「いま」を映すUSポップカルチャー

アニメと共振するテン年代のUSラッパーたち。響き合う作品世界

(メイン画像:Megan Thee Stallion)

アメリカのポップカルチャーで存在感を強める「Anime」のイメージ

「Anime」という英語がある。ここには、ディズニー映画『シンデレラ』のようなアニメーションは入らない。ウェブスター辞典の表現を借りれば、展開の多い物語のなかで色鮮やかなグラフィックでキャラクターが描かれた「日本発祥のアニメーションスタイル」、つまりは日本式アニメを指す言葉なのだ(異論が出そうな定義だが、本稿では以下、これを「アニメ」と記述)。

米国文化圏におけるアニメのイメージは、アニメファンとして知られる人気ラッパー、Lil Uzi Vertの“Ps & Qs”(2016年)ミュージックビデオを見れば捉えやすいだろう。

ヒップホップ文化と混じり合っているものの、巨大な目、カラフルな髪色、ティーンの主人公と学園舞台、「さん付け」文化、そして『ドラゴンボール』に代表されるような派手なアクションとパワーアップする変身……こうした要素こそ「Kawaii」アートとも親しい近10年の日本式アニメの国際的ビジュアルイメージといえる。

Lil Uzi Vert “Ps & Qs”。MVは2017年発表

そんな日本発のアニメが、アメリカのポップカルチャーで存在感を強めている。この潮流は『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』が全米興行収入トップに輝いたパンデミック危機下、ポピュラー音楽領域においても広がっていった。

まず、実写映像制作のコスト上昇、アーティストのキャラクター化ビジネス活況により、ビリー・アイリッシュ“my future”(2020年)などアニメーションを用いる音楽スターのミュージックビデオが増えた背景がある。

さらに明らかにアニメ調とわかる作風のビデオも目立つ。“Blinding Lights”が2020年最大のヒット曲となったThe Weekndは、キャリアを振り返る“Snowchild”(2020年)において、日本初の黒人経営アニメーションスタジオとされるD'Art Shtajioを起用。アルバム『Future Nostalgia』(2020年)をロングヒットさせたデュア・リパの“Physical”では、実写映像に『美少女戦士セーラームーン』風のアニメシーンがサブリミナル的に挿入されている。

The Weeknd“Snowchild”MV

デュア・リパ“Physical”MV

Megan Thee Stallionら、アニメ愛をセルフブランディングに用いる新時代のラッパーたち

なにより、米国ポピュラー音楽におけるアニメ人気は、ラップミュージックおよびヒップホップカルチャーで根強い。

トップスターに限っても、2000年代にはWu-Tang ClanのRZAが“Must Be Bobby”(2001年)で『ドラゴンボールZ』についてラップし、カニエ・ウェストが“Stronger”(2007年)のミュージックビデオで『AKIRA』をオマージュ。そして現在では、2010年にその名も“Anime”たるトラックを発表したSoulja Boyをひとつの転換点として、アニメ愛をセルフブランディングに活用するミレニアル世代、Z世代スターたちの新時代が形成されている。

「アニメファン」を公言するSoulja Boyの2009年の投稿

たとえば「半分アニメキャラで半分ラッパー」を自称するMegan Thee Stallionは、アニメ配信サービス「Crunchyroll(クランチロール)」とコラボレーションしたアニメ絵柄のマーチャンダイズを販売した。

2019年の逝去後に発表された作品ではあるが、故Juice Wrld “Righteous”のミュージックビデオでは、アニメ化した彼が『NARUTO -ナルト-』の「写輪眼」や、『ドラゴンボールZ』の超サイヤ人のような姿で飛び回る様が描かれている。

Megan Thee Stallionとアメリカのアニメ配信サービス「クランチロール」のコラボグッズ

Juice Wrld“Righteous”MV

Megan Thee Stallionは2020年「Billboard HOT 100」年間チャートのトップ25に2曲を送り込んでおり、Juice Wrldと前出Lil Uzi Vertもそれぞれ「HOT 200」年間トップ10にアルバムをチャートインさせている、まごうことなきトップアーティストである。

そして、1990年代生まれの3人には、ある共通点がある。生前Juice Wrldが“Naruto”と題した未公開トラックを制作していたように、全員が岸本斉史の漫画でありそのアニメシリーズ『NARUTO -ナルト-』をリファレンスする楽曲を制作しているのだ。

<サスケ、サスケ、サスケ、サスケ、サスケ、サスケ / ナルトじゃないってわけじゃない / けど、俺はサスケのようにチョップするのさ>( Lil Uzi Vert“Sasuke”)

Lil Uzi Vert“Sasuke”を聴く(Apple Musicはこちら

<彼に私を食べさせる、アニメ観てるあいだにね / 野狐みたいなアソコはサスケを探してる>(Megan Thee Stallion“Girls in the Hood”)

(※註:サスケは『NARUTO』の登場人物。狐のキャラクターも作中に登場する)

Megan Thee Stallion“Girls in the Hood”を聴く(Apple Musicはこちら

アフリカン・アメリカン・コミュニティにおける『NARUTO』人気。ギャング文化との類似性も

2000年代よりアニメシリーズが開始された『NARUTO』こそ、2010年代以降のアメリカラップシーン、ひいてはアメリカ文化圏において最も人気のあるアニメの一つだ。

同国では一般的に、特に非白人の間でアニメ人気が高いとされているが、とりわけ注目されるのはアフリカン・アメリカン・コミュニティにおける『NARUTO』への熱狂である。

孤児として孤独を抱える落ちこぼれ忍者の主人公・うずまきナルトが仲間と戦いながら成長していく本作は、米国の一般的な子ども向けコンテンツよりハードだと評されており、同志の絆や派閥の対立、手を動かす忍術の仕草などはヒップホップとも縁深いギャング文化との類似性が指摘される。

かつて、前出RZAは自著で『ドラゴンボールZ』について「アメリカの黒人男性の旅路を表象している」と評し、Nujabesを起用したアニメ『サムライチャンプルー』の渡辺信一郎監督は、侍とヒップホップアーティストにそれぞれ刀とマイク一本で運命を切り拓く共通項を見出したわけだが、『NARUTO』もまた、厳しい環境に生まれたアフリカン・アメリカンの人々の共感を得たといえそうだ。

『NARUTO:THE BRAVE STORIES』プロモーション映像

『東京喰種』と「エモラップ」。共振したダークな世界観

1998年生まれの故XXXTentacionが“Inuyasha”、つまり『犬夜叉』と題したトラックを制作したように、さまざまな分野からリファレンスを行うUSラップミュージックに登場するアニメ作品は『NARUTO』のほかにも数多い。

なかでも重要な人気作は、Juice WrldやLil Uzi Vertもフェイバリットに挙げる石田スイ原作『東京喰種トーキョーグール』だろう。人食して生きる「喰種」と人間の「雑種」となってしまった大学生を主人公にしたアクションアニメだが、そのダークでグロテスクな世界観と共振したフィールドこそ、2010年代「オルナタティブなラップ」として多大な影響力を放った「SoundCloudラップ」および「エモラップ」である。

XXXTentacion2018年6月に逝去したXXXTentacion。『?』は亡くなる前の同年3月にリリースされた2ndアルバム(Apple Musicはこちら

パンクやロックのエッセンスも孕む同ジャンルでカリスマ的人気を誇ったXXXTentacionのような若きラッパーたちは、憂鬱や希死念慮を吐露する情緒的音楽を紡ぎながら、さまざまなイメージをコラージュしながらダークでゴスな非現実的ビジュアルを形成して個性を発揮していった。

こうした文化と『東京喰種』のケミストリーは、YouTubeで「XXXTentacion Tokyo Ghoul」と検索すれば数多出てくる非公式ファンムービーを見れば歴然だろう。2010年代アメリカの人気ラップミュージックにおいて『NARUTO』はメジャー大作となったわけだが、同時に、オルタナティブ分野のカルトシンボルとしても日本アニメ作品が浸透していったのである。

テレビアニメ『東京喰種トーキョーグール』オープニング映像。曲はTK from 凛として時雨の“unravel”

映像配信サービス間でも「アニメ戦争」。人気はまだまだ続く

ラップを筆頭としたアメリカンポップカルチャーにおけるアニメ人気は、今後も続く可能性が高い。「ラッパーがアニメファンになったんじゃなくて、若い頃のアニメファンたちが成長してラッパーになっているんだと思う」(※1)。こう語るミレニアル世代ラッパー、Fatherは、1969年生まれのRZAが所属していたWu-Tang Clanは「空手映画」世代であり、自分たちほど多くのアニメを観ていなかった旨を推測する。その世代が生まれ育った頃には、アメリカのアニメ視聴環境が整っていなかったためだ。

一方、1990年生まれのFatherは「ほとんどが下校後に『セーラームーン』や『ドラゴンボール』を見ていた世代」を自称する。事実、アメリカにおいて日本アニメが普及した契機とされるのは、1990年代以降のキッズ・ヤングアダルト向けチャンネル「Cartoon Network(カートゥーンネットワーク)」や、2001年にスタートした同局の夜の放送枠「Adult Swim(アダルトスイム)」における放映だ。つまり、ミレニアル世代とZ世代が活躍する今日のポピュラー音楽におけるアニメ人気は、単なるトレンドというより、数十年にわたって培われた「アニメ好き」世代の反映と考えられる。

Fatherがアダルトスイムとのパートナーシップにより2018年に発表したミックステープ(Apple Musicはこちら

「われわれはアニメブームの真っ只中にいます。しかしながら、私たちは一時的な活況に投資しているわけではありません」(※2)。長期的な視点でアニメ分野に力を入れるNetflix社のアニメと日本発コンテンツ担当ディレクター、ジョン・ダーデリアンの言葉を借りずとも、アニメのグローバル人気は上昇気流にある。

まず、Fatherが指摘したアニメ視聴環境は、ストリーミングサービス普及により一気に拡張した。それどころか、オリジナル作品製作やスタジオ支援も行うNetflixのアニメ拡大戦略にAmazon PrimeやHuluも追随、さらにSonyが前出Crunchyrollを買収するなど、大手映像ストリーミングサービス間で「アニメ戦争」と呼ばれる熾烈な競争が巻き起こっている。

これらの動きは基本的にアジア市場をターゲットにした戦略とされるが、東南アジアに並んでラテンアメリカでの需要も高いという。実際、音楽界のアニメ調ビデオブームは、スペイン語圏にも及んでいる。2021年6月現在「2020年代にもっともSpotify再生されたアーティスト」とされるラテンラップのスーパースター、Bad Bunnyは、同月、日本語歌唱を挿入する“Yonaguni”をリリースした。ミュージックビデオでは日本語歌唱部分でアニメ映像に切り替わる。

Bad Bunny“Yonaguni”MV

そしていまや、アニメは日本のポピュラー音楽にグローバルなリスナーをもたらす規模にも成長している。Spotifyではテレビアニメ『東京喰種トーキョーグール』主題歌のTK from 凛として時雨“unravel”がリリースから9か月で1,000万回以上の再生を達成。2018年11月時点で、月間リスナーは日本よりアメリカが多かったという(※3)。

TK from 凛として時雨“unravel”を聴く(Apple Musicはこちら

「君はヒーローになれる」。Megan Thee Stallionと『ヒロアカ』

こうした規模やマーケティングの話は数あれ、さまざまなクリエイティビティへの刺激と影響こそ、アニメのグローバル人気がもたらす醍醐味かもしれない。

アメリカン・コミックスとも近しいヒーロー業をテーマとする堀越耕平原作のアニメ『僕のヒーローアカデミア』ファンのMegan Thee Stallionは、炎と氷の能力を併せ持つ「半冷半燃」のキャラクター・轟焦凍の仮装をすることで、ヒップホップ文化における「ICY」と「HOT」を併せ持つ魅力、そのアティチュードを表現した(註:どちらもニュアンスは違えど「イケてる」の意を表す)。

『僕のヒーローアカデミア』の登場人物・轟焦凍をイメージしたスタイルを披露したMegan Thee Stallion

なかでも彼女が影響を受けたキャラクターは、ヒーローを目指しながらも先天的能力に恵まれなかった『僕のヒーローアカデミア』の主人公、緑谷出久だという。周囲からの否定をも成長の原動力とする姿に自分を重ねたようだが、小学生時代にいじめ被害を経験している彼女が生み出す作品も、どこか『僕のヒーローアカデミア』の哲学を香らせている。

Megan Thee Stallionは、女性リスナーに対し「私のラップを聴くことで、自分は『That Bitch(特別な存在)』なのだと感じてほしい」と願うラップアーティストだ(※4)。『僕のヒーローアカデミア』を代表する名台詞、社会が規定する才能に恵まれなかった出久に贈られる力強き言葉も、同様のスピリットのもとにある。「君はヒーローになれる」。

テレビアニメ『僕のヒーローアカデミア』より

※1
Pitchfork "Why Is Rap Obsessed with Naruto?"
※2
BloombergQuint "Netflix Bets on Anime to Battle Disney, Apple in Streaming Wars"
※3
For the Record "How Anime Has Helped Japanese Music Go Global"
※4
GQ"Rapper of the Year Megan Thee Stallion Looks Back on Her Savage, Triumphant 2020"



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