第3回
北条かや女性のマスターベーションにまつわる社会学
北条さんは、女性のマスターベーションについてどう考えていますか?
北条:歴史的に女性のマスターベーションに焦点が当たったのは40年前くらいですよね。1970年代にアメリカで発表された「ハイト・リポート」という性に関する調査をまとめた本が最初で、日本では1980年に雑誌『MORE』に掲載された「モア・リポート」がフェミニズムの歴史にとってエポックメイキングでした。調査対象になったのは20代女性が中心で、9割近くの女性がマスターベーションしていることがわかって、その方法も詳しく解説した。男性のマスターベーションに関しては、赤川学さんという研究者がまとめてらっしゃるように、明治期から医療書や大衆雑誌のなかで盛んに議論されていました。ですから、女性の自慰については1970年代にようやく語られ始め、1990年代以降は「モア・リポート」を皮切りにして調査が進み、例えば北原みのりさん(文筆家)がバイブレーターを扱うアダルトショップを1997年に開店するなど、前向きな解放が起きたんです。
ふむふむ。
北条:ところが2000年頃を境に解放へのバックラッシュが起きるんです。北原さんがわいせつ物陳列罪で逮捕されて、セックス特集を通じて女性の解放を訴えていた『an・an』ですら、「男性への『ご奉仕』が大事です」という論調に変わっていった。現在は、そこから約10年が経って、また状況は変わりつつあるのかなという気がします。irohaさん(女性用プレジャーアイテムブランド)が約2年前にスタートしたり、SILK LABOさん(女性向けアダルトビデオメーカー)が女性のためのAVを制作するようになったり。
今から考えると『ポップティーン』にマスターベーションの記事が載っていなかったのが不思議ですよね。
北条:そうなんですよ。圧倒的に記憶に残っているのは、女性のマスターベーションではなく「男性とのセックス」特集でした。男性のマスターベーション指南……つまりエロ本とかが欲望の自己完結を促すのに対して、「モア・リポート」もそうなんですが、女性の場合はマスターベーションを通じて、今付き合っている彼氏との関係を考えようっていう編集の仕方だったんですよね。自由回答の欄がおもしろくて「彼氏との行為に不満があったけれど、自分の身体と向き合うことで、快感のポイントがわかりました」とか「これでもっと彼氏との関係も楽しめそうです」みたいな声が多い。それが男女差なのかなと思うんですよ。女性の自慰行為は、あくまでも対男性とのコミュニケーションとか、自分の身体を知って男性にもっとうまく愛されるため、というほうに向いているのかなと。もちろん「ボーイズラブ」もありますし、違う女性もいると思うのですが。
結局「女」として濃い人生を送る術って何だろう?
『キャバ嬢の社会学』と『整形した女は幸せになっているのか』の2冊を読んでいると、北条さんの男性への怒りや女性であることへの苛立ちを端々から感じて、男である自分からすると気圧されるところがあります。でも、今日のお話を聞いていると、北条さんのなかにあるのは「女って何だろう?」という大きな疑問のような気がしました。
北条:そうですね。この社会で女として生きるということはどういうことなんだろう、という疑問は常にありますし、そのなかで整形する女の子というのは一定数いて、その子たちは何を考えているのかなって興味があります。
『整形した女は幸せになっているのか』には、美容整形を繰り返しているエッセイスト・中村うさぎさんへのインタビューが載っています。そのなかでうさぎさんが大病をされて治療の関係上、美容整形ができなくなっているという話をしていますね。そして北条さんはこう書かれています。「うさぎさんは今、『美醜の市場』から降りることの苦しみを体感しているようだった(中略)女としての承認を、狂おしいほどに追い求めてきた『私』と決別する苦しみは、当人にしか分からない」。
北条:はい。うさぎさんは、元々大好きで、非常に尊敬していた方です。
うさぎさんとのやり取りのなかで、北条さんはどのようなことをお感じになったのでしょう。
北条:うさぎさんはよく「地獄」という言葉を使われるんですけど、美容整形によって美しさを保つことで何歳になっても男性から欲情され続けることも、老化現象に苦しんでコンプレックスとずっと戦い続けることも、どっちを選んでも地獄はあるとおっしゃっています。でも、一時的とはいえ、美が完成したことが、彼女にとっては幸福だったと思うんです。それを彼女自身の意志で選んだこと、覚悟の肝の座り方が素晴らしいと思います。
そういう意味では、北条さんは「自分のための選択をするべき」というお考えですか?
北条:そうですね。性欲についても、美容整形についても、全部自分に跳ね返ってくることなので、何を選んでも天国と地獄があるのだと、うさぎさんに教えられたような気がします。何事も人のために選択していると、例えば性生活に満足できなかった時に、「全部パートナーのせい」ってことになりかねない。あとがきでも書きましたが、自分でカッコ付きの「女」としての生き方を選んだのであれば、苦しかろうが、楽しかろうが、堕落であろうが、本人にとっては密度の濃い人生になると思うんです。行動そのものによって生きるというか。そういうことができるツールとして、irohaや女性向けAVなどの、マスターベーションツールもあるのだと思います。整形に関しても、自分で選んだという強烈な感覚があれば幸福だと思うんです。「やらされている」という感じがあると、家事1つとっても、苦しみでしかないじゃないですか。
例えばirohaを使うことも、能動的な選択の1つ。
北条:そうかもしれませんね。欲望との向き合い方を知るためのツールとして、前向きに選択すればいいと思います。1997年に起きた東電OL殺人事件(OLとして働きながら、売春行為をしていた女性が殺された事件)のように、男性をお客にとることで性的承認欲求が満たされたりするとか、男性嫌悪を解消できたりする人もいれば、自慰行為によって自分の女を肯定する道を選ぶ人もいると思います。あるいはフェミニズムの運動を通じて、女が感じる男社会への違和感を自分の言葉で伝える人もいる。それは全部地続きなんですよね。何事も「やらされている」と感じると苦しいですけど、自分で選んだことだったら喜べるだろうなと思います。
イベント情報
TOmagazine企画 ~iroha夜の女学院vol.2
湯山玲子さんを講師に招き、日活ロマンポルノ作品・ジャパンSMの金字塔『夕顔夫人』を上映。 日本固有の耽美なエロスの世界を、湯山先生の解説を交えて多角的に迫っていきます。2015年7月5日(日)
OPEN 15:30 / START 16:00
会場:東京都 西麻布 音楽実験室 新世界
料金:2,500円(ワンドリンク付、先着15名にiroha miniをプレゼント)
※ 女性限定
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この度、『iroha』と『iroha FIT』がドイツのノルトライン・ヴェストファーレン・デザインセンターが主催する『レッドドット・デザインアワード プロダクトデザイン2015』(Red Dot Award: Product Design 2015)を同時受賞いたしました。