―辞めたいと思ったことはありませんか?
鈴木:ちっともないですね。みんな大変だって言うんですけど、 飽きないし、やればやるほど面白い。
竹下:嫌になることはありますけどね。
鈴木:地味な作業だなあとか、まだこれだけしか進んでないのか、とはときどき思いますよ。
―それは、お二人にタイプフェイスデザイナーとしての素質があったから思えることなのでしょうか?
鈴木:僕は最初からタイプデザインを職業にしたいと思っていたわけではないですし、タイプデザイナーの素質についてうまく答えることができません。ただ、1年間やってみたら分かります。面白いと思えるか、そうじゃないか。そこで面白いと思えたら長く続けられますし、向いていない人は1年ぐらいで辞めていってしまいますから。
竹下:いま、タイプフェイスデザインに興味を持つ人も増えているので、それは嬉しいですけどね。フォントベンダーも世代交代の時期で、若手の人材を欲しがっている。業界的には、私や鈴木さんより下の世代でタイプフェイスデザインをやっている人がほとんどいないんですよ。
鈴木:15年くらい開いているよね。
竹下:そうですね。書体ブームの波って激しくて、今はちょうどその大きなブームの波がきていると思います。
―それは何故ですか?
竹下:デジタルの普及が大きな要因になっていると思います。パソコンなどを通じて、若い人たちが色んなフォントを見たり使ったりする機会が増えていますし、小林章さんなどタイプフェイスデザイナーの有名な人がクローズアップされるようにもなりましたよね。それから、デジタル化していく社会のなかで、デジタルではないもの、たとえば写植や活字などへの注目が集まっているのも事実です。
―なるほど。確かにパソコンを通じて「文字にも名前(フォント名)がある」ということを知った人も多いと思います。
竹下:そうですね。そして、デジタルフォントもどんどん成熟してきました。私たちがこの業界に入った90年代前半には、使えるデジタルフォントなんて2〜3つくらいしか無かったんですが、今は表現の幅が広がってきていますよね。デジタル黎明期に登場したリュウミンや、それよりももっとデジタルな作り方をしている小塚やヒラギノ、そしてデジタルなんだけど柔らかい、活字時代の表現を取り入れている筑紫とか。これからもどんどん広がっていくでしょうし、そういう楽しみがあるのもデジタルフォントの魅力ですよね。
鈴木:同感です。それに、こうしたブームが来たきっかけとして忘れてはならないのが、先輩たちがフォントを発表したり、色々なところで講義をやってきたお陰で、たくさんの人の目に触れる機会が増えたことですよね。
竹下:確かにそうでしょうね。そして、私たちがこの業界に入って積み重ねてきたものを、次は若い世代に伝えていくべき時代にきたのかなという気はします。
鈴木:僕は竹下さんの前に多摩美で教えていたんですが、三年で辞めてしまいました。大学は好きだったし、伝えなきゃいけないという想いは今でもあるけど、改めて作る方に集中したくなったんです。AXISフォントが色々なところで使われて、喜んでくれる人がいることが分かって、そこで初めてタイプデザイナーとしての喜びを実感することができたと思います。一周して繋がった感じですね。
竹下:でも、鈴木さんが教えるのを辞めるとは思わなかったですけどね。
鈴木:その頃はまだブームではなかったですし、「こんなに面白い仕事があるんだよ」ということを伝えたかったんです。
竹下:鈴木さんはそれ以前から教育に携わりたいっておっしゃってましたよ。たぶん、小塚さん(小塚昌彦 1929年生まれ。モリサワにて「リュウミン」「新ゴ」を、アドビにて「小塚明朝」「小塚ゴシック」など重要なフォントを数多く手がけているタイプフェイスデザインの巨匠)の影響ではないでしょうか。
鈴木:それはあるかもしれませんね。あの世代の方のなかでは小塚さんのようなタイプのデザイナーは珍しいと思います。新しいものに対する好奇心や意欲が高いですし、現代的な感覚と問題意識を持っておられる方です。
竹下:それまでの書体作りって、自分が作りたいから作るとか、仕事が来たから作るのがほとんどだったと思うんですが、小塚さんは違ってますよね。思想があるというか、明確な理由やコンセプトを持って作るから、段取りを踏んでそれを周りの人に説明することもできるし、伝えることができる人だと思います。
鈴木:よく今でも長電話をするのですが、恐れ入りますよ。80歳になられるんですが、未だに文字に対してすごく熱い思いを持っていらして、励みになります。
―伝説的な人ですね。職人というより、クリエイターというイメージがピッタリで。
鈴木:職人以外の部分を沢山持っている人ですね。書体は本当に奥が深いんですよ。人がいるところには文字があって、文字があるところには書体が存在する。長い歴史の中で使い続けられてきた書体の末席に連なるものを作ろうとしているんだと考えると、感慨深いものがあります。
竹下:確かに、自分のデザインした書体が実際に使われているところを見た時は衝撃的でしたね。とても嬉しかったです。
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