関東地方もようやく梅雨明けが発表された七月某日。東京は青山に位置する、アートの事業化をめざす複合施設「スパイラル」を出発地とするバスツアーが始まろうとしていました。バスの目的地は、千葉県は柏市に誕生したばかりの新しい街です。「アートと住民を未来へとつないでゆく」というこの街は、一体どんな街なのでしょうか?
暮らしと関係して成り立つアートを
「今日は皆さんに、とある『不思議な街』に行っていただきます」――そうアナウンスを切り出したのは、三井不動産レジデンシャルの大宅将之さんです。「街の名前は『柏の葉キャンパス』といい、秋葉原からつくばエキスプレスに乗って27分の場所にある街です。270ヘクタールという大きな面積に、2万人以上が集まる街を構想しています」
270ヘクタール…。数字でピンとこなくても、この土地の大部分がかつてゴルフ場だったと聞けばその広さがわかるというもの。それだけ大きい街を開発するとなると、ありとあらゆるものが必要となります。そこで必要不可欠なものと挙げられたのが「アート」でした。
「皆が住み続けていく素敵な街になるためには、『ここが私の街だ』という誇りを持っていただくことが大切だと思います。そして活気溢れる楽しい街をつくるために、アートの力をお借りすることになりました」(大宅さん)
街とアートを結びつける――2006年の街開きとともに、アートと住民を未来へとつなぐべく、「五感の学校」というプロジェクトがスタートします。プランナーを務めたスパイラルの松田朋春さんは、「五感の学校」の特徴をこう説明してくれました。
「街とアートを結びつけるというと、街とはまったく関係のないアートが置かれていくことが多いと思うんですね。でも、それはすごく不自然だと思ったんです。ここは美術館の中庭じゃなくて、人が住まう場所です。もっと暮らしと関係した形で成り立つアートはないかと考えたときに、『五感の学校』というプロジェクトが生まれました」
「五感の学校」ではさまざまなワークショップが行われ、活動を通じて出来上がった作品たちが柏の葉キャンパスのなかに置かれているそうです。おっと、説明を聞いているうちに、バスが目的地に到着したよう。前置きはこれくらいにして、一体どんな作品が展示されているのか、さっそく観に行ってみましょう。
ものの見方を変えてくれる、可愛らしいアートたち
パークシティ柏の葉キャンパス二番街を歩いていると、あちこちで「小さな住民」の姿を見かけます。これはさとうりささんの制作した『かげもしゃ』という作品です。『かげもしゃ』は、「僕の影をつくろう!」というワークショップを通じて生まれた作品です。
写真右:さとうりさ
「この作品は、日が当たると壁に影が落ちるように配置されていて、その影が作品だ、というコンセプトで作っています。柏の葉は新しい街ですけど、ここに住む人たちが『自分たちよりも前から住んでいる住民がいる』と思って過ごせたら、すごく楽しいんじゃないかと思ったんです」(さとうりさ)
街の中には、広々とした芝生が広がっています。天気もいいことだし――と横になってみると、切り取られたように芝生のない箇所がありました。よくみると、飛行機の形をしています。実はこれも、東京ピクニッククラブによる『Grass On Vacation』という作品なのです。
東京ピクニッククラブというのは、街中でピクニックをすることを通じて社交をしようというグループ。柏の葉では、東京ピクニッククラブが中心となって、街ぐるみのピクニックも開催されてきました。
「ここにあるのは、いわば跡地です」と話すのは、東京ピクニッククラブの橿原徹さん。「ここにあった芝生が飛行機の形をして飛んでいって、それが街の中に現れて皆をピクニックに誘う――それが作品のコンセプトです。この不思議な形を子どもたちに解釈してもらって、さまざまな新しい遊びを発明してもらいたいと思っています」
子どもたちが、遊び方を考える
建物の壁に、クライミングウォールが現れました。なんともカラフル! これは大巻伸嗣さんの『トラバーシングウォール/タイムウォール』という体感型の作品です。近づいてみると…ホールドがなんと手の形になっていました。
「この作品は、以前から柏の葉に住んでいる方と、これから新たに住む方との交流を兼ねたワークショップから生まれたものです。ホールドの形は、そのワークショップに参加してもらった住民の手形なんです。過去の自分の手を今の自分の手とつなぐことで、この街に時間の層を作ろうというコンセプトです」(アシスタント・佐藤さん)
街にある保育園の中庭をのぞくと、表彰台が置かれていました。これも『表彰台』というアート作品です。
「学校をテーマにしたパブリックアートという依頼だったので、表彰台を提案してみました。学校に表彰台があったかというと、あまり記憶にないんですが」と笑うのは、アーティストの真喜志奈美さん。この表彰台、よく見ると少し変わった形をしているようですが…。
「この表彰台は四方向から登れるようになっているので、1位から9位まで表彰できます。作品といっても、子どもたちが好きに遊んで、ぼろぼろになってもいいと思っています。いちおう『表彰台』というコンセプトではありますけど、遊び方は子どもたちが好きに考えて楽しんでもらえたらと」
アートが街を設計する
柏の葉をモチーフにしたオブジェに、な、なんと落書きをしている人たちが。作品になんてことを!――というのは早とちり。これ、落書きを含めて、『マスターピース』という作品なのです。
「街の名前が『柏の葉キャンパス』ですから、ここに大きな黒板を設置したいなと思ったんです」――アーティストの佐藤好彦さんは、作品の背景をそう説明してくれました。「ただ黒板を設置するだけじゃなくて、住民の皆さんがここに好きに落書きをして、それがこの額縁におさまることで、傑作絵画になるといいなと思っています」。この街には遊び場がいくつも設計されているのです。
設計されているのはそれだけではありません。この街では、スタイリッシュにデザインされたマウンテンバイクと、一風変わったバイクスタンドをよく見かけます。武松幸治さんと柳原康弘さんによる「BIKE PROJECT」から生まれた、レンタルサイクルです。
写真右:武松幸治
「最近、駅前の放置自転車がよく問題になっています。自転車を取り巻く環境をもう一度考え直したいという思いが、この企画のベースにありました」そう語るのは、建築家の武松さん。どうすれば放置自転車を減らせるかーー武松さんが目をつけたのは、スタンドでした。
「スタンドがあるからどこにでも停められますけど、自転車からスタンドを外してしまえば、決められた場所にしか駐輪できないだろうと思ったんですね」
ミツバチをモチーフにしたカフェも登場
名前の通り、パークシティ柏の葉キャンパスの周辺には、いくつかの大学があります。住民とアーティスト、そして千葉大学とが恊働することで誕生したのが、「柏の葉はちみつプロジェクト」です。
街の中央に位置するコミュニティカフェの屋上にはハチが好む植物をセレクトしたガーデンが広がり、養蜂箱として「ハニータワー」が置かれていました。街でのミツバチの世話は住民による「柏の葉はちみつクラブ」などが行い、採取された蜜は一階にあるカフェでも提供されています。
「カフェのデザインは、すべてミツバチをモチーフに設計されています」――そう語るのは、ハニータワーとコミュニティカフェを手がけたアーティスト、ジャン=リュック・ヴィルムートさん。
「私がアーティストとして関心を持っているのは、人間と世界のつながりです。最初にこの場所を尋ねたとき、千葉大学の徳山郁夫先生、三輪正幸先生とお会いして話をしてゆくなかで、ミツバチにまつわるプロジェクトを進めようと思いました。ご存知の通り、ミツバチはどんどん消えかかっていますが、今の地球環境を考えるために非常に重要な存在なのです」
印象的だったのは、すべてのことが丁寧に設計された柏の葉キャンパスを歩く人たちの顔が、笑顔にあふれていたこと。柏の葉キャンパスは、「皆が楽しく過ごせる街」を目指して、丹念に街づくりがされていました。あなたもぜひ一度、柏の葉キャンパスに足を運んでみてはいかがでしょうか?
『パークシティ柏の葉キャンパス 二番街』
柏の葉キャンパス | 柏市 | 「世界の未来像」をつくる街
五感の学校
五感の学校プロジェクト ―パークシティ柏の葉キャンパス 二番街共用棟アート整備事業
主催:三井不動産レジデンシャル株式会社
企画制作:スパイラル/株式会社ワコールアートセンター、株式会社読売広告社
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