彼らがサボっていたわけじゃないことは、ライブが始まってすぐにわかった。伊藤愛のドラム、倉地悠介のベースからなるリズム隊は格段にレベルアップをして、PBLの根底にあるダンスミュージックとしての機能性を高めていたし、坂本龍一と小室哲哉とレイハラカミとケビンシールズを一人でこなしてしまうキーボードの恒松遙生は、さらに特異でポップな音響世界を確立していた。そして本命のナカノヨウスケはというと…。
は、彼を見ていて心が躍った。10周年を祝いにきたお客さんたちを前に、嬉しくて居てもたってもいられない顔をして歌っていたからだ。それに昔と変わらず、言葉をメロディーの上に転がしながら客席に話しかけてくる彼の姿は、見ても聴いても楽しかった。だけど次第に、だんだんと、目が彼から離れていく。
ぼくを魅了した彼の魅力は色あせていないけど、今の自分はもうそれを喜べなくなったのかもしれない。ずっと目を閉じて歌い続けるナカノが、客席にいる「ぼくら」ではなく、「自分自身」に向けて歌っているようにしか見えなくなってしまったのだ。この気づきはつらかった。
エンターテイメントであるべきなのか?」という問いが、頭をよぎる。数年前、自分が音楽活動をやめるときに、ぐるぐると頭の中を駆け回っていた問いだ。マネージメントサイドから出るさまざまな指示に従ったり、売れるためにどうしなきゃいけないのか考えたり、そういうことが音楽活動をする上でなぜ必要なのかわからなかった。いい物をつくったら売れるのか、売れる物を目指した物づくりをするのか、求めるのは同じ「売れる」でも、その過程はまったく違う。そしてぼくは、今振り返ればとても子どもっぽいけれど、「もっと自由にいい物をつくりたい!」と思って音楽をやめたのだった。さらに言えば、自分にとっての「いい音楽」が、世の中にとっての「いいエンターテイメント」になれる気もしていなかった。
「自分自身」に向けて歌っている、内にこもった表現を否定するつもりもないし、これまでの人生のなかで、そういった表現に心を救ってもらったこともたくさんある。誰だか知らないアーティストに「がんばれ」と歌いかけられるより、苦しみながら葛藤をつづけている人間の生き様を見せつけられたほうが、よほど「がんばろう」と思える。でもそれほどの表現をなし得た人間は、歴史上にほんの一握りしかいない。魂をすり減らして、しまいには本当に消えてしまうくらい極限の感情表現なんてできなくて当たり前で、ましてやそんな自己表現がエンターテイメントとして多くのひとを魅了するなんて、奇跡みたいな出来事だろう。
2部構成に分かれていたライブの第2部で、彼は豹変してみせた。楽しくて楽しくて仕方がないといった風に、客席に向けて心からの笑顔で歌い続けた。きっと第1部でもこういう風に歌いたかったんだろう。それまでため込んでいた喜びが一気に爆発して、我を忘れたように前のめりに向かってくる。前のめり過ぎて、演奏を2回も止めて歌い直す。「みんなゴメン! でももう1回やらせて!!」って。見てるこちらが笑っちゃうくらい、最高にエンターテイメントで美しいステージが立ち上がったのだ。ライブで演奏をやり直すだなんて褒められたことじゃないし、未完成はなはだしいけれど、お客さんたちはその出来事を楽しめているようだった。それ自体がひとつの演目といえるくらい、その時のナカノの情熱そのものが、お客さんを楽しませるほどの輝きを放っていたのだ。この第2部こそ、ようやくPBLが新しい一歩を踏み出した瞬間だった。
ぼくは、この連載という形でPBLを追いかけることにした。5年間も葛藤して、それでも音楽をやめなかった人たちが今目の前で、いきいきと新しい一歩を踏み出している。彼らのドラマの続きが気になるのも本当だし、それがハッピーエンドになっても、たとえ失敗に終わっても、ぼくやこの連載を読んでくれた人たちにとって、何かを気づかせてくれるだけのストーリーが待っているような気がするのだ。なにせ20代のほぼ全てをバンドに賭け、ある意味で「普通の道」からコースアウトした人間たちが、人生の一大勝負をしかけるのだ。ひとの人生の貴重な一時期を、裏も表もリアルにドキュメントする。ここからきっと、ひとが生きてくために何が大切なのかとか、「音楽」とよばれる表現にはどんな力があって、それが売れたり売れなかったりするのは何故なのかとか、さまざまな答えが見えてくるだろう。
待たせちゃって本当にごめんなさい。でもようやく、来年の1月には、セカンド・アルバムを出します」
10歳になったこの2010年7月17日、彼らはまた、因縁の「セカンド・アルバム」の制作に取りかかることを告げた。5年間、やろうと思ってできなかったこと。でも、やろうとしなきゃできないこと。どんな作品が出来上がってくるのか全くわからないけど、ワクワクしている。
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