自分自身を撮影した映像をもとに、ロトスコープと呼ばれる実写をトレースした手法でアニメーションを制作している、しし やまざきさん。現在、東京藝術大学の4年生でありながら、PRADAや資生堂、PARCOなどそうそうたる企業のプロモーション映像を手がける気鋭のアニメーション作家です。手描きならではの柔らかさ、そして音楽とシンクロした軽快なモーションは一度見たらやみつき。多くのファンを獲得しています。またアニメーションのほかにも、顔の造形にこだわった「マスク」を制作する取り組みを毎日行っていることでも話題に。若手ながらすでに自身の世界観を構築しているように見えるししさんですが、「何かに凝り固まるようなことはしたくない」と現状に満足することはありません。緑の多い住宅街にある制作現場に伺い、謎の多いししさんの素顔に迫りました。
テキスト:宮崎智之(プレスラボ)
撮影:CINRA編集部
- しし やまざき
- 1989年神奈川県生まれ。東京藝術大学デザイン科入学後、水彩画風の手描きロトスコープアニメーションを作り始める。その傍ら、ライフワークとして2010年5月11日より、1日1個マスクを作り続けるプロジェクトを行っている。自らをモチーフにした手描きによる瑞々しいアニメーションは、世界中のアートアニメーション&クリエイティブイベントで上映され続けているほか、PRADAや資生堂といった世界的なファッションブランドのプロモーションにも起用されている。
しし やまざき Web site
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アニメーション作家「しし やまざき」の軌跡
「しし やまざき」という才能の作り方
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しし やまざきさんのヒミツ道具
モノにはこだわらない作家が愛する、ヒミツ道具
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しし やまざきさんの作品作りをご紹介!
「型にははまりたくない」彼女のこだわりの手法とは?
「芸術する!」ことが当たり前だった幼少時代
父親は美大の大学教授、母親も音楽家という家庭で、三姉妹の末っ子として生まれたししさん。両親に「芸術の道に進め」と言われたことは一度もないと言いますが、育った環境から自然とアートに興味を持つようになりました。
しし:幼い頃から自然と描いたり作ったりする環境で育ちました。父に「好きなぬいぐるみや家族の絵を描いて」とせがんでは、描いてる様子をジッと見ていたらしいです。昔のビデオを観ても、姉と一緒に「芸術する!」とか叫んでいたりして(笑)。具体的なきっかけはないんですが、好きな時に好きな絵を描くことが、自分にはごく自然なことでした。
そんな家庭環境で育ったししさんにとって、作品を人に発表することも当たり前のことでした。小学校の学級新聞に絵を描いたり、お絵描き帳に漫画を描いて友だちに見せたり、中学校の頃にはすでにインターネットを使って自身の作品を発表し始めました。
しし:家ではテレビゲーム禁止だったのですが、インターネットはやり放題だったので、昔からPCは大好き。作品をホームページで発表し出す前の小学生の頃にも、PostPetにはまって、いろんな人とメールで交流していました。一時はプログラマーになりたいって言ってた時期もありましたけど、全然勉強しなかったので、当然なれませんでした(笑)。
そんなししさんが、進路を決めたのは高校2年生の時。10か月のアメリカ留学で自身を改めて見つめ直し、アートを一生の道に定めたのだと言います。
しし:もともと海外に向けて仕事をしたいという気持ちが強く、留学経験のある先輩の話を聞いていたら、いても立ってもいられなくなっちゃって。ただ帰国したらもう高校3年生で、そろそろ進路を決めなくてはいけない時期。向こうでは言葉が通じなくて辛かったり、わだかまりができたりした時にいつも絵を描いていたので、これだけ好きならやっぱり絵の道に進もう、と思ったんです。
帰国後は、父親に自身の母校でもある東京藝術大学を勧められ、一浪してデザイン学科に入学。2年生の時にアニメーションの授業を取ったことがきっかけで、映像の魅力に取りつかれたそうです。最初に制作したのはライフワークにしている「マスク」をモチーフにしたもの。その処女作が学生向けに開催されたPRADAの「ヨーヨーバッグ」をプロモーションするコンペに選ばれたというから驚きです。
初作品のモチーフになった「マスク」ですが、ライフワークとして毎日制作するまでにいたったのにはどのような動機があったのでしょうか。ししさんの「本職」であるアニメーションの話に入る前に、その理由を聞いてみました。
しし:よく生き物とか人物を描いていたのですが、なかなかグッとくるものが描けなくて。顔って、例えば目だけで顔だと認識できるし、とても自由なはずなのに難しいな、と。そもそも私が描いていたのは「誰かの顔」ではなく「顔そのもの」でしたし。それで試行錯誤しているうちに、描いた顔を立体にしてみると生き生きとした面白い表現になることに気づいて、今の表現になったんです。ただ初めは「毎日続けるのは良いこと」くらいの気持ちだったんですけど、「顔」は目、鼻、口すべてのパーツが揃ってなくても、例えば目だけ捉えても、「顔」として認識できるものであるため、マスクも無限に作れることにしだいに気づいていったんですね。これを20年、30年続けたときに、いったいどんなものができ上がるのか。多様性の行き着く先を見てみたい、という思いに尽きますね。
ししさんにとって、マスクはまさに人生を通して取り組む「ライフワーク」なのでしょう。そのマスクを題材に扱った作品が、アニメーション作家としてのキャリアの一歩となったことも興味深いエピソードです。アニメーションを作り始めてから2年足らずのししさんですが、その間、谷根千を扱ったアニメーション『YA-NE-SEN a Go Go』など、精力的に作品を発表し、反響を得ていきます。ししさんの評判はネットや人づてで広まり、ラフォーレやPARCOのPR映像、資生堂のウェブサービス「ワタシプラス」内で使用するアニメーションなどの仕事も手がけるようになっていきました。
YA-NE-SEN a Go Go from shishi yamazaki on Vimeo.
表現のテーマは、「喜びの複雑さ」を伝えること
それでは、いよいよししさんが手がけるアニメーション作品の世界について、詳しく聞いていきましょう。ししさんの作品と言えば、自分自身をモデルにした手描きの映像が特徴的。また、独特の世界感を演出している音楽とアニメーションの融合、という要素も忘れてはいけません。
しし:母がピアノや歌を自宅で教えているという環境で育ったので、音楽は私の身にしみ込んでいるし、作品を作るうえでも欠かせない要素になっています。幼い頃、家族で旅行に行ったときも、車の中で流れる音楽を聴きながら、それに合わせて動いている絵を想像して、楽しんでいました。
実際ししさんは、アニメーションの元となる映像を撮影する際も、音楽を流してイメージを膨らまし、自分の動きを決めているとか。もちろん事前にある程度の台本は書くそうですが、一番重視するのは、「その瞬間どのように感じたか」という感覚だそうです。
しし:音楽を聴きながら、自分が刺激的だと思う動きを感覚的に探っていく感じです。楽曲が持っているテーマは意識せず、単純に聴こえてくる音やテンポを重視して、ライブ感を出すことを大切にしています。
また、こだわっているのは、「『喜びの表現』のバリエーションをどのように表現するか」だと言います。ししさんの作品は、観賞者にウキウキするようなプラスの感情を想起させることが特徴ですが、そのバリエーションとはどういうことなのでしょうか?
しし:ネガティブな感情を表現しているものは、その複雑さを強調することが多いのに対し、「喜び」や「輝き」というのは、簡単な言葉やアクションで容易く多くの人を楽しませることができてしまうと思うんですよね。ただ表現としてそうした「分かりやすさ」って難しい。一口に「喜び」と言ってもそんなに単純じゃないし、例えば喜びの中に悲しみが混じっていたり、いろんなバリエーションがあるはずなんです。だからその「喜びの側面」をどのように表現するかが、私の作品のテーマなんです。
ししさんの映像作品に中毒性があるのは、ただ「楽しい」だけではなく、そういった心の柔らかい部分にまで届く感情が込められているからこそでしょう。
さらに、ししさんが手がけたお仕事について、お話を進めます。資生堂の「ワタシプラス」では、サービスの利用法を説明するアニメーション制作に挑戦。監督がつき、ナレーションやテロップが入るなど、これまで自分だけで制作していた環境とは、異なる部分が多く、苦労も多かったそうですが、仕事ならではの醍醐味も発見できたと言います。
しし:仕事でアニメーションを作るとなるとやっぱり納期があるし、当然プレッシャーもあるので、弱気になっちゃうんですね。だから、ここまでやれば大丈夫かなと勝手にまとめようとしちゃったり、今までの作品を反復したくなる気持ちが、正直ありました。でも、そこで妥協してしまったら成長することはできません。常に新しいものを作るためには、ただ自分ひとりで制作しているだけではなく、厳しい環境に身を置いてこそ常に挑戦する気持ちでいられるんだと学びました。
最後に、今後の目標を聞くと、向上心に溢れる実にししさんらしい答えを返してくれました。
しし:今後は大学院に進学して、アニメーションを本格的に学びながら、お仕事も積極的に請けていきたいと思っています。ただ将来何をやるにしても、何かに凝り固まるようなことはしたくないんです。どこにいっても、その場の空気に流された考え方や、その場だけのルール、固定観念みたいなものがあると思うし、実際に藝大にだってありました。どのような道を選んだとしても、そこで「自分が本当に思っていることは何か」ということを意識できる人間でなりたい。今の作品にだって、こだわりはありません。もっといい方法があれば、それを選んでいきたい。作品をうまくまとめたり、綺麗に作ったりできる人はたくさんいるので、今はそういった「考える部分」を伸ばしていきたいと思っています。
ししさんにとって、現状に満足することはアーティストを辞めることと同じ。ライフワークの「マスク」の制作も、答えやゴールがないからこそ、ししさんを魅了して止まないのだと思います。若き才能の伸びしろは、その姿勢が続く限り、永遠に伸びていくことでしょう。
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