※本記事には性暴力事件に関する記述が含まれます。
※本記事には一部本編の内容に関する記述が含まれます。あらかじめご了承下さい。
(メイン画像:© Universal Pictures)
2000年代USカルチャーを彷彿させるポップなビジュアル。ジャンル定型の破壊を志した異色のオスカー脚本賞作
「『アカデミー脚本賞』はクール」。ここ最近、英語圏映画ファンのあいだで評判が立っている。
根拠となっているのは近年の受賞作品、第90回『ゲット・アウト』、そして第92回『パラサイト 半地下の家族』だろう。2つの人気作の共通点として、ハリウッドにおけるジャンル定型を刷新するようなトーン転換と衝撃展開の連続、今日的な社会問題との接続といった、考察や議論を喚起しやすい作風が挙げられる。「#MeToo以後のオスカー映画」と謳われた2021年の第93回受賞作『プロミシング・ヤング・ウーマン』にも通じる個性だ。
スリラーからダークコメディー、ラブロマンスまで内包する『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、製作と脚本を兼任したエメラルド・フェネル監督がジャンルの破壊を志して執筆した作品である(※1)。その破壊対象になったジャンルとは、コメディー、そしてレイプ・リベンジ(性的暴行の被害者やその関係者が復讐を行うジャンル)だという。
これを踏まえると、本作においてまず異色なのは、深刻な社会問題を扱うアワード受賞作としては不釣り合いに感じさせる、ポップでキッチュなビジュアルだろう。主人公キャシー(キャリー・マリガン)が働くカフェの内装を筆頭に、本作が再現するのは、甘くフェミニンな女性向けのアメリカンポップカルチャーだ。
パリス・ヒルトンとブリトニー・スピアーズの楽曲使用も話題を呼んだように、キッチュなピンクや水色がひしめくビジュアルでは『クルーレス』(1995年)や『キューティ・ブロンド』(2001年)のような1990年代後半~2000年代キューティ映画の世界観が強く志向されており、同時代的なロマンチックな演出も多用される。
『プロミシング・ヤング・ウーマン』サウンドトラックを聴く(Apple Musicはこちら)
人気ロマコメ俳優の配役が生み出す効果。安心感を与える「ナイスガイ」も加害者になりうる
「人口甘味料」とも例えられるキューティ映画の世界観は、1985年生まれのフェネル監督いわく「(30代の自分と)同世代の女性たちの快楽」を刺激する魅惑のノスタルジー領域だ(※2)。しかしながら、そのドリーミーな空間に『プロミシング・ヤング・ウーマン』が注入するのは、毒々しくアンフェアな「女性の現実」である。
たとえば、主人公キャシーと一夜を過ごそうとするさまざまな男性役には『The O.C.』セス役のアダム・ブロディなど、女性に人気のテレビドラマで知られる「親近感ある男優」がキャスティングされている。そんな彼らが「ロマコメのヒーロー」の雰囲気を保ったまま同意のない性行為に出ようとした場合、衝撃はいかほどだろうか? ……ポップカルチャーのペルソナを通して『プロミシング・ヤング・ウーマン』が提示するものは、安心感を与える「ナイスガイ」でもデートレイプ加害者になりうるという寓話であり、性暴力の危機に晒されつづける「女性の現実」なのだ。
ポップなビジュアルから「女性の現実」を暗示する仕掛けは多岐にわたる。たとえば、自らクラブやバーに出向いて、さまざまな男性たちと一夜を過ごす状況に導くという危険を犯す主人公は、そのときどきによって服装が異なる。「 『機会均等』の復讐の天使」をテーマにした会社員風のスーツから、「廉価版カーダシアン」と指定されたセクシーでエッジーなメイクアップ(※3)まで、多種多様な女性像に擬態していくのだ。こうしたスタイルのシャッフルからは、さまざまな服装、容貌の女性が性暴力被害者となっている「現実」が浮かび上がる。
いま「新時代の女性たち」が描く「完璧でない女性」の物語が、広い層に受容されている
なにより『プロミシング・ヤング・ウーマン』の牙が研ぎ澄まされているのは、劇中の女性像かもしれない。本作について観客のあいだでもっとも賛否──言ってしまえば拒否感──も呼んだ要素のひとつは、フェネルいわく「ほとんどの場合正しくも優しくもない」主人公キャシーのキャラクター造形だろう。フェミニズムヒーローとして人気を博す映画キャラクターが珍しくなくなった近年の状況のなかで、監督はこうも説く。
「私たち(ストーリーテラー)が陥りがちなのは、すべての女性が強くエンパワメントされた存在でいなければならない、彼女たちのストーリーにはカタルシスが必要である、といったアイデアによって、正直になれなくなることです」(※4)
コメディーやレイプ・リベンジといったジャンルの破壊を志した『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、展開を二転三転することで、ハリウッド式フェミニズムストーリーの定型からもズレた場所に向かっていく。
「現実がポップカルチャーに押し寄せていく」とも評されたフェネル監督の型破りなスタイルに先見性を見出したのが、主演のキャリー・マリガンである。アメリカの映画メディア「DEADLINE」のインタビュー(前述※2)で、フェネル、そして彼女とドラマ『キリング・イヴ/Killing Eve』シーズン2を制作した盟友フィービー・ウォーラー=ブリッジ、さらにドラマ『I May Destroy You』(日本未放送)のミカエラ・コールの3名のイギリス人クリエイターを、リアルでねじれたダークユーモアを持つ「新時代の女性たち」と定義したマリガンは、それぞれの「新鮮な視点で女性を描く物語」が広い層に受容されている状況を指摘している。
「いま、たくさんの人々から支持されているのが、完璧な存在ではなく、完璧に見せようともせず、完璧に振る舞おうともしない、そんな女性たちの物語なのです。女性向け、フェミニスト向け、ニッチ層向け、といった限定的な人気ではなく、本当に、みんなが……みんなが(フィービーによるテレビドラマ)『フリーバック』を大好きになりました。バラク・オバマですら!」(※同上)。
米国でも話題を巻き起こしたドラマ『フリーバック』は『エミー賞』を受賞し、『プロミシング・ヤング・ウーマン』は『アカデミー賞』に届いた(参考:フィービー・ウォーラー=ブリッジとは?『フリーバッグ』生んだ新たな才能)。マリガンの言う通り、既存ジャンルを破壊するような「新時代の女性たち」の物語は、それら自体が新たなジャンルを形成していくかもしれない。
「有望な若き女性」を意味するタイトルと、現実のエリート男子学生による性暴力事件
さまざまな議論を呼んだ『プロミシング・ヤング・ウーマン』は「有望な若き女性」を意味するタイトルでも関心を集めた。もともと、アメリカでは「プロミシング・ヤング・マン(有望な若者、有望な若き男性)」のほうが一般的に耳慣れした言葉だったのだ。
「プロミシング・ヤング・マン」は、医大を中退した女性が性暴力にまつわる復讐を行う本作のテーマとも近しいイシューで用いられるワードでもあった。このフレーズは、現実に起こった性暴力事件の加害者および被疑者となったエリート男子学生への擁護としても使われてきたのである。
たとえば、2012年にアメリカ・オハイオ州で起きたスチューベンビル高校強姦事件で加害少年に実刑判決が下された際、CNNのリポーターはこのようにコメントしている。「フットボールのスター選手で、優秀な生徒である将来有望な2人の若者(these two young men that had such promising futures)の人生の崩壊を目前にするのは、私のような部外者でも直視しがたいものです」。
こうしたエリート加害者側を擁護するようなメディアなどのスタンス、さらには豊富な資金を持つ者が有利となりやすい司法システムに対する批判は、2010年代中盤より拡大していく。大きなきっかけとなったのは、オリンピック選考会にも出場したスタンフォード大学の水泳選手ブロック・ターナーの性的暴行事件、そして、その判決がわずか禁錮6か月に終わったことだ。
この後、2017年頃からセクシャルハラスメント被害者が声をあげていく#MeTooムーブメントおよび性暴力被害撲滅を訴える#TimesUp運動が活性化したわけだが、2019年には、ニュージャージー州判事が、未成年間の性暴力事件の被告少年について「子どもを優秀な学校に入れる良い家庭の出自」であり「良い大学へ進学する可能性が高い若者」(※5)だとして厳しい法律の適用を避け、検察側に「被害者とされる少女とその家族に少年の人生が破壊されてしまうリスクを説くべきだった」旨を主張する事案も起きている。
フェネル監督によると、本作のタイトルにおいて、こうした加害者擁護ニュアンスの「プロミシング・ヤング・マン」という言葉は意識されていなかったという。つまるところ「現実がポップカルチャーに押し寄せていく映画」と評された『プロミシング・ヤング・ウーマン』は、その構造により、作り手すら考慮に入れていなかった現実社会の不条理な事象をも噴き上がらせたと言える。
『アカデミー脚本賞』受賞によって「#MeToo以後のオスカー映画」と謳われた『プロミシング・ヤング・ウーマン』だが、同ムーブメント活性後にも「有望な若き男性」を根拠とする判決が公然と行われている現実を踏まえれば、その存在は、少なくともアメリカ合衆国において──おそらくは世界中の多くの場所においても──「いま現在の映画」そのものなのではないだろうか。
※1 'Promising Young Woman' Debuts at Sundance With Great Reception - Variety
※2 Emerald Fennell & Carey Mulligan On ‘Promising Young Woman’ – Q&A – Deadline
※3 'Promising Young Woman': Hidden Details You Might Have Missed
※4 ‘Promising Young Woman’ director Emerald Fennell breaks down three standout scenes | Features | Screen
※5 Teenager Accused of Rape Deserves Leniency Because He’s From a ‘Good Family,’ Judge Says - The New York Times
- 作品情報
-
- 『プロミシング・ヤング・ウーマン』
-
2021年7月16日(金)からTOHOシネマズ 日比谷、CINE QUINTOほか全国で公開
監督・脚本:エメラルド・フェネル
出演:
キャリー・マリガン
ボー・バーナム
アリソン・ブリー
ほか
上映時間:113分
配給:パルコ
- フィードバック 86
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-