ラーメンズ・片桐仁と行く『アーティスト・ファイル2015』展

六本木の国立新美術館にて2008年からシリーズで開催されている『アーティスト・ファイル』展。同展では、めまぐるしく様相を変える現代に対峙して活動を行う、国内外の旬のアーティストを数多く紹介してきました。2年ぶり6回目の開催となる今年は、サブタイトルを『隣の部屋――日本と韓国の作家たち』とし、韓国国立現代美術館との共同企画で、綿密なリサーチによって選ばれた日本と韓国の現代アーティストを紹介します。そして、展覧会をレポートしてくれるのは、2011年、2013年の『アーティスト・ファイル』展でもご登場いただいた、ラーメンズの片桐仁さん。2つの国、同時代の多種多様な表現がならぶ展示は、片桐さんの目にどのような景色として見えたのでしょうか?

いきなり木製の巨大なピタゴラ装置? で幕開け

さっそく最初の展示室からは、なにやら美術館らしからぬ、不思議な物音が聴こえます。それは、ヤン・ジョンウクによる木製の巨大な構造体が発している音。「動く彫刻」とも言えるその作品は、リズミカルな動作音を発しながら、複雑な動きを繰り返しています。思わず片桐さんも息を呑みます。

片桐仁
片桐仁

片桐:なんだこれー? いきなりすごい(笑)。めちゃくちゃ巨大だけど、すごく繊細な動きをしていますね。オランダの彫刻家テオ・ヤンセンの作品、風で動く『ストランドビースト』を思い出しましたが、もっと詩的な感じがします。この細かい動き、きっと調整に次ぐ調整でものすごく時間がかかっていますよね。ピタゴラスイッチにも出てきそう。この人は21世紀のレオナルド・ダ・ヴィンチだ!

本展のために制作されたこの新作のタイトルは『あなたと私の心は誰かの考え』。アーティストがキュレーター同士の会話を眺めている様子が表現されているといいます。ヤン・ジョンウクさんは、日常の出来事や人をテーマに、動く作品を手がけるのが得意なアーティストなのです。

ヤン・ジョンウクの展示室
ヤン・ジョンウクの展示室

片桐:作品の中を動いている「ひも」は、人と人がコミュニケーションをしているときの、意志の疎通をイメージしているんでしょうか。『あなたと私の心は誰かの考え』か……、もしかしたら登場人物は3人いるのかもしれないですね。「誰か」っていうのが一番のポイントかも。でも「私」は一体どれなんでしょう? 観ていても全然わからないなあ……。あと現代音楽みたいな動作音も印象的で、CDで聴いたら面白そう。大竹伸朗さんとのコラボでノイジーな演奏をするとかどうですか?

テントと絵画道具一式を持って、いろいろな場所から世界を描く

強烈な先制パンチを食らった興奮も冷めやらぬまま、次の展示室へ。広い壁面に所狭しと並んだたくさんの絵画と、床上にぽつりと置かれた小さなテントが現れました。

イ・ヘインの展示室
イ・ヘインの展示室

片桐:あ、この空間、なんか安心する。絵がめっちゃ上手い人ですね。

韓国を拠点にさまざまな場所を移動しつつ、テントの中から風景を写生するイ・ヘインさんによる作品です。展示室に設置されたテントの中にはモニターがあり、イさんが移動しながら絵を描き続けたプロセスを収めた映像が流れています。

片桐:テントも可愛い。でも、このアーティストさんは女性だから外で襲われたりしないのかな。大丈夫かなあ? 親が知ったらきっと心配しますよね。

片桐さんが懸念するように、実際見知らぬ男性に突然叱られるなどのハプニングもあったといいます。壁面に展示される絵画作品の中には、その場面が描かれた1枚もありました。

イ・ヘインの展示室
イ・ヘインの展示室

片桐:え? 超危ないじゃないですか! 変わってる人だなあ……。でもすごく強い人なんでしょうね。絵の中に表されたテントの部分は白いまま残されていたり、作品自体にもドキュメンタリー感がありますね。

棒を立てかけるだけでもアート? おばちゃんの声を聞いてみたい、何でもアリな現代美術

そして日本人アーティストによる作品も登場します。画家の南川史門さんの展示室は、イ・ヘインさんの広い展示空間とは対照的な細長い通路状で、真っ先に目に飛び込んでくるのは、街角の掲示板を思わせる形状の作品『4つの絵画と自立するための脚』。これもれっきとしたした絵画作品です。

南川史門の展示室
南川史門の展示室

片桐:この蛍光ピンク、キツすぎて発光しているみたいに見えますね。目がチカチカして、残像がすごい……。

そして、このピンクの作品は、同展示室の最後にある「もの」と対になっているといいます。その「もの」とは、アーティストの南川さんの注文によって美術館が制作した、『4つの絵画と自立するための脚』とまったく同様のかたちをした立体物(ダミー)です。

南川史門の展示室
南川史門の展示室

片桐:つまり「美術作品とはなんだろう?」という問いかけですよね。このダミーに作家がサインをしちゃったら、それは作品になるのかどうかという……。現代アートっぽいですねえ。そういえば、少し前に東京都現代美術館で観たガブリエル・オロスコの作品は、壁にカップ麺の「どん兵衛」を貼り付けていました(笑)。現代アートってホントなんでもありですよね。この作品を観たおばちゃんの声を聞いてみたいですよねえ。

南川さんは人物の肖像画と、カラフルな色彩によるストライプ、ドットなどのパターンを拮抗させた作品で知られています。今展では、都市をテーマにした絵画に混ざって、壁に斜めに立てかけられた棒状の作品など、実験的な試みも見られます。

南川史門の展示室
南川史門の展示室

片桐:キタキタキター! この棒、なんなんでしょうね? やっぱり『アーティスト・ファイル』はこうでなくっちゃ。本当に何でもありな現代美術ならではですよね。ここまではどこか「ちゃんとしてるなぁ」「わかりやすいなあ」と思っていたんですよ(笑)。

摩訶不思議すぎる、現代アートの真骨頂に対して、片桐さんはどう立ち向かう?

南川さんの棒状の作品によって、片桐さんの中では正式に幕が開けた(?)『アーティスト・ファイル2015』。続けざまに登場するのは「なんでもアリ」な現代アートの真骨頂ともいえる、小林耕平さんの摩訶不思議な作品です。

片桐:……はぁ?

小林耕平の展示室

小林耕平の展示室
小林耕平の展示室

「三本のしわ ニッポンの豚足 どこまでも転がるロースト」と壁に大きく書かれた展示空間。その中には、2スクリーンの映像と共に、ポリバケツとピンポン玉、トマトケチャップの容器などが合体したオブジェ、あるいは観光地でよく見かける記念撮影用看板を彷彿とさせるユーモラスな作品が点在します。「三本のしわ ニッポンの豚足 どこまでも転がるロースト」とは、空間全体を示す作品名だと捉えることもできそうです。

片桐:いやいやいや……、だからなんなんだよ!(笑) この映像作品によると、豚の体脂肪率は牛より低いんですね……。なるほど、覚えました。

小林耕平の展示室
 

小林耕平の展示室
小林耕平の展示室

小林さんは、日用品を用いたインスタレーションや、目的が不明瞭な行為を展開する映像作品によって、あらゆる事象の関係性のズレや、規制の定義に対する懐疑を示してきたアーティストです。

片桐:すごいですね! 『アーティスト・ファイル』(笑)。これはちょっとわからないなあ……、煙に巻かれる感じですね。

日韓のホームレスから買い取った段ボールで制作された、社会派アート

「さっきの作品はなんだったんだろう……」と、頭の中に疑問符を充満させたまま次の展示室へと歩き出す片桐さん。カーテンの向こうに現れたのは、段ボールで作られた巨大な部屋です。

イ・ウォノの展示室
イ・ウォノの展示室

片桐:うぉ、これはわかりやすい! 「靴を脱いでお上がりください」ですか、すぐ中に入りたくなっちゃいますね。大学の文化祭を思い出します。

この作品を制作したイ・ウォノさんは、東京とソウルの街角で生活するホームレスに直接交渉し、彼らの寝床である段ボールを広さと地価に応じた価格で買い取り、巨大な段ボール小屋を制作しました。壁にはそのときに交わされた売買契約書と、交渉のやりとりを収めた映像が展示されています。

イ・ウォノの展示室

イ・ウォノの展示室
イ・ウォノの展示室

片桐:契約書を見ていると、東京もソウルも同じような価格だし、ふっかけてきたりする人も少ないんですね。映像を観ていても、どちらがどちらの国のホームレスなのかまったくわかりませんでした。国の違いが感じられないというか。

イ・ウォノさんがホームレスの自己申告によって買い取った段ボールの平均価格は、1平米あたり2、3千円ほどだったといいます。

片桐:でも、これを全部を買ったら結構いい値段がしますよね(笑)。わ、この韓国語が書かれた段ボールはテープですごく補強されている。ソウルってものすごく寒いですもんね。これは社会派のアートですね。

イ・ウォノの展示室
イ・ウォノの展示室

ミニカーも、ゴミ箱も、ジーンズの股間も「彫刻」?

社会制度、人々の関係性、個人の感情などを発端に作品を手がける『アーティスト・ファイル』の作家たち。本展中盤で展示を行う冨井大裕さんが向き合うのは「彫刻」という美術のスタイルです。スーパーボール、画びょう、鉛筆、ハンマーなどを素材とした立体作品によって、彫刻の新たなあり方をずっと探求してきました。

冨井大裕の展示室
冨井大裕の展示室

片桐:1973年生まれ、僕と同い年ですね。この方の作品は既製品を使うのがミソなんですね。あ、ミニカーだ。

『Running Composition』は、床面に置かれた木枠の中に、複数台のミニカーが用意されており、それらを走らせることで、枠内の構成を自由に変えることができる作品です。

冨井大裕の展示室
冨井大裕の展示室

片桐:「1回だけ走らせることができます」と。なるほど、やってみます。あれっ!?

勢い余って、他の車体を巻き込み衝突してしまったミニカー。やさしく操作するのがコツとのこと。木枠に収まる真っ白な床面も、展示終盤には車輪による軌跡がいくつも出現することが予想されます。

片桐:あ、ゴミ箱がひっくり返ってるだけの「彫刻」作品もある。これはつまずいたら大変なことになりますね! そしてジーンズが縦につなぎあわされた作品は、股間部分のふくらみが「彫刻」っぽくて面白いですね……。普通の彫刻とは全然違うことに挑戦してる方なんですね。

冨井大裕の展示室
冨井大裕の展示室

冨井さんの展示室では、映像作品などでも「彫刻」を意識した、多種多様な試みが展開されています。その中には、合板と釘からなるシンプルなインスタレーション『合板の側面』シリーズも。

冨井大裕の展示室
冨井大裕の展示室

片桐:あ、これも(南川史門さんの作品と同様に)斜めってる! 今回の展示は斜めがちな作品多いですね。

事故車の割れたガラスで作られた美しいシャンデリア

日常を起点とした冨井さんの彫刻に対する試み。次の展示室のイ・ソンミさんも、ある日、道路に落ちていたガラス片を目にしたことが作品のきっかけになりました。思わず片桐さんも「美しいですね……」と溜め息をもらす淡い水色の造形物。じつはこれらすべて、事故で割れた車の強化ガラスをつなぎ合わせて作られたものなのです。

イ・ソンミの展示室

イ・ソンミの展示室
イ・ソンミの展示室

片桐:え? てことは事故車のガラスってことですか? 映画なんかで危機に瀕したとき、登場人物がフロントガラスを蹴破って出てきますよね。ただ、よくよく見ると微妙な色の違いがあって怖いですね。これ、血の跡ですかね? さすがにそれはないかなあ……。

韓国で生まれ、一時期はアメリカで生活していたイ・ソンミさん。別室では、同じ強化ガラスを再利用した、シャンデリアの作品も展示されています。

イ・ソンミの展示室
イ・ソンミの展示室

片桐:うわー、これも美しいですね! 事故車からこんなに美しい作品が生まれるなんて思えない。ここに隠された物語がありますね。

済州島の虐殺という歴史的大事件に、アートを通して向き合う

展覧会終盤にある、最も自国の歴史を直接的に描写した作品といえるのが、イム・フンスンによる『済州島の祈り人』と『次の人生』でしょう。イムさんは、個人の視点に基づく映像表現で韓国の歴史を紐解いてきた作家。『済州島の祈り人』は、70分に及ぶ大長編です。

イム・フンスンの展示室
イム・フンスンの展示室

片桐:これはもう映画ですね。他の作品とは違ったエンターテイメント性を感じさせつつも、すごく重たい雰囲気があります。済州(チェジュ)島は韓国の暖かい南国リゾート地だと思いますが、この作品からは全然そんなイメージが見えない。

じつはこの映像作品は、1948年に起こった「済州島四・三事件」をテーマに、当時の記憶を持つ住民の言葉や再現映像を交えて構成されています。「済州島四・三事件」とは、韓国政府の軍隊や警察によって島民が虐殺された事件。知られざる歴史の一幕です。

イム・フンスンの展示室
イム・フンスンの展示室

片桐:そんな事件があったこと、全然知らなかったです。でも、きっとアーティストは知ってほしかったんですね。それでいろんな葛藤を経て、あえてストレートな表現にしたのかなと思います。当時の映像もすごく怖いなあ……。

展示空間には、事件を経て今も生きる高齢者の姿を暗示させる「しわ」のできた済州島のみかんなどが置かれています。そして、『済州島の祈り人』と対比するように制作された『次の人生』は、同事件をベースに、被害者の子孫が制作に加わった、フィクションを交えた映像作品です。

イム・フンスンの展示室

イム・フンスンの展示室
イム・フンスンの展示室

片桐:ずっと観ていると辛い気持ちになっちゃうなあ……。この間、六本木の森美術館でベトナム人のアーティスト『ディン・Q・レ』展を観たのですが、通じるものを感じます。あっちはベトナム戦争ですが。

「日常でどこに気づけるのかという心の持ちようや、見立ての感覚が大事。アートを通して現実が違って見える瞬間を作れたら面白いですね」

立体、絵画、映像、インスタレーション……、『アーティスト・ファイル2015』には、じつに多種多様な作品が集結していました。約1時間半にわたって展覧会を堪能した片桐さんに感想を訊ねてみました。

片桐:面白かったです! じつは僕、韓国には行ったことがなくて、だからこそ日本と韓国のアーティストの違いも見えてくるのかな? と思っていたのですが、作品からその違いを感じることはありませんでした。名前を知ってはじめて国がわかるくらいで。ただ、あらためて振り返ってみると、韓国のアーティストのほうが、作品がわかりやすかった印象もありますね。鑑賞者との関係性をどう捉えるか? というのも作品に重要な要素として含まれると思うんですが、韓国のアーティストの作品は、それがストレートに伝わってきた気がします。

手塚愛子の展示室
手塚愛子の展示室

片桐さんご自身も、粘土彫刻家やコメディアン、俳優など、多彩なアーティストとして活動をしています。『アーティスト・ファイル2015』に集まった作品は、発想の起点が多彩ですが、片桐さんは普段どういったところからインスピレーションを受けるのでしょうか?

片桐:日常生活ですね。どこに気づけるのかという心の持ちようや、見立ての感覚が大事。アートはそこが面白いと思いますね。以前、渋谷のパルコ劇場で『レミング』という舞台に出演したとき、「作品を観た後に渋谷の街の見え方が変わった」と言われたことがあって、すごくうれしかったんです。それと同じように、作品を通して現実が違って見える瞬間を作れたらいいですね。

片桐仁

片桐さんは、『アーティスト・ファイル』展の他にも、普段からいろいろな美術展を観に行っていらっしゃるそうですが、それらの展覧会から創作の刺激を受けたりも?

片桐:僕は「観た人を楽しませたい」っていう気持ちが強いんだけど、他の人の作品を観ていると、自分の思いが観る人に全部伝わらなくてもいいのかもと思ったりもします。あと芸能人のやるアートって、手なぐさみだと揶揄されがちで、「アーティスト」の肩書きがすごくコンプレックスだったんだけど、それも観た人が決めればいい話だなと。本人は全力でやってるし、作品は作品であるわけだから。僕は自由な人間に見えるかもしれないけど、すごく普通の常識人なんです。作品作りはそんな自分を癒してるところがあったので、他人に評価されるのが怖かったのかも。でもそんなの全部どうでもいいなあって、このごろは思います。

展覧会鑑賞を通して、アーティストとしての自身のありかたを顧みる片桐さん。コンセプト、形式、手法の異なる多彩な表現が集う『アーティスト・ファイル』展は、唯一の共通項である「今日性」という大きなテーマによって、鑑賞者それぞれに作品の自由な見方を促します。そしてそのことが、私たちが生きる現代の姿、ひいてはその時代を生きる私たち自身を振り返る契機となるのかもしれません。

イベント情報
『アーティスト・ファイル2015 隣の部屋――日本と韓国の作家たち』

2015年7月29日(水)~10月12日(月・祝)
会場:東京都 六本木 国立新美術館 企画展示室2E
時間:10:00~18:00(金曜は20:00まで開館、入場は閉館の30分前まで)
参加作家:
イム・フンスン
キ・スルギ
小林耕平
イ・ヘイン
イ・ソンミ
イ・ウォノ
南川史門
百瀬文
手塚愛子
冨井大裕
ヤン・ジョンウク
横溝静
休館日:火曜(9月22日は開館)
料金:一般1,000円 大学生500円
※高校生、18歳未満の方(学生証または年齢のわかるものが必要)および障害者手帳を持参の方(付添者1名含む)は入場無料

プロフィール
片桐仁 (かたぎり じん)

1973年生まれ。コメディアン、俳優、彫刻家。多摩美術大学卒業。在学中に小林賢太郎とラーメンズを結成、『シャキーン!』(NHK教育)などのテレビ番組や映画、舞台など多彩に活躍。その独特の感性と存在感が人気を博している。



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