(メイン画像 写真提供:LABELHOOD)
中国のデザイナーを世界に。『上海ファッションウィーク』で継続する若手支援の意欲的な試み
「ファッションウィーク」といえば、パリ、ロンドン、ミラノ、ニューヨークの4都市で開催される「4大ファッションウィーク」がある。
近年、そうしたメジャーなファッションウィークには入らないけれど、各国のファッション業界から視線を集めるファッションウィークがあるのをご存知だろうか。それが『上海ファッションウィーク』だ。4大ファッションウィークでランウェイショーを開催する中国ブランドが増えていることから、中国ファッションシーンへの注目度が上がっていることも後押ししているようだ。
2001年にスタートした『上海ファッションウィーク』は他都市のファッションウィークと同様に、毎年、春夏(SS)と秋冬(AW)の2度、ショー形式のプレゼンテーションを開催。そして意欲的な試みとして注目を集めているのが、2016年から開催されている、若手デザイナーのためのプラットフォーム『LABELHOOD』だ。
『LABELHOOD』は、毎回ファッションウィークの会期中にメインの会場とは異なる別会場で若手デザイナーのショーを行い、発表の場を与えている。私自身、2016年10月に開催された第2回、2017SSから毎シーズン、会場に出向いて『LABELHOOD』の動向を追ってきた(残念ながらコロナの影響で2020AW以降は行けていない)。
5日間ほどの期間中、プレゼンテーションを成功させようと朝から夜中まで動きまわる10代、20代のスタッフやボランティア。気鋭ブランドの最新コレクションを前列で見たいと、情熱を持って開場の数時間前から列に並ぶ来場者の若者たち。『LABELHOOD』の運営、PR、ショーディレクター、音響をはじめ、このイベントに関わる人がほぼ10代から30代の若い世代でカバーされていたことがなによりも驚きだった。初めて会場でその光景を目にしたとき、「これは新しい大きな動きになりそうだ」と予感したのをいまでも覚えている。
この『LABELHOOD』を引っ張っているのが、ファウンダー兼ディレクターのタシャ・リュウ(Tasha Liu)だ。1985年生まれのタシャは、「中国のデザイナーを世界にアピールすること」を目的に掲げ、プラットフォームをスタートさせた。
『LABELHOOD』では、メインのランウェイショーだけでなく、展示形式でブランドを紹介したり、ポップアップショップや参加デザイナーと業界人とのトークショーなど、会期中は朝から夜まで来場者を飽きさせないプログラムが組まれている。
ランウェイショーに参加するブランドは、毎回、公募や主催者側からの推薦でセレクトしている。参加対象は全世界で活動する中華圏のデザイナーだ。中国のファッション誌の編集長やアメリカの著名なセレクトショップのオーナーがセレクトに関わったこともある。毎シーズン約100ブランドから応募があり、最終的に約30のブランドが参加できる。
来場客も上海在住の若者だけでなく、中国各地から『LABELHOOD』を楽しみに訪れる若者が大勢いる。ただ、入場は完全予約制。毎シーズン、一つのショーに300枚の無料チケットが用意されるが、オンラインでの予約がスタートすると、3分ほどですべての席が埋まってしまうほどの人気なのだ。
コロナの打撃から一転。「見てすぐ買える」全編フルオンラインでの開催で得た手応え
若者から注目を集める『LABELHOOD』だが、2020AWはコロナの大打撃を受け、従来のようなオフラインでの開催が困難になった。
2020年2月上旬、中国で最も新型コロナウイルス感染拡大の状況がひどかった時期、上海にある『LABELHOOD』の同名セレクトショップでは、初めてお店から生配信を実施。店内に並ぶ2020SSのアイテムを紹介した。
外出自粛でショップも閉めざるを得ず、先の見えない状況に人々の不安が募るなか、「いまできることを」と生配信を通してステイホーム中のファッションファンに届けたところ、これが想像以上に大反響。
「ファッションウィークもオンラインでいける」と確信を持ったタシャは、『上海ファッションウィーク』の運営側にオンラインでの発表を提案した。
「こういう厳しい状況だからこそ、ファッションを通じてみんなに伝えられるものがあるんじゃないかって思ったんです」
そして2020年3月、この規模のファッションウィークとしてはどこもまだ取り組んだことがなかった、世界初の全編オンラインによるファッションウィークが開催された。
オンライン開催となった『上海ファッションウィーク』の『LABELHOOD』会期中は、2020AWのランウェイショーを行うだけでなく、本来、ショップで売られる予定だった2020SSの服も「see now buy now(いま見て、いま買う)」としてオンラインで紹介し販売した。
「店を開けることができないので、もともとオーダーしていた服をキャンセルしたショップが多かったんです。そうなると、ブランドはせっかく用意していた服が売れない。その部分を私たちが協力できればと実行しました」と語るタシャ。『LABELEHOOD』には7日間の会期で31のブランドが参加。計42回の生配信を行った。
「『そのときできる手段を使えば、消費者との関係を断たずに継続することができる』ということを証明したと思っています。ある意味、同業者に勇気を与えたのかもしれないですね。また、直接ブランドやデザイナーに反響が伝わるのもオンラインならではで、よい結果に繋がったと思います」。
こうして、『LABELEHOOD』初のオンライン開催は大盛況のなか幕を閉じた。
「デザイナーズブランドは『安い』『高い』という価値観だけで判断されるべきではない」
その半年後の2021SS、そして今年4月に開催された2021AWは完全オフラインで開催。ただ今年の『LABELHOOD』は、オンラインでの新たな試みも取り入れ、話題を集めた。それは、「口紅王子」の呼び名で大人気のKOLリー・ジャーチー(李佳琦)と組み、1日だけ生配信を行ったことだ。
過去にライブコマースで、5分間で1万5,000本の口紅を売ったことで知られるリー・ジャーチー。彼と『LABELHOOD』がコラボすると聞いたときは、「若手のデザイナーズブランドを紹介しているニッチだけれど、固定のファンが多い『LABELHOOD』のイメージが崩れるのでは?」と正直、心配してしまった。ニッチな層とリー・ジャーチーが相手にしてきた中国各地の大衆がどうしてもつながらなかったからだ。
そのことをタシャに伝えると「コラボの話をいただいたときは、確かに迷いはありましたよ。でも、デザイナーズブランドがまだリーチできていない中国の消費者にも届ける、よいチャンスかもしれないとも思ったんです」。
2021年4月6日、『上海ファッションウィーク』2021AWの『LABELHOOD』の初日、オープニングイベントとしてそのコラボ生配信を実施した。
当日は13のブランドの約20点のアイテムを紹介。中国の有名なスタイリストやショーディレクターとも組み、それぞれのアイテムをショー形式で見せたあと、リーが視聴者に向けて一つずつ解説した。また、その場でデザイナーとのやり取りも発信し、つくり手の声も直接届けた。
生配信のビュー数は1,051万回を記録。1アイテムの平均価格2,000元(約34,000円、2021年7月21日時点)というリーのファンや顧客からすると高価格の商品ではあったけれど、その日、最終的には1,002万元(約1億7,000万円、2021年7月21日時点)の売上があった。
「弾幕(多数のコメントが大量に流れ、画面を埋め尽くす状態)を見ていると『なんでこんなに高いの?』とか『イマイチ』というコメントもありましたが、売上に表れているように、デザイナーズブランドをよいと思って買ってくれた方が多かったようです」
以前、タシャに取材したときに「クリエイティブな人の存在をより多くの人々に知ってもらうために活動を続けている」と語っていた。中国はとにかく広い。また、都市ごとにライフスタイルや価値観が大きく異なることもあるので、このような、これまで中国国内のデザイナーズブランドを知らなかったり、買ったことがなかったりする層にも届ける試みは、まさにその姿勢の実践といえる。
『LABELHOOD』は今回、KOLと組んだことで新たな感触を得たようだ。「デザイナーズブランドは『安い』『高い』という価格の価値観だけで判断されるべきではないと思っています。『オリジナル』で『良質』の服をつくり続けているデザイナーたちがいるということをもっと伝えていきたいし、この膨大な中国市場においては、もっと受け入れられるべきとも思っています」とさらなる熱い思いを語ってくれた。
初参加の気鋭デザイナーが語る。「高級な素材で服をつくるというのは、すでにチャレンジでもなんでもない」
『LABELHOOD』のもう一つの目的に「新しいデザイナーの発掘」がある。毎シーズン必ず、初参加のフレッシュなブランドがいるのも魅力だ。
2021AW初参戦のブランドのなかに、気になるブランドがあった。私のSNS上で多数の関係者が絶賛しているのを目にしていたからだ。そのブランドは、今年設立したばかりの「ルイス・シェンタオ・チェン(Louis Shengtao Chen)」。デザイナーのルイス・チェン(Louis Chen)は1997年生まれのZ世代。このブランドは、今回の『上海ファッションウィーク』において「最優秀プレゼンテーション賞」を受賞した。
「もともと、自分のブランドを持ちたいとは思っていなかった」と語るルイスは、タシャから2021AWへの参加を強くアプローチされ、ブランドを立ち上げて参加に至った。タシャから声がかかったときはまだ、ロンドンのファッション名門校セントラル・セント・マーチンズの修士課程在籍中。担当の教授に相談すると「チャンスはいましかない。戻って来たければ、いつでもウェルカムだよ」と背中を押してもらい、休学してブランド設立の意志を固めた。
人生でも初めてのファッションショー。ロンドンから中国に戻り、コンセプトを決め、デザインを描きおこし、マテリアルを探し、制作、モデルのフィッティングなど、2か月で本番に間に合わせた。
デビューコレクションは、女性の社交界デビューの意味を持つ「The Debutante(デビュタント)」をテーマに発表した。マテリアルには、粘着テープや機械部品などの一般的でない素材やヴィンテージのネクタイも使用している。
「高級な素材で服を作るというのは、すでに私にとってはチャレンジでもなんでもないんです。私がやっているのは『チープで日常的なマテリアルを使用しているにも関わらず、美しい服を作る』こと。自分にはそういう能力があるので」とルイスは語ってくれた。
今回、彼のデビューコレクションを見た人が絶賛していた理由の一つがこの「服に使用することすら考えないようなマテリアルを取り入れた」ということだ。「中国では、そのような手法をとるデザイナーはまだ少ないので新しいと思いました」とタシャも語る。日常的でないマテリアルを服に取り込む場合、ともすればチープで洗練されない方向にいきがちだが、ルイスの服からはそれは感じられない。
子どもの頃から、ファッションに興味があったルイスは、16歳のとき、中国のブランドでインターンを経験した。翌年の17歳でロンドンに留学。その後、セントラル・セント・マーチンズの本科と修士課程で学び、在学中はロエベやキコ コスタディノフなどでインターンも経験したほか、グッチをはじめ複数のブランドのランウェイモデルの経験もあるという異色の存在だ。そのような多様な経歴がデビューコレクションに活かされたのかもしれない。
ロエベのインターンでは、デザイナーのジョナサン・アンダーソンと一緒にショーのフィッティングやスタイリングを手がけたのが一番印象に残っているという。
「チームの重要性を学びましたし、美しいランウェイショーの裏にはチームの努力があることを知りました」
今回、『LABELHOOD』でのデビューコレクションショーでは、インターンのときの光景がフィードバックしたと語る。
自分に自信を持ち、「いま」に関心を寄せる次世代クリエイター。「I'm so fabulous(私って最高)」のアティチュード
ルイスから話を聞いているあいだずっと、彼のなかにある強い「自信」を感じた。それは、16歳からこの業界に身を置き続けてきたという自信と、ロエベや名門校での経験からくるものなのだろうか。
「私自身もそうですが、私の周りの中国のZ世代は自信がある人が多い気がします。だから、自分らしさを全面に出すんです。また、別にヨーロッパで勉強してきたことを主張することには興味がないんですよね。ただただ、『いま』に興味がある人が多いように思います。『いまの心情』とか『いまの問題点』に関心があるんです。過去でも未来でもなく」
なるほど。タシャに話を聞いたときにも似たようなこと言っていたのを思い出した。「Z世代特有なのかもしれないですが、私たちの世代(タシャは1985年生まれ)が躊躇してしまうようなスタイリングや表現を気兼ねなく発信しています。また、上の世代以上に『インディビジュアライゼーション(個人化)』を表現している人が多いです。『I’m so fabulous(私って最高)』という感情も彼ら特有なのかもしれないです」
「自信」と「インディビジュアライゼーション」は中国Z世代のキーワードなのかもしれない。
ルイスのブランドは、デビューコレクション発表後、すぐに上海、北京だけでなく杭州や成都、重慶などのショップでも販売が決まった。中国マーケットに参戦したばかりのルイスではあるが、今後の戦略も明確に把握しているようだ。「『デザインを通してコンセプトを発すること』と『コマーシャルにおいての価値』。この2つのバランスはチャレンジングでもあり、面白い点だと思っています。私の服にはコマーシャル的なポテンシャルがあると思っているので、今後、その部分もうまく出していけたらいいですね」と自信たっぷりに展望を語ってくれた。
ルイスは現在、出身地の重慶にアトリエを構え、少人数で服をつくっている。ファッションの中心地である上海を拠点に活動するデザイナーが目立つなか、彼のように地元に戻って活動したり、地元を離れずに活動を続けるデザイナーも増えている。
「自分がリラックスしてデザインできる環境と考えたとき、一番勝手がわかる街は地元の重慶だと思ったんですよね。ネット環境や配送も発達していますし、上海にはプレス担当者がいるので、私が上海に移る必要はないなって思ったんです」。中国でも、自分に合わせた働き方が増えていることをあらめて感じた。
最後にタシャにコロナ後の中国のファッションシーンの現状を聞くと、「コロナの影響で国内外の旅行に行けず、ローカルの実店舗に足を運ぶ人は確実に増えました。このような消費環境において、素晴らしいクリエイティブというものが励まされているように感じています。いまは、マーケットが多様化を受け入れるタイミングにあるので、個性的なクリエイティブも求められているんだと思います。デザイナーはこのチャンスを逃さず、自分の強み、個性を出していくべきですね」と力強い返答があった。
先日、「中国版ZARA」と呼ばれるファストファッションブランド「SHEIN」の1日の売上高が77億円を突破したというニュースを目にした。価格帯の低いファストファッションが好まれるのは世界共通ではあるが、『LABELHOOD』が地道に実践してきた「『安い』『高い』以外の価値観」も裾野を広げているのを感じる。日本でも今後、当たり前に『LABELHOOD』出身のデザイナーズブランドを目にするようになるかもしれない。中国のファッションシーンのこれからを見据えるうえで、『LABELHOOD』の動きは今後も注目しておく価値はあるだろう。
- フィードバック 7
-
新たな発見や感動を得ることはできましたか?
-