映画『ノーボーイズ、ノークライ』レビュー

「優しさ」と「残酷さ」の入り混じった渡辺あや脚本

まだ明けやらぬ朝の海。神秘的でくすんだ「青」色は、どこまでも広がっている。輪郭のあいまいな風景から、浮かび上がるのは二人の若い男。「韓国」と「日本」、それぞれ異なる国籍を持つ彼らは、遠い海を越えてめぐり会った。でも、その時の彼らは、いまだ「カチカチに固まった二つの毛糸玉」に過ぎない。

妻夫木聡とハ・ジョンウ。日韓を代表する若手スターが、「家族への思い」に苦悩する男たちを演じるこの夏の話題作『ノーボーイズ、ノークライ』。「泣かない男なんていない」という副題のついた、さまざまな人間の「欲望」が渦巻く人間ドラマだ。監督は、気鋭の若手キム・ヨンナム。音楽は元電気グルーヴの砂原良徳で、主題歌にiLLといったイイ感じのメンツを揃えている。

そして脚本は、『ジョゼと虎と魚たち』(03/犬童一心監督)、『メゾン・ド・ヒミコ』(05/犬童一心監督)、『天然コケッコー』(07/山下敦弘監督)などを手掛けた、最も注目すべき脚本家のひとり、渡辺あや。繊細な感情を、「優しさ」と「残酷さ」の入り混じった視点で描く力量には定評がある。中でも『ジョゼ』には、その戦慄の展開に、人知れず涙をしぼった乙女たちも多いと聞く。そんな渡辺あやの魅力について、ちょっと真面目に考えてみるのが、このレビューの目的である。

映画『ノーボーイズ、ノークライ』レビュー

『ノーボーイズ、ノークライ』は、渡辺のオリジナル脚本だ。彼女は島根県に住んでおり、海辺にはしばしば韓国からの漂流物が転がっているという。そんな品々から得たインスピレーションは、日韓の若者が「どんなゲートも通ることなく、漂流物のように単純な物理としてお互いにたどり着く」という筋書きへと結実した。

ストーリーを、まず簡単に追ってみよう。幼い頃に、親から捨てられた孤児のヒョング(ハ・ジョンウ)と、絶望的な状況にある家族が重荷となり、自身の幸せを諦めている亨(妻夫木聡)。韓国と日本に生まれ、「家族を持たない男」と「家族に縛られる男」は、闇の仕事の下っ端同士として出会う。はじめは気持ちの通じ合わなかった二人だが、失踪した父を探す韓国人少女・チスの出現によって、互いに心の奥底で抱え込んでいた「何か」が、少しずつ形になりはじめる…。

映画『ノーボーイズ、ノークライ』レビュー

男たちが歌う『アジアの純真』

印象的なシーンがある。ヒョングと亨が、偶然通りかかったのど自慢大会に突如出場し、PUFFYの『アジアの純真』を熱唱する場面がそれだ。チグハグだった二人が、「アジアを結ぶ」大切さを説く(ように取れますよね?)歌詞をうたうことで、自然と心を通わせ始める。凡百のセリフを紡ぐのよりずっと、心がググッと鷲づかみにされる、なんとも不思議な場面なのだ。

渡辺自身はこのシーンについて、筆者の取材に対しこう語ってくれた。「一般的に、他人と深く共感しあうためには、言語的なコミュニケーションが必須だと思い込まれています。けれども、一緒に声を合わせて唄をうたうような、簡単でささやかすぎて、逆に手ごたえを感じにくいような、そんな軽やかなコミュニケーションが意外と必要なのでは」。「軽やかなコミュニケーション」=「『アジアの純真』の熱唱」、人と人とが理解しあうには、そんな「軽いノリ」が意外と大事だったりするのだ。


映画『ノーボーイズ、ノークライ』レビュー

ただ、ここでちょっと気をつけておきたい。渡辺の本当に独創的なところは、そうした「軽やかなコミュニケーション」を、すごくナイーブに、安易に信じちゃっているわけではないところだ。彼女の作品には、ちょっと驚かされるくらいの「エゲツなさ」が、しばしば差し挟まれてくる。それを観客は「ああ、すごくリアルだな」と感じ、一息に、この作者の描くものはホンモノだ!と理解するのだ。

例えば『メゾン・ド・ヒミコ』で、岸本晴彦(オダギリジョー)は、恋人の死が迫るのを見て「愛とかイミねーじゃん 欲望なんだよ それだけなんだよ おれはそれが欲しいんだよ!」と切羽詰まった顔で言う。また吉田沙織(柴咲コウ)は、ゲイ専用老人ホームの居住者たちが、「(ゲイだという事実を)こわがっているだけなんだよ!」と言い放ち、彼らの甘えを裁く(そしてその場はシーンとなる)。さらに『メゾン』や『ジョゼ』のエロシーンには、どこかざらついた雰囲気のリアルさが感じ取れる。

さて、そんななか『ノーボーイズ、ノークライ』では、亨は家族を養うためとはいえ、自らの妹を犠牲にする冷血っぷりを示し、なりふり構わず「金」を欲しがる。彼らは一様に、誰もが見て見ぬフリをしたがる、人間の奥深〜くにある醜〜い欲望の「エゲツなさ」を発揮したり、もしくはそうした「エゲツなさ」を告発したりする。

しかしそこには、渡辺の逆説的な狙いがある。つまり、渡辺は信じようとしているのだ。そんな散文的な人間の生活に、ある「奇跡」のような瞬間が訪れることを…。

映画『ノーボーイズ、ノークライ』レビュー

「軽やかなコミュニケーション」という奇跡

脚本で、表現したいこととは何か? という問いにも、渡辺からコメントをいただいた。「自分というもののちっぽけな内側なんて、正直なところ見飽きているし、退屈そのものです。それでもあるきっかけや流れの中で、驚くような色彩を見せてくれることがあります。それはちょうど、虹とか夕焼けが現れると、空がすごく珍しいものに見えるのに似ています。私の中に、表現に値するものがあるとすれば、その瞬間の情景だけ。それをいかに適切な形でアウトプットするかが、自分の一番重要な仕事なのだと思っています。」

渡辺の中にある美しい「情景」とは、「軽やかなコミュニケーション」が成立した、「奇跡」のような瞬間のことなんじゃないだろうか。人と人が、直接的な会話をする必要なしに、強い感情で結ばれること。渡辺が思い描くそうした「情景」に、本当の説得力を持たせるためにはどうすればいいのか。そのためには、一度、人間の誰もが隠し持っている「地獄」を垣間見る必要がある――。こうした渡辺の態度からは、人間というものを底の底まで描こうとする「誠実さ」というべき姿勢が、ビシビシと伝わってくるのだ。

輪郭を失った、どこまでも神秘的な「青」色の中で出会った、二人の男たち。「人同士の緊張が解けやすく、つながりやすい」夏を舞台に、ときにユーモアを交えながら、紡がれていく「軽やかなコミュニケーション」。「泣くなよ 王子 もし 目が覚めたら 笑ってやるよ」、そう呼びかける男たちの、カチカチだった毛糸玉はいつしかほぐれ、立派な「毛糸の結び目」ができていましたとさ。

映画『ノーボーイズ、ノークライ』レビュー

渡辺あやは、物語の出口に、いつも「希望」を用意してくれる稀有な作家なのだった。

information

ノーボーイズ、ノークライ

『ノーボーイズ、ノークライ』

映画『ノーボーイズ、ノークライ』オフィシャルサイト

シネマライズ、新宿武蔵野館、シネ・リーブル池袋ほか全国ロードショー

監督:キム・ヨンナム
脚本:渡辺あや
音楽:砂原良徳「No Boys, No Cry Original Sound Track」(Ki/oon Records)
主題歌:iLL“Deadly Lovely”(Ki/oon Records)

出演:
妻夫木聡
ハ・ジョンウ
チャ・スヨン
イ・デヨン

配給:ファントム・フィルム
宣伝:スキップ



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