秘密ロッカーのヒミツ大捜索
Special Feature
Crossing??
CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?
川上:ボーカルの音量がすごく大きいですよね。グラフにも、くっきりとボーカルの帯域だけ出てる。パンクバンドは楽器の音が大きくなると声が後ろに消えちゃうんですけど、秘密ロッカーはギターが三味線みたいにペロンペロンだし、ドラムもクセのある感じでズレがあるから、余計に歌詞が聞こえるんですよ。これがぴったりリズムを刻んでいたら、音が重なって歌詞は聴こえにくくなる。特に西洋音楽を聴くときって、リズムで聴くからビート感で楽しむことが多いんですけど、秘密ロッカーはズレがあるから、心理的に歌詞に合わせて聴こうと意識が向くんです。これは単純にミックスバランスでボーカルが前に出ているから、ということではなくて、独特の「ズレ」がそうさせています。この構造は民謡を聴くときと同じなんですよ。おじさんが「なんとかだよ〜、そ〜れそ〜れ」って歌ってるのに意識を傾けて聴くのと同じ構造。
―こういう周波数分布って珍しいんですか?
川上:珍しいと思います。基本的にギターをストロークしているようなバンドだと、2000Hz近辺の帯域が真っ赤になるんですよ。一般的に聞きやすいのは2000Hzとか4000Hzあたりの帯域。人間の耳は4000Hzが一番よく聴こえるんですけど、それはなぜかというと言葉の子音が4000Hzくらいのところだから。耳の穴は、外耳道っていうんですけど、どの言語でも「つ」とか「す」とかっていう子音が明瞭に聞き取れるようなサイズになっているんです。穴のサイズが変わると「あいうえお」の母音しか聞こえなくなったりする。
―じゃあ、耳の穴のサイズによっては低音が聞こえやすい人とかもいるんですか?
川上:穴が大きくなったら低音がよく聞こえるし、細くなれば高音が聞こえる。あとは鼓膜までのリーチ。リーチが短いと低音が聞こえるし、リーチが長いと高音が聞こえる。この長さと大きさは人間特有のもので、これがサルになるともうちょっと細くて、5000Hzがよく聞こえるようになってる。だから、サルはホイッスルを聞くとビクッと止まりやすいんですよね。人間は言葉を聞くために耳の形が進化してきたんです。
このあと、耳の構造についてまで丁寧に教えてくれた先生。ちなみに耳の中には2万本あまりの毛がビッシリ生えているそうで、鼓膜から内耳のリンパ液に振動が伝わることでその毛を揺らし、最終的に脳で音に置き換えているんだとか。そのため、あまり大きな音を聴き続けていると毛が摩耗して、難聴につながるらしい。ついつい話が面白くて、次々と脱線した質問をしてしまったが、話がある質問に及ぶと、秘密ロッカーとの興味深い関連が見えてきた。
―先生、大きい音を聞いた後に耳がキンキンしたりする現象は、どういう仕組みなんですか?
川上:大きな音の鳴ってる場所に行って、パタっと音が終わると耳鳴りがするのは、自分の頭が勝手に音をイメージしちゃってるからなんです。これは聴覚以外にも言えることですが、人間は心理的に強いエネルギーを受けると崩壊してしまうので、崩壊しないように頭のなかで事実を調整するんですよ。それがピーっていうような耳鳴りになる。その自分が出してるピーっという音が、まわりの刺激よりも優位だということで自己防衛ができるわけです。要は自分の都合のいいように解釈しようとするんですね。
―実際に鳴っていない音を、自分で勝手に作り上げてるんですね。
川上:あと、全く音のない無響室に入ると耳がキーンってなるんですけど、それもその特性の一種ですよね。自分で基準となる信号を作りだして、平衡感覚を保とうとする。人間は普段とは違う複雑な現象をシンプルなものに抑えようとする特性があるんです。要するに、理解したいんです。理解できないものは嫌なんですよね。なんでも理解しようとする心理戦略が働くので、たとえばリズムなんかでも、きっちりしてると安心して聴けるし、それが雑だったり不規則になったりすると、次が分からなくて不安になる。秘密ロッカーにもそういう要素があるんじゃないかな。
―秘密ロッカーにもそういう要素が!? もう少し詳しく教えてください!
川上:コード(和音)にも色々あって、例えばドミソというトニック(主和音)であるCコードと、ソシレソというドミナント(属和音)であるG7があるとします。そのG7っていうのは不安定で、Cは安定なんですけど、不安定なところから安定へとコードが進行することによって、曲が終わった感じになるっていうのが音楽の基礎です。だけどパンクバンドとかだと、それがトニック(安定)に解決しないまま不安要素がずっと続いていて、常に緊張した状態になっていたりする。要はそれがアナーキズムのひとつなんですよ。安定しちゃったらアナーキーじゃないわけだから。そういうわけで、パンクバンドは人が予想しない動きをしていかないといけないんじゃないかな。
―なんと! そういう解釈の仕方は考えたことがなかったです。
川上:最近のパンクバンドって、スピードがあってわりと音がきれいなんだけど、昔はもっと違いましたよね。シド・ヴィシャス(Sex Pistolsのベーシスト)の演奏がヒドいのは有名な話ですけど、次どうなるか分からないし、演奏が止まるかもしれないと思わせることこそ本当のアナーキズムだったわけですよ。そういう心理的な要素もパンクを構成するもののひとつなのではないでしょうか。
秘密ロッカーの楽曲からギリギリの危うさを感じるということは、前回の記事でも触れたことだが、その危うさを感じる要因がリズムの不安定さやコード進行にあったとは! パンクを学術的に解釈したことなんてなかったけど、秘密ロッカーのパンク性がこういう形で証明されるとは思いもよらなかった。おそらく無意識なのだろうが、彼らは音響学的にもパンクの定義を満たしていたのである。それにしても川上先生、本当にすごい人だ。調子に乗ってまたまた脱線した質問をすると、またしても驚くべき秘密ロッカーとの関連性が!