンツやその周辺に関するあらゆる事業を行っている。2017年から初めた漢服の事業では、ファッションショーを主催するだけでなく、オリジナルのブランドも持ち、ECや実店舗での販売も行っている。
2次元コンテンツの会社が漢服事業と聞いた時、正直、疑問があった。「コスプレを扱う会社が漢服事業を行うと漢服が別の方向に行ってしまうのでは?」と。
同社のCEOである通称「次元校長」に聞いてみると「漢服事業を行う前、このマーケットや業界のリサーチを進めると、漢服をもっと多くの人に知って欲しいという要求があったんです。ただ、それを形にできる組織や力がないというのが現状で、私たちに何かできないかとこの事業に入ることにしました」とのことで、割と素直な思いつきだったようだ。
同社が漢服事業に入る前、それぞれの漢服ブランドは個々で宣伝や販売を行っていた。「よりマーケットを広げるために、スピーディーかつ集中化を狙うという意味ではファッションショーという形式がふさわしいと思ったんです」。
2017年から『杭州国際ファッションウィーク』の一環として漢服のファッションショーを開催してきた。中国伝統文化の関係者にもショーの発起人として参加してもらうことで、より広い分野から支持されたという。
2020年7月には、中国最大のECモール「T-Mall(天猫)」との共同主催で、『国風大賞(グオフォンダーシャン)』というイベントを2日間開催。240名の観客を入れた漢服ファッションショーには俳優やKOLもモデルとして登場し、同時に生配信でも届けた。
ショーが始まって5分もしないうちに生配信は100万ビューを記録。ショーのほか、漢服や「国風」に関する商品を紹介する配信を行ったり、漢服ブランドのブースを出して来場者の漢服愛好家に実際に手に取ってもらったりと、オンラインとオフラインの両方で精力的に漢服の普及に努めた。
漢服ブランドのデザイナーが「漢服で町おこし」にも貢献
次元校長が開催してきたようなファッションショーだけでなく、「漢服で町おこし」「漢服で観光業を」という自治体も年々増えており、中国各地でイベントが行われている。
その町おこしに一役買っているのが、KOLであり漢服ブランド「京渝堂(ジンユータン)」の経営者・デザイナーである敖珞珈(アオ・ルオジャー)だ。2009年、漢服を着て買い物をしている若者を見かけ、漢服に魅了された。それからずっと漢服や中国の伝統文化の普及に力を注いでいる。
「初めて街中で漢服を着ている若者を見かけた時はとても共鳴しました。漢民族の自分たちにも独自の民族服があってしかるべきだと感じたからです」と熱っぽく語ってくれた。
高校と大学でファッションデザインを専攻していたアオは、2013年に自分の漢服ブランドを立ち上げ、オリジナルの漢服をデザイン、販売してきた。
2018年には自分の体型にも合うビックサイズの漢服も販売し、さらに多くの漢服愛好家から受け入れられた。そして、同年の2月24日、春節の休み明けに彼女が発信したあるソーシャルメディア用のスタンプが思いがけず大ヒットする。
そのスタンプというのは、唐の時代の女性の漢服を着て、当時の宮廷の女性のようなメイクで汤圆(タンユエン。ゴマなどの餡がはいった団子のようなもの)を食べている自身の姿を使ったシリーズだ。
「一個だけなら」「もう一個ちょうだい」「美味しい」などの表情豊かなスタンプはすぐに話題となり、芸能人をはじめ、多くの人が使い始めた。中国のテレビ番組でも取り上げられ、Weiboのホットトピックでは4位にまで上がった。
「まったく予想していなかったので、本当にびっくりしました。きっと私みたいな体型の人が漢服を着てスタンプを発信するなんてことがなかったから、珍しかったんだと思いますよ(笑)」
それ以来、彼女は「汤圆姐姐(タンユエン姉さん)」として知られるようになる。
2019年からアオは『礼衣华夏汉服模特大赛(リーイーホアシャアハンフーモートーダーサイ)』という漢服モデルコンテストの企画も始め、2回目となる2020年は江蘇省徐州市の旅行局や企業とタッグを組んで徐州市内で決勝戦を開催した。
応募者のほとんどが漢服愛好家や漢服関連の仕事をしている素人。決勝戦では中国各地の予選を勝ち抜いた80名のモデルが、歩き方や漢服の知識など各方面から審査され、上位入賞者にはトロフィー、賞状、漢服が与えられる。
審査員はアオをはじめ、有名な漢服ブランドの代表や主催地の役人など。「漢服モデルというのはまだ新しい領域なので、今後は上位のモデルたちには、漢服ブランドやショー、イベントのモデルに推薦するなど、その先の活動に繋がることも提供できたらと思っています」とアオはビジョンを語る。
また、去年はKOLのマネージメント会社とも契約を結び、精力的に漢服や中国の伝統文化のKOLとしての活動も進めている。アオのVlogでは「冬に漢服を着るときのコツ」「唐の時代の女性のヘアメイク」といったテーマの動画を発信している。
人気俳優やアイドルら出演の時代劇人気もブームを後押し。課題は上の世代の取り込み?
長年、漢服を研究し、漢服や伝統文化の普及に務めてきたアオからすると、近年の急激な漢服ブームには少し懸念も感じているようだ。「ただ着るだけではなく、漢服の背景にも興味を持って長く漢服を好きでいてくれるといいんですけどね」と、少し不満も漏らす。なかには、漢服を着て変な動画や写真を発信したり、漢服愛好家を不快にさせる言動を取る人もいるのだという。
アオと話していて、彼女は漢服の次なる可能性を探ろうとまだ誰も始めていない様々な方面から動いているのだと感じた。
「漢服を着る意義というのは、一般的な服と違って伝統文化を伝達する担い手になるということだと思っています。私としては、漢服をより多くの人に知ってもらい、日本人が特別な日やイベントに着物を着るように、中国の重要な祭日やイベントの時に着てもらえたらと思っています」と語る。
「2020汉服消费趋势洞察报告(2020漢服消費傾向洞察報告)」というデータによると、アリババグループが運営するオンラインモール「タオバオ(淘宝網)」では、2019年に漢服の売上額が20億元(約320億円)を突破したという。
また、「ZHEJIANG NEWS」によると、2019年の中国国内の漢服愛好家は356.1万人に達したとのこと。漢服の消費者の88%は女性で、半数以上の消費者が1990年以降に生まれた世代。特に25歳以下の消費者の購買欲が強いというデータもあることから、Z世代の漢服熱が高まっていることがよくわかる。さらに、近年、中国の人気俳優やアイドルなどが出演する時代劇のヒットも漢服熱に拍車をかけていると言える。
シンユーに「今の漢服ブームがなくなっても漢服は着続ける?」と聞くと「私にとって漢服は流行とは別のもの。もちろん着続ける」と強い意志を感じる回答があった。
今回、取材を進めて「漢服=若い世代」という顕著な構造が見えてきた。一方で、日本における着物のように、年配者にも自然と親しまれているという声は聞こえてこなかったのも事実だ。私と同様に漢服の取材を進めていた北京在住の中国人ジャーナリストも「漢服の研究者でも年齢が上になると家庭や子育てに追われて、漢服を着る機会が減っているみたい」と語っていた。この漢服ブームが一時のブームで終わることなく、漢服文化として根付くには、上の世代の取り込みが課題なのかもしれないと感じた。
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