人が再び関わりあう契機へ。怒涛の如く音渦巻いた 隅田川怒涛 春

蓮沼執太フィルによる野外コンサート『浜離宮アンビエント』、いとうせいこうら詩やラップの表現者による『ことばの渡し』、そして自作の家電楽器を奏でる和田永+Nicos Orchest-Labによる『エレクトロニコス・ファンタスティコス!~家電集轟篇~』。これら3つのプログラムが、去る5月22~23日の2日間にかけてオンラインで無観客配信された。

本企画は、東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団アーツカウンシル東京が主催する『Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13』の一環として行われたもの。2020年の春から夏にかけて準備されていた、音楽とアートのイベント『隅田川怒涛』の14のプログラムは、コロナ禍によってオリンピックとともに延期となり、紆余曲折のすえ再構成を迫られた。

2021年の今年、春と夏の2つの会期に分けて開催される『隅田川怒涛』。その春会期はどのような内容だったのか、現場に立ち会った有太マンがその全貌を振り返る。

(メイン画像:Photo by Mao Yamamoto)

30年越しに届けられた「ことば」

その日、いとうせいこうは2008年にDJ BAKUと作った“Dharma(善のネーション)”を既に繰り出していた。この楽曲は当時のミャンマー軍事政権に向けて作られたもので、昨今の同国の惨状と重なり、その内容はスッと入ってくる。

終盤、再び登場したいとうせいこうのラップに合わせて、和田永率いるエレクトロニコス・ファンタスティコス!(以下、ニコス!)が、アップサイクル(再利用ではなく、元の製品よりも価値の高いモノを生み出すこと)させた古家電を叩き、演者の身体を経由した電磁波によるファンキービートをテンポを上げて鳴り響かせる。

いとうせいこう(手前)と和田永(奥) Photo by Mao Yamamoto

BPM130の高速ブレイクビーツに乗せられたのは、いとうの1989年の楽曲“Love One Piece”(アルバム『MESS/AGE』収録)からのことばだった。本人曰く、予定調和はもちろん、音に関する事前打ち合わせも一切なく、その時々の音に触発され降りてきたことばを紡ぐ姿勢でいたという。

ことばを次に渡して新たなことばが紡がれる。それこそが、この日、目の当たりにした『ことばの渡し』の意図するところだった。

すべてを終えて家に帰り『MESS/AGE』(1989年)を棚から引っ張り出し、改めて“Love One Piece”のリリックを読む。そこに記されたことばに驚いた。

冒頭から、<開く国家が19世紀 開く一家が20世紀>に続き、<開く個が21世紀>とある。そして最後には、<人類の無礼講フェア 意識のリペア なんにもないスペア>とも。

これは、従来の中央集権型社会が限界を迎え、主役が地方や地域におりてきた「自律分散型社会」のことか。そして、この惑星地球で、傍若無人に振舞う人間という種への警鐘か。

Photo by Mao Yamamoto

当時より、代わりのない地球の未来を憂いた視線は、以前より増して危機に瀕する環境の実態を目の当たりにし、何を想うのだろうか。自分はそこで一人、「これは予言書か」と、台本すらありそうな30年越しのクリエイティビティーに感嘆する時間を過ごしたのだった。

ここまで書いたことは、5月23日に足立区の隅田川河岸にあるMURASAKI PARK TOKYOで起きたことの、ほんの片鱗にすぎない。コロナ禍がなければ、開催会場は隅田川にかかる歩行者専用橋である桜橋。隅田川沿い10キロに渡って展開されていた壮大なプロジェクトのうちの1つとして開催されているはずだった。

隅田川を舞台にした壮大なプロジェクト

『隅田川怒涛』は、隅田川を一つの舞台とみたてた文化芸術の祭典である。この体験を通じて、私たちは約200年前の江戸の華やぎを想い、近代にかけて大きな震災や空襲を経験してきた隅田川と、この地に染み込んだ永い歴史に畏敬の念を抱く。これは、表現活動を通じて人々が怒涛のように混ざり合っていく姿を社会に描こうと試みる、壮大かつプリミティブなプロジェクトなのだ。

ディレクターの清宮陵一は『隅田川怒涛』に込めた意図をこう語ってくれた。

清宮:アートや音楽は個人の心に直接働きかけ、魂を揺さぶる可能性を秘めています。いま、現代人がおそらく初めて直面している危機的状況においてこそ、それらが必要。人と人との関わりを絶やさないため、また再び関わりあう契機として、芸術活動が必要なのです。

『隅田川怒涛』ディレクター清宮陵一

隅田川は葛飾北斎の作品にも描かれており、現在の墨田区亀沢は北斎が生まれ育った場所。そして北斎が晩年を過ごした長野県の小布施には貴重な肉筆画がいくつも残されているが、なかでも重要作とされるのが『隅田川怒涛』のキービジュアルに使用されている『怒涛図』だ。

葛飾北斎『上町祭屋台天井絵<<怒涛図>>「男浪」』(部)1845年頃 ©一般財団法人 北斎館、葛飾北斎『上町祭屋台天井絵<<怒涛図>>「女浪」』(部分)1845年頃 ©一般財団法人 北斎館

祭屋台の天井絵である『怒涛図』には、世界的に知られる『富嶽三十六景』の波が割れる瞬間がさらに執拗に描かれている。『男浪』『女浪』の2つに分けられた『怒涛図』の意図は諸説ある。しかし『隅田川怒涛』を前にして、この2つの絵を並べることで見えてくる陰陽のサインに、「この世の真理を詰め込んだ」という説が腑に落ちる。

「私は思い描く」渡された想像力のバトン

1日目の5月22日の舞台は、浜離宮恩賜庭園だった。そこは、徳川家に代々引き継がれ、明治維新後は皇族の離宮だった名庭園。『浜離宮アンビエント』と銘打たれたプログラムは、蓮沼執太フィルのメンバー14名に、寺尾紗穂、角銅真実、大崎清夏、音無史哉のゲスト4名が加わり、無観客の野外コンサートが生配信された。

円を描くようなポジションで配置された蓮沼執太フィル Photo by 川島悠輝
ゲストとして参加した寺尾紗穂(左)と角銅真実(右) Photo by 川島悠輝

夕暮れから暗くなるまでの配信の時間帯、時折雨がぱらつき、月が顔を覗かせた。環境がダイナミックに変容し、周囲の環境音とオーケストレーションが溶け合う。無観客生配信だからこそ感じる静謐な音空間がそこにあった。

終盤、大崎清夏による詩『私は思い描く』をもとに、メンバーが書いたという詩を代わる代わる朗読していく。「私は思い描く、世界を覆う淡い靄がはれることを」「私は思い描く、約束していない出会いを」「私は思い描く、300年前の歌会を」「すべての違いを認め合うことを」「新しい言語が生まれることを」「遊びに満ちた世であらんことを」「画面の向こうであなたが口ずさんだ歌のリズムを」。朗読する声は重なりあい、いつしかそれは希望や想いのその先、「想像力の音塊」とでも呼びたくなるものになっていく。

大崎清夏、蓮沼執太、寺尾紗穂、角銅真実が詩を輪読していく Photo by 小山泰介

その音は、人工物が密集するなかにぽっかりと空いたように立地する浜離宮恩賜庭園で、円を描いて組んだ隊形の中心から遥か上空へと放たれ、それはまるでバトンが次に渡されたかのようだった。

冒頭に書いたプログラムが開催されたのは、その翌日の5月23日。そこには和田永とニコス!のメンバーによる『エレクトロニコス・ファンタスティコス!~家電集轟篇~』に加え、前述の『ことばの渡し』に出演する、いとうせいこう、カニエ・ナハや宮尾節子、晋平太にGOMESS、Dr.マキダシほか、様々な文脈で「いま」を伝えることばの紡ぎ手が集結した。

イベント同日は、カニエ・ナハによる名前詩、宮尾節子による連詩、晋平太によるラップ入門の3つのオンラインワークショップを実施。創作のエッセンスを楽しく学ぶ機会が設けられた / 写真は晋平太によるラップ入門の配信の様子

会場であるスケートパークの床には巨大なバーコードがいたる所に貼られ、日本のスケートシーンを代表する森田貴宏らFESNのクルーがスケートボードでその上を走ると速度に合わせて電子音が奏でられる。

Photo by 鈴木竜一朗 
Photo by 鈴木竜一朗

これはボードに取り付けられたバーコードリーダーが床の白黒パターンに反応し音が鳴る仕組み。「商品管理のためだけに生まれてきたバーコードを、擦り滑り鳴らす」ことでヒップホップDJのスクラッチとも似た音を出して演奏する。これもニコス!を率いる和田永の表現の一環だ。

イベント同日に行われた和田永によるワークショップ『STRIPED TRIBE ONLINE WORKSHOP』。参加者がそれぞれ縞模様を持ち寄り、ウェブカメラ越しにディスプレイに映った縞模様を読み取り音を鳴らしてセッション。ニコス!を自宅から体験できる機会となった Photo by Mao Yamamoto
テレレレ、ブラウン管ガムランなど、自作家電楽器による電磁祭囃子が披露された Photo by Mao Yamamoto

『隅田川怒涛』において、『怒涛図』の渦が意味すること

言葉を操り、次へ渡していく表現者たち、古家電でビートを奏でるアップサイクルアーティスト、バンドSECRET COLORS、熟練のスケーターたちがそれぞれの役割を果たし、カオスの中から手探りでポリリズムを奏で、生命が躍動する。

そこでは、一つの答えに皆が向かっていたわけではない。個々が自律分散してフリースタイルに役目を果たしたその先で結果的に、奏でられていた音があった。

ここには「人と人とが再び関わりあう契機として、芸術活動が必要」と説くディレクター清宮の想いが、明確に具現化されている。

カニエ・ナハによる即興。声にならないような吃音から、身悶え地団駄を踏み、捻りだすように発せられた「スミダガワ」。それはやがて古家電のビートにのって連呼されていく Photo by Mao Yamamoto
GOMESSと晋平太による即興のセッションに突如、割って入るスケーター森田貴宏。あまりに先が見えない展開に「これ、ちゃんと画面の向こう側にも意味不明って伝わってるかよ?」という視聴者への問いかけから、「まじで意味不明」「だけど韻踏めえ」「だけどチョースゲェ」という応酬が繰り出された Photo by Mao Yamamoto
宮尾節子は当日のワークショップで共同制作したばかりの詩『不死身プリン』を朗読した Photo by Mao Yamamoto

『隅田川怒涛』には、表には現れない根幹にも重要な背景が存在し、ただ面白いモノを集めただけでは醸せない、揺るがぬ根拠がそれを支えている。

一つの重要な例をあげよう。いとうせいこうは自身の発電所をスタートさせ、利他主義とこれからのコモンズをテーマに再生可能エネルギーを広める「電力シェアランド」を打ち出している。

それは、瓦解しつつあるこの社会を、気候危機を肌で感じることが多くなった地球環境を、そしてコロナ禍で大打撃を受けているカルチャーを、再生させるためだ。その目的のために、再生可能エネルギーを国内トップクラスの比率で供給する新電力会社 みんな電力の押しかけ課長に就任したほどの本気度だ。

予定調和の欠片もなかった、和田永といとうせいこうの“Love One Piece” Photo by Mao Yamamoto

<人類の無礼講フェア 意識のリペア なんにもないスペア>。スペアがなく代替のきかない地球をせめて持続可能な惑星とするため、私たちに必要なことは意識のリペア。異常気象や新型コロナウイルスの出現は、人類が我が物顔で環境を蹂躙してきた、そのしっぺ返しだ。

この日、会場の外にはソーラーパネルが設置され、蓄電池に貯められた電気がそこで鳴る音を支えていた。再生可能エネルギーの普及を考える時、蓄電池は重要なカギとなる。

世界の先端企業がこぞって蓄電池の開発に熱をあげる中、東京都墨田区のアパートの1室でDIYで蓄電池を作った2人だけのアイジャストという会社が、実際に蓄電池と太陽の光があればパフォーマンスが可能だということをこの日、実際に証明してしまった。

会場の外に設置されたソーラーパネルと蓄電池

怒涛の渦に社会を巻き込み、人間の本質的表現を活性化させようという企画意図は、コロナ禍が重なったことでより強固になった。私たちが大きな生活様式のシフトを迫られている今、その先鞭をつけるのはクリエイティビティーだ。

民主主義にしても、民ごときを主としている限りは、人間以外の生命が蔑ろにされ環境は瓦解し、結局のところ自分の首を絞めていることにさえ気づけていない人間の姿が、滑稽に映る。私たちにはもっと、あらゆる生命に立ち返った生き方ができるはずだ。

葛飾北斎が描いた波の渦。円陣隊形から想像力を中空へ放った蓮沼執太フィルに始まり、アップサイクルされた古家電の演奏と、音を発しながら会場を回遊するスケーター。その中央でことばを紡ぎ、次へ次へと渡していった表現者たち。蓄電池に貯められた太陽のエネルギーまでもが交錯し、それはまだ名前のない有機的な塊となって表出していた。

新しく生まれた、既存のルールに囚われないもの。まだ名はなく、しかし実はずっと私たちの足もとにあった何かが混ざり合って生まれたもの。それもやがて名付けられ広まり、本来の意味が薄れていくが、「文化」とはその運動自体のことを指す。

いとうせいこうと和田永は最後にこう連呼した「まわせ、まわせ、まわせ」「まわれ、まわれ、まわれ」と。怒涛の渦は、この社会の清濁を併せ呑みこんでいく。

Photo by Mao Yamamoto
イベント情報
『Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13「隅田川怒涛」』
『浜離宮アンビエント』

2021年5月22日(土)
出演:
蓮沼執太フィル(蓮沼執太、石塚周太、イトケン、大谷能生、尾嶋優、葛西敏彦、K-Ta、小林うてな、ゴンドウトモヒコ、斉藤亮輔、千葉広樹、手島絵里子、三浦千明、宮地夏海)
大崎清夏
音無史哉
角銅真実
寺尾紗穂
(題字デザイン:田中せり、写真:小山泰介)

『ことばの渡し』

2021年5月23日(日)
出演:
いとうせいこう
GOMESS
晋平太
カニエ・ナハ
宮尾節子
Dr.マキダシ
くるんちゅ from MAD city
オサガリ
VIP KID
夢備
EDGE
SECRET COLORS:小林洋(B)、三善出(G)、堀口隆司(Dr)
(葛飾北斎『冨嶽三十六景 御厩川岸より両国橋夕陽見』島根県立美術館蔵、題字:田中象雨)

『エレクトロニコス・ファンタスティコス!~家電集轟篇~』

2021年5月23日(日)
出演:
和田永
山本颯之助
III三III三
中康輝
鈴木椋大
多田愛美
安宅晃
冠那菜奈
サイバーおかんと東京電人
糸数元基
武末昌太
森田貴宏
伊波繁太
小松明
(ロゴデザイン:譽田そよ子、写真:山本マオ)



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