『音楽を、やめた人と続けた人』

『音楽を、やめた人と続けた人』第8話:連載の休止とPaperBagLunchbox解散の顛末

音楽を、やめた人と続けた人

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(2014/08/12)
第8話:連載の休止とPaperBagLunchbox解散の顛末
PBLの物語は終わり、あっという間に風化していった
この連載がストップしてから、いつの間にか3年半もの月日が流れていた。最後の更新が2011年2月23日なので、東日本大震災が起きる2週間ほど前のことだ。だからこの「3年半」というのは、世の中が激動し、当たり前が当たり前ではなくなり、価値観が変わる、とてつもない時期だったし、それだけに、この連載で追いかけたPaperBagLunchboxというバンドのツアーが途中で中止になったことも、その後にボーカルのナカノヨウスケが失踪し、遂にはバンドが解散したことも、さらにはPBLが所属していたレコード会社「ワンダーグラウンド」の担当スタッフたちが会社を去ったことも、遠い過去のことにように思い出される。全ては、あっという間に風化したのだ。
この連載を更新していた当時、この連載は、一般的には無名なバンドのドキュメンタリー連載でありながら、名だたる著名人のインタビュー記事を差し置いて、もっともアクセス数を集める記事になっていた。それくらいに彼らの物語はドラマチックだったし、「空白の5年」(詳しくは過去の記事を参照)を経た後の現在進行形の復活劇は、スリリングだった。夢を追いかけている人だけではなくて、サラリーマンだってOLだって、みんな自分の人生をいいものにしたくて、必死になって頑張ってる。そういう人たちの心に触れる何かが、PBLの物語、そしてその音楽には確かにあったし、彼らの活動も、この連載も、ハッピーエンドに向かって一気に加速していた。
頑張って、努力して、そうしたらちゃんと結果もついてくる。そういう、信じるべきゴールが、PBLの目の前には確かにあった。そしてそこに向かって躍動する彼らを描く喜びが、この連載にはあった。だから、その一切が破綻して、「頑張ったけどダメだった」という冷酷な答えが出てしまった後、ぼくはそれをどんな風に描き、伝えればいいのか、ずっとずっと答えが出せないままだった。そうして3年半も、放置してしまっていたわけだ。
連載の続きを書くキッカケを与えてくれた、2つの出来事
では、今更この連載を更新する意味はどこにあるのか? ここで答えをだすには早すぎるが、連載の続きを書くキッカケとなる出来事が、2つ起きたのだ。

1つは、ボーカルのナカノヨウスケが、Emerald(エメラルド)というバンドを組んで、新しい一歩を踏み出したこと。そしてもう1つは、PBLのマネージャーであり、レーベル「ワンダーグラウンド」のオーナーの一人であり、つまりPBLのフィクサーであった加藤から、この連載を更新する後押しを得たことだ。
最初に書いておかねばならない。ナカノと加藤、この二人は、互いの能力に対する激しい愛情と、人間に対する激しい憎悪をぶつけ合い、共に心に深い傷を負い、ボロボロになり、決別した。それくらいに二人とも、全てをPBLに注ぎ込み、PBLの成功に向けてありったけの時間と労力を使ってきた。だから、その成功が消え去ってしまった後、そのことをありありとぼくが描くことを、快く思えるはずもない。失踪事件を経て今もなお音楽活動を続けているナカノはまだしも、一連の出来事の後、ワンダーグラウンドから身を引いた加藤にとっては、なおさらだ。
話が進展したのは、今年の春のことだった。Emeraldがアルバムをリリースするという話を、リリース元のレーベルオーナーから知らされ、そして取材を打診されたぼくは、いつか絶対に書かねばならないと思っていたこの連載の続きを、ようやく書けるかもしれないと考えた。しかし、ことはそんなに単純ではない。ある意味でEmeraldのプロモーションにもなるこの話、加藤の心情を考えれば、許しを得るのは難しいはず。この連載は、加藤とともに企画を考え、立ち上げたものだ。だから彼の了承を得られなければ、Emeraldの取材自体断るつもりでいた。

加藤に、どんな風に伝えるのがいいだろうか。そんなことを考えていた矢先に、まったくの別件で、久しぶりに加藤からメールが来た。不思議なタイミング。これも何かの縁だと思い、ぼくは加藤にメールを打った。
―加藤さん、ひとつご相談が。ナカノくんが始めたバンド、インディーズですがCDを出すらしく、そのプロモーションをCINRAでしたいという話が、レーベルからぼくのところにきました。やるならば、あの失踪事件あたりから、きちんとテキストをまとめる責任が、ぼくにはあると思っています。加藤さんからもお許しいただけるなら、あの続きを書きたいと思うのですが、いかがでしょうか?

それに対して、加藤から戻ってきた返事がこれだ。

加藤:フユキ(ナカノのこと)の話も曽根(ワンダーグラウンドの元社員で、PBLの現場マネージャーだった人物。今は別のレコード会社に転職したが、今でも一緒に仕事をさせてもらうことが多い)から軽くききました。万作くんが「自分の編集者魂が!」と燃えてたと聞いてます。これに関しても、フユキがうまくいくことがすべてだと思うので、力を貸してあげてください。
ただ、震災から、もうそんな経つんですね。自分は、情けないことに、PBLにすべてを注ぎ込んだつもりなので、あの一連の流れから立ち直れているとは言い難いのが事実です。
昔、ジョー・ストラマーがクラッシュの解散について「不注意で床に落としたら、粉々に割れちゃったようだ」と言っていましたが、まさにその感覚です。是非、その経緯を記録に残すべく、事実を掘り起こしてください(ただ、フユキは、逃げた張本人なので一抹の不安は残ります)。
予想だにしなかった返答だった。とくにこの、「フユキがうまくいくことがすべてだと思うので、力を貸してあげてください」というフレーズ。3年半前のことを考えると、簡単に許せるはずもない。加藤自身も深く傷ついたからこそ、そして今、前向きに歩んでいるからこそ、ナカノのことを許し、応援することができたのだろうか。いずれにせよ、連載更新の許しを得るとともに、PBLに対する加藤の親心の深さを今更ながら確かめた出来事だった。
さて、長い長いリード文になってしまったけれど、こういうことがあって、ぼくは今回、あの時に書けなかった一連の出来事について、ナカノに取材をした。加藤のメールにもある通り、ナカノの話というのは、あくまでも「逃げた側」だけの視点だ。それについては留意しつつ、なるべく客観的な視点で描くよう、心がけたつもりだ。
 

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