『音楽を、やめた人と続けた人』

『音楽を、やめた人と続けた人』〜PaperBagLunchbox 空白の5年とその後〜 第6話:愛の爆心地から運命の丘へと向かうサードアルバム『Ground Disco』

音楽を、やめた人と続けた人 第6話:愛の爆心地から運命の丘へと向かうサードアルバム『Ground Disco』

連載『音楽を、やめた人と続けた人』  〜PaperBagLunchbox 空白の5年とその後〜 第6話:愛の爆心地から運命の丘へと向かうサードアルバム『Ground Disco』をdel.icio.usに追加 このエントリーをはてなブックマークに追加 連載『音楽を、やめた人と続けた人』  〜PaperBagLunchbox 空白の5年とその後〜 第6話:愛の爆心地から運命の丘へと向かうサードアルバム『Ground Disco』をlivedoorクリップに追加 (2011/01/12)

が終わると、電車内の環境音が流れてくる。電車に乗って"帰れない街"に想いを馳せ、<どんな夢の中におぼれても あの笑顔には出会えないだろう>と「彼女」を振り返る。アルバム中で最もシンプルな演奏で綴られた、切なさに身が切られるナカノらしいバラード曲だ。

加藤:この曲も何かが足りない印象があって、レコーディング直前にキーを半音さげて演奏したらようやくしっくりきて。ブルース的なアプローチがぴったりはまった。

伊藤:この曲にはわたし、感情移入できない(笑)。でもそのお陰で非常にクールに叩けた。

加藤:情熱的になり過ぎなかったお陰で、いい枯れ具合が出たがすごくよくて。お陰でナカノの歌の世界観がさらに引き立って、本当はいれる予定だったギターがなくても成立してしまった。

PBLには珍しくオールドロック調なこの曲は、それらしく、最後にはギターとハモンドオルガンによるソロ演奏の絡み合いが繰り広げられる。心の暗闇を描いたブルースソングらしい演出だ。

加藤:あのギターは、musiquo musiquaというバンドの田村くんに弾いてもらったんです。最初はようちゃんと早弾き合戦みたいになっちゃって全然ダメだったんだけど、歌詞をちゃんと読んでもらった上で演奏したら、とにかく切ないフレーズしか出てこなくなって(笑)。それが正解だし素晴らしい演奏だったんだけど、要するにこの曲は"VELVET"と同じで、ナカノヨウスケの完全勝利。この暗さは、他の人間には絶対にだせないと確信した(笑)。

そうして出来上がった"帰れない街"は、PBLの個性として確立されている叙情的な美しさをもつトラックに仕上がった。加藤が言う通り、ナカノのリアリティー溢れる生々しいエネルギーが頭にこびりついて離れなくなる。

PaperBagLunchbox

そしてこのロードムービー最後のシーン。薄暗い"ストップ"、"帰れない街"の先に待っていた終着地点"運命の丘"。ぼくはその曲を聴いたとき、その驚くほどに優しい歌声と情景が広がったとき、グッと胸がしめつけられ、このアルバムがひどく愛おしくなった。何度も解散の危機を迎え、ぶつかり合い、心身をすり減らしながら音楽を作り続けてきたPBLが、こんなにも穏やかな心で、音楽を紡ぎ出している。その事実に、救われた気持ちになったのだ。

ナカノ:この曲は、俺が昔から弾語りでやってたんです。バンドで試したこともあったけど、その当時のPBLには演奏できなくて、お蔵入りしてて。それで今回、加藤さんから「アルバムの最後は救いのある音楽で終わらせたい」って話があって、この曲にもう一度チャレンジしてみたんです。

そうして"運命の丘"は、恒松がサビのコードに修正を加え、バンドが新たなアレンジを施したことで、PBLの楽曲へと生まれ変わった。優しさと温もりのある音楽を表現できるバンドへ、成長していたのだ。そしてPBLの成長の他にもう1つ、この曲が完成するのに必要不可欠な存在があった。バイオリンとコントラバスの生演奏が曲全体を覆い、壮大で温もりのある世界観を演出しているのだ。

加藤:最後の最後で昇天する。そういうアルバムにしたいと思っていたから、この曲には絶対に弦楽器の生演奏をいれたいと思ってて。それで、ようちゃんに考えてもらった弦アレンジを、チーナというバンドのメンバー二人に弾いてもらったんです。

にもし二人の伴奏がついていなかったら、間違いなくこの曲は、今とはまったく違うアレンジが必要になったはずだ。そして実は一度、加藤はその「まったく違うアレンジ」を思案したことがあった。チーナに、ゲスト参加を断られてしまったのだ。

加藤:チーナもちょうどバンドとして重要な時期で、どうしてもスケジュールが合わなくて断られちゃったの。それでしばらく、この曲のアレンジをどうするか悩んでて。みんなには「大丈夫だから」って言ってたけど、どうしたら良いか全然思いつかなくて、内心はすごく焦ってた。で、そこまで悩んだんだけど、それでもスタジオミュージシャンを雇うつもりは全くなかったんです。このアルバムは、PBLのことを理解しているメンバーだけで作らなきゃいけないと思ってて。

「加藤組」というロゴマークがアルバムクレジットに記載されるほど、そのこだわりを徹底した理由とはなんだろうか。「いらないこだわり」とまで言いながらも加藤が守ってきたのは多分、「PaperBagLunchbox」の純度だ。たとえゲストミュージシャンを呼んだとしても、PBLの音楽や人となりを理解した上でしか生まれ得ない演奏がある。

加藤:"帰れない街"で田村くんに演奏してもらったときに、「このこだわりは間違ってない」って確信したんです。それで俺は、まだ田村くんが演奏してるうちに席を立って、もう一度チーナに電話をしたの。そしたら色々な偶然が重なって、演奏してもらえることになった。

不幸中の幸いとはまさこにこのことだった。歌が録り終わっていないこともあり、無理を承知で予算と日程を追加していたため、ギリギリでチーナのスケジュールと擦り合せることができたのだ。

加藤:OKが出たとはいえ、チーナから出てきた日程が、マスタリング(アルバムの最終データを作る作業)の前日だったんですよ。ミックス(曲の最終データを作る作業)のことを考えたら、絶対にあり得ない日程。それでもチーナに演奏してもらわないとこのアルバムは完成しないって確信してたから、エンジニアの吉岡に無理を承知でお願いをして、「無理」って言われたけど、それでもやってもらった。

恒松:でも本当に、そこまでした甲斐があったんですよ。

加藤:ようちゃんが考えた弦のアレンジが、生の演奏にさし変わっていく時の感動はすごかった。最後はもう本気でガッツポーズしたもん。正直言って、大してミックスしないでも十分なくらいバッチリだった。

こうしてアルバム最後の曲は、マスタリング前日まで作業が続けられた末に完成したわけだが、実はここでもう1つ、加藤には懸念が生まれていた。このギリギリの勝負を正面から戦い抜いたお陰で、このアルバムは本当のゴールを迎えられたのかもしれない。

加藤:ロードムービーって、最後まで何も起こっちゃいけない。淡々と進んでいって、色んな景色や想いが流れていくけど、最終的にはちゃんと同じ位置に帰ってこなきゃいけないと思っていて。"運命の丘"に生の弦が入ったことで、予定通りの壮大さが生まれて、昇天できたのはいいんだけど、今度はロードムービーを元の世界に着地させなきゃいけなくなって。それで、弦の演奏を録音している時に、演奏が終わった後のみんなのやり取りを内緒で録音しておいたの。ほんと、ギリギリで思いついたアイディアだった。

本当に些細な気配りだが、"運命の丘"の最後を締めくくっているたった数秒のスタジオ内のやり取りは、壮大な楽曲の余韻を吸い込みながら、曲ではなく、アルバムの余韻に想いを馳せる時間を与えてくれる。もしもこのやり取りが入っていなければ、壮大な"運命の丘"の終幕で十二分に満たされ、リスニングタイムを終えてしまったかもしれない。でも、楽しげにレコーディングの終了を喜んでいるメンバーたちの、楽しげな声色を聞いていると、何だかもう一度アルバムを頭から聴いてみたくなるのだから、音楽というのは面白い。最後まで諦めずにこだわり抜いた加藤の手腕によって、このアルバムは目指すべきゴールへ辿り着いたのだ。

ここまで詳しく、一つのバンドの人生と、一つの作品のディティールを追いかけたのは始めてだし、これからもこんな機会は二度と巡ってこないかもしれない。WEBに掲載される記事としてはあまりにも膨大な文字量で、読者の皆さんには大変申し訳ないと思うが、ここまで詳細な情報をもとに楽しめる音楽作品など、他にはあり得ないという絶対的な自負を込めて、些細なことまであますことなく書き記すに至った。これも、文字数に制限のないWEBだからこそ許された試みとして甘受してほしい。そして願わくば実際にこのアルバムを聴きながら、この連載に残された彼らの軌跡を思い返してみてほしい。きっといつもより新鮮で生々しく、音楽が胸に響いてくるんじゃないだろうか。

こうしてPBLは、ようやく元いた場所に戻ってきた。確かに大変な道のりだったから、「お疲れさま」と労をねぎらいたい気持ちもあるが、実際はまだ、スタートラインに辿り着いただけである。「苦悩や葛藤を乗り越えてアルバムをリリースしました」なんいう話で終わって、許されるはずもない。だからこの連載も、サードアルバムが全国発売された今日、ようやくスタートラインに立ったと言ってもいい。彼らの「結果」を追いかけられるからだ。

音楽を続けるという人生の選択をし、CDをリリースする。それは社会に対して、自分たちの価値を問うことでもある。仕事として、ビジネスとして、「お金」というもっとも分かりやすい価値基準のなかで比較・評価されるべき行為だと、ぼくは考えている。そういうわけで、これから彼らのCDが売れるのか売れないのか、彼らのツアーに人は集まるのか集まらないのか、そうした「結果」を描かなければ、このドキュメンタリーはゴールできない。第4話でナカノが語ったように、ツアー最終日、3月26日のワンマンライブのチケットが売り切れるかどうかも、分かりやすい焦点の一つだ。

これがテレビドラマなら、葛藤を乗り越え復活したPBLは、その後に成功をつかめるかもしれない。でも、現実は甘くない。復活した彼らが、シーンに風穴をあけられるのか、それとも再び立ち止まってしまうのか、彼らのリアルストーリーはまだまだ続いていく。

PaperBagLunchboxの近況コーナー

遂にサードアルバムをリリース!

Ground Disco

PaperBagLunchbox『Ground Disco』
2011年1月12日発売
価格:2,415円(税込)
WRCD-47 / Wonderground
amazon iTunes

■Side A
1.Ground Disco
2.アーバンソウル
3.watching you
4.キスレイン
5.VELVET
6.月のまばたき
  ■Side B
7.明け星
8.オレンジ2011 ver.
9.マイムを踊れ
10.ストップ
11.帰れない街
12.運命の丘

※PBL初のライブアルバム『PBLive1』の
ダウンロードパスコード同梱



1月末からは20ヶ所を越える全国ツアースタート!

ツアー初日の1月27日は、CINRA主催の無料イベント『exPoP!!!!!』です。
アルバムの試聴やツアー情報が掲載されている特設ページへ

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