超絶技巧ピアニスト・スガダイローの新たな欲望

スガダイローというピアニストをご存知だろうか? 名門・洗足学園音楽大学とバークリー音楽大学でジャズを学び、帰国後は渋さ知らズや、ROVOのドラマー・芳垣安洋も参加するオルケスタ・リブレなど、さまざまなコラボレーションを行いながら活躍するフリージャズピアニストだ。最近では、星野源のシングル『地獄でなぜ悪い』にも参加。歌声にスリリングに絡み付くエモーショナルな超絶技巧ピアノの音といえば、印象に残っている人も多いかもしれない。

そんなスガダイローが、飴屋法水、contact Gonzo、近藤良平といったパフォーミングアーティストたちと、五夜に渡ってガチンコ即興対決パフォーマンス『瞬か』を行なう。過去にも七尾旅人や向井秀徳、U-zhaanらと即興「対決」を繰り広げてきたスガダイロー。今回の対決はどのような様相を示すのか、あらためてこれまでのスガの歴史を振り返りつつ、今回の対戦相手であるコンテンポラリーダンサー・喜多真奈美、田中美沙子の二人にも話を聞いた。

[メイン画像]撮影:森孝介

ヤバい相手であれば、どんなモノであろうが自ら反応していくのが真のジャズ

初めてライブを目撃したときのスガダイローは、玉の汗を滴らせながら、残像が残るほどのスピードで鍵盤を叩き、ときにピアノが揺れるほどの勢いで鍵盤を押し込んでいた。その破壊的な演奏だけでなく、形相も含め、狂気のようなものを感じるフリージャズピアニストだった。

その後、荻窪のライブハウス・velvetsunで七尾旅人との対決ライブを見たときは、楽器を持たずに舞い始める(!)七尾旅人をクールな表情でじっと見つめながら、七尾の出す音や動きに対して、丁寧にきれいにピアノの音を当てつつ、その場をコントロールしていた。クレバーで巧いピアニストだった。

スガダイローは知れば知るほど、その正体が掴めないピアニストだ。二面性、もしかしたら三面性、四面性……スガダイローのサウンドというものは確実に存在するのに、「どんなピアニストか?」と問われると、何故か答えづらい。

その掴めなさを決定的にしたのが、ラッパーの志人とコラボレートした日本のジャズ史に残る怪作アルバム『詩種』だった。まるで日本昔話や童話のような、不思議な志人のリリックと同じ呼吸で奏でられたピアノからは、やわらかさや、ときに優しさのようなものまでもが滲み出つつ、「狂気」や「自由」や「巧さ」も顔を見せるという不思議な作品に仕上がっていた(ちなみに同アルバムは二十九面立体特殊ジャケットという、やり過ぎなCDパッケージも印象的)。

作品をリリースするたびに、ライブを繰り広げるたびに新しいイメージが積み重なっていく。そして、まずます掴めなくなっていく。こんなミュージシャンは、今まで見たことがなかった。

そんな彼がライフワークのように行っているライブが、さまざまなジャンルのミュージシャンたちと即興演奏を繰り広げるという「対決」シリーズだ。ジャズの世界で日々繰り広げられる対決セッションに加え、2006年には高木正勝、菊地成孔らが参加した異種格闘技的即興対決ドキュメンタリー『BOYCOTT RHYTHM MACHINE II VERSUS』で、BOATやNATSUMENのギタリスト・AxSxEと対決。そして2010年には、七尾旅人、伊藤大助(クラムボン)+オータコージ、U-zhaan、志人らと対決した『七夜連続七番勝負』も大きな話題になった。その後も向井秀徳(ZAZEN BOYS)、仙波清彦など、ジャンルもキャラクター異なる様々な音楽家と対決を繰り広げている。

ちなみにジャズとは、そもそも「対決」の要素が内包されていたジャンルでもある。たとえば、1940〜50年代に流行したビバップでは決められたコード進行のなか、アドリブで即興演奏のテクニックや個性を競い合うという側面があり、そのなかで圧倒的な実力を誇ったのが、ジャズの巨人チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーだった。その流れは後にも受け継がれ、ジョン・コルトレーンとソニー・ロリンズという、テナーサックスの巨匠二人がぶつかり合った『テナー・マッドネス』などの名盤も生んでいる。

スガダイロー 撮影:森孝介
スガダイロー 撮影:森孝介

そういえば、スガの師匠ともいえるフリージャズピアニスト・山下洋輔も、ジャズに宿る「対決のDNA」を幾度となく呼び覚まさせてきた人物でもある。1985年、単身アメリカにわたり、行く先々のライブハウスで飛び入りセッションを繰り広げるという道場破り的なアメリカツアーを敢行。伝説的な燃え盛るピアノでの演奏も、炎との格闘だったとも言えるだろう。

対して、スガダイローも負けてはいない。業務用ミシンを操作するファッションデザイナーとの対決や、バスケットボールプレイヤーとの対決(!)、さらに、広島・尾道でのライブでは、偶然窓の外から響きわたった花火大会の爆発音に対して急遽「対決」を繰り広げたという。

ヤバい相手であれば、どんなモノであろうが自ら反応していく。それは誰かが発した音に反応しながら、コミュニケーションによって自由に音楽を作り上げていくジャズの本質と言えるかもしれない。「いつかスーパーカーのエンジン音と対決したい」と夢を語るスガダイローの音楽も、やはり真のジャズなのだ。

飴屋法水、contact Gonzo、近藤良平ら、パフォーミングアーティストたちとの、五夜にわたる即興対決

そんなスガダイローが、新たな「対決」を求めて行うのが、東池袋・あうるすぽっとで行なわれる五夜公演『瞬か』。今回の対戦相手は、ダンス界から喜多真奈美、田中美沙子、岩渕貞太、酒井はな、近藤良平(コンドルズ)。さらに身体的な表現を得意とするアーティスト、contact Gonzo、飴屋法水が加わる。

『第68回国民体育大会』(『東京国体』)開会式式典演技の演出・振付を手掛けたコンドルズ・近藤良平。世界中で殴り合いパフォーマンスを行なうcontact Gonzo。そして現代美術から舞台、音楽まで、ジャンルを越境して挑戦的な表現を行なう飴屋法水との対決は、まさにアントニオ猪木VSモハメド・アリのようなドリームマッチカードとして見逃せない一方、今回注目すべきは、これまでのスガダイローの「対決」というイメージからは似つかわしくない、女性メンバーが3人も含まれているということだろう。

若手ダンサー三人が出演する第一夜、オープニングナイトでトップバッターをつとめるのは、今回最年少21歳の喜多真奈美。現役女子大生で、ダンスカンパニー「初期型」や「高襟」、木皮成との即興ダンスユニット「深夜練」としても活動中。ブレイクダンスやヒップホップを経由しつつ、アニメやアイドルソングでも踊るコンテンポラリーダンサーで、今回の個性的な対戦相手のなかでも一番予想できないカードと言っても良いだろう。先日、事前偵察のためスガが出演するライブを観に行ったという喜多に、初めて見たスガダイローの印象を聞いてみた。

喜多:事前に「お兄ちゃんみたいな人だよ」って言われてたんですけど、想像よりもう一段階年上な感じで、「お兄さん」って感じでした(スガとは18歳差)。MCでも言ってましたけどカレーが大好きで、ここ70日間くらい毎日カレー食べているそうですよ(笑)。でも、ピアノを弾きだすと手先がめちゃくちゃ早くて、音が凄く綺麗で……。しかも手元を一切見ずに、メンバーの方を向きながらだったので、クレイジーだなって思いました。

喜多の掴みどころのないキャラクターと自由奔放なダンス作品の爆発力を見ていると、「想定外の驚きをスガに与えるのでは?」という可能性を感じる。多種多様なコスプレも喜多の大きな特徴だが、対決当日に向けて何か秘策は練っているのだろうか?

喜多:まだ未定ですが、ライブ当日は◯◯服で挑もうと思っています! あと得意なのは……変顔ですかね。スガさんに怒られなければいいな(笑)。

しかし、スガ自身もアルバム『坂本龍馬の拳銃』『黒船・ビギニング』などで、股旅姿で笠を被って演奏するなどのコスプレ癖はある。このカード、意外に噛みあう可能性もなきにしも非ずか。

喜多真奈美
喜多真奈美

同じく第一夜に出演する田中美沙子はヨーロッパでクラシックバレエを学び、その後コンテンポラリーダンスに転向。帰国後は黒田育世率いるダンスカンパニーBATIKに参加。一見クラシカルな雰囲気も漂わせながらも、常に挑戦的で、新しい表現を求めるストイックなダンサーだ。実は今公演のアーティスト写真もちょっと……凄いことになっている。

田中美沙子 撮影:前澤秀登
田中美沙子 撮影:前澤秀登

田中:即興となると、どういうモチベーションで踊っていけばいいのか、今考えているところです。練習では即興で踊るトレーニングがあるんですけど、即興だけでお客さんに見せるっていうことになると、どういうアプローチをすればいいのかが変わってくる。しかも今回は相手もいますからね。楽しみだけど、難しい。


田中の場合、ベースとしているクラシックバレエが、そもそも即興=インプロビゼーションとは正反対の世界で、ある1つの理想の美を追究するダンスというイメージだが、そのあたりで葛藤はあったりするのだろうか?

田中:バレエでは身体のセンターをきちんと取って、手の動きや形も一つひとつ決まっていたので、即興で踊っていると知らないうちにつま先を伸ばしていたりしていて、それがたまに邪魔に感じることもあります。でも、身体っていうのはすぐには変えられるものじゃない。今回のスガダイローさんとの公演で、そういう自分のクセのようなものが良い方向に滲み出て、私らしい動きを探っていければいいなと思っています。

そして、スガのライブを偵察に行った喜多とは対照的に、田中はスガの情報に出来るだけ触れないようにしていると言う。

田中:実は周りの人に「何も用意するな、何も作っていくな。もし作っていったら口きかないからね」って言われてしまっているんです(笑)。だからとりあえず、今できるのは自分の身体と向き合うことくらい。今公演『瞬か』のPVだけは見てしまいましたけどね。スガさんの印象は、ピアノの音も弾く姿も「パワフル!」って感じでした。

ちなみにスガダイローも、ライブ前には一切相手の情報を入れないと決めているそうだ。お互いに一度も会ったことも話したこともない。どんなアーティストなのか、どんな表現なのかすらも知らない。そんな二人が当日ステージの上で初めて会って、即興パフォーマンスをするということに怖さは感じないのだろうか?

田中:一番怖いのは、なにも残らないことですね。「弾いた!」「踊った!」「終わり!」っていうのが一番怖い。事前になにかを用意していくわけにはいかないんですけど、スガさんと対決しつつも、コミュニケーションをとって、なにかしら滲み出たものが残せればと思っています。

田中美沙子
田中美沙子

超絶技巧による破壊的な音がどうしても印象に残りやすいスガダイローだが、前述の喜多が観に行った最近のライブなどでは、繊細で聴かせる音での演奏も多くなってきているという。そのあたりの変化が今回の女性パフォーマーとの対決にも繋がってきているのかもしれない。

個性の強い7組のパフォーミングアーティストと、フリーキーなジャズピアニスト・スガダイローが即興対決を繰り広げる5日間。音楽家との対決に関しては百戦錬磨のスガダイローでも、身体表現との連日連夜の対決は未体験。音楽家の奏でる音とダンサーの身体表現がどう交わるのか。どの公演においても、まったく予想のつかない展開が待ち構えていることは間違いないだろう。

イベント情報
『あうるすぽっとプロデュース [N/R]プロジェクト スガダイロー 五夜公演「瞬か」』

第一夜 オープニングナイト
2013年10月30日(水)START 20:00
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
出演:
スガダイロー×喜多真奈美
スガダイロー×田中美沙子
スガダイロー×岩渕貞太
料金:2,000円

第二夜
2013年11月1日(金)START 20:00
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
出演:
スガダイロー×飴屋法水
料金:一般3,000円 学生2,000円 豊島区民割引2,500円 リピーター割引2,000円

第三夜
2013年11月2日(土)START 18:00
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
出演:
スガダイロー×contact Gonzo
料金:一般3,000円 学生2,000円 豊島区民割引2,500円 リピーター割引2,000円

第四夜
2013年11月3日(日)START 18:00
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
出演:
スガダイロー×酒井はな
料金:一般3,000円 学生2,000円 豊島区民割引2,500円 リピーター割引2,000円

第五夜
2013年11月4日(月・祝)START 18:00
会場:東京都 池袋 あうるすぽっと
出演:
スガダイロー×近藤良平
料金:一般3,000円 学生2,000円 豊島区民割引2,500円 リピーター割引2,000円

関連イベント
ヴィヴィアン佐藤と豪華ゲストによるトークショー『Vivi Lounge 〜愛にいらして〜』
全公演日、開演の1時間前より
会場:東京都 池袋 あうるすぽっとホワイエ
料金:無料

『スガダイローソロ・ピアノ フリーライブ@池袋西口公園』

2013年10月20日(日)START 16:30
会場:東京都 池袋 池袋西口公園
料金:無料

プロフィール
スガダイロー

ピアニスト。1974年生まれ鎌倉育ち。洗足学園ジャズコースで山下洋輔に師事、卒業後は米バークリー音楽大学に留学。帰国後「渋さ知らズ」や「鈴木勲OMA SOUND」で活躍し、坂田明や小山彰太とも共演を重ねる。2008年、初リーダーアルバム『スガダイローの肖像』(ゲストボーカルで二階堂和美が3曲参加)を発表。2010年には山下洋輔とのデュオライブが実現。自己のトリオでの活動のほか、向井秀徳、七尾旅人、中村達也、志人、U-zhaan、仙波清彦、MERZBOWらと即興対決を行う。2011年に『スガダイローの肖像・弐』でポニーキャニオンからメジャーデビューを果たし、2012年には初のソロピアノ作品『春風』、志人との共作アルバム『詩種』をvelvetsun productsよりリリース。



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