ビリー・アイリッシュの音楽が、時代に深く突き刺さった背景

2015年11月にアップされた1曲の楽曲をきっかけに注目を集め、今やポップミュージックのフィールドのみならず、ファッション方面でも支持を獲得し、時代を象徴する存在として世界中を席巻しているビリー・アイリッシュ。今年3月に1stアルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』を発表、イギリスでは女性ソロ最年少1位、アメリカのシングルチャートでは14曲のチャートインを果たし、同時チャートイン記録を更新するなど、名実ともに世界屈指のアーティストとして熱狂を巻き起こしている。

CINRA.NETでは、ポップミュージックの最先端を突き進み、新たな時代を切り拓くビリー・アイリッシュを複数の視点で切り取る短期連載をスタート。第1回は、音楽ジャーナリスト・柴那典が「2019年の『ロック』や『オルタナティブ』から見た、ビリー・アイリッシュ」をテーマに執筆。2019年、世界中でビリー・アイリッシュが支持される理由を考察した。

なぜビリー・アイリッシュは、世界中でシンパを獲得できたのか?

「1991年のNirvanaと同じことが起こってる」

ビリー・アイリッシュについてデイヴ・グロール(ex.Nirvana、Foo Fighters)がこう語ったのは、2019年2月のこと。デビュー作『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』がリリースされた3月29日の約1か月前のことだ。とっくに導火線には火がついていた。アルバムは世界中で爆発的なヒットとなったが、すでに前年から状況はできあがっていた。

ビリー・アイリッシュ
2001年12月18日生まれ、ロサンゼルス出身のシンガー・ソングライター。2019年3月29日に発売したデビューアルバム『WHEN WE FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』は、英米両国はもちろん全世界11か国で1位を獲得し、英国では女性ソロ最年少1位、米国シングルチャートでは14曲同時チャートインを果たし、カーディ・B、ビヨンセ、アリアナ・グランデらが持つ女性アーティストの同時チャートイン記録を更新するなど全世界で「現象」と呼べるほどの大ヒットとなっている。

最初の1曲“Ocean Eyes”がSoundCloudに投稿されバズを巻き起こしたのは2015年。最初のファンの多くは同世代だった。アイドル的な人気ではなく、自分自身の不安や恐怖や喜びを重ね合わせ共鳴する存在として、深い結びつきを彼女の音楽に見出していた。デイヴ・グロールも「娘が夢中になっている」と言っていた。音楽を通して自分自身を見出しているのだ、と。

ポップミュージックの世界は、「セレブリティーたちのパーティ会場」と化していた

僕は“Ocean Eyes”の頃からビリー・アイリッシュを知っていたわけではない。それでも、その頃から地殻変動の予感はあった。ビリーとも親交があり2018年に銃殺され夭折を遂げてしまったXXXTentacionが頭角を現しつつあるのをきっかけに、新しいカウンターカルチャーが生まれている萌芽のようなものを感じていた。

というのも、2010年代半ば頃から、メインストリームのポップミュージックのシーンは、まるでセレブリティーたちのパーティ会場と化している、と感じていたから。

たとえばDJキャレドのアルバムのように、大ヒットを飛ばすプロデューサーの作品には、決まって豪華なラッパーやシンガーがゲストに並んでいた。フィーチャリングやコラボが当たり前に各所で繰り広げられるようになり、その「人脈」がヒットを左右するようになっていた。

一方で、ソングライティングの手法はどんどん洗練されていった。コライト(共作)が主流となり、ヒットソングの作り手に何人ものソングライターとプロデューサーが名を連ねることが当たり前になった。トラック&フックという手法が浸透し、楽曲の制作は徹底した分業制になっていった。それと同時に、世界一のプロデューサーと称されるマックス・マーティンのように、ひとりのヒットメーカーがテイラー・スウィフト、ケイティ・ペリー、アリアナ・グランデなど数々のアーティストの楽曲を手がけるようになった。

つまり、すさまじい勢いでポップミュージックの「再産業化」が進んでいたのが、2010年代後半だったと言える。その背景には、ストリーミングサービスの普及と共にグローバルな音楽市場が着実に拡大していたこともあっただろう。

実兄と2人だけで作られた楽曲たちには、「個」の救済が強く宿っていた

ビリー・アイリッシュのやり方は、それら「2010年代のポップミュージックの常識」とは、まったく真逆だった。兄・フィニアスと2人だけで作られる彼女の楽曲は、圧倒的に閉じていた。それでいて、そのサウンドやメロディーや歌声には、他の誰にもない、研ぎ澄まされた美しさが宿っていた。

ビリーが自らの影響源として挙げるのは、Tyler, The CreatorやChildish Gambino、Lana Del Reyといった名前だ。そして先日“bad guy”のリミックスで共演を果たしたジャスティン・ビーバーの熱狂的なファンでもあった。

ビリーアイリッシュ“bad guy (with Justin Bieber)”を聴く(Apple Musicはこちら

彼女自身があからさまにラップをするわけではないけれど、サウンドにしても、フロウにしても、ヒップホップとR&Bが完全にメインストリームになった現在のアメリカのシーンを前提にしている。

だからビリー・アイリッシュの音楽性を軽々しくロックに位置づけることはできない。むしろ、Post MaloneやLil Nas Xらと同じように、ジャンルの定義が曖昧になった今の時代を象徴する存在と言える。

それでも、ビリーの音楽には、僕がたくさんのロックミュージックに惹かれてきた理由と同じ「個」の救いが、とても強く宿っているように感じる。ベッドの下に潜むモンスターの視点から描かれた“bury a friend”を筆頭に、彼女の想像力は、精神の「暗がり」から生まれている。“when the party's over”など多くの曲が、孤独や不安や儚さや痛みをモチーフにしていて、一方で“bad guy”のように、規範には従わない強さをダイナミックに打ち出した曲もある。

アルバムのリリースから数か月。彼女はあっという間に世界中を熱狂に巻き込み、スターダムを駆け上がった。4月には『Coachella Festival』で、6月には『Glastonbury Festival』で、数万人の大合唱が巻き起こった。

コーチェラのステージは、きっとその後も語り継がれることになるだろう。ビリーは宙吊りにされたベッドの上で歌った。

それは、そもそも兄のフィニアスが自分のバンドのために書いた曲だったという“Ocean Eyes”から1stアルバムの全曲にいたるまで、すべての曲が2人だけで書かれ、しかも実家のベッドルームでレコーディングされたものであることの象徴だろう。

ベッドルームで作られた、ささやくようなウィスパーボイスとサブベースの低音で組み上げられたダークでグルーミーな曲が、世界中を塗り替えてしまった。

そこに僕は、ポップミュージックの魔法を感じる。ジャンル名としてではなく、「もう一つの選択肢」という、「オルタナティブ」という言葉の本質的な意味合いを感じてしまう。

ビリー・アイリッシュ『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』を聴く(Apple Musicはこちら
リリース情報
ビリー・アイリッシュ
『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』(CD)

2019年3月29日(金)発売
価格:2,376円(税込)

1. !!!!!!!
2. bad guy
3. xanny
4. you should see me in a crown
5. all the good girls go to hell
6. wish you were gay
7. when the party's over
8. 8
9. my strange addiction
10. bury a friend
11. ilomilo
12. listen before i go
13. i love you
14. goodbye
15. come out and play ※日本盤ボーナストラック
16. WHEN I WAS OLDER(Music Inspired By The Film ROMA) ※日本盤ボーナストラック

プロフィール
ビリー・アイリッシュ

2001年12月18日生まれ、ロサンゼルス出身のシンガー・ソングライター。8歳からロサンゼルス少年少女合唱団に所属し、11歳の頃から作曲を始める。13歳のときにレコーディングした「Ocean Eyes」をSoundCloudにアップロードしたところ、まだ13歳とは思えない表現力の高さが話題を呼び、同楽曲でInterscope Recordsよりデビュー。日本には2018年のSUMMER SONICで初来日し、パフォーマンスを披露して話題となった。2019年3月にSpotifyが発表した“世界で最も人気のある女性アーティストTOP20”では、レディー・ガガらを抑えてアリアナ・グランデに次ぐ2位にランクイン(集計期間:2019年1月1日~3月1日)するなど、日々注目を集め続けている。2019年3月29日に発売したデビューアルバム『WHEN WE FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』は英米両国はもちろん全世界11ヵ国で1位を獲得し、英国では女性ソロ最年少1位、米国シングル・チャートでは14曲同時チャート・インを果たし、カーディ・B、ビヨンセ、アリアナ・グランデらが持つ女性アーティストの同時チャート・イン記録を更新するなど全世界で”現象”と呼べるほどの大ヒットとなっている。



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