THE SPELLBOUNDの初ライブを目撃して
あまりにも鮮烈な幕開け。BOOM BOOM SATELLITES中野雅之とTHE NOVEMBERS小林祐介からなるTHE SPELLBOUNDの記念すべき初ライブ『THE SECOND CHAPTER』は、まさしくこう評するほかない強烈な体験だった。5枚の配信シングルをリリースしたのみで全貌の見えない「新人バンド」としては破格の注目度を持つ2人で、なおかつ双方のバンドがライブアクトとして名高いこともあってか開演前の会場にはある種の緊張感が漂っていた。
「何かとんでもないことが起きる」。そんな予感にTHE SPELLBOUNDは見事に応えてみせた。そこにはロックバンドの美しさがあった。
THE SPELLBOUND(ザ スペルバウンド)
BOOM BOOM SATELLITES中野雅之とTHE NOVEMBERS小林祐介がスタートさせたバンド。2021年1月13日に発表したデビューシングル『はじまり』を皮切りに、5か月連続で映像と共に配信リリースを行う。8月21日には『FUJI ROCK FESTIVAL '21』への出演、12月18日にはUSEN STUDIO COASTでのライブを控える。
BOOM BOOM SATELLITESと中野雅之の音楽的歩みから見た、小林祐介との新バンドの必然
『THE SECOND CHAPTER』について詳しく書く前に、前置きとして簡単にメンバーの2人について書いておこう。まずは中野雅之についてだ。
THE SPELLBOUNDの音楽性を評する際、その特徴的なサウンドメイキングを指して「中野サウンド」という言葉がしばしば使われる。しかしながらBOOM BOOM SATELLITESの27年間に及ぶキャリアを考えてもそれが指し示すものは実にさまざまだ。
デビューEP『JOYRIDE』(1997年)から3rdアルバム『PHOTON』(2002年)までの、ブレイクビーツとロックの融合を基調としながらジャズやトリップホップ、アンビエントといった音楽性を果敢に取り入れていった初期のスタイルと、“Dive For You”(2004年)のタイアップを経てよりロックバンドとしての性格を強めた以降のスタイルは、当然のことながら大きく異なっている。
「ロックを取り入れたクラブミュージックからクラブミュージックを取り入れたロックへ」というBOOM BOOM SATELLITESの音楽性の変遷において、なお「中野サウンド」なる一貫した特徴を見出すとすれば、それは「ロックとクラブミュージックのいずれのジャンルにも回収されない、徹底したサウンドメイキングの追求」ということになるだろう。
BOOM BOOM SATELLITESの活動終了後も中野のプロデューサーとしての手腕が求められ続けたのも、この磨き抜かれた感性の在り方が関わっていると言える。彼がプロデュース仕事を請け負い始めたテン年代後半は、トラップがUSメインストリームを席巻する一方、ギターロック的サウンドが相対的に存在感を失っていた時期でもあった。
そんななかで、ねごとや凛として時雨、MAN WITH A MISSIONといったロックバンドの楽曲プロデュースやリミックス仕事を多く中野が手がけることになったのは、ロックバンド的語彙に精通しつつジャンル特有の美意識や方法論に囚われない一種の拡張性がそこに期待されたからだろう。
このことはTHE NOVEMBERSのフロントマンである小林祐介がBOOM BOOM SATELLITESへのリスペクトを度々表明していたこととも、決して無関係ではない。
THE NOVEMBERSがデビュー時から志向してきた、非ギターロック的なサウンドのあり方
たとえば、THE NOVEMBERSの初期の代表曲“Philia”(2008年)のざらついた薄い膜のようなギターサウンドのテクスチャーからして、彼らがいわゆるギターロックの定石に収まらないギタープレイを志向していたことは明白だ。My Bloody Valentineに代表されるシューゲイザーの影響から生まれたであろうこのようなアプローチはその後の彼らのサウンドメイキングの基本となっている。
THE NOVEMBERS“Philia”を収録した『paraphilia』を聴く(Apple Musicはこちら)
そして『ANGELS』(2019年)と『At The Beginning』(2020年)に至って、このようなバンドの拡張性はインダストリアルやエレクトロといった非ギターロック的手法を捉え、THE NOVEMBERSの作品世界を大きく広げることになった。小林祐介が中野雅之とコンタクトを取り始めたのはちょうどこの時期と重なる。
THE NOVEMBERS『ANGELS』収録の“TOKYO”は、『THE SECOND CHAPTER』でTHE SPELLBOUNDによるカバーが披露された(Apple Musicはこちら)
このように2人の活動に共通するのは、ロックバンドという形式に対する絶妙な距離感にあると言えるだろう。ゆえにバックグラウンドも世代も大きく異なる彼らがそれでもなおTHE SPELLBOUNDとして結びついたことには一定の必然性があった。
このような彼らのアティチュードが、4人編成の剥き出しのライブパフォーマンスとしてどう表現されるのか。『THE SECOND CHAPTER』においてはそこが非常に重要だった。
THE SPELLBOUNDを「ロックバンド」たらしめているものは何か?
2021年7月8日午後7時、ついに開演の幕が上がる。
中野の操るシンセサイザーからパルスが流れ、小林がギターの弦に指を添わせ不協和音を鳴らす。静かにしかし確信を持った小林の歌声は次第に力強いものへと変わっていく。シンセのパルスに低音のビートが加わる。曲のボルテージが上がっていく。<なにもかも なにもかも>と小林は祈るように歌い上げる。
演奏がピークを迎えた次の瞬間、ふいに音の空白が訪れる。<見つけて>。小林のボーカルを合図にツインドラム、中野の操る電子音、そして小林の轟音ギターが一斉に動き出す。4人が4人のままに演奏するダイナミズムがほとばしり会場を支配した瞬間である。
とりわけ福田洋子、大井一彌のツインドラムがもたらす音圧と存在感はすさまじく、生ドラム特有のサスティーン感のある音も相まってバンドサウンドの肉体性がフロアまで迫りくる。
小林のアブストラクトなギターノイズと、中野の鋭敏な感覚によって統御された電子サウンドがそれらと合わさる瞬間の「これはバンドでしかありえない」というダイナミズムの圧倒的なすばらしさ。
『THE SECOND CHAPTER』は、THE SPELLBOUNDが鍛え抜かれた2人のミュージシャンの身体の協働であるということを明確に表現した場だった。
それは“はじまり”や“A DANCER ON THE PAINTED DESERT”で披露された、中野によるハイファイの極みのようなビート部分や、それぞれのバンドの楽曲のカバーといった数ある本公演のハイライトにおいても同様だ。
舞台を同じくしたメンバーの感性とスキルに賭けることができるかという問いに対して、あの4人は「Yes」と即答するに違いないだろう。たしかにギターボーカル1人、エレクトロニクス / キーボード1人、サポートドラマー2人という編成自体は一般的なロックバンドのそれとは大きく異なる。
しかしバンドメンバーの編成自体が流動的なジャズや、その時々で客演アーティストを呼ぶヒップホップの方法論と違う、「入れ替え不可能な」メンバーと活動を共にすることへの、2人の覚悟が、THE SPELLBOUNDは「ロックバンド」なのだということを物語っている。
そのような身体的な協働の織り成す空間の美しさこそ、コロナ禍以降に失われて久しいものではなかったか。ロックバンドの定型を逸脱することで、逆説的に剥き出しになったTHE SPELLBOUNDの「ロックバンド」性はそう問いかけているように思う。
THE SPELLBOUNDがこの日示したのは、川島道行(BOOM BOOM SATELLITESのメンバー、2016年に逝去)という卓越したフロントマンの死を背負って再び歩き始める中野雅之のドラマのみに止まらないものだった。中野と小林のこれまでの、そしてこれからの歩みは、この疫病の時代に、「もう一度出会いなおすこと」の意味を考えるための大きなヒントになり得るはずだ。
- イベント情報
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- THE SPELLBOUND
『THE SECOND CHAPTER』 -
2021年7月8日(木)
会場:東京都 恵比寿 LIQUIDROOM
- THE SPELLBOUND
『公演名未定』 -
2021年12月18日(土)
会場:東京都 新木場 USEN STUDIO COAST
- THE SPELLBOUND
- プロフィール
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- THE SPELLBOUND (ザ スペルバウンド)
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BOOM BOOM SATELLITES中野雅之とTHE NOVEMBERS小林祐介がスタートさせたバンド。2021年1月13日に発表したデビューシングル『はじまり』を皮切りに、5か月連続で映像と共に配信リリースを行う。同年、7月8日に初ライブ『THE SECOND CHAPTER』を恵比寿LIQUIDROOMにて開催。8月21日には『FUJI ROCK FESTIVAL '21』への出演、12月18日にはUSEN STUDIO COASTでのライブの開催が発表されている。
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