「ヌーヴェル・ダンス」と呼ばれるダンスがある。現在のコンテンポラリーダンスの源流と言われるこのダンスは1980年代のフランスで誕生した。長らくダンス界の権威とされてきたバレエからの脱却を試みたこのダンスからは、現在にまで影響を及ぼす数々の伝説的な作品が生まれている。このヌーヴェル・ダンスの中心人物である振付家ジャン=クロード・ガロッタの作品『ダフニスとクロエ』が今年4月、青山スパイラルホールで上演される。なぜ、この作品は伝説的なダンスとなり得たのか? アヴィニヨン演劇祭において絶賛をもって迎えられた初演から30年の時を経て、いまだ色褪せない輝きを放つこの作品の秘密に迫る。
「ヌーヴェル・ダンス」の第一人者、ジャン=クロード・ガロッタ
「コンテンポラリーダンス」と呼ばれるジャンルのダンスは、この10年で大きく認知度をあげてきたものの、それがどういうダンスなのかを説明するのが難しい。とてもダンスとは思えないような痙攣に似た動作を執拗に繰り返したり、ほとんど日常と変わらない動きをしたり、そうかと思えばしっかりと踊る人もいるし、逆に全く踊らないなんていうダンスも存在する。学ラン姿で踊るコンドルズも、テクノロジーと身体を融合させたダムタイプも、カニを振り回しながら踊るボクデスも、みんなジャンルとしては「コンテンポラリーダンス」に区分される。しかし、ダンサーたちに「コンテンポラリーダンスとは何ですか?」と聞いても、その質問に正確に答えられる人は少ないだろう。
「何でもあり」それが、コンテンポラリーダンスのほとんど唯一のルールであり醍醐味なのだ。そもそも「コンテンポラリー=現代の」という名前からして特定の様式を求めていない。様式や身体性では定義し得ないからこそ、ほとんど唯一の共通点である「現代に行なわれている」ということでしか束ねることができないのだ。
©Guy Delahaye
そんな、コンテンポラリーダンスの源流は諸説あるものの、1980年代にフランスで誕生した「ヌーヴェル・ダンス」に遡ると言われている。しかし、これもまたよくわからない名前だ。フランス語で「新しいダンス」という名前を持つこのダンスは、いったいどんなものなのだろうか? ものの本を紐解いてみよう。
「長らくバレエが独占してきたフランスやMベジャールの本拠地ベルギーのダンスシーンにおいて、アメリカのいわゆるポスト・モダンダンス、ドイツのタンツ・テアター、日本の舞踏といった雑多な影響によって生まれた」(『西麻布ダンス教室』白水社刊)
戦後、ニューヨークではジョン・ケージとコラボレーションを行ったマース・カニングハム、ドイツでは、先日ヴィム・ヴェンダースによる映画が話題となったピナ・バウシュや、アメリカ人ながらヨーロッパで活躍したウィリアム・フォーサイスらが活躍した。遥か遠くの国、日本でも土方巽や大野一雄が舞踏と言われる独自の身体性を確立してきた。それら世界各国のダンスシーンで勃興していたムーブメントを束ね、新たなジャンルとして確立させたのが「ヌーヴェル・ダンス」である。
この「ヌーヴェル・ダンス」の第一人者として、中心的な活躍を見せた振付家がジャン=クロード・ガロッタだ。
ニューヨークに留学し、マース・カニングハムらポスト・モダンダンスに影響を受けながら創作活動をしてきたガロッタ。その作品はすでに60作以上が発表されており、現在も世界中で上演されている。また、コンテンポラリーの作品だけでなく、リヨンやパリ・オペラ座バレエ作品の振り付けも手がけているフランスダンス界の大御所だ。
至る所に「愛」が存在する『ダフニスとクロエ』
ガロッタは日本とも関係が深い。過去には富山県利賀村をはじめとし、各地で上演を行なっているほか、SPAC(静岡県舞台芸術センター)ではダンスカンパニーの立ち上げを監修している。そんな彼が、今年4月、代表作である『ダフニスとクロエ』を上演するために来日する。
ジャン=クロード・ガロッタが振付を行った『ダフニスとクロエ』は、1982年アヴィニヨン国際演劇祭で初演された。古代ギリシア時代に書かれた恋愛物語は、バレエのスタンダード作品となっており、クラシック音楽のファンにはラヴェルの同名組曲でもおなじみだろう。そんな有名な物語を換骨奪胎したガロッタ版『ダフニスとクロエ』は、「傑作のひとつ」(リベラシオン紙)、「見せる芸術として与えられた最も美しい作品のひとつ」(ヌーヴェル・オプセルヴァトール誌)、「恋愛の真髄を描いた」(ル・モンド紙)と、初演当時から絶賛をもって迎えられた。
本来の『ダフニスとクロエ』は、エーゲ海のレスボス島を舞台に羊飼いのダフニスとクロエの恋愛模様が描かれる。ギリシャを愛することで知られる小説家・三島由紀夫もこの作品から深い影響を受け、『潮騒』を執筆。他にもゲーテやシャガールなど、ジャンルや時代を超えた芸術家たちが、この作品の持つ甘美な恋愛に心酔した。
では、ガロッタ版『ダフニスとクロエ』はどのような作品なのだろうか?
彼は、この作品を創作するにあたり、羊飼いのダフニス、その妻クロエ、そして牧羊神バーンの3人に登場人物を限定した。この3人の関係性に焦点を絞ることによって、ガロッタは「これぞフランス!」と思わせるような軽やかで激しい恋愛の位相を描いている。この作品の招聘を行った東京日仏学院・舞台芸術担当のコートニー・ゲラティー氏(Courtney Geraghty)はこう解説する。(以下、同氏のコメントはインタビューより抜粋)
「この作品には、至るところに愛が存在しています。最初から最後まで、そして舞台の端から端まで。ダンサーらは、非常に官能的で感動的な衝動の中を駆け回ります。『ダフニスとクロエ』で演出されている愛は、軽やかで喜びに満ちている。それは、非常にフレッシュで若々しい愛で、季節でいうならば、まるで春のようだと思います」
さらに、その独創的な動きのひとつひとつも注目に値する。ポスト・モダンダンスとバレエを融合させながら、躍動感とオリジナリティが絶妙なバランスでブレンドされている。とにかく「どう見たらいいかわからない」と言われることの多いダンスの世界だが、オリジナルで独創的な振付と共に、舞台に出現するクラシカルな美しさはダンス初心者にも圧倒的な説得力を持って響いてくるだろう。それは、振付家の古典に対する敬意の現れである。
「ヌーヴェル・ダンス」を合言葉に、ドミニク・バグエやジョセフ・ナジなど、さまざまなタイプの振付家が一斉に登場した80年代フランス。誰もが新しいダンスの出現にワクワクし、それまでに見たこともない新しいダンスへと時代の興味は向かっていた。しかし、ガロッタの目は違った。最先端のダンスと共に、古典にも愛を注ぎ続けたガロッタ。『ダフニスとクロエ』のみならず『ユリシーズ』や『ドン・キホーテ』といった古典的名作をモチーフとした作品を発表していることからも、その愛の深さがわかるだろう。彼は、過去にこのように発言している。
「過去のスタイルを時代遅れだと否定するつもりはありませんでした。ダンスの源流に対しては敬意を示していたかったのです。それはロシア・バレエ団であり、ニジンスキーであり、ディアギレフであり」…
「何でもあり」が原則のコンテンポラリーダンスを見慣れた目からみれば、『ダフニスとクロエ』は、とてもクラシカルな装いの作品として鑑賞することもできるだろう。シンプルにピアノだけを用いた演奏をバックに、流れるような動き、華麗な跳躍、ダンサーたちを美しく演出するリフト。「当時からジャンルや分野を混ぜることが好きでした。この作品にはクラシックやコンテンポラリーのダンス要素以外にも、ミュージカルや映画、イタリア・ネオリアリズムを参照した部分も含まれています」と振付家自身が振り返るように、さまざまな影響から新たな作品をつくっている。80年代はダンスが自由だった時代。「世界も、歴史も、神話も、モデルニテも、文学も、全てが『ダンスの対象』となったのです」
ゲラティー氏もこのように言葉を続ける。「ガロッタの様々なスタイルで魅せる自由な表現部分を特に見ていただきたいと思います。振付の動き(動線、舞台上での空間の使い方)もまた、この作品の中における見所です。ダンサーたちが見せる純粋な感情をシェアしてもらえればと思います」
現在も挑戦を続けるガロッタ
フランスダンス界が最も爛熟していた季節の記憶をそのままに上演されるジャン=クロード・ガロッタの『ダフニスとクロエ』。だが、伝説とされる初演から早30年。その意味も大きく様変わりしている。
初演ではガロッタ自身がダンサーとして出演していたものの、今回のステージはフランチェスカ・ズィヴィアニ、ニコラ・ディゲ、セバスチャン・ルディグという若い3人のダンサーに託された。また、初演時より演奏で舞台に華を添えていたアンリ・トルグのピアノは録音となった。何よりも、当時最先端だったこの作品は、時代の変化によってコンテンポラリーダンスの名作としてのポジションを獲得している。ここまでの名声を得たら、保守的になるのが自然の摂理のように思えるが、ガロッタの姿勢は常に挑戦的だ。
「私は、自らが振付家であり、作品の創作者です。(中略)モーリス・ベジャール、マース・カニングハムそしてピナ・バウシュが亡くなり、今後はコンテンポラリーの振付作品が中心となっていくでしょう。私が生きている間は、それが私の『クラシック作品』であっても、今を生きているようにします」
ガロッタがインタビューで答えているように、常に「今」にアップデートされていくガロッタの作品。40年近くにわたるキャリアを築きながら、その創作意欲は、若々しい時代のまま。「私は自分自身の深い部分へ、自分のダンスの原点へと戻ろうとしています。そういった意味では、初期の頃とそうかけ離れていないのではないでしょうか。私の『スタイル』とされてきたものは、時を経た現在、より受け入れられるようになり、ひとつの『スタイル』として認識されるようになりました」
ガロッタの原点回帰となっている2012年版『ダフニスとクロエ』。先行して上演されたフランス国内での公演は、初演時と変わらずに「美しさを演出する感動的な作品」(ル・モンド紙)、「最もポエティックで、優しく、面白い作品にひとつ」(ヌーヴェル・オプセルヴァトール誌)と、高い評価を獲得し続けている。およそ30年ぶりとなる伝説の舞台の再来日には大きな期待をかけずにはいられない。それは、観客だけでなく、公演を主催する東京日仏学院関係者もまた同様だ。
「私は、ダンス史に残るこの作品を日本で再演することが出来て、非常に嬉しく思います。そして、スパイラルホールにご来場される観客の皆様の記憶の中にも残る作品になってくれればと思っています。ガロッタの作品を象徴する本作品を是非観に来ていただければ、きっとフランスのコンテンポラリーダンスをご覧になれるでしょう。『クラシック』でありながら、『モダン』でもある傑作です」(コートニー・ゲラティー)
現在、コンテンポラリーダンスは、百花繚乱の時代を迎え、毎日のように刺激的で興味深い作品が上演されている。しかし、ともするとそのような状況は悪い意味での「何でもあり」となってしまい、その本質を見失わせることにもなってしまう。コンテンポラリーダンスの原点に立ち戻り、そのおもしろさを再確認するためにも、今年4月に上演される『ダフニスとクロエ』は見逃せない作品となるだろう。
- イベント情報
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- 『ダフニスとクロエ』
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2012年4月25日(水)、4月26日(木)OPEN 19:00 / START 19:30
※26日(木)上演後、トークショー有 ゲスト:ジャン=クロード・ガロッタ、クロード=アンリ・ビュファール(ドラマトゥルグ)
会場:東京 表参道 スパイラルホール
料金:前売・日仏会員・学生3,500円 当日4,000円(全席自由)
主催:東京日仏学院
会場協力 :株式会社ワコールアートセンター
助成:アンスティチュ・フランセ
- プロフィール
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- ジャン=クロード・ガロッタ
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ニューヨーク滞在中にマース・カニンガムらのダンスに影響を受ける。1979年グルノーブルにて、現在のグルノーブル国立ダンスセンター(1984年設立)の前身となる、グループ・エミール・デュボワを結成。ダンサー、俳優、音楽家、造形芸術家などが集まるグループとなった。その創作・振付作品は60を超え、世界中で上演される。リヨンとパリのオペラ座バレエ作品の振付も多数手がける一方、日本でも静岡県舞台芸術センター(SPAC)ダンス・カンパニーの結成に携わり、1997年から99年にわたって監修を務める。
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