「横浜」といえば、何を思い浮かべるだろうか? 「明治の文明開化を支えた街」「おしゃれなデートスポット」「みなとみらい」「ベイブリッジの夜景がきれい」「メリケン波止場」など、人口370万人を誇る巨大都市は様々な顔を持っている。そして近い将来に、そこにもう1つ「ダンス」というイメージが加わるかもしれない。
今夏から秋にかけて、横浜市内の各所では『Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2015』と題したイベントが開催中だ。バレエやストリートダンス、日本舞踊、コンテンポラリーなど、ジャンルを横断しながらさまざまな「ダンス」を紹介するこの企画は、2012年の初開催に続いて2回目。今回のプログラム総数は、なんと200を数えるまでに膨れ上がっている。
同イベントのオープニングプログラムとして、8月1日、2日の2日間に開催されたのが『横浜ダンスパレード』。市内15か所の屋外会場で同時多発的にダンス公演が行なわれたこのプログラムは、大小300以上の市民団体や、学生の部活動などが参加し、出演者の数だけでも5千人以上となった。今回は、この巨大すぎる『横浜ダンスパレード』の様子を紹介すると共に、夏から秋にかけて行われる『Dance Dance Dance @ YOKOHAMA』注目のプログラムを紹介しよう。
横浜の元祖メインストリートが封鎖され、ダンスフロアに
ギラギラと輝く太陽が容赦なく照りつけた8月1日、横浜市の気温は34度にまで上昇した。誰もがクーラーの効いた室内に逃げ込みたくなるような暑さの中、横浜市内各所では、色とりどりの衣装を身につけて道路の上でダンスをする人々の集団の姿が……。『横浜ダンスパレード』に出演するダンサーたちは真夏の暑さもなんのその。汗を輝かせながら、一心不乱に踊り狂っている!
『横浜ダンスパレード』のメイン会場となる日本大通りは、1870年(明治3年)に整備された日本初の西洋式街路であり、明治時代には横浜のメインストリートとして機能していた、まさに「文明開化の街・横浜」を象徴するエリア。現在、この通りの周囲には、神奈川県庁や横浜地方裁判所、NHK横浜放送局などが並び、平日は官公庁に勤める職員などでにぎわっている。この日本大通りが完全に封鎖され、バトントワリングやフラダンス、ラオスの民族舞踊などが舞われる路上ダンス天国に変身! 街行く人々も、その珍しい光景に思わず足を止めずにはいられなかった。
さらに、日本大通りからほど近い馬車道でもダンスパレードを実施。横浜港と関内地域に設置された外国人居留地を結び、西洋人たちが馬車で移動をしていたことから名付けられたこの通りは、近代化の最先端として、乗合馬車の駅や、ガス灯、アイスクリーム店まで、日本初のさまざまな施設が設置されたエリアだ。
そんな、歴史ある通りに移動すると、そこではタヒチアンダンスグループ「Hau Purotu Ori」による、セクシーなダンスが披露されていた。横浜市内の主婦やOLたちによって構成されたる彼女たちのパフォーマンスが始まると、カフェのテラス席やマンションのベランダから思わず華麗な腰さばきに見入ってしまう人々が続出。「路上で踊れるなんて滅多にないチャンス」と、同イベントに参加したという彼女たちだったが、ステージやダンススタジオではなく、街の人々の中で踊る解放感は格別な体験となっただろう。
象の鼻パークでは、屋外特設ステージで海をバックに『ボレロ』の歓喜が爆発
パレードの会場ではなかったが、横浜港の発祥地である「象の鼻パーク」には屋外特設ステージが設置され、8月28日、29日の週末、『横浜ベイサイドバレエ』が上演される。創立から半世紀を超えた東京バレエ団が上演する演目は、『ドンキホーテ』第一幕、『タムタム』『ボレロ』。中でも『ボレロ』は、20世紀の偉大な振付家モーリス・ベジャールによって創作され、ジワジワと反復しながら盛り上がり、最後に爆発するミニマルな展開が人気の、同バレエ団の代表作。しかも、海をバックにした特設ステージで上演されるという他では実現不可能な内容だ。名誉委員長を務める横浜市の林文子市長も「横浜でしか絶対に観ることができないプログラム」と胸を張って同作品を推薦する。
『横浜ベイサイドバレエ』 東京バレエ団『ボレロ』©Kiyonori Hasegawa
また、山下公園や中華街にもほど近いKAAT神奈川芸術劇場は、2011年1月にオープンした新しい劇場。開館からまだ4年という歴史の浅さにも関わらず、宮本亜門や白井晃といった大物演出家から、チェルフィッチュ、地点といった国内外で注目を集める現代演劇カンパニーまでの作品を上演しており、首都圏のパフォーミングアーツシーンでは欠かすことのできない大きな存在感を放っている。
そんなKAATでは『Dance Dance Dance @ YOKOHAMA』と連動して、今秋、世界中から様々なダンスカンパニーを招聘。1978年にデビューし、世界各地で作品を発表する振付家・マリー・シュイナール率いるカンパニー・マリー・シュイナールが『春の祭典』と『アンリ・ミショーのムーヴマン』を。2008年の初来日でも横浜で公演し、その高い身体能力が驚きを持って迎えられたブラジルのデボラ・コルカー・カンパニーは、女優カトリーヌ・ドヌーヴにインスパイアを受けて作られた『Belle』を。さらに日本からは、パリ・オペラ座でもクリエイションを行い、独自のメソッドで日本のコンテンポラリーダンス界をリードする勅使川原三郎が、新作『ミズトイノリ – water angel』を上演するなど、注目作品が目白押しだ。
カンパニー・マリー・シュイナール『春の祭典』 ©Marie Chouinard
西洋の文化を受け入れる前線基地として開港した横浜。外国からの異文化を受け入れてきたそのDNAは、150年を経た現在でも風化することなく息づいているようだ。
ディープな伊勢佐木町エリアでは「YOSAKOI」チームが乱舞
しかし、港町としての側面ばかりが横浜の魅力ではない。日本大通り地区やみなとみらい地区を中心とした華やかな雰囲気は、あくまでも横浜のほんの一部。JR関内駅を挟んだ山側、伊勢崎町エリア方面は、横浜のディープな魅力が満載だ。
デビュー前の「ゆず」がストリートライブを行っていたことで知られるイセザキモールは、さまざまな飲食店や服飾店などが集まる横浜でも有数のショッピングストリート。この通りに移動すると、ちょうどよさこいグループ「K-one動流夢」のパレードに出くわした。大勢の買い物客でにぎわう商店街を、威勢のいい掛け声とエネルギッシュなダンスががさらに活気づけていく。
ゼロ年代に爆発的に広がった「YOSAKOI」は、そのルーツとなった高知県の「よさこい祭り」を離れて独自の進化を遂げている。横浜市内にも数々のグループが誕生しており、9月5日には『Dance Dance Dance @ YOKOHAMA』の一環として『ハマこい2015』がパシフィコ横浜プラザ広場、クイーンズスクエア横浜 クイーンズパーク、横浜ランドマークタワー ドックヤードガーデンなどの会場で開催される。横浜市内を中心とした38グループが、横浜の「YOSAKOI=ハマコイ」で、みなとみらいを席巻することだろう。
ストリート発祥のヒップホップと、大衆的といわれる野毛エリアの絶妙な相性
伊勢佐木町からほど近い野毛地区は、小さな飲み屋やスナックなどが集積し、横浜市民たちを酔わせてきたエリア。この飲み屋街の路地裏にある小さな交差点では、赤いカーペットが敷かれた即席の舞台が作られ、ヒップホップのダンサーが踊りまくっていた。居酒屋とヒップホップという奇妙な組み合わせだが、ヒップホップダンスも元々はアメリカで発祥したストリートダンスの一種。ある意味で、大衆的な野毛の雰囲気にはピッタリだ。
中学校の体育の時間で必修科目となったダンスは、近年その人口を急速に拡大させている。『Dance Dance Dance @ YOKOHAMA』関連プログラムでは、8月29日にパシフィコ横浜・国立大ホールで行われる『JAPAN DANCE DELIGHT VOL.22 FINAL』に注目。1992年に始まり、チームダンスコンテストとして世界でも最高峰のクオリティーを誇る同大会。今年は、全国の予選大会を勝ち抜いた35チームと、海外予選を勝ち抜いた精鋭たちによって、チームダンスの頂点をかけた熱戦が繰り広げられる。
『JAPAN DANCE DELIGHT VOL.22 FINAL』
また8月22日、24日には、象の鼻パークの特設ステージで『横浜ベイサイドステージ』を開催。日本のストリートダンスシーンを引っ張る「DAZZLE」の他、タップダンスの先駆者「HIDEBOH」、フラメンコダンスの「ARTE Y SOLERA」など、ジャンルを横断した有名ダンサーたちが、海をバックに迫力あふれるダンスを披露する。
観光客未踏のスポット・本牧エリアでは、閉館したシネコンをまるまる使ったアートプロジェクト
東急東横線に直結する地下鉄みなとみらい線は、元町・中華街駅で終点となる。しかし、その奥には観光客がほとんど足を運ぶことのない「もう1つのヨコハマ」が広がっているのをご存知だろうか? 元町・中華街からバスに揺られ、山手エリアを抜けてしばらく進んでいくと、そこは「本牧」と呼ばれる土地になる。
終戦後、米軍住宅施設「ベイサイド・コート」として接収されていた本牧地区は、日本におけるアメリカ文化の発信地の1つであり、ジャズやファッションなどの流行を全国へと広めてきた。そんな本牧地区は、1982年に日本に返還されると、団地や大型ショッピングセンター、高級住宅地などが立ち並ぶエリアに変化し、アメリカ文化の影響を受けた独自のカルチャーを育んできた。
この本牧の街で、閉館した当時のままに残されているシネコン「旧マイカル松竹シネマズ本牧」を使って行われていたのが、『パフォーマ70 HONMOKU』というイベント。現代にまで根深い影響を与える1970年代のサブカルチャーを、ムーンライダーズの鈴木慶一や俳優の竹中直人によるトーク、寺山修司やアレハンドロ・ホドロフスキーの映画上映、大貫憲章によるDJセット、そして篠田千明や黒沢美香のパフォーマンスで振り返るという他に類を見ない内容だ。
2013年から毎年秋に開催されている『本牧アートプロジェクト』でも使用されているこの元映画館は、2011年の閉館後に取り壊されるわけでもなく、まったく使用されないまま歳月ばかりが経過していた。このたび、この埋もれていた文化遺産を、米軍施設時代の地名である「HONMOKU AREA2」と名付けてリニューアル。『パフォーマ70 HONMOKU』のプロデューサーを務める岡崎松恵は、高校生のころから親しんできたという本牧の移り変わりをこう解説する。
岡崎:米軍の雰囲気が残る時代や、大型ショッピングモールのマイカルができて隆盛を極めた時代を経て、今では陸の孤島のように閑散とした姿となってしまいました。本牧は、横浜の他地域とはまったく異なる歴史と個性を持つ街なんです。そんな独自の魅力を発信すると共に、街の象徴的な存在でもあったこの映画館が再利用されることによって、本牧の何かが変わるかもしれないという期待を持っています。
そして、この秋「HONMOKU AREA2」で上演されるダンス公演が、『モテキ』『世界の中心で、愛をさけぶ』などで知られる俳優・森山未來が企画・共同制作・出演する『JUDAS, CHRIST WITH SOY~太宰治「駈込み訴え」より~』。
『JUDAS, CHRIST WITH SOY~太宰治「駈込み訴え」より~』 Photo:matoron
昨年、イスラエルのダンスカンパニー「インバル・ピント&アブシャロム・ポラックダンスカンパニー」で1年間の留学経験を積んだ森山。今回上演されるのは、留学中にイスラエル人アーティスト、エラ・ホルチドと共に制作された、太宰治の『駈込み訴え』をモチーフとした作品だ。ユダとキリストの複雑な関係を元に、ムーブメントとテキスト、そして音楽を組み合わせた作品を、イスラエル人と共に、どのようなダンスとして作り上げていくのか? 『Dance Dance Dance @ YOKOHAMA』の中でも、最も「読めない」作品として注目が集まっている。
でんぱ組.inc、コンドルズの盆ダンスが、横浜の夜を盛り上げる
市内各地の会場を巡って、『横浜ダンスパレード』のフィナーレが行われる日本大通りに戻ると、そこには黒山の人だかりが……。20人(匹?)あまりの大量のピカチュウたちが踊る『ピカチュウ ダンス・ダンス・ダンス』や、昨年より、東アジア文化都市として文化交流を行ってきた中国泉州市と韓国光州広域市の舞踊団による伝統舞踊に続いて登場したのが、大勢の観客たちが待ちわびていた「でんぱ組.inc」だ。
秋葉原のライブハウス「ディアステージ」を本拠地として活動するでんぱ組.incは、昨年「東アジア文化都市2014横浜広報親善大使」に選ばれ、横浜市とも縁浅からぬ関係を持っている。そんな彼女たちが登場すると、ファンたちは色とりどりのサイリウムを振り回しながら声援を送る。アイドルらしい可愛らしさや、歌詞の内容に即したコミカルな振付で元気いっぱいに踊る彼女たち。この日は、時間の関係上、“ダンス ダンス ダンス”“おつかれサマー!”とわずか2曲だけの披露だったが、『Dance Dance Dance @ YOKOHAMA』のオープニングを飾るに相応しく、熱帯夜をさらに熱くするライブが繰り広げられた。
しかし1日中、気持ち良さそうに空の下で踊っている人たちを見ていると、なんだか身体がウズウズとしてくる……。踊っている人の解放感が見ているこちらにも伝わってきて、「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損!」という気持ちが湧き上がってくるのだ。
そして、多くの観客たちが「踊りたい欲求」を爆発させたのが、この日のフィナーレを飾ったコンテンポラリーダンスカンパニー「コンドルズ」主宰・近藤良平による『コンドルズと踊る!横浜大盆ダンス』。
すぐにマスターできてしまう簡単な振付で、誰もが思い思いに踊れるのが盆踊りの魅力。日本大通りのど真ん中で輪になってグルグル踊っていると、いつの間にか参加者の顔には笑顔がこぼれてくる。まさに、全員が「踊る阿呆」に変身した瞬間だった。この日は、わずか30分あまりの盆踊りだったが、8月25日には、横浜赤レンガ倉庫イベント広場でも『大盆ダンス』を開催。当日は、近藤が書き下ろしたオリジナル曲や、“ブルーライトヨコハマ”をはじめとした横浜にちなんだ歌を音頭にして、参加者を踊らせる予定だ。
横浜市長が「本気」のダンス都市宣言
横浜市の林市長は、フィナーレイベントで行った挨拶の中で「中国泉州市、韓国光州広域市が素敵な舞踊団を持っていることがうらやましい。残念ながら横浜市には、市の正式な舞踊団を持った歴史がないが、将来、今日踊っていた子どもたちの中から横浜で舞踊団をやってみようという人が出てくるかもしれない」と、横浜市が運営する舞踊団設立への意欲を示した。ヨーロッパをはじめとする諸外国ではウィリアム・フォーサイスが率いた「フランクフルト・バレエ団」や、ピナ・バウシュの「ヴッパタール舞踊団」など、公共の自治体が予算を割いて舞踊団を運営することは珍しいことではないが、日本においては金森穣率いる「Noism」が新潟市民芸術文化会館(りゅーとぴあ)のレジデンシャルカンパニーとして、新潟市の予算で活動を行っているなどわずかな例があるのみ。『Dance Dance Dance @ YOKOHAMA』成功の先には、「ダンス都市・横浜」としてのビジョンが描かれているようだ。
わずか2日間のうちに、バレエ、コンテンポラリー、ヒップホップ、ソシアルダンス、タヒチダンス、フラダンス、YOSAKOI、中国舞踊などなどありとあらゆるダンスが、劇場やスタジオを飛び出して横浜の街に繰り出した『横浜ダンスパレード』。ダンスというジャンルの幅広さと共に、横浜市民たちのダンスにかける熱い思いが溢れ出た2日間となった。
「文明開化」「港町」だけが横浜の魅力ではない。「ダンス」を軸として進化し続ける都市の姿に、今後、よりいっそう熱い眼差しが注がれることだろう。
- イベント情報
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- 『Dance Dance Dance @ YOKOHAMA 2015』
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2015年8月1日(土)~10月4日(日)
会場:神奈川県 横浜市内全域
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