第3回
北条かや男性恐怖症だった北条かやと
DVを受けても男性嫌悪を一切抱かないキャバ嬢
実際にキャバクラで働いてみて、同僚のキャバ嬢たちから得たものもありますか?
北条:私は、女性嫌悪と同時に、男性恐怖もあったんですよ。それに対して、みんな「考えすぎ!」って言ってくれましたね。男を恐れるキャバ嬢なんていなくて、むしろ男なんか手玉にとっているような子が多いので、衝撃を受けました。でも、そういう子の彼氏がDV男だったりするんですよ。過去の凶悪な犯罪を武勇伝みたいに語る男と付き合っているキャバ嬢が「かやちゃんは男の人のこと怖がりすぎだよ」って言うけど、それ、どう考えても怖いじゃないですか!
怖いですね。
北条:でもその子には男性嫌悪とか恐怖はないんですよ。これは仮説ですけど、その子は男女関係のなかで承認されていて、自分の女性性を肯定できているんだと思います。自分にとってコンプレックスになるようなバストサイズや容姿のことも、キャバ嬢はあけっぴろげに語っている。そこが非常に解放的に感じました。私は、高校の時も男性とは敬語でしか話せなかったんです。それも男性のマッチョ性に対する恐怖だったと思うのですが。「敬語を使っておけば襲われないだろう」みたいな歪んだ男性嫌悪と女性嫌悪を共に内面化していた。今風に言うと「こじらせ女子」というのかもしれないですね。「こじらせ女子」という言葉はあまり好きではありませんが……。
それはなぜでしょう?
北条: 「こじらせ女子」という名付けができたことで救われる女子もいたと思うんですけど、私の場合「こじらせ女子」なんて軽いものじゃないんですよ。ミサンドリー(男性嫌悪)、ミソジニー(女性嫌悪)は、そんなに軽い問題ではないです。その背景には、女性が性的欲望を持つことへのタブー意識や、男性恐怖の問題とかもあるわけじゃないですか。そういう問題を「こじらせ」という軽いキーワードで語ると、いい部分もあるけれど、見えなくなっちゃう部分も本質的にあると思うので。功罪ありますよね。
なぜ女性のための風俗はほとんど存在しないのか?
前々から疑問に思っていたんですが、女性向けの風俗、例えばソープランドってないですよね。男性向けのキャバクラと女性向けのホストクラブは、イコールで結べると思うんですが。
北条:そういう仕事があったとしても、雇用されたい男性があまりいないのではないでしょうか。『ママだって、人間』(河出書房新社)を書かれた田房永子さんが、20代だった頃に『むだにびっくり』っていうミニコミを作っておられたんです。男性向け風俗産業に潜入して見えた「風俗事情」がいろいろ書かれていて、そのなかで一番印象的だったのが「男向けのサービスのバリエーションが多すぎる」ということなんですよね。なかには人形を貸し出しで届けてくれるものとかあるそうですね。
ああ、デリバリーヘルスのラブドール版。
北条:大学院で読書会をしたんですけど、男子学生含めてみんな唖然としてました。「こんなに種類が多いんだ!」って。女性向けの風俗産業が少ないのは、やっぱり女性側にもタブー意識があって、女性が性欲を持っていること自体が恥ずかしいという風潮がいまだに強いと思います。性欲は男性に開発してもらわなければダメ、「男性に魅力を発見してもらってこそ女性」というような価値観がずーっとあるんですよね……。
やはりそれは強固ですか?
北条:そう思います。明治、大正時代の医学書や大衆雑誌にも「妻の性欲は愛情と結びついているものなので、夫がちゃんと愛情を持って表現すれば、妻の性欲は花開く」とか書いてあるんですよ。今、男性向けのモテ本にも同じようなことが書いてあるケースは多いですよね。まったく変わってないなって思っちゃいます。
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