「人っていうのは、実に面白い」。これは僕が、バンドマンながらにCINRAというメディアを作りはじめ、のめり込んでいく理由になった「発見」だった。音楽のことしか知らないのに、アートや映画や演劇の人たちにも取材をしに行き、もの作りに対する姿勢や考えの深さに刺激を受ける。ヒットチャートなんて糞食らえ! と思っていたのに、売れてるミュージシャンに話を訊いてみたら、その想いの強さや背負っているものの大きさに感銘を受けて帰ってくる。大きな企業の社長はもとより、サラリーマンやOLに取材をしても、人それぞれの考え方や生き様やドラマがあって、考えさせられることばかりだ。だから、「人」のことをありありと掘り下げていけば、それは自ずと面白い記事になるし、人の面白さがあらわれた記事は、知名度に関係なくアクセス数は高くなる。
結果的にこの連載は、PaperBagLunchboxというバンドの復活と終わりを描いたことになったわけだが、その内容は「バンド」や「音楽」という枠組みを超えて、「人」の生々しい生き様を刻みつけるものとなった。多くの読者にとって、ナカノヨウスケは自分の身近にいてもおかしくない「誰か」であり、在りし日の自分自身だったのかもしれない。だからこそきっと、多くの人がこの連載の内容に興味を持ち、読んで下さったのだろうと想像している。本当にありがたい話だ。
さて、この連載の主人公とも言うべきナカノヨウスケは、PBL解散後にどのような人生を歩んだのか。連載スタートから丸4年経って、これでこの連載も、最終回になるはずだ。最後の最後、ナカノと今の彼のバンドEmeraldに、この連載のことを振り返ってもらいつつ、「音楽を続ける」ことの意味を問った。
連載を振り返る前に、まずはナカノヨウスケと、彼が今心血を注いでいるバンドEmeraldのメンバーとの出会い、そしてEmeraldの始動について、書いておきたい。そこにもやはり、「人」が作り出すちょっと不思議なドラマがあるのだ。
そもそもの発端は、ナカノが幼なじみと組んでいたオルケスタ・ファミリアというバンドに、Emeraldのベーシスト「藤井智之(ふじいさとし)」の兄がいたところから、物語が始まっていく。
しかしその藤井智之、もともと大学の音楽サークルなどでベースの腕を磨いていたものの、大学卒業後はずっとベースから離れていたらしい。これはこの『音楽を、やめた人と続けた人』という連載にとっても象徴的な話で、まさしく彼も一度、「音楽をやめた人」だったのだ。
ところがそんな藤井に、ある日、突然の転機が訪れる。2010年の春、オルケスタ・ファミリアのイベントを手伝いに来ていた藤井に対してナカノが、「今日“オレンジ”(PBLの代表曲)を演奏したいから、智之、ベース弾いてくれない?」と、唐突かつ理不尽な依頼をしたのだ。
ところがそんな藤井に、ある日、突然の転機が訪れる。2010年の春、オルケスタ・ファミリアのイベントを手伝いに来ていた藤井に対してナカノが、「今日“オレンジ”(PBLの代表曲)を演奏したいから、智之、ベース弾いてくれない?」と、唐突かつ理不尽な依頼をしたのだ。
ナカノ:智之が“オレンジ”を完コピしてるって話を聞いたことがあって、ベースが上手いのも分かってたし、その日はPBLのメンバーも観に来ることになってたから、違うメンバーで演奏したらどう聴こえるか、彼らにも聴いてもらいたいと思って(笑)。 「音楽を続けた人」に誘い込まれるように、再びベースを手にした藤井は、その日見事に“オレンジ”を弾きこなしたわけだが、不思議な出来事が起きるのは、ここからだった。
Emeraldの楽器陣四人はもともと同じ大学に所属し、別々のサークルで活動しつつもお互い交流のある仲であった。中でもギタリストの磯野とキーボードの中村は、大学生の時から一緒にバンドを組み、オリジナル曲を作っていたそうだ。しかしよくある話、音楽性の違いでバンドは解散。大学も卒業し、社会人になった磯野と中村だが、そこで音楽を諦めることはなかった。バンドが解散になってしまった理由をきちんと受け止め、新しいバンドの明確な方向性を精査するため1年ほどバンド浪人を続けた二人は、遂に新しいバンドを結成しようと動き出す。ベーシストとして藤井に白羽の矢を立てた二人は、奇しくも藤井が再びベースを手にしたその日に、藤井に電話をかけたのだ。
藤井:突然“オレンジ”を弾けって言われて演奏したその日の夜、2~3年ぶりに磯野から電話が来たんです。それで「大事な話があるから、取りあえず今から家に来ない?」って言われて。夜中の0時半とかですよ?(笑) でも深刻そうな雰囲気だったから、急いで彼の家に行ったら、「最近さ、俺らこういう音楽を聴いたりしてんだよね」「藤井どう? こういう音楽好き?」って、数時間にわたりいろんな音楽を聴かされ続けたんですよ。終電ないからわざわざタクシーで来てるのに、このまったく意味が分からない状況はなんなんだ! と思って(笑)。
藤井智之(Ba)
磯野:その日にPBLの人と演奏したとか言ってるし、なかなか切出せなかったんだよね(笑)。でもさすがに、「やー、ちょっとバンドを一緒に……やらないかなと思って」って話したら、こちらがしゃべり終わる前に前のめりで「やるやる!」って言ってくれたんです。そこから、ドラムは高木がいいって全員一致で決まって、そのノリで「もう今すぐ誘おうよ!」って、朝の5時に高木に電話したんです。
藤井:もちろん電話に出ないから、起きるまでずっとかけ続けて、高木がパッと取った瞬間、「あー、高木? 磯野とたつさん(中村)と俺で、バンドやることなったから、ドラムよろしく」「あっ? えっ!?」プチッて(笑)。
藤井智之(Ba)
磯野:その日にPBLの人と演奏したとか言ってるし、なかなか切出せなかったんだよね(笑)。でもさすがに、「やー、ちょっとバンドを一緒に……やらないかなと思って」って話したら、こちらがしゃべり終わる前に前のめりで「やるやる!」って言ってくれたんです。そこから、ドラムは高木がいいって全員一致で決まって、そのノリで「もう今すぐ誘おうよ!」って、朝の5時に高木に電話したんです。
藤井:もちろん電話に出ないから、起きるまでずっとかけ続けて、高木がパッと取った瞬間、「あー、高木? 磯野とたつさん(中村)と俺で、バンドやることなったから、ドラムよろしく」「あっ? えっ!?」プチッて(笑)。
こうしてその日のうちに、Emeraldの前身バンド「Modeast」が結成される。藤井にとっては、突然音楽の神様に手招きされた、そんな1日だったはずだ。
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