もしあなたが絵描きなら、作品をどんな所で発表したいだろう。街角のギャラリー? 公園? ファッションビルのショーウィンドウ? それとも、美術館?
では、ビルの壁一面というのはいかがだろう。それも横6メートル、縦38メートルの超巨大壁画、場所は東京・銀座という一等地で。そんなアーティストにとって夢のようなキャンバスに描く機会を与えてくれるのが、「Canvas @ Sony」というプロジェクトだ。2011年、ついに5年目を迎えたこのプロジェクトは、一般公募により選出されてきた若手アーティストの作品を、銀座 ソニービル全面に登場させてきた。きたざわけんじ、ZAnPon、宮島亜希をはじめとする歴代選出アーティストたちは、 現在も幅広い分野で活躍している。
前回の2010年にグランプリを勝ち取ったのは、アーティストの神田ゆみこ。約1,000作品もの中から選ばれた、彼女の作品の魅力とは何だったのか。このたび、神田の創作方法について、そして他のアートプロジェクトと比べて異色な「Canvas @ Sony」の特徴や、そこから生まれる企業とアーティストの新しい関わり方などについて、関係者に取材した。
銀座の交差点を「巨大すいか」がジャック!
東京・銀座は言わずと知れた高級街。じつは銀座には、景観を保持するための決まりごとがあるという。そのため、大通り沿いには大規模な広告は見られず、名だたる企業のロゴマークばかりが軒を連ねている状況だ。そんな銀座数寄屋橋交差点の風景が、「Canvas @ Sony」の受賞作品が掲示されるとき、にわかに一変する。
38メートルの高さがある瑞々しい「巨大すいか」が私たちを出迎える。作品の横には「SONY」とロゴが入っているが、ソニー製品の広告ではない。銀座の交差点をジャックする巨大すいか、これはれっきとしたアート作品だ。
この巨大すいかの作者、神田ゆみこさんにその制作意図を尋ねてみた。
「私は、身近なものをとにかくじっと見るようにしているんですよ。何事もサラっと流せない性格なんですね。ありふれたものでも、時間をかけてじっと見つめていると、美しさや面白さを感じることができます。その面白さに正面から向き合えば、作品にうまく昇華できる。私の方法を、『日常の流れを一旦停止させるようなアート』と表現することもできると思いますが、そんな作品が銀座の街にあらわれるというギャップは面白いんじゃないかと」
神田さんの狙い通り、巨大すいかのインパクトは大。「なぜここにすいかがあるのだろう」という単純な疑問から始まって、さまざまな想像を膨らませてしまう。背景となる突き抜けるような青空と、真っ赤に熟したすいかというコントラストは、ギラギラした真夏の銀座にある意外性とあいまって、見ているうちに不思議な嬉しさがこみあげてくる。
アーティストの自由な発想が、会社の幅を広げる
それにしても、会社の壁一面に巨大すいかを掲げるソニーという企業の懐の広さには驚かされる。「Canvas @ Sony」の企画を担当されているソニーの三浦さんに、企画の意図などについてお話を伺ってみた。
「見に来てくださったお客さんが、みなさん『すいかだ!』って驚いてくださるんですよ。この単純で力強い訴求力がある時点で、この作品は大成功していますよね」
無邪気な笑顔で、すいかの登場を喜ぶ三浦さん。自社のビルをアートに染めるソニーの狙いは、一体どのようなものなのだろう。三浦さんは、こうお話を続けて下さる。
「会社として『クリエイティブな若者を応援していきたい』という気持ちがあり、2007年から若い才能を発表する場としてソニービルの壁面をキャンバスとして提供することにしました。でも、若手支援と言いながらも、逆に私たちの方が刺激を受けていますね。私たちは日々、会社という組織の中で色々なものに縛られてしまいがちなのですが、このプロジェクトで出会うアーティストの方々はびっくりするくらい自由な発想でたくさんの刺激を与えてくれるんです。結果的にデザイナーのインスピレーションになることもあるようですし、本当にいいプロジェクトだと思います」
アーティストの自由な発想が、会社の幅を広げているとのこと。会社内で働くソニーのデザイナー、フリーランスで活動するアーティスト。同じクリエイターといっても、社会的な役割や仕事内容は大きく異なる。お互いが良い形で刺激を受け合うことができるのは、このプロジェクトならではの魅力だ。そしてやはり、これだけ自由にアート活動を奨励できるというのは、企業側の積極性があってこそなのだろう。
大きな支援に、アーティストとして身の引き締まる思い
神田さんは、応募総数約1,000通という非常にハイレベルな戦いを経て、2010年の10月から1年間、3回にわたりソニービルのアートウォールを飾る権利を勝ち取った。初回の10月は巨大バナナ、12月には巨大ローストチキン。そして今回の巨大すいかにて、「神田ゆみこ×ソニービル」のシリーズを締めくくる。
まさにソニーの「看板アーティスト」という大役を1年間にわたって背負ってきた神田さん。引き続き、プロジェクトをやり切った心境について伺ってみた。
「私はずっと、すごく微細なというか、個人的な目線で作品を創ってきたので、こうした大規模な展示の機会を頂けたことは本当に嬉しいです。この経験は、アーティストとしての自信につながりました。これだけ大きな支援を頂けたので、いい結果を残さなければと身の引き締まる思いですね」
神田さんの言葉からは、作品やプロジェクトに対する真摯さが伝わってきた。作品の質はもちろんだが、アーティストとして生き抜く覚悟がないと、このプロジェクトに受けて立つのは厳しいのだろう。
2011年度の作品応募がスタート。テーマは「LOVE」。
では、応募があった数多くのアーティストの中から、彼女が選ばれた理由とは? 「Canvas @ Sony」審査員であり、FM802/digmeoutプロデューサーの谷口純弘さんはこのように力説する。
「最初に神田がエントリーしてきたバナナの作品を見たとき、『銀座にバナナ登場!!』とシンプルに言い切れる強さを感じました。そんなにインパクトのある作品は、他にはそうありません。それに加えて、器用さや感性だけでは語り得ない神田のテクニック。もとの原画は手のひら大のバナナの作品なんです。それを数百倍に引き延ばしても見栄えがするっていうのは、たとえ計算してもなかなか描けるものじゃないですよ」
小さなキャンバスにアクリル絵の具で描かれた彼女の作品は、大きく引き延ばしてもその存在感は確かなもの。デジタルで制作されたイラストレーションが多い中、神田さんの「手仕事」の魅力が存分詰まった作品には、やはり足を止めてしまう強さがあるのだ。
では、2011年の「Canvas @ Sony」にエントリーする、若きアーティストたちに求めるものとは何だろう。
「とにかく、驚かせて欲しいですね。『これできたか!』と唸らせてもらえるような作品を待っています。今年は、募集作品に『LOVE』というテーマを設定したんです。だからってハートをいっぱい描けばいいってもんじゃないですよ(笑)。『LOVE』を表現するうえで、王道ではない新しい発想に期待したい。『アートウォール見て泣けました!』って言われるくらいのね。そんな素晴らしい作品を期待しています」(谷口)
「これが…LOVEか! と深く納得してしまうような作品と出会いたいと思っています」(三浦)
谷口さん、三浦さんも、まだ見ぬ2011年のアートウォールに期待を膨らませている。まるでアーティストの夢をそのまま実現させたようなプロジェクト、 「Canvas @ Sony」。現在、オフィシャルサイト上には若手アーティストによる作品が続々とエントリーされている。はたしてどの作品が2011年のグランプリに輝くのか、次世代のアーティストが世界に飛び出していく様子をリアルタイムで追いかけてみるのも面白い。もちろん、もしあなたがアーティストなら、この大きなチャンスに是非ともチャレンジしてみて欲しい。
『Canvas @ Sony 2011 アートウォール・オーディション』
応募期間:2011年7月19日(火)〜9月20日(火)※グランプリ発表は10月を予定
応募方法:「Canvas @ Sony」ホームページ内、「ARTWALL AUDITION」ページより応募
応募テーマ:『LOVE』 愛をテーマにした作品を募集
応募資格:プロアマ、年齢、性別、国籍問わず応募可能
主催:ソニー株式会社
共催:ソニー企業株式会社(ソニービル)
企画協力:株式会社FM802 digmeout
http://www.sony.co.jp/canvas
神田ゆみこ個展『存在』
HB FILE コンペ VOL.21 仲條正義賞 受賞展
2011年8月5日(金)〜8月10日(水)
会場::東京都 HB GALLERY
時間:11:00〜19:00(最終日は17:00まで)
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